ТD61Wが2台とも車庫からいなくなっており、仕事の足はTA01Rでやりくりします。35年も前の車がこれほど役に立っていくなど、買った当初は考えもしませんでした。しかしそのコンバーチブルよりも、手に入れた年次では古株となっているのがこれです。先々代のらすかるのころからありますから、動くことが奇跡かもしれません。さらに古いやつも何台かあるのですが、さすがに充電できなくなっています。あれっ⁉ 俺ってだいぶ前から電気自動車持ち?
これまたラブリーなゆき。 元の写真はこちら「いい加減覚えて下さい。」 背景は無視して生成するんだねーと思っていたら 違うバージョンのイラストは背景まで生成しよった・・・
コムロさんが先日のつくばーど®に持ってきてくれた、フランスのOttOmobileがリリースしている「1/18スズキビターラ・カブリオレ」(向こうじゃコンバーチブルって呼んでないのか?)を取り寄せました。良く出来ていて、適度に手抜きされていますが、ヨーロッパじゃ昔からビターラ/エスクードの評価軸は高いところにあるんですね。モデルは初代の中期型から起こしているようですが、その時点で約30年前のクルマが今、スケールもので出てくるのだから。
2008年にミニチェアブランドとして立ち上げられた同社は、自動車の熱可塑性部品製造を手掛けるエンジニアが2003年に玩具業界に進出したそうで、ダイキャスト玩具の開発を通して中国でプロダクトマネージャーをしていたようです。ここ、後述。そこから生み出されたのが1/18スケールという、ミニカーメーカーが「高価で売れない」として敬遠していたサイズへのトライアルです。ちょっと意外な話で、僕などは「1/43だとコレクターが認めない」と聞いていました。
だから、僕の聞き及んでいた話の方が一般的で、いわゆるエンスージアストには1/18くらいが好まれるはずなんですが、ヨーロッパのメーカーだと「売れない」と判断していたのが意外です。ここに風穴を開けてきたのがOttOmobile。ちなみにこのビターラの生産数は1500個らしい。僕のは厚木の京商から届いたもので、859のシリアルが貼られていました。コムロさんは海外から取り寄せているので、もう少し若い番号ではないかと思われます。
さて後述。OttOmobile創業者のフレデリック・ギリエ・サフケとニコラ・ユリエンは、それ以前の玩具業界進出の折、中国で仕事をしていた。中国製でダイキャストのクルマの玩具で、そこそこ良く出来ていて適度に手抜きされていたやつと言ったら・・・あれのことではないのか? 日本で売られていた年代はほぼ一致します。確かめる術は写真と手紙でも送るしかないんですが、どなたかフランス語に訳して清書してくれる人、いませんか?
BLUEらすかるの廃車手続きを行いました。いつまでも腑抜けていられないのなら、迷いも未練も一刀両断しなければ先へ進めません。おそらくそのうち、どこか知らない国の知らない奴が乗り回すことになるのでしょうけど、万が一その様子を見ることとなった方々には、そのことについては俺には知らせないでくださいねとお願いしておきます。そのエスクードは、一見よさげな状態に見えてもただのポンコツなエスクードでしかありません。BLUEらすかるはもう現存しません。
さて先日途中で紹介を置いた、曹洞宗法光寺は佐野住職のお話。
広義には同じ仏教ですから、禅宗の逸話が書かれておりました(先日の法光寺のリンクで全文が読めます)。それが雲門文偃という、雲門宗の開祖が残した教えの一つで、よく知られているあれです。「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」
正直に言うと、僕はこの言葉が嫌いです。人生を悟りでもしているならまだしも、自分はどこへ行くのか、行けばいいのかよくわからないまま歳を食ってる身に、毎日のすべてが掛け替えなく、あらゆる時間が素晴らしく味わい深いものになる・・・などと言われたって、苦楽の苦なんか背負っていたくないのです。
20年ちょっと、1台のエスクードを走らせ壊し直してはまた走らせることを通して、すべてが愛おしいと思うことなどありません。むしろ、よくぶん投げなかったもんだよと、そっちの方がのしかかっていて、そこからの解放が腑抜けになった原因なのです。
すげー身勝手な奴でしょ?
しかし佐野住職の説いてくれた雲門禅師の逸話とは、「さとる前のことはさておいて、さとったあとの世界を表現してみろ」というものなのだそうです。20年も100万キロも一瞬で「そんなのもういいから」と、これからのことの方が大事だ、だから毎日が素晴らしいと笑われてしまった雰囲気です。いやもう「そうだったのかー」と目から鱗の落ちる思いです。
だからといって、嫌いな言葉を好きになろうとは思いません。わりと頑ななやろーなのです。そのうえで、パーツ移植が済んでBLUEらすかるΩが戻ってきたときに、たぶんぱっと見には見分けがつかないであろうその姿に、しっかり未練残してんじゃん、と言われるだろうなあと想像しています。