Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

ここは地の果て流されて

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先代が廃されたので同型エスクード2台並べて「惑星ゾラごっこ」はできなくなりました。ザブングルとエスクードで2台並べてみたら、わからない人には何のことだかほんとにわからんなこれはという風情です。要は、若干の差異があるけどほぼ同じ車体色(ウォーカーマシンは機体とも車体とも呼ばれ、ザブングルは2体あります)で、先代の頃はそれをアピールしたかったということなのです。グフとか青い巨星とか言われるのがかなりいやだったので、先手を打ったようなものでした。

流れ流されエスクードに乗って37年めですよ。この最後の機会に、なんで所有したことのない直四の2000に行かなかったのかという画竜点睛な部分もあるのですが、現実に市場になかったこともありますし、頭の中にザブングル1号、2号の姿がちらついていたと言ったら、間違いなく馬鹿呼ばわりされちゃいます(それも承知で言うけどね)

それじゃあ何かの拍子で緑色のエスクードに乗り換えるようなことがあるのかと問われたこともあるのですが、ザブングルの主役の座がカドミウムグリーンのウォーカーギャリアに取って代わられた史実まで再現しようとは思いません。青系の車体に乗ってこその「懲りない男」ですから。

 

Team WESTWIN Warriors #208

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アスラーダGSXは、サイバーシステムアスラーダを強奪しようとする産業スパイからシステムを守るため、白日の下に晒す目的で急場しのぎに用意された車体でした。この頃サイバーフォーミュラの世界ではハードウエアの刷新が始まっており、2015シーズンには各チームがニューマシンの投入を前提としたアップデートを行い、それらにGSXが対抗できたのは、さらに他社の上を行くサイバーシステムの能力によるところが大きかったと思われます。

アスラーダがその性能を十二分に引き出すマシンは、サーキットからオフロードまで、車体の組み換えを走行中に行える史上初の3タイプ共有マシンであり、エンジンスペックの大幅な向上も図られました。しかし、グランプリレギュレーションも刷新され、サファリラリーのようなオフロードステージが廃止され、このスーパーアスラーダ01に搭載されていたラリーモードも変形システムの簡素化と軽量化のためにオミットされていきます。

アスラーダの場合はGSXと01とで全くコンセプトの異なるモデルチェンジとなっていますが、WESTWINが走らせたエスクードは、初代のTA51Wから二代目のTA52Wへとスイッチされる、世代交代のマシンチェンジが行われており、ステアリング形式やリアサスペンションの構造変更を別にすると、ほぼ基本性能を受け継ぐ変化が特徴でした。

これをパイロットした川添哲朗くんのドラテクと、スーパーアスラーダ01において真価を発揮させたサイバーシステムをどう比較するか。最大の違いは、TDAの勝ち抜きだけではないトーナメントの組み立てを先読みし、どこで誰とどのように当たるかをレース前の組み合わせ公開時点で自らコーディネートしてしまう川添くんのかけ引きセンス。これはAIにも可能な組み立てのように考えられますが、AIが設計したレースプログラムをドライバーとマシン双方に伝えドライバーの意志をフィードバックさせるといったタイムラグが、僅差で川添くんの判断には追い付かないと思われます。

だからといって、スーパーアスラーダ01がTDAに持ち込まれたら、もはやそれはローカルレースの域を逸脱してしまうくらい勝負にならない世界になってしまうのですが、おそらく、後藤くんも川添くんも、その辺のことを意に介さずサイバーマシンをねじ伏せるのではないかと期待したくなります。

内野と外野の同型車 拾遺

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主役かそれに準ずる登場人物が乗っていないので番外になりますが、2012年の「特命戦隊ゴーバスターズ」に第二話から突然出てきた1990年式TA01Wのヘリーハンセン・リミテッド。「から」というのは、この一回限りでなく三度にわたって画面に現れながらろくな目に遭っていない不遇のエスクードです。その初登場は侵略者ヴァグラスによる混乱で打ち捨てられ、そこに瓦礫が降ってきてこんなことになっていますが、二度目以降の登場で仕様などから90年式ヘリーハンセンだと判明しました。

90年式ヘリーハンセン・リミテッドは、三代目エスクードまで延々と続く同シリーズをシリーズ化させた「二度目のヘリーハンセン」で、89年式を所有し、まさかシリーズ化するなどとは思いもせずに悦に入っていた僕を唖然とさせたモデルです。特別装備はずいぶんと簡略化されており、車体色も厳密には別色の仕上げとなっていました。ただ、マイナーチェンジ前なのでどちらも1型の初期モデルです。こんな骨董品、2012年になってから戦隊ものでお目にかかれるとは!の場面でした。

