車を停めた駐車場前が一方通行だったので、大通りに出るためにさらに別の路地へ入り込む必要がありまして。そのあたり、地元育ちの部下は果敢にBLUEらすかるを路地から路地へとすべり込ませていきます。
つまりね、今頃出してきたこれは10月の出来事だったのですが、普段は絶対に通らない路地なわけですよ。
・・・部下は何か持ってるね。
「あたしは学会に復讐してやるんだーっ」な、何事だ?
霰は民俗学の専攻で卒論を書くにあたり、地元の奇祭と山麓の風習などを取材し続け論文をまとめたのですが、いろいろと詰めが甘くて、提出し受理されたのが論文提出締め切り日の、タイムアップ10分前だったという綱渡りでした。
「そんな論文、受理されはしても教授会ではねられるんじゃないの?」
「やめろよそんな予測。そしたら留年じゃん」
「えー? 留年したら就職とか、退去日時の決まっているアパートとかどうするんですか?」
だからやめろっ、という外野の評をよそに、どうも日本民俗学会が定期的に開いている論文発表会に持って行ってしゃべってこい。との厳命が下ったらしいのです。
さあたいへん。書くのは書いたけれど所定時間で簡潔に論旨をしゃべくれるのかとなるとまったく別問題です。
「おねーちゃんてそういうの得意じゃないですよね。活舌悪いし」
「だけど論文が認められたんだから卒業は安泰だろう?」
「まともに発表できなくて大学の恥をさらしたら全部おしゃかだわねー」
と霰はあと1か月ちょっとで卒業というのに必死です。
見に来るな? そんな面白い貴重なもの、見過ごすわけにはいかないよな。
十六夜の月も西の空で低くなるころ、ぷらすBLUEを走らせる霙は初の首都高乗り入れ、あちこちのジャンクション離合というカリキュラムを課せられ、それはもう緊張せずにはいられない朝練に臨んでいました。
しかし実際には三郷線が多少混雑した程度で、小菅の中央環状線への乗り入れは後続車もなくあっさりクリア。
これは都心環状線方面に行くしかないかと思ったのだけれど、あとの課題のためにそれはできず、堀切はそのまま葛西方面へ。そのあたりで東の空から太陽が昇ってきます。
ここまで来てしまえば湾岸線への合流は低難度。有明ランプで国道に降りる際の渋滞合流は・・・国道側の信号に救われまたもや楽にクリアです。まあ最初の首都高だしそれでもいいかと、目的地の東八潮まできたところでトリップカウンターは100キロを越えました。
朝練を兼ねてM‐レイドへの参戦です。幌車だしどうやって受けを狙うか(いやそういう趣向の企画じゃないんだよ)、先週までに検討していた構図は「SPEED2」の真似。とはいっても進入路が一方通行なので、映画とは向きが逆になります。
構図だけ説明してカメラを預け、本人が撮ったものがこちら。あまり映画のような感じにはなってないな・・・
大暴風後の週末の暖かさは異様ですね。ソメイヨシノも標高の低いところの南斜面では、けっこう蕾が膨らんでいます。
しかしこれに釣られてうっかり花見なんか宣言しちゃうと、翌週からどかーんと寒さが戻ってきて居座るのも定番です。
実際、蕾が膨らんでいるとはいっても、周囲のソメイヨシノはまだまだこんな感じですから、3月中に花見なんていうのは無謀極まりないのです。
それ以前に3月の週末はすでに埋まっちゃってて、イベントものは何も仕掛けられません。今度の日曜、横浜界隈に出没するのを除けば、18日が空欄になっているくらいです。21日は仕事だから基地に戻らないし。
それはそれとして、天狗の森の桜観察は3日の午後1時頃。そこから遡ること6時間ほど前、ぷらすBLUEは別の街でことし最初の桜を見物しておりました。
夜は明けているんですが日陰なので全く様になりません。
しかし咲きっぷりは見事なものです。幹は細いけれど樹齢が若いと勢いがあります。
