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  ~懲りない傾向~

そして種山高原で・・・和邇さんの手記088

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女川でエビフライ🍤食べ損ねたンで 何故か種山高原でリベンジ(笑)🐊

久々の和邇さん東北漂流のようですが、はて、「献立の少ない料理店」にエビカツカレーなんかあったっけ?と思えば、次に送られてきたメールと何点かの写真で衝撃の事実が!

冷やし担々麺は ちょっと·····

・・・おいっ、なんだこれは!

特製ラーメン・銀河鉄道の夜が無くなっている!

なんということか。あんなにうまい、夏冬問わず食える(夏でも涼しいところだから)マイルド系担々麺が、献立落ちするとは!(冬は復活するのかと期待できない。ここは、10月末から4月末まで冬季休業)

その代わりに、おそらく今年限定と思われる記念献立がふたつ・・・ これは和邇さんから「行け」と暗黙のプレッシャーがかかったということですね。

鋼のデルタ

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たぶん記憶違いにはなっていないと思いますが、「エリア88」の最終話が雑誌掲載されて、今日で40年めになるはずです。F6からX29やらタイガーシャークまで、ひとつの漫画の中であれほど沢山の戦闘機を見られたのが面白かったと同時に、描いていた新谷かおるさんも楽しかった(現場はそうでもないのか)だろうなあと振り返りながら、僕などは途中から出てきたドラケンに驚かされていました。この機体、僕が子供の頃に作った初めてのプラモデルだったのです。

この独特のダブルデルタ翼と機体の塊感が気に入ってしまい、当時空自が使っていたらしいF104を買おうとしていた親父に対抗して、小遣いはたいてドラケンを選んだのでした。それで組み立てに及んで気がつくのが「これってウルトラホーク1号と同じカタチしてる」というダブルデルタの機体構成でした。いったん模型作りを中断して、ボロボロになりかけていた「世界の航空機図鑑」というのを引っ張り出して探してみると、自分が生まれるよりもずっと昔に初飛行していることが書かれていて、ウルトラホークの方がドラケンをベースにしてデザインされたことを知るのでした。

ウルトラホークは僕はまだ幼稚園児の頃。ドラケンはあとになって小学生で出会った機体ということになるのですが、デザインの原点という世界を、まあ変なところで体験したわけです。そういう記憶はけっこう鮮烈に刻まれ、後にこれはかっこいいなと思わせる機体がいくつか出てくる中でも、ドラケンの特別さは揺るぎもしない。だからエリア88にこれが出てきたときには「へー・・・」と思うのも自然な話でした。

空軍内の外人部隊で独立愚連隊のような設定だからこその、戦闘機の見本市のような漫画だったことも、新谷さんの世界観として見入ることができたのですが、ウルトラホークまで遡っても50年近くになると、デルタ翼部隊なんか作れちゃうなあといかがわしい根性をですね・・・ という長々とした写真解説でした。

箱と袋はとりあえず入る。

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本猫は多分隠れてるつもり。

箱があったら足突っ込むし、袋があったらもぐる。
どこンちのお宅もそうなのか、ちょっと聞いてみたい・・・
このあと、ゆきが入りました。

 

いるところにはいるんだよ

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「すっかり絶滅した」とか「めっきり見かけなくなった」と、SNSの世界で言ってる人たちは、森の中の木を見る機会に恵まれていないということでしょうか。どこの誰かもわからない知らないTD01w、たった1台でいいのよこの説得力。昔の僕や和邇さんだったら、所有者が戻ってくるのを待ち構えたことでしょう。この時僕は、電話がかかってきたのでこのPAに入ったんですが、通話している間にこのノマドは出かけていってしまいました。電話かけてきたやろー、何てことしてくれたんだ!

