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  ~懲りない傾向~

初代の称号

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仮面ライダーは「1号」、RX78の2号機は「ファースト」。最初に世に出てきたことに違いはありませんが、案外「初代」と呼ばれるケースは数えるほどなのかもしれません。1954年のゴジラは時々初代と言われる? DEEP初代総長の相沢耕平なんていましたが、そう呼ぶのはほぼ、二代目総長の恩田二郎くらいで定着とは言いきれません。世襲襲名の原点となる人物だと、徳川家康などは「初代将軍」で通ります。自動車はモデルチェンジを繰り返すので、初代と冠のつくケースが多い部類です。

他所の車まで引き合いにで競るほど知識がないから、と逃げを打ち、どうせそこへ行きたかったんだよと開き直って、ウルトラマンとスズキエスクードは、「初代」の呼称が非常に良く定着した事例です。しかも、ウルトラマンにはゾフィーというウルトラ長兄、広げればウルトラの父やウルトラマンキングといった先達が後付けされていても初代のまま。エスクードは1988年以来7型まで変遷しながらも初代の括りで、割と甘い線引きではあります。

うちのTD61Wは1997年式ですが、この型式となるV6の2500は1996年に登場しており、奇しくもウルトラマン誕生30年の年回りにデビューしました。96年を初代エスクードの最終型登場年次としてみると、ウルトラマンティガ、ウルトラマンゼアスが同い年にあたりますが、彼らは平成年代初のウルトラであっても「初代」とは呼ばれないほど、この称号は甘い線引きの中でも不動の地位にあるようです。

そんなことを考えるのは僕だけですが、ウルトラマン前夜祭を別枠として、本日が初代ウルトラマンの放送開始から60年め。

 

鋼のデルタ

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たぶん記憶違いにはなっていないと思いますが、「エリア88」の最終話が雑誌掲載されて、今日で40年めになるはずです。F8からX29やらタイガーシャークまで、ひとつの漫画の中であれほど沢山の戦闘機を見られたのが面白かったと同時に、描いていた新谷かおるさんも楽しかった(現場はそうでもないのか)だろうなあと振り返りながら、僕などは途中から出てきたドラケンに驚かされていました。この機体、僕が子供の頃に作った初めてのプラモデルだったのです。

この独特のダブルデルタ翼と機体の塊感が気に入ってしまい、当時空自が使っていたらしいF104を買おうとしていた親父に対抗して、小遣いはたいてドラケンを選んだのでした。それで組み立てに及んで気がつくのが「これってウルトラホーク1号と同じカタチしてる」というダブルデルタの機体構成でした。いったん模型作りを中断して、ボロボロになりかけていた「世界の航空機図鑑」というのを引っ張り出して探してみると、自分が生まれるよりもずっと昔に初飛行していることが書かれていて、ウルトラホークの方がドラケンをベースにしてデザインされたことを知るのでした。

ウルトラホークは僕はまだ幼稚園児の頃。ドラケンはあとになって小学生で出会った機体ということになるのですが、デザインの原点という世界を、まあ変なところで体験したわけです。そういう記憶はけっこう鮮烈に刻まれ、後にこれはかっこいいなと思わせる機体がいくつか出てくる中でも、ドラケンの特別さは揺るぎもしない。だからエリア88にこれが出てきたときには「へー・・・」と思うのも自然な話でした。

空軍内の外人部隊で独立愚連隊のような設定だからこその、戦闘機の見本市のような漫画だったことも、新谷さんの世界観として見入ることができたのですが、ウルトラホークまで遡っても50年近くになると、デルタ翼部隊なんか作れちゃうなあといかがわしい根性をですね・・・ という長々とした写真解説でした。

