日曜日の投票に向けて、各候補者さん走る走る。 うぐいす嬢おばさま、叫ぶー! 普段聞いた事ないような声色が通るたびに 窓際へ走って様子見てたでんとゆき。 だから怖いなら出て行くなってば・・・
パーキングエリアやサービスエリアで手に入っていた情報誌「HighwayWalker」が、とうとう事実上の廃刊という休刊になり、本日からウエブサイトに移行するようです。最近は紙質のこともありページをめくりにくいし開いておいたらすぐ折れてしまうし、それ以前に「棚から消えたことがないほど毎号山積み」の様子から、とうの昔に需要は見込めない冊子だったことも否めません。カーナビスマホナビの時代にあっては、ページ後半の高速道路地図なんか、縮尺上何の役にも立たなかったし。
それでも、PA、SAごとのうまいものや土産情報、毎号それぞれのエリアにおける観光ヒントとなる話題などはけっこう参考になっていました。いつごろから読んでいたのか遡ってみたら、2014年1月に別の話題で書いていたので、あぁ、けっこう創刊の頃(引用しているのは創刊2号あたり)から手にしていたんだと思い出します。今は女優として大成した小芝風花さんがまだ「魔女の宅急便」公開前のインタビューで登場しています。
その頃から思っていたのは、このインタビュー欄で写真を撮っているカメラマンの腕前がなかなか良いなあということで、当時は小芝さんの少年っぽさがうまく表現されていたのです。うーむ、ますます高速道路情報誌の話からかけ離れていきますが、これが無料配布だったのもすごい。悪く言えば「そんなもんにコストかけやがって高速代値下げしねえ」なんですが、ぼやいてもしょうがない。最後にもらってきた号のインタビューは蜂オーグ役で「あらら」が印象的だった西野七瀬さんでした。
多くの人が勘違いしていますが、TD51/61Wのエスクードには、それらの登場時点でNOMADEのサブネームはついていません。単に5ドア、と丸められてしまったのが史実です。だから今どきジムニーにノマドのサブネームが付けられても、別になんてことないさ。なのですが、気がついたら両車が並ぶシーンを自ら作り出していました。いや、それほどにジムニーノマドに関心がないのよ。興味があったらフロントラインをそろえて長さ比較とかやってますよ。
この日、SSC出版を訪ねたのは、稲毛とか大洗ってどんなとこ? と問われて説明がてら、ちょうど海老名で仕事があったから立ち寄ったのですが、聞いて驚き見てびっくりの、そういう場所で地方公共団体が後押ししながらキャンプイベントや事実上四駆のデモランが準備されているというお話でした。一昔前だったら、出ていけ来るんじゃねえと爪はじきされていましたから。もちろん今でも、個人レベルの力だとこの扉は開かないんですけど、時代が変わっているんでしょうねえ。
オープンカントリーを使っていた先日まで、ヤマタノオジロことハスラーJSTYLEⅡの燃費はリッター19キロ程度だったとか。まあほら、この車は四駆だから、となだめていたのですが、せぐろさんことクロスビーの四駆が平気でそれ以上の数字を出しているのが気になったらしく、新たに組んだダンロップの性能に、霰は期待を寄せているのでした。乗せてもらうと、当たり前のことですが路面のごつごつを拾わない乗り心地の改善が顕著です。
と、霰は意気込んでこの数日、燃料計のメモリが残り2コマになるまで走り続け、僕が同乗して(80キロほど重くなり)テストランに出かけます。が、行先までの予定ルートの途中で警告灯が点灯し、霰は冷や汗表情に。ざっと暗算してみると、1メモリあたり少なくとも50キロくらいは走れているから、渋滞などがなければ行先からの帰り道に600越えして給油できたはずです。600キロの壁はクルマの性能よりも霰の度胸の方にありました。
しかし明らかに燃費は元に戻せたので給油してみると、実に惜しいことにあとほんの少しでリッター25をマークできるところに引っ張れていました。バラスト(僕のことね)積んで、エコランをしない運転でこの数字なんだから、単身通勤で使えば600キロとかリッター25とかのボーダーラインはきちんと超えていくでしょう。現行モデルでFFのターボ車カタログ値が22.6くらいですから、四駆のターボ車でこれなら言うことありません。あ、オイル交換まめにやれ、とは言っといた。