まあ、そうなるよね。

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あたちちらにゃーいい。

押し入れの襖を器用に開ける、ゆきはな。
相変わらず寝室の押し入れはゆきのお昼寝場所です。
しばらく天気が悪かったので、下の和室で部屋干し。
リビングとの間の戸襖は結構重いので開けないだろうと
(実際誰も開けなかった)
油断していたら・・・開いてる!
隙間からぬるりと出てきたのははな。
覗いてみたらいちも入って寝てました(これは尻馬だな)

 

店舗内にもう一店舗

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ATAGO  FORESTHOUSEはカフェとミーティングルームの併設店舗ですが、天狗の森の大駐車場からデッキテラスを突き出した、眺望の良い立地でしゃれた建物です。ふるさと創生1億円なんて政策が行われた時代に天狗の森公園が整備されましたが、当時はせいぜい案内所とちいさな物販店くらいしかありませんでした。昔はここでコーヒーという需要そのものが無かったから。いつからかキッチンカー方式でコーヒースタンドがやってくるようになり、その店主が今は店の経営を受託しています。

同店には熱意のこもったファンがいらして、開業当初はそれ以前の店舗であったキッチンカーのミニチェアが、実に精巧な作りで置かれているのが話題でした。最近になって、このファンの方がお店そのもののミニチェアを作り上げ、その店内まで緻密に再現した出来栄えに見入ってしまいます。聞けば構造材の一部にはアイスの棒を使っているとか。うらやましい。こんな器用な手先がほしかったですよ。

物持ちという問題以前では・・・

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ボロボロ・・・

新月サンの部屋の出窓のカーテンです。
この家に住み始めたときに付けたきり一度も交換していないので
28年オーバー・・・そりゃ穴も開くし破れもするわね。
私の部屋は猫が出入りしてカーテンで爪研いだりされるので
2~3回買い替えてますが。
このカーテンは適当にこのくらいだろうって買ったら長すぎて、
(そもそも出窓用のカーテンではないので)
自分でミシン使って直しました。懐かしいわあ(笑)

 

無かったことにされてしまった

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スズキアリーナ鍋島 / U’s STATION鍋島がエスクードの歴史について紹介してくれているのですが、自分とこで扱う、扱った車の記事で自爆しているのはとほほです。いきなり「1989年から長らく~」と綴っているから、デビュー年の1988年には佐賀県に初代エスクードは流通しなかったと、だからコンバーチブルもハードトップバンも知らないんだねえと、まあ嫌がらせ的に解釈するとして、1990年のノマド追加から1997年の二代目登場までのモデル変遷ばっさりと切られてしまいましたよ。

どなたが書いているのかまではわかりませんが、文脈のダメさ加減も含めて、店長さんあたりが校閲知識と技術を持たないと恥をかくだけです。

健康診断。

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暑いかなー・・・

年に一度の健康診断受けてきます。
また体重増えてるンかしら。
いや、それよりも血圧・・・
曇りだけど(曇りだからか)蒸すよね多分

 

我が名はテオマチャ-035

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先日の「30年経っちまったよ」の第二幕です。TA11Wに乗り換える前の年の夏ですから1994年。エスクード歴まだ5年というこの頃、そのTA/TD11W自体この世に登場していなかったけれど、それでも「エスクードにV6エンジンが載るってよ!」という噂は流れていました。我が家にはすでに93年式の1600ノマドがありましたが、そちらは親父か雫さんが乗っていたため、僕の遠出はもっぱらこのヘリーハンセン・リミテッドでした。で、野辺山の原点はこれ(一番上の写真。1966年)

でもって2026年7月。雫さんと霰がチェックアウトの手続きをしている間に抜け出して、霙を連れてきました。齢はとりたくねえよと思いながらも、こういうシーンを思い描く楽しみには勝てません。それにしても約500キロほど走って、同型のクロスビーにはまったく出会わず。1000ccターボはよく見かけたのですが。前日に立ち寄った桃のスイーツ店で、霙よりは年上らしい女性が「あー、クロスビーこんなふうに変わったんだ。けっこうごつく見えるね」と、彼氏らしき男性と対話しておりました。