Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

情報誌の限界

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パーキングエリアやサービスエリアで手に入っていた情報誌「HighwayWalker」が、とうとう事実上の廃刊という休刊になり、本日からウエブサイトに移行するようです。最近は紙質のこともありページをめくりにくいし開いておいたらすぐ折れてしまうし、それ以前に「棚から消えたことがないほど毎号山積み」の様子から、とうの昔に需要は見込めない冊子だったことも否めません。カーナビスマホナビの時代にあっては、ページ後半の高速道路地図なんか、縮尺上何の役にも立たなかったし。

それでも、PA、SAごとのうまいものや土産情報、毎号それぞれのエリアにおける観光ヒントとなる話題などはけっこう参考になっていました。いつごろから読んでいたのか遡ってみたら、2014年1月に別の話題で書いていたので、あぁ、けっこう創刊の頃(引用しているのは創刊2号あたり)から手にしていたんだと思い出します。今は女優として大成した小芝風花さんがまだ「魔女の宅急便」公開前のインタビューで登場しています。

その頃から思っていたのは、このインタビュー欄で写真を撮っているカメラマンの腕前がなかなか良いなあということで、当時は小芝さんの少年っぽさがうまく表現されていたのです。うーむ、ますます高速道路情報誌の話からかけ離れていきますが、これが無料配布だったのもすごい。悪く言えば「そんなもんにコストかけやがって高速代値下げしねえ」なんですが、ぼやいてもしょうがない。最後にもらってきた号のインタビューは蜂オーグ役で「あらら」が印象的だった西野七瀬さんでした。

さながら霞める朧月夜

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とか言って、そんなに霞んでいないし山の端すら見渡せない明け方の月ですし、いまちょうど下弦の月の頃なのと天気も悪かったので、これは月曜夜明け前の月で便乗です。僕のコンデジではもはや、風花さんの撮影したような月夜の月はまともに写せなくなりました。それに比べてスマホ搭載のカメラの何と写りの良いこと。あとは腕前が追いつけば完璧ですよ。夜間撮影は今後はpixel10主体にした方がよさそうですが、その腕前がねえ、まだまだこの程度です。

入日薄れる大分前

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今年こそはと菜の花の色の映えたやつを撮りたいと、出かけた先であれこれ菜の花畠を眺めるのですが、なかなかこう、ここだなあという場所に行きつきません。有名スポットに車を寄せるわけにもいきませんから、名もない路傍のとっておきを見つけ出したくて、週末の雨降りの前に、今年はここかなという場所に通っていました。金曜日以外はすべて曇天か小雨でお話にならず、通った割にはなのか通ったからなのか、少しはマシな日当たりに巡り合えました。

風花さんの記事に青影さんが「あるよ」とコメントと動画を入れてくれていて、やっぱり河川敷やその堤防法面はいけるなあと見入ります。堤防の上、というやつは、先代の最後のウェブ頁に2022年春の風景でトライしていますが、背景が曇天で台無し。今年選んだ場所もようやく背景の稜線や桜が引き立ってくれる晴天。だけど入日薄れる頃まで仕事もせずにとどまってもいられないので、これで課題はクリアです。まあ腕前の方ははなっから期待してません。

二代目(船の方ね)

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ぷらすBLUEことTA01Rで都内に来るのも久しぶりで、豊洲で高速を降りた後にどこか撮影スポットは無いものかと晴海の街へ迷い込んで、1965年ごろの東京モーターショーに連れてきてもらい、80年代にはコミックマーケットに出かけていたりの夢のあと状態な夜明け前。路地を曲がったらふ頭の突端で行き止まりで、やむなくUターンしたらば、巨大なマストがそびえていて、ちょっとの間車をエンジンも止めて眺めてみたところ(駐車場に入れろよ)、二代目日本丸でした。

