今年のデンドロビウムさんは新芽が全然出てこなくて 花が咲かないで終わるのかなー?と諦めていたら 一番太いバルブの中ほどにポチっと膨らみが・・・ お?と思いながら暫く様子見。 (だって高芽の可能性もあるし) 根は出てこず、そのうちふっくりと丸くなったので 何輪咲くか待っていたら、2輪ほころびました。
ギャバンにジムニー、ジバンにエスクード。この些細な変化は当時「へー」と思わせてくれたトピックでしたが、宇宙刑事も機動刑事もコンバットスタイルになるとマシンも変わってしまうのは共通項でした。「機動刑事ジバン」が放送された1989年は、エスクードもデビュー1年という真新しさで、しかも警察車両という意表の突き方。まさかこんなのがパトカーであるはずがないと、おとり捜査で採用しているとしか思えない選択肢です。
「ジバン」において主人公が乗るコンバーチブルは、ドアに貼られたESCUDOのバッヂによって1型であることがわかります。90年のノマド追加時にショートもマイナーチェンジされ2型になって、このバッヂは廃止されました。この時代は吊るしならスチールホイールは当たり前。2006年に幌エスクを購入した時点では、その差異を見なければそのまんま劇中車と同じでした。さすがにパトライトを載せて走らせるわけにはいきませんが・・・
先日、SSC出版にて「10年前とは風向きが変わったね。アウトドアイベントを自治体が推すんだから」という話を聞いていたので、車のファンミーティングが取りやめになったというニュースはかえって、運営側の苦渋が伝わってくる出来事となりました。「俺んとこ(日本ジムニークラブ)じゃ、そんな外野の愚行なんて(あるかもしれないけれど)一度もクレーム入れられたことがない」。だから、10年前には相手にもされなかった地方公共団体がイベント招致に手を貸してくれるようになったと。
二階堂裕さんは、「こんなに広々としているとは思わなかった」と海岸線の砂浜を眺めながら、ここで企画されているアウトドアイベントにオフロード走行やレースと言ったメニューが組み込まれていることに、その主催者企画に対して地元自治体が協力的であることに目を細めるのでした。行事の規模は比べようもないちんまりとしたつくばーど®も、自治体の協力なしで人様の迷惑にはならないように続けてこられて、ことし27年になるのは、確かに参加者の面々が理解を示してくれているからだねえと感じます。
「自治体がかかわってくれると、警察が警備に出てくれる。そういうところは助かるね」というお話ですが、一般人の個人や有志にはそこまで力が及ばない。取りやめ宣言を出したミーティング主催者も、本家の大規模行事から学んでローカルに持ち帰り努力を続けてきたと思われますが、むしろ頑張っていただろうにと評してもいい。ただ、やり方に関してSNSへの依存を大きくしていくと、知らぬ間に所帯の大型化に伴う暗部を捌ききれなくなる、目配り困難な状況も生まれてくるのかもしれません。
僕はその昔、スズキアルトのファンクラブの方々からミーティングノウハウを学んだのですが、彼らはそこそこの所帯でルールの徹底のためにけっこう厳しい一元管理をしていました。今、どうなっているのか知る由もありませんが、一部には日本ジムニークラブも「支部ごとに好きにやらせているけれど、まず支部運営のために有料化していることはひとつの効果だと思う」という意見で共通項を感じることがあります。いやー、有志が好きでやることに会費とかは相いれないなあと僕は考えるので、最低限の宿泊費用とか食材費にとどめ、年会費みたいなことには首を突っ込まないことにしています。まあ今回のニュースでその部分は無関係と見ていますが。
仮に、こういうコンタクトをせずにオンラインだけでやり取りしていたのでは、こちらの意図も熱も伝わらないのです。「雷蔵くんしつこいからさー、今度出る自叙伝にもエスクードの項を加えたし、誕生40年までにエスクードの本も出すことにしたよ」とのことです。そうなんです、40周年なんてすぐに巡ってきちゃうんです。使えるものは親でも使うのです。あなた伊達にエスクードの父と呼ばれちゃいないでしょーっ!とね。
