我が名はテオマチャ-037
いつまでも静岡山梨長野の旅行記を続けるのもアレなので、総括としてクロスビーがどんな走りをしてくれたかという話で結んでいくことにします。4人乗車で各自の荷物を一個ずつ積むと、さすがに狭くなったり重くなったりするだろうと思ったら「すぐに出さなくて良いものは床下収納します」と荷室の下のスペースにかなり収まったしまい、後部座席に窮屈さはありません。しかし山登りは不得手であろうターボ無しはどうかと、国道300号で南部町から本栖湖までワインディングを走らせたら
「アクセルの踏み加減がわかればけっこうぐいぐいと登りますねえ」
BLUEらすかるΩと比べると、リアサスはノーマル仕様だけにいくらかごつごつしますが、四駆ということもありそこそこ踏ん張るようです。足元は格段に広い。シートも一人だけなら後席で横方向に寝ていられます。500キロ走ってきてモニターしていた平均燃費を聞いたら「リッター24.7キロでした」・・・恐るべし最近のコンパクトスズキ!
つくばーど®in妙高高原19開催してます
いろいろけん引力も衰えてきたし、現地の環境も劇的変化を始めているしで、長く続けてこられた妙高高原でのつくばーど®も今回が最後になるかもしれませんが、「最後にします」とか言って来年やっていたら「ヤマト」や「ガンダム」の轍を踏みかねないので宣言はしないでおきます。でもたぶん、雨降りです。これを覆せれば、霙は本物の晴れ女なのですが、今回クロスビーが初参戦です。しかも、助手席が・・・という、あっと驚きの妙高高原19を開催しております。
という懸念は一蹴されまして、栃木と群馬の線状降水帯で北関東道の土砂災害通行止めもありながら、偵察に向かった杉野沢林道は雨上がり。予定通りに乙見山峠までの冬季閉鎖も解除され、峠は霧が巻いていたものの無事にトンネルをくぐることができました。なんだかんだ言って僕と霙は晴れを呼ぶ一族なのです。日曜日なんか日差しでみるみる日焼けする始末です。皆さんに励ましもいただきましたので、2027年の妙高高原20は、やらせていただきますよ。
我が名はテオマチャ-036
まだ先日の旅行を引っ張っていますが初日に清水の予定が静岡まで行くこととなり、そのあと中部横断と甲州いろは坂経由で河口湖まで移動したところで朝飯をどうしようかと霰が検索をかけて見つけ出した喫茶店です。長いこと三軒茶屋でレストランをやっていたお店で、昨年こちらに移住して、喫茶店とゲストハウスと雑貨屋に転向したとか。ネット検索では簡単に見つかりましたが、いざ行くとなると楽にはたどり着けない、面白い。そういうところにあります。
フォカッチャを主体に、フォカッチャでモーニング出すのかと良い意味で驚きましたがこれがまた美味い。先月の地震もものすごい縦揺れだったそうですが、食器は一個だけ床に落ちた程度で済んだとか。河口湖に出向くことがあったらまた来ますよ。などとお店の人と対話できるくらい、朝の時間帯はお客が来ない。1時間ほど滞在して店を出たら、駐車場の反対側に店主のクロスビーが鎮座しておりました。おぉ、もうすっかり他人のような気がしない(笑)
そして種山高原で・・・和邇さんの手記088
女川でエビフライ🍤食べ損ねたンで 何故か種山高原でリベンジ(笑)🐊
久々の和邇さん東北漂流のようですが、はて、「献立の少ない料理店」にエビカツカレーなんかあったっけ?と思えば、次に送られてきたメールと何点かの写真で衝撃の事実が!
冷やし担々麺は ちょっと·····
・・・おいっ、なんだこれは!
特製ラーメン・銀河鉄道の夜が無くなっている!
