夏の定番といえば麦茶。
売っている麦茶、最近は水出しが多のね。
やっぱり煮出したやつじゃないと美味しくないので
(偏見かもしれませんが)
我が家では毎日沸かしてます。
義母にそんな話をしたのが梅雨の頃かな。
その後。何かの折に妹(新月サンの叔母さん)に
「煮出す麦茶があまり売っていない」と話をしたら、
お盆のお墓参りの時に持ってきてくれたそうです。
で、お裾分けもらいました。
・・・お裾分けで2袋って・・・
叔母さん何袋持ってきたんだろう???
我が家に2台もエスクードがあって、そのうえジムニーもあって、当たり前のような風景になっていますが、老朽化したサニーを入れ替えることとなった場合、ビターラを薦めてくる旦那には悪いのだけれど
キザシは年内いっぱいでなくなるそうですが、そうなっちゃうとSX4もモデルチェンジしてしまったスズキというメーカーでは、セダンが選べなくなるのです。
※編集部注 キザシの後継モデルが2018年くらいにあるらしいという噂だけはあります。それがセダンかどうかは知りませんけど。
私、セダンが好きなんです。だけどSX4やキザシみたいなデザインは嫌なんです。3代目のシルビア/ガゼールや、高くて買えなかったけれどU13のブルーバードSSSや、前に乗っていたFB13のサニーみたいなのが良いんです。時代の流行で、そういうのが何処のメーカーからも出てこなくなって、猫も杓子もぬめっとしたデザインばっかり。
まさかのアルトラパンがセミ・セダンだなんて言わないでしょうね。
どうしてビターラにセダンを設定しないんでしょう。ビターラ、百歩譲ってフロントのデザインは良いんですけど、後ろが当たり前のようにハッチバックのSUVなのが許せないんです。何とかの一つ覚えのようにどれもこれもトランクリッドを持つ車が無いのって、商品企画なめてるんじゃありません? ビターラ・セダン、隙間の中の隙間じゃないかと思うんです。本格四駆の中身を持ってて、セダン。そんな路線が出てくるんだったら、旦那に言われるまでもなく、メーカー鞍替えして選んじゃいます。
※編集部注 以上、マジで雷蔵の家内の談をまとめました。
「あんたこの間、初代のMR2がどうとか言ってなかったかっ!」
↑ ある亭主のぼやき
うちのヘリーハンセン購入の話を書き始めるとほんとに外伝の場外乱闘になるのでここは割愛しますが、このエスクードは狼駄さんのコンバーチブルと同じ1型で、ハードトップでした。新車、中古車押しなべても1型に乗ったことがあるのは我々二人と、コムロさん、きうさん。バンを乗り継いだKazooさんととにいさんくらいかもしれません。89年式なので、このエスクードの現物を見た人は唯一、風花さんだけでしょう。その風花さんも知らないことですが、ヘリーハンセンには独自独断で「EXCALIBUR」という呼称があてがわれていました。
アーサー王伝説に登場する聖剣エクスカリバーは、フランス語圏ではエスカリバーと呼ばれていたこともあり、この剣はもともとカリバーという名前であったものが折れちまうわけです。それを鍛え直すことでESとかEXという冠がついていくのですが、うちのエスクードもカスタム化していく過程でそうなるのよと、今ならこっ恥ずかしいネーミングをつけておりました。
で、この話は10年以上埋もれていき知られざる封印となっていきます。ところがこの時代、鹿児島県のとある町の1人の高校生が、
「俺、将来はゲームシナリオライターか小説家になって一旗揚げるんだ」
という野心に悶々としながら、EXCALIBURという題名のヒロイックファンタジーを書きなぐっていたのであります。RPG世代ですね。しかしながら内容までは知りませんけど、オリジナルを創造しようという作品に対して、使い古されている古典的アイテムを題名にしている時点でそりゃだめだろうと、今だから言っちゃう不安材料満載の作品と思われます。
その物語に登場するヒロインの名がLucia(ルシア)と名付けられていたそうです。ラテン語の「光」に由来する名前です。この少年が大人になり、光のイメージを投げかけてくる白い車体と出会い、少年時代のヒロインと重ねあうまで、その日から6年ほどの歳月が流れることになります。参考までに、この物語の主人公の名前が、Loard。
おいっ、白狼とか言ってた割にはずいぶんと可愛らしい名前を隠し持っていたじゃねーか!
8月14日の43万キロ到達からわずか4日後の18日の宵の口。先代のらすかるは不意に車線変更してきた右隣の車両に鼻先をひっかけられて弾き飛ばされ、歩道と車道を分離する幅広のコンクリートブロックに叩きつけられて4輪ともホイール破損、ホ―シング破断、ノーズというよりガード類大破の全損という顛末をたどりました。夢の途上から、たった300キロしか走れていなかったのですが、ここで命運が尽きました。
歩道に歩行者がいなかったことや誰一人けがを負わなかっただけでも幸運でしたが、目の前が真っ暗になりました。
まあそんな話は展開しても面白くもないのでやめておきます。10年前、そんなことがあり、先代は地元の車の主治医が回収してくれましたが、その主治医が先ごろ亡くなられ、失礼ながら告別式には出られず、新盆参りをさせていただくこととなりました。
40数年、地元の車屋として我が家に限らず地元で走るほとんどの車の面倒を見ていた有限会社の社長は、「黒澤年男に似てる」とおだてると喜ぶ昔気質の親父でした。家業は娘婿さんがあとを継ぎ、何年か前からBLUEらすかるの専属ドクターになってくれていますが、ひと時代が幕を閉じるという虚無感は否めません。
あの挫折の日から10年。季節だけは規則的に移り変わっています。