還暦どころか生誕125年

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「我が名はテオマチャ」掲載日と重なるので前倒しです。監修者としてウルトラマンの生みの親と言われる特技監督・円谷英二さんの誕生日(明日)は、戸籍の上では1901年7月10だそうですが、現在位に至る逸話や身内の方々、円谷プロダクション(往時)の見解によって1901年7月7日が定説となっています。ウルトラシリーズ60周年のバックボーンは、英二さん個人に絞れば125年の歴史の上に成り立っていて、初代ウルトラマンは2万年生きているようですけど番組年次では8歳も若い。

さらに生誕に遡ればウルトラの還暦どころか途方もない偶然の巡り合わせで、英二さんが生まれたこの日、遠くイタリアの地で、後に映画監督となるヴィットリオ・デ・シーカ氏も誕生を迎えていました。ウルトラマンが放送された1966年には金塊強奪とその密輸の顛末を描いたコメディ映画「紳士泥棒 大ゴールデン作戦」(センスのない邦題だねえ。原題は主人公の名を取ったAfter the Fox)を送り出していますが、まあ「誰?それ」になってしまうので、有名なところで「ひまわり」を撮ることになる人物です。この「ひまわり」は、英二さんが亡くなった1970年の封切り。

還暦シリーズの狭間

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本年は「ウルトラマンシリーズ60周年」でもあるそうで、ん? なんでこのシリーズにわざわざ「マン」を付けているんだとちょっと不可解な気分です。円谷特技プロダクション、TBS制作の特撮テレビドラマとして空想特撮シリーズの口火を切ったのは「ウルトラQ」で、これが1966年1月に始まっているからでした。その辺のことは重箱の隅をつついているようなものですが、同作が7月3日で放送終了し、「ウルトラマン」の第1話が繰り上がったものの放送に間に合わなかったのは有名な話。

幼児時代の僕は「ウルトラQ」が怖くて観るのが嫌だったのですが、どういうわけか親父の弟たちが気に入っていて、茶の間に1台しかない(しかもモノクロテレビ)、あまりの田舎で電波状態が悪いにもかかわらず、一番映りの悪かったTBSにチャンネルを固定されてしまい、べそをかいていたのを覚えています。

どのくらい電波状況が悪かったかというと、あの頃NHKで放送していた「サンダーバード」の画面が粗くて、「特撮に見えない妙なリアル感」が醸し出されていたくらい悪かった。「ウルトラQ」なんてもっとひどかったのですが、嫌々観ているのにだいたいストーリーは覚えてしまうのが哀しいサガでした。それでも当時放送の最終回であった「206便消滅す」は、状況の切り取りと繋ぎのようなわけのわからない内容でした(あれで視聴率35とか36%だったってのがすごい)

なんだかんだで超音速旅客機が四次元空間に迷い込んだらやたらとでっかいトドがいて・・・という最終話が、次作「ウルトラマン」へ橋渡しを行ったことが、「ウルトラシリーズ」の誕生ということになるので、どこかに後年の゜再放送を録画したやつがあったよなとメディアを探していたら

「あのアバンタイトルの音とテーマ曲大嫌いだから流さないでくださいっ」

と、やっぱり嫌いなのに父親が面白がって観ていたというトラウマ持ちの雫さんに全力拒絶されました。

本家は絶対に書かないだろうけど

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「機動警察パトレイバーEZY」において、出渕裕さんは「世界線上にパト2はない」というような発言をし、ゆうきまさみさんは「EZY2026」に今現在の南雲しのぶを登場させ、伊藤和典さんは「寿司屋の後藤」の中で、しのぶの過去に関してパト2の時間軸を下地にしてきました。もともとメディアミックスでパラレルなところもあるパトレイバーですから、彼らは「ファジー」(すげー死語だと思う)と語っているのでその辺の差分はまあどうだっていいのです。

本家はなんだか、パトレイバーに関して「現在よりも少し先の時代」に執着していると思えるのですが、しのぶが優秀なキャリア警察官でありながら特車二課で塩漬けになっているというフォーマットの呪縛からも解放されたくない雰囲気で、彼女の声を担当した榊原良子さんをして「パトレイバー2のしのぶは、私の中の彼女ではない」旨のコメントを話していました。