なんということか。あんなにうまい、夏冬問わず食える(夏でも涼しいところだから)マイルド系担々麺が、献立落ちするとは!(冬は復活するのかと期待できない。ここは、10月末から4月末まで冬季休業)
その代わりに、おそらく今年限定と思われる記念献立がふたつ・・・ これは和邇さんから「行け」と暗黙のプレッシャーがかかったということですね。
我が名はテオマチャ-035
先日の「30年経っちまったよ」の第二幕です。TA11Wに乗り換える前の年の夏ですから1994年。エスクード歴まだ5年というこの頃、そのTA/TD11W自体この世に登場していなかったけれど、それでも「エスクードにV6エンジンが載るってよ!」という噂は流れていました。我が家にはすでに93年式の1600ノマドがありましたが、そちらは親父か雫さんが乗っていたため、僕の遠出はもっぱらこのヘリーハンセン・リミテッドでした。で、野辺山の原点はこれ(一番上の写真。1966年)
でもって2026年7月。雫さんと霰がチェックアウトの手続きをしている間に抜け出して、霙を連れてきました。齢はとりたくねえよと思いながらも、こういうシーンを思い描く楽しみには勝てません。それにしても約500キロほど走って、同型のクロスビーにはまったく出会わず。1000ccターボはよく見かけたのですが。前日に立ち寄った桃のスイーツ店で、霙よりは年上らしい女性が「あー、クロスビーこんなふうに変わったんだ。けっこうごつく見えるね」と、彼氏らしき男性と対話しておりました。
我が名はテオマチャ-034
Ninox theomachaという学名をつけたのがナポレオンの甥っ子ならば、これを「セグロアオバズク」と和訳した人もいるわけです。日本で鳥類学者と言ったら山階芳麿博士だろうかと思ったらやはりその通りでした。ジムニーに乗っていた頃、バードウォッチングでもやろうかねと大枚はたいて買った゜世界鳥類和名辞典」は、まあ「見た鳥を識別確認しよう」と考えていた僕には大きな的外れだったのですが、ようやく(だってこれ高いんだよ)回収できました。
この辞典は図版付などという生易しいものではなくて、ひたすら鳥の学名和訳を列挙しているだけの、だけの、なんですがとてつもない情報量ではあります。日本における野鳥などの名前の付け方は、アメリカの鳥類学とは少し異なり、神話だの寓話からのイマジネーションよりも、体躯のどこそこがちょっと違うといった特徴をもとにしています。アオバズクの仲間だけれどお腹の模様と背中の羽の色がニューギニア固有種ならでは。という観察から、セグロという冠が付けられたのです。
ミミズク科すら無いというのに耳があるからミミズク、よりは科学的な視点ではあります。この山階和名は、辞典においては世界中のすべての鳥が同様の方法で名づけられているのです。山階博士がこの名前を考え出していなければ、霙がクロスビーの車体外観特徴から「せぐろさん」と名付けることもできなかったというわけです。霙の命名方法も、山階和名の付け方と同じというのは、その方が説明抜きでもわかりやすいのかもしれません。
だからといって、テオマカ(マハ)をテオマチャと呼んでしまった僕の場合は、それが公には間違ってんだよという事実を曲げることもできません。参ったね、もう34回も連載に使っちっゃてるし、このまま貫き通すしかありません。
我が名はテオマチャ-033
前回のあらすじ・・・ではありませんが、ナポレオンの甥っ子がなんだってまた鳥類学者なんだろうって話は、彼のとーちゃんの因果が子に報いたもので、このとーちゃん、兄貴(ナポレオン)の反対を無視してとある未亡人と駆け落ちなんかしちゃったものだから、一族もろとも皇位継承権をはく奪されたのだそうです。シャルルさん、そりゃ家系を恨むと言えば恨むよねえ。てことで彼はイタリアからアメリカに渡って鳥類学者として身を立てたのだそうです。
そんなこととは関係なしに、後に新種として見いだされ「二ノックス・テオマカ(マハ)」と命名されてしまったセグロアオバズクですが、これはフクロウ目フクロウ科の鳥。それは至極当然のことですが、えっ、ミミズクでしょ?と思うじゃないですか。でも分類学上ミミズク科という種別が存在しないのです。古来、フクロウの類は「ずく」と呼ばれていた生き物で、古代の人はフクロウの鳴く声が「つくつく」と聞こえていたらしい。「ほー、ほー」と「つくつく」・・・この聞こえ方の違いがなぜ今に至るのかはわかりません。少なくとも後者の声を聞いたことがない。
夜行性の猛禽はみんな「ずく」。でもその中に「こいつ、耳があるね」「じゃあミミズクと呼ぼう」と言い出したのは日本人の適当な判断。そもそもミミズクの頭にあるのは羽角というもので耳ではない。耳であるわけがないから、もともと外的特徴には耳のような形のもののないフクロウそのものなのです。でも、こんないい加減な識別がまかり通ってしまったため、ミミズクと呼んでも咎められることは無いようです。クロスビーのアイコンもまたミミズクモチーフと説明されていますがこれも間違いではなく、ないんだけどお前らはれっきとしたフクロウなんだよと、言うだけ段々むなしくなっていきます。
それを踏まえて言いたいことは、我が家に来るアオバズクもパプアニューギニアのセグロアオバズクも「耳・・・いや羽角が無いけど」、クロスビーのミミズク同様全部フクロウです。というか、ミミズクには羽角があるというところがややこしさを生んでいるような気がする。コノハズクは羽角があるからミミズクの部類に認知されているのに、羽角があってもシマフクロウはミミズクとは呼ばれないのです。あーめんどくさい。鳥類学者さん、ミミズク科をなぜ作らない?
