まったく意味を考えていないタイトルですが、繭がかえって怪獣が出てくるのか新機軸の朝ドラが誕生するのか、興味と関心が尽きません。福島県須賀川市の青年会議所などが動き出し、「円谷英二監督を題材とした朝ドラ、連続テレビ小説を須賀川に誘致する」というムーブメント。おそらく突然降ってわいた話ではなく、長年延々と構想し提案まで機運を高めていたのではないか。あの市民交流センターテッテも、円谷記念館構想として90年代にはすでに語られていました。
朝ドラは一部の例外を除き、著名人の奥方か、そもそも女性が主役として定着した番組ですが、そのせいでピンボケしてしまった作品もあります。そりゃあ特撮の神様と言われるまでの破天荒な人生、円谷監督の奥方にはいくらでも苦労話があるでしょう。けれども、朝ドラの視聴者層が順序だてて高齢化していく中で、歳をとっていく世相が激変しています。取り扱う著名人によっては、内助の功のような話は不要ではないかと感じています。落としどころが難しいことは、僕も2014年に「何処までを描くのか」として書いていますが、たいていの場合亡くなって終焉となる結末も、むりやりくっつけなくたっていいじゃないかと思っています。
だから円谷監督の場合、引き伸ばしても「ウルトラセブン」までで、もったいないけれど「マイティジャック」以降はもう語らせない方が良い。極端な話、「ウルトラマン」が世に出たところで区切りでいいじゃないかと。その分、撮影の現場ドラマに時間を割いて、部下や社員のほうに振って「あの人の下で大丈夫なの?」と、家族に言わせる程度でかまわない。どのみちそこにたどり着くまでが長いでしょうから。てなわけで本日「カネゴンの繭」放送から60年め。












