俳優の勝呂誉さんが亡くなられていたことが、昨日報道されました。「怪奇大作戦」の三沢京助という、SRI(科学捜査研究所)の所員にして熱血な大人の男。僕の祖母がファンでした。なんでだろう? 「ウルトラQ」に続いて怖くて観るのがいやだった番組なのに、そういうのに限って叔父貴たちとか祖母が熱を上げていたんですよ。僕なんか彼らが乗っているトータスしか興味の対象ではなかった。でも勝呂さんやら岸田森さんを知ったのもこの番組でした。合掌。
深海珊瑚の長寿にあやかり
縦社会を叩き込まれた高校の後輩であったはずなのに、いまやタメ口なばかりか居ないと困る大黒柱の重鎮。尻に敷かれてこそいませんけどね、時々「あの当時のあれは幻想だったのか」と思っても口には出しません(書いてるけどね)
そうこうしているうちに、婚姻届を出して35年になってしまいました。そりゃあ雫さんの10代なんて、幻想通り越してるわ。←超暴言
世間では珊瑚昏と呼ぶそうです。使うかどうかわかんないけど、珊瑚のアクセサリーを秘かに買い求めたら、深海珊瑚の加工ものを薦められました。これがそうなのかどうかまたもわかんないけど、水深100m〜1,000mの海に生息している(てことは、採ってこられる程度の水深なんだろうね)そうですが、個体によっては8000年前から生きているものもあるのだとか。
そこが縁起物として重宝されるのでしょう。さすがに8000年元気でいてねーなどと言っても「ばかゆってんじゃないわよ」と返り討ちにされるでしょうが、適当に長生きしてねーという思いは込めております。
いや、結婚記念日を失念しない俺だって「えへんっ」なんだぜ。そんな理由で、火曜日なんですが「我が名はテオマチャ」はお休みです。
先日、首都高の堀切ジャンクションで、僕は中央環状線から加平方面へ向けて合流していったのですが、そのさなかに6号から板橋方面へ駆け抜けていくマツダコスモスポーツの後姿を見かけました。もちろん赤ストライプや流星マークは描かれていませんでしたが、得も言われぬ艶っぽさとかっこよさは、エスクードの古さなど問題にすらならないもっと古い時代の産物。ジムニーすらこの世にない頃、個性的なクルマは沢山あったんだなあと思わされました。
マットビハイクルとして近未来的なスタイリッシュさをアピールしていた「帰ってきたウルトラマン」の放送から、ことしは55年目にあたります。コスモスポーツは1967年の誕生で、プロトタイプに遡ればもう少し古い。それが今少しも色褪せていないのだから素晴らしい。などと考えながら、ほぼ毎日のように晴海通りで勝鬨橋を渡っているのですが、「この橋55年前にタッコングとザザーンにぶち壊されてんだよなあ」と思った瞬間、55年前の謎に気がつくのでした。その話は後日。
BLUEらすかるの廃車手続きを行いました。いつまでも腑抜けていられないのなら、迷いも未練も一刀両断しなければ先へ進めません。おそらくそのうち、どこか知らない国の知らない奴が乗り回すことになるのでしょうけど、万が一その様子を見ることとなった方々には、そのことについては俺には知らせないでくださいねとお願いしておきます。そのエスクードは、一見よさげな状態に見えてもただのポンコツなエスクードでしかありません。BLUEらすかるはもう現存しません。
さて先日途中で紹介を置いた、曹洞宗法光寺は佐野住職のお話。
広義には同じ仏教ですから、禅宗の逸話が書かれておりました(先日の法光寺のリンクで全文が読めます)。それが雲門文偃という、雲門宗の開祖が残した教えの一つで、よく知られているあれです。「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」
正直に言うと、僕はこの言葉が嫌いです。人生を悟りでもしているならまだしも、自分はどこへ行くのか、行けばいいのかよくわからないまま歳を食ってる身に、毎日のすべてが掛け替えなく、あらゆる時間が素晴らしく味わい深いものになる・・・などと言われたって、苦楽の苦なんか背負っていたくないのです。
20年ちょっと、1台のエスクードを走らせ壊し直してはまた走らせることを通して、すべてが愛おしいと思うことなどありません。むしろ、よくぶん投げなかったもんだよと、そっちの方がのしかかっていて、そこからの解放が腑抜けになった原因なのです。
すげー身勝手な奴でしょ?
