Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

忘れた頃の・・・というよりすっかり忘れてた

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SGAって、俺こんな部品注文したっけか? と、片付けをしていたら出てきたスズキ純正部品のコードシールも貼られた箱が謎を呼びました。

これは更に別の段ボール箱に梱包されていたので、存在をすっかり忘れていたのです。しかも箱自体が小さい。軽い。エンブレムでも買ったのかなあと思いましたが初代用なんてもう無いはずです。

しかし箱を開ける間でもなく、あちこち英文でマーキングされているくせに一か所だけ「スズキビターラ」とカタカナ表記がありました。

伝票を見たら2019年の11月に発送されていたものです。なんてぐうたらな・・・ 家じゅう発掘したらまだこの手のものが出てくるのか?

どこ見てんのよ。

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・・・歪んでる?

出掛けた時に立ち寄ったPAだったかSAだったかのトイレ。
間仕切のパネルが沈んだのか傾いだのか判らないけど
コーキングがひび割れて固定の治具が捩れてますねぇ。
こういう所って点検しないのかしら????

 

我、七色混成発光星域到達セリ?

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いや・・・だって、まるでガミラスの三段空母じゃないですか!

それだけですよ、それだけっ

朝からぬくぬく。

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はらへりー。

猫のご飯を後回しにしてゴミ出しを優先した朝。
振り返って見上げたら、これは当分出ないと察した
でんいちが諦めて朝日を浴びてましたわ。
この後洗濯物干すから、すまんがしばらくそこに居て。

 

怪獣酒場

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沖縄のマミポコさんが上京してくるというので、今夕拉致監禁お出迎えです。とはいえこんなところに案内しちゃっていいのか?

怒られたか喜ばれたかは明日にでも書き加えます。

というわけで「楽しかったですよ」というお言葉を賜りまして、怒られずに済みました。

今回の怪獣酒場新橋蒸留場を襲撃するにあたって、はまたに夫妻にも協力をいただきました。2人ともマミポコさんをエスクード乗りとして引きずり込んだ見出した間柄ですが、あれからすでに13年もの歳月が流れています。僕は仙台在住時に何度か会っているものの、それでも5年ぶりです。怪獣そっちのけでエスクード談義です。「これを見せたくて持ってきたんですよー」と、マミポコさんは栄養ドリンクの瓶を取り出します。

はい? なんで? とラベルを撮影していたら、反対側にカラーコードの記載が張り付けてありまして、実はこの瓶の中身が、「お嬢」(マミポコさんのエスクード)の全塗装に使われた塗料のサンプルでした。サンプル塗料自体を撮り忘れてしまいましたが、蓋の裏側につ付着した塗料は、確かにスズキでは扱っていなかった色彩。BMWのロングビーチ・ブルーという青緑メタリックです。写真では色彩の再現が難しい色合いを初めて現物で見ました。

はまたに夫妻はエスクードを手放して久しいですが、お互いに出てくる「あるある」な故障ばなしや馴染みの仲間のことを話題にしてくれましたので、たぶんこの晩は、他所ではくしゃみをしている人が多かったのではないかと思われます。ここで書きすぎるとつくばーど®のリポートに書くことが無くなってしまうので、3時間程度の夜会は無事にお開きとなり、BLUEらすかるはマミポコさんの宿泊先まで彼女を送り届け、午前様直前に帰宅しております。

で、当日の模様はこちら

 

そろそろ限界では・・・

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折れる折れる(汗)

チャチャ・ミミ、相変わらず仲良しこよし。
9月の時点で(ぱつぱつ)既に傾いでた
キャットタワーのハンモックで昼寝。
チャチャのお気に入りで入って寝てると
ミミが上に乗ってそのまま寝るらしい。
折れる前に何とかしてー。

