いつもの倍以上に葉が茂った茗荷ですが。 葉の勢いのわりには収穫は控えめでした(笑) まあ、ぽちぽちと収穫出来たので冷奴や麺の薬味に 重宝しましたけど。 新月サンが大好きなぬか漬けも食べたし (本人曰くもっと食べたかったらしい) さて。庭のプランターの方は大分枯れてきたし そろそろ抜きますかね。
アピオの尾上茂会長が現在のダカールラリーに初参戦したのが29年前の1997年。そこから三年連続リタイアして結果的に9回を走ったというお話は多くの人が知るところです。通算4回目の2000年に、初めて完走を遂げたのが二代目エスクードであったことも、詳しい人なら周知の事実でした。そんなことを考えながら、そのダカールエスクードをーの写真を見ていて気がついたのです。このゼッケンと主催者ロゴの組み合わせ、1998年のものでした。
あ・・・そうだったのか。尾上さん、全出走のうち8回、二代目エスクードで走っていたのです。ダカール参戦というのはほぼ、二代目の活躍と言ってよいでしょう。残念ながら98年は二度目のリタイアでしたけど。で、99年の写真は無いんですが、99年8月に行われたアジアンラリーに、同じ二代目が出ていました。厳密に言うと「左ハンドル」なのですが。さらにこのエスクード(グランドビターラ)は、2500ccのTD62Wであったようです。
99年ダカールはリタイアでしたが、アジアンラリーは総合6位です。これはいかん(俺が)。今頃になって二代目復権の糸口を見出すという「目の節穴状態」を猛省せねばなりません。まあその割には別のことに注目していたのですが。この二代目が履いているホイール、わかる人にはわかると思います。うちのぷらすBLUEが使っているやつと同型なのです。うちのは、エスクードОBとなったかーたさんから譲り受けたもので、そのときにこの話は聞いていましたが、こういうことだったのねー
6月の下旬、東北放送が、アオバズクの生態を研究している東北大大学院特任研究員の取材ドキュメンタリーを放送していて、仙台に渡ってくるアオバズクがどこからどんな経路でやって来て、帰っていくのかを紹介していました。こういう調査は背中にGPSを取り付けて放鳥するようで、10月に仙台発で、3週間弱を費やして鹿児島へ移動し、翌日にはフィリピンに達していたとか。「36時間」(するとそれは11月7日午前0時・・・だよね?)、約1800キロを休まず飛ぶというのが凄まじい。
BLUEらすかるΩで1800キロを走らせるには、今の使い方だと9日かかります。途中2回は給油しないと燃料が持たない。一方、せぐろさんだと、同じ日数で1800キロ走らせるとして、四駆なのでタンク容量が30リットル(なんでFFより2リットル少ないんだろう?)。霙の話ではリッター20キロは出ているというけど、電池の力を借りてもやはり満タン3回は避けられません。どのみち一人運転で36時間なんて走ってらんない。
ただ、せぐろさんの命名元になっている「セグロアオバズク」は、パプアニューギニアの環境下で餌に困ることもなく、島単位で固有種化しており、こんな超長距離を渡る習性自体がありません。その渡りの習性によるのか、体躯のサイズもアオバズクの方がいくらか大きいようです。ことし、つくばーど基地に飛来している連中にも、そろそろ雛が「渡り」に出られるくらい育っている時期。彼ら成鳥の活動可能気温が15~30℃だというから、日本の夏は住みにくくなってきたかもしれません。
神田・栗原コンビのF4EJ680号機も、ドラマ途上で故障の上墜落し、二番機が後継機として登場していました。BLUEらすかるΩの場合は、先代が墜落したわけでもないので、680二番機が出てくる「じゃじゃ馬慣らし」を引用にはしなかったのですが・・・
O2センサーの不調か故障なので、古参のエスクード乗りはこれが灯ったくらいでは動じなかったのですが、点いたらついたで目線に入ってきてうっとおしいのです。仕方なく主治医のところに預かってもらったのですが。
「純正品も社外品ももう無いって言われちっゃて・・・さてどうすっかなあ」
という展開は先日のことです。今度のらすかるも持ち主の体調に呼応して付き合いが良くならなくてもいいのに寄せてきやがります。仕方がない、しばらく様子を診てもらいながらその間ぷらすBLUEを使うかと思ったら、