初代はみなとみらいに係留されているのが有名ですが、晴海にも海技教育機構の桟橋があるとは知りませんでした。機構のスケジュール欄を見たところ、二代目日本丸は先月末にシンガポールから帰ってきて、16日に東京港に入ったようで、来月早々に出港するようです。偶然にもぷらすBLUEとのツーショットチャンスを得ましたが、16日といえばBLUEらすかるの廃車手続きを行った日です。惜しかった。BLUEらすかるで撮りたかったねえ。

 

最初の一歩

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僕がスズキエスクードに乗り始めたのが1989年6月のこと。この年の11月、福岡市百道浜にポストモダンな集合住宅が完成するのですが、これが建築家マイケル・グレイヴスによる日本で最初の建築作品。その後96年にも超高層マンションが建設されています。この年に、後にBLUEらすかるとなるエスクードТD61Wが生産されました。グレイヴス氏の建築には、落ち着いたアースカラーという意匠上の特徴があり、青い車体の背景にはもってこいの取り合わせになるのです。

というわけで、まさか福岡まで自走するわけにもいかず、東京の月島の高層マンションは沿道に停めたらほぼなんだかわからない背景になってしまうとなかなか難しい。けれども、国内に10作品しかない氏の建築の一つが、つくば市にあるので、先週のことですがそこに行ってきました。92年の竣工なので、僕が乗っていた89年式ヘリーハンセン・リミテッドも撮りに行くことができた時期がありましたが、当時はそういう図々しさもなく、写真は残っていません。

Bem-vindoトーキョー

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以前イタリア街に持って行ってますから、BLUEらすかるΩの東京は二度目なんですが。

ついローアングル気味に撮ってしまうため、向こう側の夜景が全然映えない上、曇天の空がはっきりしすぎました。これで手持ち撮影なんだから、pixel10って恐るべしです。

最後のTOKYO

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のんびりと場所を選んで出かけている時間的余裕はなく、なんだかどこなのかよくわからない景色になってしまいました。

BLUEらすかるで都内にいる最後のひととき。今思えば夜明け前に撮った方が向こう側のビル群はきれいだったのかもしれません。

ビルぅの街に♪

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朝ぁのハイウエイに・・・←いい加減にしろ

東京に勤め出したころは、それこそ葛飾ハープ橋すらなかったものの、もう少しあちこちから富士遠望ができていたと思うんですよ。でもいくつかの「富士見」の地名から富士山が見えなくなったように、中央環状線からも眺めの利く場所が少なくなりました。良いも悪いもリモコン次第なら、僕は鉄人28号で高層建築をぶち壊しに行くんだろうな。

老馬之智

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ふと気がつけば、BLUEらすかることТD61Wは「30年前のクルマ」になってしまいました。BLUEらすかるΩことТD61Wも、いくらか新しいけれど「29年前のクルマ」です。この2台の交替が、ついにこの冬に待ち受けています。春風高校光画部の天野小夜子部長はドラマCDにおいて「老いては名馬も駄馬にも劣る」などと言ってますが、年経た馬は路を忘れず、経験を積んだ者は判断を誤らない、との例えもあります。らすかるのあとを継ぐΩは、きっと老馬の智をも受け継いでいくものと信じております。

ただ、この故事の由来である春秋時代の斉の第16代君主・桓公(かんこう)は、散々苦労して偉くなったものの、その後は傍若無人も相まってろくな最期を迎えてもいないという、そっちは見習わんほうがいいなあと思わされる人物。もっとも、道に迷った彼に馬を放ち帰路を導かせたのは宰相の管仲の方ですから、老いたる馬ならぬ老いてきた自分の経験値は、少しくらいはあてにしてもいいだろうと日和るのであります。

12年前の午年の正月、「塞翁が馬」について書いています。その頃、BLUEらすかるはまだ50万キロで月から地球への帰還途上でした。いろいろ皮算用をして2025年末に100万キロをもって退役というシナリオをその後描くわけですが、そうは問屋が卸さなかった昨年のラストステイン。100万キロまでまだ約4000キロを残しています。まさしく塞翁が馬なお話ですが、これほど付き合えたエスクードですから、少しでも長く路を示してくれたらありがたいことです。

Bliadhna mhath ùr

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