映画やドラマにスズキエスクードが出てくると小躍りしていた(る)安上がりなエスクードフリークが他にいたらうれしいですが、その時点で僕らは外野にいることも決定されてしまうのです。いやいや、それで嬉しいんだから安上がりなんです。ここで扱う作品は順不同ですが「ゴジラvsメカゴジラ」が封切られた93年12月、僕は89年式のヘリーハンセン・リミテッドに乗っていました。その同型車が、劇中に登場して(もう何度も書いてますが)いるのです。
上がその劇中車ですが、やはり初代の1型です。フロントまわりのガードや補助灯は、所有者が構造変更を取って後付けしたもの。しかも土浦ナンバー。この頃僕のエスクードも置き場所の絡みから土浦ナンバーでした。僕のエスクードの面倒を見てくれていた今はなき土浦スズキ、大活躍です。しかし劇中車の方はロケットランチャーぶっ放すわけでもメカゴジラにドッキングするわけでもなく、出てきただけでももう十分な程度の出番でした。
先週の9日、なんだか瞬間最大風速のように「宇宙恐竜ゼットン」の名前と姿がネット上に散乱していて、なんだろうと思ったら最終回「さらばウルトラマン」の放送日であったと。あぁ、世間ではウルトラマン誕生60年を盛り上げているからかと膝を打ちかけて、「待て待てまてっ。ウルトラマンは確かに1966年の放送開始だったけれど、最終回の放送は1967年だぞ!」。と、そういうことなら翌週に当たる4月16日(1967年が正しいけれど)をいま書いてもいいんだな?
良いかどうかなんて書き手の勝手なんですが、「Q」から続いた「ウルトラマン」が終了し、ここにシリーズ第三弾として割り込んできたのが「キャプテンウルトラ」でした。円谷プロが次作として準備している「ウルトラセブン」の第一回目放送が連続して当時の番組枠タケダアワーには間に合わないことを背景に、東映がちゃっかりとウルトラの冠を掲げてしまったという、円谷路線と一線を画しているようで、そもそもそれは「キャプテンフューチャー」のパロディーオマージュではないか。の、いかにも同社のお家芸番組作りな異色のウルトラシリーズでした。
もちろんそんな制作側事情を子供の僕が知るわけないんですが、キャプテンフューチャーについては当時まだ高校生だった叔父貴がエドモンド・ハミルトンの小説を読んで聞かせてくれていたため、キャプテンウルトラの放送を観た瞬間、子供心に「ひでーっ」とうめいた覚えがあります。その東映に負けず、円谷プロもウルトラセブンのメカニック設定に関しては「サンダーバード」を意識してましたが。
まだ「パクリ」という言葉は無くて、「真似っこ」とあきれたものでしたが、宇宙パトロール艇シュピーゲルだけは、ハミルトンが執筆した宇宙船コメットの涙滴型イメージをひっくり返し、革新的な宇宙船と言える独特のデザインでした。しかも、サンダーバードの主役メカ(2号のポッドとか3号と5号のドッキングはありますが)でもやっていなかった3機分離合体式。これだけは東映よくやったぜと、今でも評価しています。そんなわけで、ゼットンの翌週始まる同作は「来年60周年」
昨年暮れごろから店舗が出来上がったものの、開店している様子がなくて、何の店なのかもよくわからなかったのですが、「窯焼き工房あじぃ」はミートパイの販売を、土曜と日曜の限定でやっているそうです。ウイークデーはキッチンカーを出しているとか。店舗奥にも小さな食堂があるようです。このミートパイは、店主の出身であるウズベキスタンの料理で、母国ではサムサと呼ばれているそうです。そんな珍しいお店が、つくばーど基地から10分以内にできるとは。
ミートパイの主力はビーフとチキン。それぞれ角切り、ひき肉が選べる。売り切れていなければヒツジ、ほうれん草やかぼちゃのパイもあるのですが、どれがお勧めかと言えばチキンのひき肉が味も噛み応えもちょうどいいです。たぶん、それぞれのスパイスがチキンと一番よくマッチしているのではないかと感じます。かぼちゃパイの作り方を知りたいところです。パンプキンと言わないところが大変好感度ありです。