原作漫画を読んだことが無いのです。
なんで買っちゃったかな・・・
手に入れるなら第二版以降ものだよね(なんだその理屈は)
NHKの「SONGS」に松任谷由美さんが出て、おとといリリースされた「宇宙図書館」とのタイアップか国際宇宙ステーションとの交信に始まり彼女の宇宙観を紹介しながら、1曲目に歌われたのが新譜ではなくて「VOYAGER~日付の無い墓標」。この曲は同名のアルバム(写真の右)がありながらそれには収録されていなくて、何年か後のベストもの(左)にようやく入れられるまでは、あの「さよならジュピター」のサントラ盤を持っていなければ聴くことができない楽曲でした。
それには理由があり、アルバム「VOYAGER」は83年リリース、~日付の無い墓標は84年リリースシングルだから無理もない。でもベストの「NeueMusik」(98年)に収録される頃にはさよならジュピターの方が忘れ去られてしまいました。
話を戻して次に流れるのがトークの合間の「瞳を閉じて」を別にするとその「VOYAGER」に入っている「不思議な体験」。今聴くと歌詞がなんとなく怖いんですが、ニッカウヰスキー・マイルドニッカのCMに使われていた、やはり30年以上前の曲。
そして、自分もいつか無くなってしまうけれど想いや記憶を残し繋げていきたいという「宇宙図書館」。ユーミンなりのアカシックレコードを紡いでみたいと願う、アルバムと同名の楽曲ですが、宇宙という括りのためかつい、ヨコハマとかショーナンとかでぶいぶい言わしてた(かなり誇張入れてます)楽曲たちはそれこそ遠い別の宇宙の彼方のようです。
しかしPRサイトのデモを聴いてみると、御年によるところの声色は置いとくとしても、ちょっと遠くなってしまった感があります。まあまあ荒井さん時代から44年も聴いているわけですから、それらを聴く人たちによっていつごろの彼女が心を鷲掴みにしたかはまちまちですから。
番組では3曲のみの、しかも2曲はずっと以前の歌を選曲してましたが、当時モノの声との違いは置いとくと言いながらもかなり哀しくなり、そのくせ新曲の声はああなるほどと思わせるのが不思議です。この2曲を昔のライブラリから引っ張り出してくるなら、せめてもう1曲「VOYAGER」に入っている「青い船で」を歌ってほしかった。でも今の声で歌うと愕然とするのかもしれないし、複雑な思いです。
オマケというわけではありませんが、このロボットたちがマイルドニッカのCMキャラクター。これ知ってるんだから、ああなんかもうおれっておぢさんの域を過ぎたな。
去年の2月に錆落としして塗装したワイパーアームでしたが、錆落としが不十分だったためか塗装の下からじわじわと新たな錆が浮き出してきて、これが目の前でぶんぶん動くのでもううっとおしいのです。侮れないのです、東北の冬道と融雪剤の脅威。ぷらすBLUEも車検の折に紫外線でぐずぐずぼろぼろになっていたステアリングコラムカバーを新調してやったことだし、こっちもここらで手入れをしてやらねばなりません。
てことで、荒療治です。アームごとワイパーを新品に交換。
・・・なんだこのとっても雑にしか感じられない手入れ。一番効果的な手段なはずなのに!
彼らの世界においては、兄・南波六太はことしどこかの自動車メーカー関連デザイン会社に就職したばかり。日本人初の月面到着者となる予定の弟・日々人もまだ大学生です。でもあと10年か15年の後には、現実の世界の日本人宇宙飛行士が、南波兄弟と同学年で宇宙にいることは間違いないでしょう。
気象庁が本日に打ち上げを引き延ばしていたひまわり9号を宇宙へ持って行くH2A31号機の外壁に「宇宙兄弟のモザイクアート」が掲げられるのは、そういった世代が抱く宇宙への夢と希望を代行して表現するものです。
しかしひまわり9号は打ち上げ後すぐに運用されるわけではなく、一昨年打ち上げられた8号が役目を終える2022年までバックアップ待機し、その後2029年初めまで観測に使われるという気の長い計画。日々人は2025年に宇宙へ送り出され、六太は28年時点では宇宙飛行士に選抜されているものの地上管制にあたっているので、六太が月に降り立つ時代にはひまわり10号が運用されていることになります。
その前に、アメリカが再び有人宇宙計画を自前で打ち出すようになっていく必要があるし、日本のロケットももっと宇宙事業に活用されていなくてはなりません。夢と希望の10年を背負っている現在の宇宙開発には、なかなか大きく重い使命があるのね、という感想を抱いています。
正しくは「つくばーどin津久井浜Ⅱ」です。
採り放題食べ放題のみかん狩りが、本年も和邇さんの企画で成立しました。が、どうも和邇家は開催日も含めてその前後の日曜日が忙殺状態の大ピンチらしいです。
・・・おいっ、開催日もかっ!