愚痴を言ってもせんないことなのですが、このような慣例によってアオバズクもセグロアオバズクも「耳、じゃなくて羽角ないのにミミズクと混同されがち」な境遇。だれだよこんな慣例定着させちゃったのは。と、長くて済みませんが次回でこの項終わらせます。
Crescent Moonの咒
一昨日のこと、横浜の磯子区の高台まで仕事に出る人となり、湾岸線渋滞を回避すべく現地の予定時間より早めに到着して喫茶店でモーニングを食っていました。天気予報で言われているほど湿度は上がりそうもなく、まるで6年前にBLUEらすかるが地球帰還を果たした日のようなツーリング日和(仕事しろ)。三浦半島あたりは海風が気持ちいいだろうなあと思ったのですが。
うぁ・・・今日は第三の火曜日だよ
仕方なく素直に仕事をこなして、実は前日が海老名、金曜日が厚木、木曜日に海老名と走りづめでいささかくたびれていたこともあって、三浦海岸のスペアリブはあきらめ、横横に乗って湾岸線の西行きのコースをとりました。
オチへの伏線は朝の喫茶店から和邇さんに送っておいたメール。
「こんな良い天気なのに第三の火曜日だよー」
そのあと仕事と移動で、ケータイをほったらかしにしていたのが痛恨の展開を呼び込んでいました。
「立ち寄るかもしれないよって電話入れといたよ」
なななな、なんだとーっっっっ
その返信を見たのは夜になって帰宅してからでしたよ。やっていたのかBLUEMoonっ とは言ったものの、16日は満月どころか「二日月」(新月の翌日、クレセント・ムーンのこと)。うーむ、やっぱり仕事はまじめにやってちゃだめなんだなあ(んなわけねーだろうっ)
我が名はテオマチャ-032
「テオマチャ」ではなく「テオマカ」と呼ぶのが正しいことだと確定してきました。まあそれはいいんですが、024においてケルト神話の戦いの女神について触れている点について補足調査したら、「テオ」=神、「マカ(マハ)」=戦と和訳され、これ実際には「神に抗う者」という意味らしく、つまり西欧においては女神というより「魔女」扱いのことだと補正情報が得られました。夜行性の猛禽ですから、そういったダークサイドのイメージをかぶせられるのも無理はない。
ギリシャ神話だと、フクロウはアテナやミネルヴァの使いとして出てきて、アテナなどは夕暮れにこれを人里に飛ばして聞き耳を立てさせ諜報活動に使ったと言われていますから、遠巻きに怖がらせる記号をフクロウという種に埋め込んだ奴がどこかにいたのでしょう。
本題。そしたらなんでまた、パプアニューギニアにしかいない留鳥種のセグロアオバズクが「二ノックス・テオマカ(マハ)」なんて呼ばれているのか。どこのどいつだそんな名前つけやがったのはと掘り下げましたよ。シャルル・リュシアン・ボナパルトという鳥類学者に突き当たりましたよ。二ノックス・テオマカ(マハ)の命名は1855年のことだそうです。ボナパルトって・・・この人、かのナポレオンの甥っ子だそうです。が、お前なんでそんな名前つけたんだよ?と調べたものの、彼が見出した100種に及ぶ新種の鳥の1種にすぎないので、命名由来なんか残ってもいない無責任野郎だったのです。←暴言
出自が出自の人だから、叔父貴に対する抵抗とか劣等感とかから、アテナの使い魔やケルトの神話に出てくる魔女などをもとに神=権力に対して抗うとか戦うとかのイメージを浮かべたのでしょう。うぬぬ、今更だけど迷惑なことをしてくれたもんだよ。霙が青い車体で黒い屋根のクロスビーに「せぐろさん」という愛称を付けた折、その肉付けとしてスズキがモチーフとしたミミズクや、我が家の庭にやってくるアオバズクといった記号をもとに、偶然にもセグロアオバズクを見つけ出した面白楽しい命名譚だったのに。
しかしです、この勉強やっていて、ミミズクやフクロウに関する知識がいくらか増量できました。長くなるので次回に持ち越しますが、予告的に言うと、「生物学的な分類上、ミミズク科というものは無い」だそうです。

