約一か月半に及ぶ激闘の末に、ようやく最後まで出てこなかった「浦島太郎」を引き当て、今回のシリーズをコンプリートしました。が、払った犠牲もばかになりません。先日、霙が援護射撃で一寸法師を獲得してきてくれた親孝行を台無しにするこのだぶり。桃太郎に至っては鬼退治第三小隊長です。
様子を見に行っただけなのに。
仕事先へ出かける時間調整も兼ねてサービスエリアで仮眠をとっていて、なんとなくざわざわしているなあと目が覚めたらば、右隣に1/2tトラック。駐車スペースの最前列にやってくるのは珍しい? それにしてもごつい、でかい。とても二代目パジェロが骨格とは思えない。このサイズの幌車なんて、エスクードに乗っている人間にとってはピンとこないうえに、幌だと防弾性能なんてないんじゃないのかと余計なことを考えてしまいます。
すると左側から「おー、のまどだノマドだ。まだ乗ってる人いるんだ」などという声がするので寝返りを打つと、本家?ジムニーノマド。50代くらいの夫婦のようですがノマド??? あ、うちのエスクードのことか・・・でもご主人よ、「まだ乗っている」って大きなお世話なんだよ。このエスクードは「ノマドですらないのよただの5ドアなのよ」と、ついでに言いたかったけれど、なんなの広い駐車スペースにはいくらでも空きがあったのにこの挟み将棋状態・・・
アキシマクジラ発見の日
1961年8月20日、東京・昭島市の多摩川河畔にて、約200万年前は海底層であった地層からクジラの化石が発見され、これが2年後にEschrichtius akishimaensis(エスクリクティウス アキシマエンシス)と命名されました。「アキシマクジラ」という、コククジラ(Eschrichtius)に属しながらも新種の生物として認定されたわけです。この3月に、気まぐれで昭島のくじら焼きを買いに行って知った学問です。気まぐれな割には、発見からちょうど65年目であったという偶然を掘り当てておりました。
これは欲しいなあ(手直ししたいけど)
先日、1997年アジアンラリーの写真を見ていったら、中国から参加していたテンロクエスクードのチームが見つかりました。片方はハードトップ、もう片方がコンバーチブルをベースにしています。このコンバーチブルのレジンかFRPか不明ながらも、ピックアップスタイルにしてしまう蓋掛けの仕方がなかなか良いんですよ。ただ、センターから柱を生やして謎の屋根掛けだか整流板だかにしている部分はなかなかかっこ悪い。ここは要らないけど、このキャノピーほしい衝動が・・・
ついでだ(おいおい、失礼じゃん)。これが正真正銘のモンスターエスクード(たぶん正確にはRV4ワイルドグース謹製スズキスポーツエディション)。パイクスピークのような整地されたコースなんかに特化させたら、まずここは抜けられませんですよ。
本日の甘味。
我が名はテオマチャ-041
些細なことではありますが、妙高高原19に参加してくれたおぢさんたちはクロスビーを眺めながら
「この三角窓が開かないというのは許せんなあ」
と口々につぶやくのでした。
「さ・・・三角窓って開くんですか?」と、霙はきょとんとした顔です。そうなんだよ昔の車はエアコンなんか標準でついていなかったから、窓を全開にできない雨天気のときなどは、三角窓をフリップさせて換気していたんだよ。と説明され、「それって便利じゃないですか!」というリアクション。
そういえば、霰のハスラーも前席ドアには開く機能のない三角窓があります。これはつまり、三角窓自体が前席の窓を全開できる大きさと形にするためのドアパネル(と窓枠)との調整部品にすぎず、今は枯れた技術になってしまったということなんでしょうけれど、ここにアフターマーケットが目をつけてはくれないものか。こてこての電子デバイスばかりで武装するのがクルマの在り方ってこともないんじゃないかと感じます。
あー、終わっちゃったー・・・
かーたさんのホイール
「僕は97年にはこのホイールを履いていたので、尾上さんより早かったはずです」と、2006年にエスクードを退役させることとなって部品取りオフ会に出かけた先で、かーたさんは話していました。90年代中盤以降、初代エスクードのホイールは16インチが流行、定番化していくなかで、かーたさんがこの15インチホイールを気に入っていたのは、ひとえにデザインの秀逸さです。おっしゃる通りで確かにかっこいい。けれども同じホイールを履いたエスクードは見たことがない。
それくらい珍しいのかたまたま15インチだから所望する人がいなかったからなのかはわかりませんが、かーたさんが教えてくれたアピオのダカールエスクード(写真は99年アジアンラリーのもので、98年にダカールを走っている)の逸話は、ずっと後の2013年のエスクード誕生25周年での取材で、写真を提供していただいたときにようやく確認します。でも今思い返すと、この車体、リフトで上げられている制作途上状態を97年に直に見ていたんだっけの、またしても俺の目は節穴談です。
アピオエスクードが15インチだったか16インチだったかまでは突き止められませんでしたが、思い立つことがあって、誕生30周年で尾上さんが1600コンバーチブルのレストアを行ったドキュメントを取材したとき、僕はこのホイールを履いているぷらすBLUEでアピオに出かけました。すると尾上さん、ホイールのデザインは覚えていらして「おー、これ懐かしいねえ」とニコニコ顔で思い出してくれました。2017年のことですが、考えてみたら来年はアピオのダカール参戦30年になります。