↑それこそやめんかっ
まあその辺はどうにかなりましょう。それよりどうにかせねばならないのは、昨年のつくばーどでの収穫量が、みかん農園オーナーの小林さん曰く「あんたらやる気あるのかーっ」というほど採り足りなかったらしく、「あれで採り足りないのかよっ」と反論しようものなら腹を抱えて笑われそうな雰囲気なのです。
ということは、我々としては「みてろよこのやろーっ」くらいの勢いで臨まなければ返り討ちに遭うなあという懸念が出ております。そんなピンチも加わってますんで、家族総出、彼女引き連れ、彼女紹介してやるぜの釣り(誰かそういう人いませんか?)も含めて、大挙して津久井浜に殴り込まなくてはならない主催者側の事情があったりなかったりするのです。
↑という鼻息荒かった和邇お嬢妹も今回は動きが取れないらしい・・・
まあまだちょっと先の話ですが、主催者も黒幕も昔から根回しが下手ですので、正攻法でアピールするのみです。今月23日、皆様こぞってご参加ください。
ところでこのあとの予定ですが
となります。すいません、そこしか取れませんでした。いやまさかね、クリスマスイヴに忘年会設営するのはさすがに気が引けましたんで。
尚、直焚火の会はこれ以外の日時でつくばーど基地を提供します。
飲んだくれでならず者の鍛冶屋のジャックが悪魔をだまくらかして(このくだりは長いので省略)自分の魂を奪わせない約束をしたがために、彼は死後その報いで天国に行けない身の上だから地獄に赴くものの、あの悪魔と再会して「お前の魂は獲らない約束だぜ」と地獄からも追い返されてしまう。ただそのとき、もともと人の好い(人なのか?)悪魔は地獄の炎のかけらを分けてくれたので、ジャックは近くにあった蕪をくりぬいて炎を収め、ランタン代わりにした・・・
ケルトの伝説じゃ蕪だったのに、しかもそのくりぬき方の伝わり方は世にも恐ろしい形をしていたのに、この逸話がアメリカに渡ったら蕪が無かったものだから南瓜で代用されてしまい、ケルトの宗教感も薄れてパーティーグッズへと凋落してしまうのでした。
ところで南瓜はもともと中南米が原産地で、アステカ、マヤ文明の頃には重要食糧であったことが知られています。だけど現在、世界第一位の生産国は中国。種が食材となっています。アメリカは生産国としては第五位くらいですが、彼らは律儀にジャック・オー・ランタンのために観賞用カボチャってのも作っているのです。
わが国にはポルトガルからカンボジア経由で持ち込まれたらしく、かぼちゃ、の語源はそのあたりにあるようです。中南米原産の割には、我が国の生産トップは北海道。中南米でも標高の高い寒冷なところで生まれたのかなあと思ったら、第二位が鹿児島県と、けっこう生命力が高い。でもって日本ではオレンジ色のパンプキンよりも緑色のスクウォッシュの方が一般的ですが、これまた律儀に日本でもジャック・オー・ランタンに緑色の奴は普及していません。
もっと言っちゃえば、すでにアメリカで宗教色が薄れていますから日本でなんてもう初めっからグッズの域。しかも、日本には江戸時代から生産されていた干瓢があるのに、蕪から南瓜へと転じたいきさつを重んじ干瓢で代用する・・・などというユーモアも(栃木県内ではやってますが)一般化はせず、今さらあとへは引けないぞとばかりにオレンジ色の奴らがはびこっているのです。
さてもハロウィン。先日利用したファミリーレストランの洗面所にも居やがりました。が、こいつがいるだけで、普段は何も考えずに手洗いに使っているハンドソープの色が、なんとなく怖くなっちゃうところが不思議です。これ写真に撮ったら濃紺なんですが、肉眼で見たときにはほうれん草でも煮詰めたのか?というほどおどろおどろした濃緑色に見えてたのよ。
グッジョブな飾りつけだぜデニーズ(もちろん褒めてます)
「初恋の日」と「たまごかけごはんの日」が同居している10月30日。朝飯に林檎をかじるか生卵をご飯にかけて食うかを、ちょっと迷っていると、両方出してあげるわよと家内は前日の買い出しで、地元にも出回ってきたシナノスイートと卵のパッケージを入れていきます。なぜ林檎? と言えば「初恋の日」のもとになった島崎藤村の「初恋」という詩の中に林檎が登場してくるからです。制定されたのは後年のことですが、この詩が書かれたのはいまから120年ほど前です。
たまごかけごはんは・・・「日本たまごかけごはん楽会」(島根県)が2005年に制定したものですが、毎年学術民族博物的なシンポジウムが開かれているそうです。早食い大会などもやっているようです。10月30日、78年前のアメリカでは「火星人が攻めてきた」というオーソン・ウェルズのラジオ放送で国中がパニックに陥った史実がありますが、我が家では「宇宙戦争」なんか知ってる家族がいないので、朝飯の献立ばなしでほのぼのと盛り上がるのであります。