そんな立ち話を、まったく、どこで何やってんだな状況ですが、興味ないよと言いながらジムニーノマドとエスクード5ドアを並べちまいましたよ。RV4ワイルドグースのデモカーってのは、なんとも相手が悪すぎ(笑 お世辞にもセンス良いとは思えねー)。でも小型車枠って無くてはならないパッケージで、限られた寸法を最大限活用することについては、ジムニーに学んだエスクードがノマドのサブネームごとジムニーに返したって感じですね。
いつ来るともわからぬ機会に備え~ って、やっぱりご利益あるんですよ。教授さんがこの日、ひょっとすると市内にて業務かもしれないからと、連絡をくださりまして、5月8日の20時以降、浜松夜会が実現となりました。ありがたいことです。でもどこで設営するかはまだ決まっておりません。さすがに天竜川の河川敷というわけにはいきませんので、どこか適時なファミレスになる予定です。来られる方は事前にご連絡ください。
宇都宮詣でが終了してしばらくやってくることもないなあと街を離れ、どうやって帰路を選ぼうか考えながら走って、昼どきも過ぎた上三川町の交差点で信号に捕まったら、角店の定食屋がある。軒先の駐車スペースもあるので、この「あか堀」を訪ねました。品書きが豊富でみな1000円未満というありがたさ。こういう昔ながらの定食屋って、うちの近所では潰えてしまったねえと思いながら、何を食おうか井之頭五郎さんと化して考えを巡らせます。
が、僕は五郎さんのような大食漢でなくなってしまったので~演じる松重豊さんも飯はほとんど食わないそうですが~、あれもこれもというわけにはいかない。常連らしき人々がやってきては「ホルモン焼き定食」「アジフライ定食」「半ラーメンとチャーハン」などと、そのへんが人気なのかと教えてくれるような声を上げています。
じゃあそこを外して(おい)焼肉定食。これは・・・と危惧してご飯は半分で頼んだらあっという間に料理が出てくる。やはりほぼだいたい、何を頼んでもうまいです。そのなかで、なぜ漬物が二種類あるのかと不思議に思ってたくあんをかじってみたら、なんとカレー味の大根の煮物でした。よく煮崩れしないまま味が染みているなあと感心すると「煮物用の大根というのが何種類かあるんですよ」と店主がニコニコと笑顔で教えてくれました。今度うちでも作ってみようっと。
条映映画で長年、斬られ役に徹してきた大部屋俳優の伴虚無蔵さんは「そなたが鍛錬し、身につけたことは、一生の宝となる。されどその宝は、分かち与えるほどに、輝きが増すものと心得よ」と説いておりました。けだし名言、僕にはこんなことを言ってくれる人がいなかった。だから、真摯に鍛錬なんかしていたわけじゃないけど、ずっと我を通し続けてきたことが、朝のドラマで報われたかもしれないと思っていたのです。
年に一度か二度、海外のエスクード/ビターラユーザーから、「〇〇について教えてほしい」「◇◇のことで困っています」などの問い合わせが舞い込んできます。その都度、こちらでできることなどたかがしれているけれど、少しでも可能性が開ける手段を考えては返事を出しています。だいたい初代モデルにお乗りの方々で、今回はTA01V、つまり初代にのみ存在したハードトップ・バンを探しているという、タイの人からのメールで、このようなモデルと添付画像がついていました。
その画像、僕が過去に撮影したものなんですけど。
この人は93年式ビターラハードトップにすでにお乗りで、状態を拝見するに、とても大事にしている様子。なりわいとする農業にもエスクード/ビターラを導入したい考えらしく、後部座席がベンチシートで容易に畳んで荷室を確保できる性能を求めているようでした。希少の中の希少車なので、見つけること自体日本でも難しいはずですが、探すにあたってどういう車種なのかを第三者に伝えるため、01Vについて教えてほしいという依頼でした。
面白いことと言っては失礼になりますが、国内からはこういった打診はほとんどなくなり、海の向こうから時々やってくるのがこの十年くらいの傾向。SNSの囲いを潔しとしない僕の我はここにあり、オープンソースでやっていることに意義があると考えていますが、「案外それが仇で、Xとかインスタグラムにいない知らない人とは交流しにくいと思われているのでは?」と分析してくれた人がいて、なるほどそうなのかもなーとしょんぼりしているのも実際のところです。
「日々鍛錬し、いつ来るともわからぬ機会に備えよ」
うんうん。それでいいんだよな。日々鍛錬なんかしてないけれど、ここまでやっちゃったらこれでいいじゃん。と、出来る限りの情報を提供すべく、タイへのメールを返信しております。