しかし佐野住職の説いてくれた雲門禅師の逸話とは、「さとる前のことはさておいて、さとったあとの世界を表現してみろ」というものなのだそうです。20年も100万キロも一瞬で「そんなのもういいから」と、これからのことの方が大事だ、だから毎日が素晴らしいと笑われてしまった雰囲気です。いやもう「そうだったのかー」と目から鱗の落ちる思いです。
だからといって、嫌いな言葉を好きになろうとは思いません。わりと頑ななやろーなのです。そのうえで、パーツ移植が済んでBLUEらすかるΩが戻ってきたときに、たぶんぱっと見には見分けがつかないであろうその姿に、しっかり未練残してんじゃん、と言われるだろうなあと想像しています。
昨日の記事に、霙がコメントを寄せてくれて「これからの道行きが……平らかでは満足できないのが四駆乗りですかねえ」と言っていることに、ぐっと締め付けられまして、そこまで王道(王道なのか?)を突き進んでいるわけでもなく、「そうだよねえ。これから俺はどこへ向かうんだろうねえ」と考えあぐねるのです。いやそれはもう簡単な話で、「平らかな方が絶対に楽でいいじゃねーかよ」なんですけどね。娘が父親の心境を察するというより見抜いていることがすごいなあと。
この正月、菩提寺に年始に行った折、いろいろなお土産(返礼か)をいただいた中に、宗派のミニコミ誌のようなものがあって、各地の住職が随想しているのです。その中のお一人、北海道のえりも町にある法光寺の佐野住職が
「発心は容易いが持続することは困難である」という教えを師匠から説かれた経験談を綴っていらっしゃいました。「精進」なる、我々も結構気軽に口にする言葉は、この「発心と持続」の関係を表しているものだそうで、仏教言語ともいうべきサンスクリットの言葉における原義は「勇者たること」なんだと。「仏道を進まんとするものは、勇者のような気概を持ち、弛まず努力を続けることが求められる」とも。
げげっ、おいそれと「精進」なんてことを口にしたらいかんのではないか? と思っちゃいましたよ。でも人間、というか僕、俗物ですから「100万キロ到達なんて自慢したっていいじゃん」とかね、ものの本質を忘れて雑念まみれなわけです。そこに霙は絶妙のコメントを入れてくる。負うた子に教わるとはこういうことなのかもしれません。佐野住職はこの随想でもう一つの逸話を説いてくれておりますが、それはまた別の機会に僕自身の戒めとして紹介します。
予想通りなのか考えすぎだったのか。こんな結果になりました。
おかげさまで無事に行事はお開きとなり、BLUEらすかるは過酷な運用から解放され、退役となりました。
よくよく考えたら、月遅れ新年会の時期でした。沢山の仲間たちが参加してくださり、主催者みょうりに尽きる1日でした。
ありがとうございます。
この期に及んで言えそうな言葉はありません。長きにわたって見守ってくださった皆様に、ありがとうございます。
とりあえず本日の様子は明日の記事にて。例によって固定ページの保存をしておきます。
長らくやきもきさせてしまっておりました、BLUEらすかることТD61Wの100万キロ到達日が、今後何事も無ければ2月14日に巡ってくることとなります。そこで、スズキに聞いても「そんなことわかりません」と言われてしまったオドメーターが999999キロから再びゼロにリセットされるのかどうかの検証を兼ねて、というかそれだけなんですけど当日10時より、あたご天狗の森大駐車場にてミーティングを開催いたします。
雨天決行、雪天なおけっこう。暖冬だったら少し下の方の一番桜は開花しているかもしれませんが、それはともかく、オドメーターがどうなるのかという結論について、所有者以外のどなたかに、どなたにでも、証人になっていただきたいと考えております。
またそんなつまらんことで呼び出すのかっ と思われても返す言葉もありませんが、この行事限りでBLUEらすかるは退役となり、らすかる三番機のBLUEらすかるΩにパーツ移植のためさよならとします。そんな個人的なことで告知してすみません。でも、来てくださる方がいらっしゃれば嬉しいことこの上ありません。来られる方はいつもの通り、下記連絡先までメールを入れてください。
よろしくお願いいたします。
「去年と同じミーティング貸し出しでよろしいですね。すぐ登録しちゃいます」
という観光協会のレスポンスの良いこと。さて当日までにどれくらいの距離を詰めていけばいいか算段しつつ、雪天けっこうとか書きましたができればあまり寒くなくて晴天で迎えたいところです。
1月31日。沿道で手を振ってくれる人がいたわー、と思ったらAМGさんでした(写真は無いよ)。そのあと帰宅したところで、残り100キロに。ここからは刻んでいきますが、上3桁がずれ始めているということは、やはりゼロカウントに戻るのでしょうね。
そして2月7日。これにて14日まで温存となります。
温存するとか言ってるくせに
雪天けっこう、などと言ってましたが、雪はすでに降ってしまってとけてしまいました。当日は安定した天候でいけそうです。寝坊しなければ(するなよ)、天狗の森の駐車場にТD61W2台を並べておきますので、そのあたりに駐車してカフェにおいでください。あらためて9時30分くらいにTA01Rで上がっていきます。