1993クランクインのシーン

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1993年12月に公開された「ゴジラvsメカゴジラ」は、同年5月24日にクランクインしたそうです。ホビージャパンによる同作のコンプリーション・ムックに、全シーンのロケ、撮影スケジュールが掲載されていました。それによると、クランクインで撮影されたシーンは、主人公?の青木一馬が国立生命科学研究所に向かう京都の場面で、映像を見ると南区四塚町で九条通り国道171号から府道13号へ右折していく、繋ぎカットです。カメラワークで東寺の五重塔、奥の方に京都タワーも映ります。

ここにある「青木の車」というのが、1型の初代エスクードであることはすでに飽きられるほど書いてしまいましたが、冒頭19分めに出てくるこのシーンが、同作のクランクイン撮影であったとはちょっと驚きです(いやー、ほんとは小躍りしてます)。エスクードはここから研究所に到着するまでのわずかな出番(冒頭6分めにも出てきますが)で、到着した研究所は実は京都ではなく埼玉県草加市の獨協大学なんですけど、vsメカゴジラでまだエスクードを語れるところが嬉しいのよ(僕だけ)

Team WESTWIN Warriors #207

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Team WESTWINの第二次エスクード導入時代、世の中では市販型エスクードは四代目が登場し、この年2015年に次世代の自動車制御に方向性をもたらすサイバーシステムというAI搭載型レースマシンの傑作機が誕生していました。スゴウグランプリが初参戦させたアスラーダGSXです。その対話型自己学習AI、サイバーシステム・アスラーダは、それまでのサイバーフォーミュラマシンに用いられていたシステムとは一線を画し、14歳の少年を年間優勝させるほどの活躍を見せました。

GSXはフォーミュラマシンというよりもGTカーに近い車体に水素エンジン5000ccのV10を積むトルクスプリット型4WD。サーキット仕様、ラリー仕様などパネルと許可範囲のパーツ組み換えで様々なレースステージに対応できるユニークなマシンでした。冷静沈着なサイバーシステムは並み居る他チームのマシンを追随しますが戦績は芳しくはなく、年間クォリファイ予選3位のあと、第一戦リタイア。第二戦5位、第三戦3位までが入賞で、第四戦はレース中のクラッシュで大破しました。

これらはドライバーの不慣れが大きな要因として考えられますが、ペルーで行われた第二戦はオフロードレースという環境でかなりの苦戦を強いられながらも完走していることから、ハードウエアの優秀さは評価の対象と言えるでしょう。

ここでもしも、後藤誠司くんのエスクードTA51WとGSXが戦ったらどうなっていたか。まあまあサーキット仕様での最高速度400キロ越えだけで勝負にはならないんですが、ラリー仕様と連続するタイトコーナーの走行ステージによってその差はいくらか縮められ、野生の反射速度でエスクードをドリフトさせる後藤くんの瞬発力は、ややもするとサイバーシステムを凌駕するかもしれません。なにより2m級のGSXの全幅は大きなハンデとなります。逆に後藤くんの不利はエスクードのスペックよりも、サイバー側のレース距離が長く、ドライバーの集中力を持続させにくいというところでしょうか。

こういうレース、ちょっと見てみたかったなあという気分で、この話は次回に持ち越されます。

いるところにはいる(いた)んだなあという話

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ちょっと前に、TDAの大トカゲさんという、ジムニー乗りのTDAエントラントが、中古車紹介YouTubeで扱っていた二代目エスクードをご自身のXに載せていたのですが、この二代目の後姿。リアワイパーが立てられています。おぉ懐かしい。これってホントに昔のこと、EОSなるエスクード専門メーリングリストのユーザー間で編み出された「尻尾を立てるぜ」プチ改良です。

 

バックドアの内張を外して、ワイパーのリンクを90度回転させるだけの手軽な手法で、本来は水平に寝ているワイパーが立てられる。何がメリットかって、寝ているワイパーよりも上から下にかき落とす動きとなり、積雪時はこの方がワイプ効果が大きいのです。

うちのエスクードも幌車を除いて代々これをやってきましたが、他所にも同じことをしていた人がいたんだなあと見入ってしまいました。

内野と外野の同型車 後編

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2000ccクラスのエスクードとなると、むしろ火曜サスペンス劇場での採用例の方が多いけれど、この欄は特撮ヒーロー、特撮番組に絞ってのことなので、このTA11Wが最後になります。「重甲ビーファイター」の後期オープニングに突如現れ、そういう走らせ方しちゃいかん!と水際バシャバシャやってるんですが、エスクードのイメージ落とすからやめてくれ、なビーファイターは「昆虫の能力を宿したメタルヒーローが自然を守る」番組です。本末転倒。

