長く使ってきたタウンユースのジャックウルフスキンをほぼ退役させ、その後継として使い始めたやっぱりジャックウルフスキンのタウンユースが、いろいろとコストカットされていてちょっと以上に残念。この手の昔ながらの鞄なのに、サイズはタブレットスケールで、A4ファイルを押し込まねばならない窮屈さ。サラリーマンの通勤鞄がツーウェイのリュックサック主流になったのがいけない。このメーカーにもそういうのがあるけど、外歩き仕事には絶対に向かないと思っています。
デニム風ですがペットボトルのリサイクル素材。それは良い。でも一眼レフを押し込んだらA4ノートパソコンはもう入らない。その逆もまた然り。1個ずつ刺繍されてきたブランドロゴは大量生産向けワッペンになりましたが、まるで50年代の学生鞄?というこのとめ口金具にはやられました。意外なところに隠しポケットがあるのは、その実使いにくいんだよ。あと少し収容量が欲しかったけれど、使いたい形の手ごろなサイズがこれしかないので、どう使いこなすかですね。
ヒトが外出自粛に耐えている中、森の木々は野生のものも植樹されたものも新しい緑をどんどん開いています。恐竜が滅んだり他種の生命が絶滅しても、植物という広義の生き物は、いくつかは絶えていてもすべてが消滅していないのだから、ほぼ地球最強の種なんでしょうね。
みどりの日ですが、うっかりすると曜日の感覚がわからなくなりそう。はやいとここの自粛テレワークを抜け出したいです。
しかしながら越境してくる他府県ナンバー車の絶えない天狗の森です。こんなところへやってきて何が楽しいのよ? と言いたくなるくらい、知らないうちに有名なところになってしまったようです。半世紀前だったらバーベキューガーデンやら鉄板焼きのできる蕎麦屋やらパン屋などが常設されていたけれど、今はソフトクリームとコーヒースタンドしかない。もっともハイカーやチャリダーにはそういうのは必要のない時代なんでしょうね。
ところでこの連休(そのあとも、かもしれない)天狗の森全山、駐車場は封鎖されておりますので、念のためお知らせしときます。それでも毎日毎日たくさん来てらっしゃるんだわこれが。山から下ってきた最終コーナーを華麗に突破して民家に突っ込む馬鹿までいます。
人と会わないと仕事にならないって書いたばかりですが、そのフェイズが完了すればいくらでも引きこもれるのが僕の仕事で、これをよくよく分析すると一番集中力を高められるのは家人が寝静まる夜中から明け方にかけてです。日中のオフィスはノイズだらけになりますし、家人ではなく他人が同居するからこれは不可能で、しかも2時間以上を費やして鉄道で都内へ出ていき帰ってくることを考えたら、日中の机仕事はばからしくなってやってられない。
しかしそうなると、俺は日中さぼっていることになってしまうのか? という強迫観念にもかられるのです(うそ、毛ほども思っていない)。端末を持ち歩ける時代、よほどの山奥にでもいなければ連絡など容易。机(座席)にいない奴が何をしているかわからない先入観だけで測られてはたまりません。だから人と会わなければ云々にもつながるのだけれど、僕の場合、そのよほどの山奥にも行くのでいろいろ困ったことも起こります。
そういえば2月のこと、久々にケータイの圏外というのを体験して、3時間ほど行方不明になっていたらしいです。これがそのよほどの山奥どころか、ちょっと走れば舞浜のリゾートゾーンという浦安市の工業団地内でした。どういうわけか基地局が撤去されているところで、IP電話を設置しないと連絡の取れない事務所にお邪魔していたのです。
そこの仕事を終えて移動するぜと事務所に電話を入れようとして気が付いたのですが、この間、留守電着信とメール着信がものすごいことになっていた。で、このゾーンを脱出してからひとつずつ連絡し直すも場所が場所なだけに、誰も信じてくれない(笑)