上から見るとこんな感じ。

きたかぜこのはをはらう

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小雪も中盤、朔風払葉の候。という割には方位計は北を指していませんが、里へ下りると丑三つ時の外気温に関しては北風と寒気の季節になっています。厳密なことを言うと、東京はつくばーど基地よりも西にあるんです。そこへ行くのになんで南東向いてるんだうちのクルマは。その東京都心はまだここまで冷え込んではいません。今週金曜日にはもう12月。師でもないのに、というより師ではないから走り回らされるんですよ、たぶん。

wangan-skierが夢のあと

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子供の頃に祖父母に連れていかれたことのある「船橋ヘルスセンター」は、もうすっかり記憶から消えてしまっています。その跡地が「ららぽーとTOKYO-BAY」だとは知っていますが、実は大人になってから来たことが無かった。30年前に開業し9年で閉鎖した「ららぽーとスキードームSSAWS」も、湾岸線から遠望したくらいで夏スキーに出かけたことはなかったのです。今回、この辺りで撮影の仕事が入り、20代の部下の男の子を南船橋駅でピックアップしました。

そのとき駅のロータリーから出て沿道で待っていた彼が撮っていた写真をもらったのが挿絵ですが、SSAWSのあった場所には外資系の巨大家具センターがででんと鎮座しています。この東側に展開する公団住宅の団地は開発当時のままで、下手に入り込むと通行止めや一方通行出口の嵐で脱出困難になります。

「ザウスがあった頃に来ていればここ半世紀の景色の変化を見たことになったんだけど、何しろ俺もン十年ぶりなんだわ」

と、なにげに呟いたらば彼は

「ざうすって何ですか?」

・・・そうだよねー。

人間・・・ちっちゃ。

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存在感ってば・・・

中社にお参りして、境内の御神木にもご挨拶。
見上げたら首が痛くなるほどの高さで威厳感じるわ。

少し離れて見ていたら、通りすがりにしめ縄をいじる人がいて
・・・やめとけ?と思いましたよ。

Team WESTWIN Warriors#188

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年次的には半端な昔の2007年。11月25日、我々は京都市右京区の山奥でダートトライアルの耐久レースを観戦していました。これがWESTWINの二枚看板、後藤誠司君と川添哲朗君、さらに諸事情で来場しなかった島雄司監督を除くTeam・WESTWINの方々との邂逅です。この頃彼らはまだエスクードには乗っておらず、このレースではターボ仕様のパジェロミニを扱っていました。で、ここからレースの話を書くと長くなるので、概略だけリンクしております。

確か、対外試合としては彼らは初陣だったはずですが、島監督曰く「私が鍛えた秘蔵っ子です」と語った通り、並み居る強豪相手に二位をもぎ取りました。当然、彼らは二位という戦績には不満だったのですが、クルマの底力を侮っていたとはいえパジェロミニでこの走りなのかと、我々は大いに驚き喜んで、「もしもこの子らがエスクードで戦うようになったら」と、よからぬことを思いつくのです。それは三年後の広島県で実現していきます。

あっ当り前の話ですが、彼らだけでなくみんな若いわ。厳密には僕を除いて、ですけど。96年式のBLUEらすかるだってこの時点ではまだ11年目程度です。僕以外の何人かはさらに遡って島監督が現役ドライバーとして最後の耐久をエスクードで走る姿を見ることもできた、貴重な経験者たちです。狼駄さんなんてインフルエンザか何かで高熱出ているのに「やめとくか?」「行き・・・ます」で連れてこられちゃって大変な目に遭ってます。

ところで・・・浜松で静岡勢と合流してSIDEKICKさんとkawaさんの先導で京都まで出かけたこの日、夜中に市内に入ってコスモスパークへの道順確認で路上駐車しているのが、京都っぽい唯一の写真なんですが、ここって現在のストリートビューを見るとだいぶ変わってしまってます。なにしろエドワード・ヒースロー教授が京都に住み始めてまだ二年目くらいの頃ですから。でもコスモスパークに対して、クルマの向きがまったく逆なのが謎です。