オフロードと言ったって道は道なんですけどね。がれがれドロドロかちかちの場所へ行くのもめんどくさいので、基地近くの超初心者用ヒルクライム・ヒルダウンルートに出かけて、降りてみたり登ってみたりしてました。枯れ枝が刺さるささる。下手を打つとパンクさせますから、これは藪に当ててでもよけますが、すると今度は枯葉の中の謂れベルナ落石に乗り上げどっかんどっかんバウンドしてしまうという、なかなか面白いところです。
90とか100とか
うちのエスクードの積算走行距離のことではありません(そもそもゼロの桁が違うぜ)。昨年、投資の件で金もないのに手続きしてしまった折、銀行でもらった記念の粗品。茨城県の地銀である常陽銀行は、2025年が創業90周年だったそうです。キャラメルなんて、もう何十年も口にしたことなかったよ。最近、水戸の本店も建て替え工事が始まったそうですが、うちの町にある支店の窓口を復活させてほしいですわ。窓口は隣町まで行かないと機能してないのよ。同じ市内ではありますが。
「14日に参加できないから前倒しね」と、霰がくれたチョコレート(あ、そういう日になるのか14日)は、Godivaの創業100周年を記念した企画ものだそうです。1926年のテイスト、なぜか1939年(なんやら「白雪姫」映画封切りの縁がどうとかこうとか)をはさんで2026年フレーバーと、なかなか高級感でお高いというのは相変わらずです。箱代だけでも凝ってる分、上乗せしてるんだろうなあ。しかしここのチョコの割にはしつこさはありませんでした。
そりゃまあ凍るよね。
北海道のかわねこさんから、「14日には行けないけれどご笑納ください」(かなり端折りました)と丁寧な手紙とともに贈り物をいただきました。ありがとうございます。当日、参加してくださる皆さんにも振舞いたいので持って行きます。この贈り物に添えられていたしおりに泣ける思いでいます。「結び柳」とは、古代中国では「また会いましょう」の再会の願いを込めた贈り物なのだそうです。日本においては「いつも幸せが巡ってくるように」という願い事の風習に転じているそうです。
贈り物は、その由来をもとにした屋号のお店が取り扱っているものなのですが、「柳月」(りゅうげつ)という屋号に、僕とエスクードには切っても切れない縁のある「月」が入っているところにまた泣かされます。
柳に月といったら、11月を示す花札の世界ですが、柳と組み合わされる燕も蛙も風も、どれをとっても春から初夏にかけての風情で、花札の順序の方がむしろ謎ではあります。それは別の機会にすべき探求素材として、今はまだ厳冬の北海道から、春めいた趣向のメッセージをいただけ、うわーほんとにもうBLUEらすかるとの日々はあと僅かなんだと実感しています。
かわねこさん、重ねて御礼申し上げます。
我が名はテオマチャ-015
裏山に雪が降りました。朝っぱらから父娘で庭駆け回るのは必至です。土用週末からの日曜だから、あのグランピングサイトの客が停めた車で混雑してんだろうなあと思いきや、雪景色を撮影に来ていたワンボックスと、もう1台くらいしかいないがーらがらの駐車場。世の中クロカン四駆よりもミニバンの時代か、普通なら四駆の轍だらけになっているはずが、真っ白けです。ジムニーすら上がってこないなか、粉雪が吹雪いていました。
霙はクロスビーのスノーモードやヒルディセントコントロールの試運転で走ったり止まったり。人生三度目くらいでしかない雪道が楽しくなったようです。そのうち屋根にラック組んでボードなど載っけるようになるのかも。このあと選挙に出かけ、給油と昼ご飯を済ませて赴任先へ戻っていきました。
かーちゃん、おんもが変だよ?
僕がスズキエスクードに乗り始めたのが1989年6月のこと。この年の11月、福岡市百道浜にポストモダンな集合住宅が完成するのですが、これが建築家マイケル・グレイヴスによる日本で最初の建築作品。その後96年にも超高層マンションが建設されています。この年に、後にBLUEらすかるとなるエスクードТD61Wが生産されました。グレイヴス氏の建築には、落ち着いたアースカラーという意匠上の特徴があり、青い車体の背景にはもってこいの取り合わせになるのです。
というわけで、まさか福岡まで自走するわけにもいかず、東京の月島の高層マンションは沿道に停めたらほぼなんだかわからない背景になってしまうとなかなか難しい。けれども、国内に10作品しかない氏の建築の一つが、つくば市にあるので、先週のことですがそこに行ってきました。92年の竣工なので、僕が乗っていた89年式ヘリーハンセン・リミテッドも撮りに行くことができた時期がありましたが、当時はそういう図々しさもなく、写真は残っていません。





