Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

失効します?

4 Comments »
まぁ持ってただけだからねぇ。

まぁ持ってただけだからねぇ。

遠い昔に取得した教員免許。
制度が変わって、更新講習を受講しないといけなくなったのは何年前だったかな。
現時点では「現職教員でない方は免許状が失効することはありません」って文科省のホームページに書かれてますが、教職に就くにあたっては合計30時間の講習を受講しなきゃいけないそうですわ。

まず間違っても先生になることは無いけどね(笑)

深読みするは我にあり 和邇さんの手記007

深読みするは我にあり 和邇さんの手記007 はコメントを受け付けていません

来る3月11日、あの未曾有の大震災からちょうど5年を迎えるその日に、和邇娘姉が学生生活最後のステージに立ちます。あくまでも客演の一人ということで、けっして正規な演奏ではありませんが、想えば小学校高学年から大人のサックス教室に通い始め、以来中学高校大学と彼女の人生の実に三分の二を占めてきた音楽活動の集大成。長きに及んだパダワン時代の厳しい修行の末、そのフィナーレに自ら撰んだ楽曲は・・・

 

『モスラの歌』

 モスラ?モスラ?何故にモスラ?
 そういえば、『モスラの歌』の作曲者は福島県の出身とか。そしてモスラを映像化したのは同じく福島県出身の円谷英二氏。

そうか!これは東北の今後の安寧への祈りを込めた選曲に違いない。それに、娘が長年師事してきたサックスのマスターは、広島出身とのこと。『モスラの歌』の歌詞は、森羅万象の愛と平和を高らかに歌い上げたものでもある。この選曲は、娘からマスターへの感謝の意を顕すものでもあるのか!さすがは我が娘、意外なところで意外なことをしてくれるわい。と、感心しておりました。

そして昨日は演奏の合わせ練習。雨もしとしと降っておりましたし、大きくて重いバリトンサックスがあるので大変だろうと仕事を早めに切り上げて、いそいそと大学までお迎えに参じました。
 帰り道の車内で、最後の演奏曲に『モスラの歌』を撰んだ理由を娘に問いました。今年で24歳。すっかり大人になった彼女は、どのように考え、どのような答えを導きだしたのか。深慮の結果、如何にして『モスラの歌』を演奏曲に撰んだのか。さぁ娘よ答えておくれ。その理由を、この父に聞かせておくれ!

 

『社会人の先輩(女性)とのツインサックス。女二人っていったら“小美人”でしょ。小美人ていったら“モスラ”でしょ。これからは子供向けの楽曲もレパートリーに加えていかなきゃならないしね。アンパンマンとかさ(笑)』

 

東日本大震災からの復興に携わる皆さまに、一日も早く平穏が訪れますよう心よりお祈り申し上げます。

追伸:ライトサイドにおける覚醒、未だ成らず・・・

 

この手記のおかげで昨日の昼飯が決まっちゃうとは思いもしなかったさ。

 

あと1万キロだったのに・・・

6 Comments »

プロペラシャフト576950キロにて、プロペラシャフトのジョイントあたりから、後退するときのみですが異様な擦過音が発生。土曜日の夕方に入庫となったため、部品在庫の確認などはできず修理は翌週(今週のことね)回しとなりました。

うわー・・・あと10000キロでバッケンレコードなんだよぉ。というか、なんでお前は2月とか3月になると故障するんだよ・・・

咲いちゃったよ(これで毎年惑わされるけど)

2 Comments »

2016桜どうも今月初めに開花したらしいです。昨年が3月7日あたりでしたから、かなり早いです。

毎年これで花見をいつやるか読み違えているわけですが、この後必ず寒の戻りがありますから、やはり彼岸過ぎまでは油断できません。

まあ我慢比べな花見だったら来週でもいいと思います。

 

あ、私事ですが、19日と20日の週末は仕事で、とりあえず帰ってくるのが20日の夜ですので、我慢比べもそこは外しといていただけるとありがたいです。

アースカラー大予測

6 Comments »

E2007我々には抗えない筋から要請の出ました「ESCLEVスポーツタオル・アースカラー版」の制作ですが、今回は色そのものがシークレットと言われております。

さてひと口にアースカラーとは言えども、どんなところが一番似合うのだろうと予想を立ててみたいけれど、意外や意外、うちの家族はアースカラーについて左図のようなイメージを描いてやがりました。

 

それはアース柄だっ

 

ecこれまで、バンダナ(オレンジ限定インディゴブルー)、風呂敷(ダークグリーン)、ブックマーカー(エンジ)、スポーツタオル(マゼンダ)、マフラータオル(アトランティックターコイズブルー)とやってきているベースカラーで、風呂敷とブックマーカーがアースカラーと言えばそれに近いものでした。だからそこは重複を避けることになるでしょう。

それらを外したアースカラーの代表色が左表。といっても、ここで下馬評を出してもそれが決定稿になるかどうかは天の声のみぞ知るところです。はてさてどんな色が選択されていくのか、ささやかに抗いの声を出してみてはどうかとここに提案してみます。

 

 

 

お手伝い。

2 Comments »
電動ドライバー重い・・・

電動ドライバー重い・・・

新月サンのお手伝いで、鉄製台車のキャスター付け。
1台に付16本のボルト締めました(×50台)

始めは気にならなかったんだけど、だんだんドライバーが重く感じるようになってきて・・・ 握力も無くなっていくような気がする(汗)

フォースの連鎖

2 Comments »

wani777「和邇パパが送れって言うので送信します」

和邇お嬢妹君からの着信。しかし携帯のモニターではまったく読み取れないのでパソコンに転送してみると、和邇さんのところでもフォースの覚醒が始まったようです。

暗黒面の、でなければいいのですが(こらこら)