僕もそう思います。南雲しのぶは本来、あの凛とした背筋のさらに後ろ側に、かわいらしさの隠れた魅力があるはずで、「おぢさんそういう方がいいんだよ『二人の軽井沢』とか」、と独り言ちるわけです。彼女が場末と呼ばれる特車二課に、後藤喜一よりも先に小隊長として赴任している理由は、パト2が作られるまでは具体的に語られていないので、映画で設定された不祥事による左遷の筋書きがほぼ確定しているのですが、パトレイバーEZY準拠だとそうでなくともよい。だからといって、2030年代の南雲しのぶなんか、絵として見たくはないなあという思いもあって、5月15日のブログで大暴投のスピンオフを書いたのです。が、ここでも「南雲しのぶという女性は『いる』んだけれど、出さない。そのためには誰かに彼女を語らせる」必要がありました。

では、そんな人物がいるのかと考えあぐね、彼女の年齢を辿っていくと、同い年かせいぜい1歳くらいしか違わない、別番組の主人公がいたのです。それが「機動刑事ジバン」(ほら大暴投)の主人公、サイボーグ警視正・田村直人なのです。おそらく、二人とも同期くらいで警視庁にキャリア入庁しており、田村は謎の組織バイオロンの手にかかって殉職しサイボーグ・ジバンとして蘇るというヒーロー。その飄々とした昼行燈ぶりから、「こいつ、ひょっとすると殉職する以前から、南雲しのぶを『しのぶちゃん』と呼んでしまう唯一の男ではないのか?」と、いかにもおぢさんニヤニヤしちゃうぜといった世界線に出くわしたのです。

本家パトレイバーでは絶対にありえないことですが、24か25歳くらいの彼らの時代にまで遡って、謎の組織の潜入捜査に失敗して捕らわれの身になった彼女を救うため、ジバンに変身して敵地に乗り込む田村の超人的な活躍。何の躊躇もなくしのぶをお姫様抱っこして脱出しようとするジバンと狼狽し赤面するしのぶという構図は、いけるんじゃないか。そしてこのシーンで、ジバンはつい「大丈夫か?しのぶちゃんっ」と口走ってしまう。そんな過去編前日譚、面白いと思うのですが。

ぬすまれたかたをあらいつづけて・・・

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というわけで、スコープドッグ・ラスカルショルダーカスタムを作らずにいられない性分でした。それでも素材を探し出すのが一苦労です。双方の大きさがある程度合わなければだめだし、加工のしやすい材質でないとうまくいかない。ましてやスコープドッグの方が組み立てプラモデルだったらもう目も指もついていけないのでお手上げです。そしたら1/48で完成塗装済みのレッドショルダーカスタムというのがありましたよ。

手持ちの某あらいぐまの頭サイズをどうにかくっつけられる大きさはこれくらいしかありませんでした。それでも部分的にはランナーパーツを切り取って取り付けねばならないのですが、穴が小さいわ材質が柔らかいわで、胸部の手すりだかガードだかは付けることができませんでした。某あらいぐまの方は・・・言わないが花だね。やるだけやってみて、これはアニメ絵だから笑いが盗れるもんだわと痛感しております。まったく可愛げが無い・・・

握る寿司屋は何処へ~往くぅ♪って年寄りにしか分からんそんな歌

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替え歌の話ではありません。替え歌の歌詞にしたら何の表題だかわかんないうえに、元歌知ってる世代が相当高齢でしかねーよという自虐タイトルなんです。が、それはもちろんどうでもよい話で、伊藤和典さんの「寿司屋の後藤」が25日に届いて、昨日半日かけて詠み終えたところです。本家が書く機動警察パトレイバーの後日談だから、もう「そうじゃないだろう」とか抗い様も無いんですが、途中までは面白かった。