いま、全都道府県緊急事態宣言のさなか、「東京への通勤は極力自粛してね」などと簡単におっしゃる県知事の言のもと、ま~日ごろの行いが悪いから在宅仕事のどれ程を理解してもらっているのかなあと思いながら集中力を引き出す日々。ウイルスの脅威は東日本大震災の頃とは異なるリスクで迫ってくるのですが、あの当時の単身赴任の作戦室を思えば、確かに気分は楽なのです(これ、気楽、なんて書くとまた誤解される)
ここ数日の出来事
車のハードディスクで編集中のプレイリストに、なにげに(しかも当てずっぽう)これまで一度も聴いたことのない女性ボーカルの「ある曲」を加えた何日か後、WOWOWで録画していたアニメ映画を初めて観ていたらその映画のエンディングに同じ歌が流れた。
先日のぽかぽか陽気の折、「菜の花畑に入日薄れ~♪」とか鼻歌を歌いながら帰宅したら、翌日の朝ドラで子役の女の子がそれを歌った。
珍しくつくば市役所からの帰路で道に迷い、腹も減ったし〇〇寿司かなんかで昼飯食って行きたいけど学園都市内だとどこだったっけ? と、初めて入り込んだ団地の路地を適当に曲がったら〇〇寿司があった。
その〇〇寿司で「すみっコぐらし」のキャンペーンをやっていて、Lサイズのコーラを頼んだら缶バッジをもらったのだが、いきなり全六種のうちのシークレットだった。シークレットなので柄をお見せできません。が、「すみっコぐらし」って何?
よく立ち寄るコンビニエンスストア手前の交差点で信号待ちしていて、そういや以前、この街道を走っていたらコムロさんが前を走ってたなあと思ったら、交差点の向こう側でコムロさんが信号待ちしていた(おいおい、良くない前兆って言っちゃっていいのかよ)
突然な寒の戻りで肌寒すぎるので、チャーハン食いたかったけどラーメンにしようと某喜多方ラーメン店に入ったら、開業時にはやっていなかったラーメン・チャーハンセットが始まっていた。
娘らとつのだじろう談義になって、「恐怖新聞が配達されてくるプロセスは案外こわいぜ」とか言ったら、マミポコさんが「友人氏とラインしてて久々に恐怖新聞とかうしろの百太郎とか読みたくなったマン」とツイートしていた(おいおい、以下コムロさんのとこと同文。でもこれで確信)
事実は小説より奇なりと言いますが、それだけにどれもこれも本当の話に見えないでしょうけど、異様なまでのニュータイプ覚醒状態です。こんなんで良いことが起こるとは思えない自分が情けない。
先日のこと、荷物運びに使いたいのでとBLUEらすかるで仕事に出かけて行った妻が夕刻帰宅してきて、テレワークは夜中にほとんど終わってしまって日中暇を持て余していた僕に意外な話をし始めました。
「ホームセンターで荷物を積んでいたらね、五十代くらいのおじさんが声をかけてきて、『失礼ですがFOOTMARKSの関係者の人ですか?』と言うのよ」
その人は、BLUEらすかるのリアクォーターウインドーに貼られた「FOOTMARKS」のステッカーに気が付き、話しかけてきたそうです。「FOOTMARKS」というのは80年代から90年代に筑波研究学園都市で開店していた、喫茶店の名前です。当時の常連客の大半はこのステッカーを車に貼っており、うちでもほぼ歴代のエスクードに、これは貼り付けられていました。お店は最終的に、2000年の暮れに閉店して久しい過去の記憶です。
我々にしてみれば、何かしら意識することもなかったけれど、確かに今だと20台も残っていないと思うし、妻が出かけていた水戸市の街なかでこれを見ることは稀以前にまず無かろうなあと思いました。
「なんでも、若いころに筑波住まいで、お店にはよく行っていたんだって。懐かしくなったみたいだった」
その人はきっと、夜から閉店時間過ぎまでたむろしていた僕らとは異なる時間帯に通っていらしたのでしょう。お店もとうに無くなり軒にかかっていた看板も、今は別の場所で記憶の証人として残されているのですが、残念ながらそういったお話をすることができないすれ違いとなりました。でも、あの店に通っていらした人がステッカーを見かけて声をかけてくれたことは、とてもうれしいことでした。