 

釜房ダムカレーレギュラー化(でも1日10食)

釜房ダムカレーレギュラー化(でも1日10食) はコメントを受け付けていません

宮城県川崎町にある国の直轄管理ダム、釜房ダムは、仙台市やその南の方の水がめとして管理されているだけでなく、ダム湖に国営公園が隣接しキャンプやらアウトドアスポーツやらインフラツーリズムのベースとしても活用されています。

そこに突如、昨年秋にダムカレーが誕生し、誕生の話を耳にしたときには1カ月限定、1日5食というデモンストレーションが終わってしまっていて、ネット上の写真でしか見ることができませんでした。

先日、知人から連絡があり「明日からレギュラーメニューで始まるようだよ。でも1日10食限定だそうだよ」という話。そりゃ行かなくちゃなるまいと行ってきましたよ(仕事しろってば)

全国多くのダムカレーは、ご飯がダムの役目を果たしカレーがダム湖を表現している事例を定番としていますが、釜房ダムカレーはこれを逆転させています。

発案者が頑固の変わり者なのです。しかしアイデアマンでもあり、プロデュース能力に長けているうえ、知らんぷりして「始まるようだよ」などと電話をかけてきやがります。

通称「釜房湖」は、写真のライスのような形をしていて、付け合せのサラダが国営みちのく公園を、カレーが川崎町の深い森をそれぞれイメージさせています。

するとダムの出番がない。

そこが釜房ダムカレーの企画の妙。県内在住の陶芸家に依頼し、わざわざダムの形をした器を制作してしまいました。福神漬けやラッキョウ、漬物の3種を乗せている蓋のデザインは、釜房ダムが放流する際の3基のコンジットゲートを表しているのだそうです。これを取り去ると、ダムカレーとしておなじみの、子供でも食べやすい甘口だけれど、レトルト食材を温めたのではないきちんと作られたビーフカレーが入っています。

こうなると、ご飯に上からカレーをかけるのは無粋に思えてしまい、ダム湖のまわりを埋めていくようによそるしかないと。しかしお子さんを伴ってこのダムカレーを自分でよそる、という楽しさもあります。

肉は川崎牛だそうです。いや・・・それ知らない。とたずねてみたら、A5ランク物は仙台牛として出荷されているらしい。カレー用はそのランクではないにせよ、けっこうたくさん入っているのがうれしい。

みちのく公園のロードサイドにある展望所を兼ねた「かもしか茶屋」では、1200円で出しています。ん、東北のよそのダムカレーよりちょっと高い? と思ったら、食後にコーヒーかデザート(アイス)をつけてくれます。川崎町内ではここ以外の何軒かで、限定10食ですがレギュラー化したとのこと。

東北では津軽、長井、摺上川、三春に続いて5番目のダムカレー。と思ったら、岩手県の胆沢ダムにもあるらしいので6番目? 後発とはいえ、いや後発ならではのやんちゃなダムカレーと言えるでしょう。

 

 

大人の階段のーぼる

2 Comments »
えーから早ぅくれっ!

えーから早ぅくれっ!

チビにゃずのカリカリを、大人用に移行中。
「一度に変えないように」とはどの本(とかネット情報)見ても書いてあるので、全量の5%とか10%とか混ぜてます。
・・・って言っても、既に婆にゃんずのご飯強奪してんだもんねぇ。いきなり変えても完食するよ、きっと。

そして相変わらず4.3kgしかない、いち之助。
でん助は5.8kg超えました・・・

月と星の中を♪

6 Comments »

spacerunaway spacerunaway・・・しているうちに25年ですよ。だいたいね、平成3年の3月3日が日曜日で友引(あれ? 大安だったっけかな)で雛祭りなんて、ガンドロワ級のトラップじゃありませんか。

「うちは小さくて設備も古く、挙式は日に最大5組しか対応できませんが、その分、ゆったりと進められます」

とか言ってた支配人が親切だった霞ケ浦湖畔のホテルはもう存在しませんが、蓋を開けたらあの日は12組もの披露宴がねじ込まれてましたよ。

挙式自体はまともでしたが、楽屋裏では新婦のお色直しの最中に「スタッフによる新郎取り違え撮影未遂」やら「花嫁の父礼服でも貫く白ソックスからの履き替え拒絶」やら「新婦コンタクトレンズ紛失」やら「結局高砂に戻れず廊下に置き去りにされる新郎」やらの大混乱(全部我が家)。これで3時間は講演できるぞというすさまじい1日でした。

午前7時に式場に入って、最後の来賓を送り出して式場を後にするのが午後4時。この間、乾杯のシャンパン・・・のふりをしたジンジャエール1杯しか口にできず(ケーキ入刀のあと、披露宴の場にいたのはキャンドルサービスと両家親への花束贈呈くらいしか記憶にない)、二次会の会場へ赴く前にマクドナルドに立ち寄った日から、なんと四半世紀ですよ。

これが自分の運命を決めたのか、その後某だいすけさんとか某ふっじいさんとかの挙式に御呼ばれしたものの、披露宴会場では気忙しく動き回るものなのだよという「自分の席にいない」人生が続いております。だから人に頼まれて媒酌人なんか引き受けちゃったときには、もう高砂に座りっぱなしが「こんなんでいいのか」と不謹慎思考が湧いてくる始末。

ことしって、あの年みたいに暖冬です。急きょ、行き当たりばったりで新婚旅行に出かけた安比まで、まるで雪が無かったあの年、うちのエスクードはまだ1型のハードトップ。茨城から盛岡までの遠いこと・・・と思っていたのが、今や茨城・仙台なんてたった3時間だろ。だものなあ。