人類の進化の一つのあり様と言われたアギトになることができず、不完全なその姿に望みもしないまま促されてしまった、ギルス。葦原涼は、将来を嘱望された水泳選手の道を閉ざされ余命にも影を落としながら戦い、自らの意志で生き続けようと去っていった。けれどもその後の時の流れは、彼に安息の日も安住の地も与えなかったようだ。進化の道を踏み外したのは彼のせいではない。しかし異形の顔と体はどれほど他者のために尽くそうとも恐怖と奇異の視線しか投げかけられなかった。
いつしか彼の肉体を蝕む病魔と過負荷が命の炎をかき消しにやってきた。その事実は受け入れがたいものだったが、自覚から目を背けることもできず、彼は抗い続けてきたのだ。その苦悩を共有できる仲間がいなかったわけではない。アギトの力に覚醒したがために、同じように過酷な運命を生き抜こうとする津上翔一。ヒトの世界の側に立たされ未知のアンノウンとの戦いを強要された氷川誠。自分に比べれば彼らはまだ恵まれていたが、やはり平穏の日々を奪われた者たちだった。彼らの生きざまに嫉妬しながらも、抗うことで何かを得られるのかもしれないと、運命に向き合う長い時間が過ぎていた。
だがヒトならざる者への進化は、多くの人類からは拒絶された。ギルスの存在は化け物、モンスターと怖れられ冷えた言葉の礫と暴力的な排除に晒され続け、好むと好まざるとにかかわらず、逃亡者のように闇の片隅で息をひそめなくてはならなかったのだ。その憔悴の日々は心を傷つけ肉体を消耗させるばかりだった。ついに彼は命の尽きるときを悟るに至った。
アギトの力は、一方で消え去るはずの魂に息吹を吹き込む。男は戦いの末に命を落としたはずだったが、ふと気がつけば「まだだ」と呼び戻す声にいざなわれ、煉獄の迷路から這い出る自分自身に困惑していた。それは偏り誤った生き方の末に多くの贖罪を身をもって受け止めた覚悟をあざ笑うかのように、死することをも赦されない宿縁を背負わされた男のなかに残っていた未練だったのかもしれない。
アナザーアギトとは何だったのか。木野薫は生き永らえた自身の為すべきことがわからなくなっていたが、自分がそうであったように、穏やかに、正しい道を進化するには、人類の精神はあまりにも稚拙であることだけは理解していた。翔一や涼のような若者は稀な存在であり、かかわりを間違えれば彼らのような選ばれし進化の徒は、妬みの渦に巻き込まれかねない。事実、自分自身がそういった歪みを腹の底に抱え込んでいたのだから。
非合法の闇医師としての生業をひっそりと再開してからどれほどのときが過ぎたか。ある日、男の元に瀕死の若者が転がり込んできた。男は驚いた。ギルス、葦原涼の変わり果てた姿だった。不完全な進化と、大きな負荷に遂に耐えられなくなったギルスの寿命は尽きかけていたが、何もせずにこれほどの外傷を負うとは考えられない。それほどに涼は何者かの暴力によって度を越えたダメージを受けていたのだ。
男の介抱もむなしく、涼は息を引き取った。なんという甲斐の無い生涯なのか。誰にこれほどの仕打ちのできる理屈があるというのか。男は悲しみの中に怒りを覚えた。涼はそれでも、男に対して懐かしさと安堵の入り混じった力のない笑みを浮かべながら、何一つ恨み言をこぼさずに逝ってしまった。男は、こんな自分を頼ってくれたことに涙を抑えようとしたが、涼を救えなかったことに号泣した。
男は怒りの衝動を抑えることができなくなった。ヒトが、ヒトの進化を否定しようというのなら、その身をもって是か非かを問うがいい。ギルスの姿に変貌した涼の亡骸を横たえ、男は不器用な進化の果てに疎まれ排除されても生きようとした命の結晶を取り出し、恐るべき復讐の糧と、進化というさだめにもう一度縋る拠り所を求めた。アギトの裁きを人類に向けて解き放つ。この決断が間違っていようとも、もはや男にためらいの思いは無かった。
「アギト 超能力大戦」のバックボーンに足りない一場面はこういうことではないかと思うのです。演者個人の事情とか関係ないのよ。出られないなら出られないなりに物語を紡ぐことが制作側の力量であって、なぜこんな事件が引き起こされたのかというプロットを組み立てるのも、ご都合主義であってはならない。そうでなければ、ほんとに、葦原涼と木野薫の立場がありませんよ。