でも、まあ主軸がその後の後藤喜一なんだからしょうがないんだけれど、そのために機動警察パトレイバーの世界線に縛られすぎるのもどうかなあとは感じました。その世界観への依存が終幕に近づくほど濃厚になっていくのがちょっといや。あ、この寿司屋の親父はなんか背負っていたんだ、くらいの描写で、新たに出てくる客たちとの交流だけに特化しても、読んでいるこっちは「だってその人、元剃刀で昼行燈だったんだもん」とわかっているのだから。

前半は、大体そんな雰囲気が漂っているんですが、パートが進むごとに書いておかずにはいられなかったのかなあと思わされる、そんなお話です。

ゆらめくかげはよみがえるあらいぐま?

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ラスガメス軍の正式主力AT。スコープドッグの肩にラスカルを装備した機体。 頭部の3つのレンズはそれぞれ標準ズーム、精密照準、広角となっており、パイロットにゴーグルを通してヨゴレ情報が伝達され、ヨゴレを洗い残す事がない。その名も「スコープドッグ ラスカルショルダーカスタム」

・・・はあっ?

幼い頃から洗浄しか知らず、そのためか無口で人付き合いの下手な性格である。しかしその男、キリコル・キュービィーの洗浄に関する能力は群を抜いており、洗濯機の操作においてはあらいぐま離れしているほどの能力を発揮する。洗い落とすは本能か。

・・・なんですかそれーっっっ

パイロットの方はともかくだよ? このスコープドッグ、作るしかないじゃん!(わざわざ左肩をいじっているところが笑っちゃう隠しネタだよね)

しかしそれどころではない事態も起きているようで、そっちの方はまた後日

そんなにΩはかっこいい響きなのか?

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オメガサイコミュウルトラマンオメガレギオスオメガときて、今度は「角醒ハンターオメガホーン」。なんなんでしょうここしばらく続くΩ氾濫、知名度の論理でうちのBLUEらすかるΩが真似しているとか思われかねない迷惑な話です。ニチアサヒーローものとして始まっていたPROJECT R.E.D.シリーズ第の2弾だそうですが、今やっている超宇宙刑事ギャバンインフィニティの後番組ということで、∞に続いてΩという記号を持ってくると。

ギャバンインフィニティって、案外面白いんですよ。だけどだらだらと1年持ちこたえられるのかとも思いましたが、半年で完結というのは良い引き締め方なんでしょう。シリーズを定着させるうえでもさっさと次の主役を繰り出した方が効果があるし。しかしこんなサイクルでキャラクター商品を作って売りぬくのも買わされる側も大変だよなあ。それにしても名前が「オメガ」である必然が何もない。まさかいきなりシリーズ第2弾で「Ω=最後の」なんてことにはしないでしょうね?

乾いた大地は心凍らせる

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2007年に発売された「超合金魂アイアンギアー」がこの8月に再販とのことで、ネット上での予約も始まっているのですが、その価格が材料費や制作費や人件費や諸々の事情で37400円にもなるって、誰かが買うんだよ15歳以上の財布をなんだと思ってるんだよなひどい話です。新規アイテムを繰り出したくても、そのための金型製作代が跳ね上がってしまうから、まったくの新製品は出すのを絞らないとやっていけないから、在庫金型で仕様変更して売り直しというのは良いアイデアですが。

だからといって、15歳以上と銘打ったとしても、玩具の値段の常識ってものがあるんじゃないでしょうか。2007年の売出価格は確か18000円でした。これだって腕組みしながら考えましたよ。当時宇宙戦艦ヤマトの魂エディションが30000円を超えた時点で、そんなもん買えるかとやめちゃいましたが、金型流用でコスト回避策をとりながらこんな単価で出そうというのはアイアンギアーに限った展開ではありませんが、玩具メーカーは過去の淘汰時代の痛い目にもう一度遭った方がいいのではないか?