先週の9日、なんだか瞬間最大風速のように「宇宙恐竜ゼットン」の名前と姿がネット上に散乱していて、なんだろうと思ったら最終回「さらばウルトラマン」の放送日であったと。あぁ、世間ではウルトラマン誕生60年を盛り上げているからかと膝を打ちかけて、「待て待てまてっ。ウルトラマンは確かに1966年の放送開始だったけれど、最終回の放送は1967年だぞ!」。と、そういうことなら翌週に当たる4月16日(1967年が正しいけれど)をいま書いてもいいんだな?
良いかどうかなんて書き手の勝手なんですが、「Q」から続いた「ウルトラマン」が終了し、ここにシリーズ第三弾として割り込んできたのが「キャプテンウルトラ」でした。円谷プロが次作として準備している「ウルトラセブン」の第一回目放送が連続して当時の番組枠タケダアワーには間に合わないことを背景に、東映がちゃっかりとウルトラの冠を掲げてしまったという、円谷路線と一線を画しているようで、そもそもそれは「キャプテンフューチャー」のパロディーオマージュではないか。の、いかにも同社のお家芸番組作りな異色のウルトラシリーズでした。
もちろんそんな制作側事情を子供の僕が知るわけないんですが、キャプテンフューチャーについては当時まだ高校生だった叔父貴がエドモンド・ハミルトンの小説を読んで聞かせてくれていたため、キャプテンウルトラの放送を観た瞬間、子供心に「ひでーっ」とうめいた覚えがあります。その東映に負けず、円谷プロもウルトラセブンのメカニック設定に関しては「サンダーバード」を意識してましたが。
まだ「パクリ」という言葉は無くて、「真似っこ」とあきれたものでしたが、宇宙パトロール艇シュピーゲルだけは、ハミルトンが執筆した宇宙船コメットの涙滴型イメージをひっくり返し、革新的な宇宙船と言える独特のデザインでした。しかも、サンダーバードの主役メカ(2号のポッドとか3号と5号のドッキングはありますが)でもやっていなかった3機分離合体式。これだけは東映よくやったぜと、今でも評価しています。そんなわけで、ゼットンの翌週始まる同作は「来年60周年」