ビーファイターが94年の番組なので、やはりスズキとしては新型の提供に力を入れていたのでしょう。うちではスズキが初めてV6を載せるという話題に注目したものの、必ず初期の不具合出るよなあと様子見をして、95年の10月に同型車を買い付けています。後に「初代らすかる」と呼ばれる個体です。まだミニバンブームは来ていませんでしたが、これで2人の子育てをやってのけたというところに、今だったらよくやったよなあと思わされます。まあミニバンには行かないんですけどね。

しろくまさんからの相談 エスクード退役へ

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山形在住のしろくまさんから便りがあり、「長らく修理と整備が続いてきたエスクード5ドアを、早ければ来年年明けの展望で退役させることにしました。新しいクルマの納車時期が決まればあらためてお伝えしますが、いまのうちにお声がけしておいて、部品取り用なりポンコツ承知で乗っってくださる人がいらしたら、無償でお譲りしたい」ということです。そんな人がいらしたら、僕に連絡してくだされば、しろくまさんとのやりとり先をお知らせします。

彼は数少なくなった初代乗りの古参のエスクードユーザーです。結果的に僕のところの先代らすかるがこのエスクード5ドアの走行距離を追い越し、地球と月の往復をこなしましたが、次に最も地球帰還に近いところにいる(車検を通したというのでもう少し距離は伸びるでしょう)のがしろくまさん。しかし予定とされている乗り換えまでに残る距離を走りきれるかどうかというと、かなり大変(なんか彼ならやりぬきそうな気もしますが)

それほどの距離を出している個体ですから、無償で、どこへでも届けるという申し出については、車の状態に関して言うまでもなく、僕もいささか困惑していますが、長年愛着をもって故障やトラブルと格闘してきた人の気持ちは痛いほどわかります。だからここにお知らせします。車検を通したということは、無理をしなければ走らせられると思われますが、まず車体の方がうちの先代らすかるよりも消耗しているはずです。ここにあげている写真は2011年夏のものですから、それかから15年の経過劣化は、整備を繰り返しても限度があるでしょう。

とはいうものの、いまどきSNSを使わない僕のブログなんか誰にも読まれてもいないだろうから、まあむしろその方がちょうどよいのかもしれないけれど、しろくまさんほどに気骨のある乗り方をする人もまたいない時代になってますかねえ。

スズキ歴史館のちっさな奇蹟

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実にしばらくぶりに訪ねたスズキ歴史館には、Sモールなるグッズショップが増設されていて、バイクツーリングウエアからキーホルダーまで、スズキの二輪、四輪モチーフな品ぞろえが豊富に並んでいます。が、そりゃそうなんですな話で、ジムニー、ハスラー、クロスビー、スイフトなどのグッズはもういくらでもあるのに、失われたブランドとなったエスクードに関しては何もない・・・ なんかもうつらいというか寂しいというかの風景に思えたわけですよ。

ところが雫さんがこれを一蹴して高笑い。買い物かごの中にマフラータオル2本が入れられており

「どこに目を付けてるんですか!」

あ・・・

17年ぶり三度目の訪問(いやもう少し来てますけどね)

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浜松まつり会館やスズキ歴史館をいっとう最初に見学に来たのが2009年の5月8日のことでした。その数日後、ここでスズキの何だったか忘れた、記憶の残照では「アルト誕生30周年」式典にスーパースージーの取材で同道して、修さんにお目にかかり握手させていただいておりました。浜松でつくばーど®を開いたのは2003年に遡り、以来、わりと天竜川には来ていた方でしたが、こっちの面々が茨城に来てくれている回数に比べたら、お話にならないほど足を運んでいないのが本当のところです。

まつり会館と歴史館で17年ぶりですが、地元勢が開いた天竜川のミーティングに初めて参加したのは2006年で、20年も前になります。家族旅行をくっつけることが多かったので、子育て時代の方が静岡訪問頻度が高かったのです。東北単身赴任だった2012年にも来てはいるけれど、あのときは磐田だったから・・・ああでも浜松インターまで仙台から無給油で走ったときか。いずれにせよ「大した回数来てないじゃん」と言われるのがオチです。

今回、「さわやかのハンバーグを食べてみたい」「いや浜名湖界隈なんだから鰻・・・」「あなた土用以外にもけっこう食べてるでしょうっ」「それなら譲って餃子ともやし」などという他愛もない会話から、めんどくせー全部食えばいいんだと、出かけることとなりました。さすがのBLUEらすかるΩも、スズキの膝元なら目立つことは無いでしょう。各所でうろちょろしていますので、声をかけてくれる人がいらしたら嬉しい限りです。9日は沼津経由でだらだらと帰路につきます。

でもって当日のあれこれはこちら