基地を出てから同じルートは通らずぐるっと一回りして二、三か所立ち寄りながらざっと300キロのツーリング。
これをすべて助手席で過ごすというのは、なんといっても楽です。
ウエストウインの島社長から相談があり、
「どなたかTD94Wに乗りたいという人はいらっしゃいますか?」
とのこと。月内には業者間流通に乗せるそうですが、その前に、せっかくだから「より身内の方々の眼鏡にかなうなら、できるだけ安くします」ですと。
「車検は切れています。車両の状態は、乗用だったので良好ですね」
この個体は僕も直に見ています。2006年式で100000キロちょっと。ユーザーさんはオフロード未経験者で4代目に乗り換えられました。で、これは探せば詳細を閲覧可能なんですけど、僕が相談を受けた価格は掲載されているものより低いです。福岡県以外なら出荷まで請け負い、車検は購入側でとっていただく形になります。
「島さんさー、なんでうちがハスラー買う前にそれ言ってくれなかったのよー」
「えー、雷蔵さんとこに行ったら、間違いなく幌車の息の根が止まるでしょ」
まあそりゃそうでしょうね。僕の意志に関わらず、ですよきっと。
さて島さんの勘定では、ちょっとの手間はかかるもののおそらくどこよりも安価であろうこの話の期限は3月15日までだそうです。あとはご随意にウエストウインの島社長に問い合わせてみてください。
薄々お気づきの方もいらっしゃると思われますが、ESCLEVサイトを先月下旬に移転いたしました。いよいよつくばーどの枝コンテンツに成り下がったようなURLですが、事務局は健在ですので、つくばーどは相も変わらず下請けであります。
旧サイトは近日抹消いたします。まあろくすっぽ更新もされていなかったところは大いに問題でしたが、ご愛顧いただきありがとうございました。引き続き開店休業化は避けられまい(避けろよ)という予感で先行き思いやられますが、あらためてよろしくお願い申し上げます。
しかしまあ、いまどきこれだけ進化の無いサイトも珍しいでしょ。アナログバリバリですよ。中身のリニューアルもやってないに等しいですよ。そこらじゅうリンク間違いなどが残っていると思いますが、夜中に朦朧としながら作業しているので、いずれ直っていくでしょう。もう小人さんに頼るしかないね。
そんなわけで、エスクード誕生三十周年だねえとか言ってたら、ESCLEVも立ち上げてから十五周年でした。立ち上げの頃はまだ個人ユーザーサイトが沢山あったんですよ。だから後発でやることが無かった(笑)
三代目エスクードが登場したときには、たぶんどこよりも早く情報を蓄積できて、当時はそこそこ役に立ったようですが、今度はSNSが台頭してきて個人サイトに代わる個人の情報発信が容易となり、こういうサイトはあっという間に埋もれております。
いやしかしね、個人サイトが廃れていった大まかな理由って、サイトマスターの趣味が変わったとか、自分でやらねばならない更新に飽きたとかで、これを裏返すと、誰でもいいからやってみろよとも独りごちしたいものもあります。
ESCLEVサイトに関しては、それでもたまに駆け込んでくださるエスクードユーザーさんがいらっしゃるので、webに反映されなくともなにかしらの活動は続けている状態です。ただ最近はユーザーさんの高齢化も進んでのことか「とにかく表紙が見にくい」「テキスト文字のオレンジ色は読みにくい」といった声をいただきましたので、そのあたりを手直ししているところです。
五月にはエスクード誕生三十周年企画ページも完成する予定です。M‐レイドは便宜上つくばーどのイベントとして展開していますが、その表彰式などを兼ねた記念イベントを五月二十六日から二十七日(メインは27日)にかけて、天狗の森で開催します。
昔と違って「いつ寝てるんだ?」状態は、もう体力的にかなりきついんですが、いまそんな感じです。