しかも上り列車が40分後だよ。
東京から100キロ離れたら、まだまだ寒いんだよ。
なのに自販機にあったかい飲み物が一つもないよ・・・
昨年のエスクード30年ミーティングの折、ぎっくり背中の激痛で動けない僕の身代わりで使われていたものです。前回の洗濯から3年ほど経過しているので、いじられ投げられ落とされ続けてかなり汚れておりました。
そのうえ仙台からの転居の際には荷物が跳ねないよう緩衝材にまでされていた、想像以上にハードワークな小僧だったのです。
それはいかんということで、汚れ落とし剤を買ってきたもののなんかもう手遅れな状態で、ここは手荒い(誤字)ではなく専門家に委ねることにして2週間。
むー、写真の陰影じゃわかりませんけど、新品並みの手触りになって帰ってきました。こうなると女性陣が抱っこならまだしも頬ずりすりすりしかねないので、まだビニールから出せないという・・・
ぼーっと車窓を眺めていたら、上野駅から日暮里駅までのわずかな区間、なんかごつかっこいいオレンジ色のブームが目に入ったわけです。クレーン車やパワーショベルとは違ったな、あれ。
建設重機というよりも、本能的に国際救助隊方向の重機っぽさを感じて、次は見逃すまいと車窓に張り付く作戦を立てます。
ずいぶん前から国立科学博物館の屋外展示物だったようで、これこそ1970年に日本初の人工衛星おおすみを軌道投入させた、ラムダロケットを打ち上げた専用ランチャーでした。ランチャー自体は1963年に完成したもので、試験打ち上げと本打ち上げで6回稼働したとか。
すげー、ロケットの方じゃなくて、ランチャーが主たる展示内容だとは!
過日、さいたま市内のある書店で「超人ロック」の新刊を見つけて手に取ったら第二巻。ありゃーやっちまったよ知らなかったよと、棚を探してみたけれど第一巻が見当たりません。
ひとまず二巻目をレジに持って行って会計の際に、一巻の在庫は置いていませんか?と尋ねてみましたところ、店員さん書棚の下の引き出し書庫から見つけて来てくれました。
だからなんだ。と思うなかれ。話はここから。
店員さんレジ打ちしながら
店員さんがにこにこしながらなんかこう親しげに、親しげに・・・
なんとですね、その人、仙台で閉店した書店で働いていたあのご婦人だったのです。
途絶えた軌跡 を参照のこと。
聞けばその後、ご主人が定年を迎えて、あったかいところに住みたいねと、宮城を引き払って埼玉に転居なさったのだとか。でも夫婦して元気なものだからそれぞれのスキルで再就職やらパートやらと、つてを頼りながら好きな仕事をなさっていると。
びっくりです。
ある建物の地鎮祭に呼ばれて末席で参列しまして、式典の最後に神酒拝戴というのがあるんですが、当然僕はウルトラスーパーマーベラスな下戸である以前に車ですからこれをいただくわけにはいかず、飲んだふりだけしてそっと足元に蒔くのが慣例でした。
が、今回はなんとアルコールもカロリーも糖質もゼロ(ただしカロリーと糖質は完全なゼロではない)というのが振る舞われました。
聞けばアルコールゼロの清酒は2014年には登場していたそうで、糖質などにまで改良が加えられたのはその翌年だとか。しかしここ数年の神事参列では初めてのお目見えです。
と、主催者の部下の人に教えられましたが、それはつまり、飲んだら酒臭くなるってことじゃねーの? その状態で検問に出くわしたらどうなるのか、製造・販売元は実地で試してほしいのですが・・・
その昔、道路の開通式ではお浄めに日本酒を路上に振りかけるという行事があって、これを任されるのが地域の代表者と、道路管理者関係としてその所轄の警察署の幹部だったことがあります。
それっておかしくないか? 道路交通とお酒は因果関係を持つべきではないんじゃないの? と指摘したことがあります。すると圏央道の開通式あたりからは、もう無理やり開通区間の地域の湧水を汲んできて代替するようになりましたが、このところ道路の開通では(東北では)見かけなくなりました。
だけどなあ、神事だからお神酒は切り離せないんだろうなあ。ニッチなビジネスチャンスとはいえ、神様も千鳥足では昇神できない時代になりましたよ。
大阪万博を書いたら、地元の国際博覧会だって書いておきたいとか余計な欲が出ました。が、大阪から15年の歳月が過ぎても自動車は空など飛ばないし、おかげで会場周辺の交通渋滞は甚だしいし、科学の進歩の方はどうかというと何処のパビリオンへ行っても映像主体の、しかもバーチャルと呼ぶにはまだまだな展示でした。今思えば、90年代に敷設されていく情報通信インフラの姿を見せてくれていたのだと思います。
だけど、アポロが持ち帰った月の石の時代に比べると、技術が身近になっているのに感動は薄れた感がありました。
現実の世界では、科学博の会場はそれが終了するとともに再整備されて、工業団地になってしまったというのも別の意味で時代のリアルでした。大阪と言えば太陽の塔ですが、筑波なんてステンレスのトリックアートなモニュメント。でもまだまだ二十世紀の残り時間をあれこれ想像できるおおらかな世の中だったかもしれません。
科学博が開幕した1985年の3月17日、この頃だと写真がほとんど残っていないけれど、地元で開催されるという親近感と距離感から、意味もなく通ったものです。
そんな時代もありました。もう勘定するのもいやになるくらい昔の3月15日、大阪において開幕した国際博覧会に、連れていかれて並びに並んで、というか並ばされて、へろへろになりながらアポロ11号が持ち帰ったらしい「月の石」を、マグマと大嵐が頭上から降りかかってくる三菱未来館の映像を、なんだかやたらと沢山の料理を自分で好きなだけとってこられる何故かブリティッシュコロンビア館のバイキングを見聞したのです。
でも、科学特捜隊が逃がしたとか逃げられたとかで、古代怪獣の展示だけは見ることができませんでした。
それらはすでに自分の中の歴史の渦(てか、それ以前に東京オリンピック見物を経験しちっゃてるもんな)。その後の沖縄海洋博は連れて行ってもらえず、筑波科学博には自力で仕事に出かけ、愛・地球博は実は興味を失っていました。筑波を見聞してみて、大阪で体験した他国の文化や未来的な食事(ブリティッシュコロンビアのとは別のパビリオン)が、筑波じゃ吉野家でした。これが長蛇の列だったというのがウソのようなホントの話。
いや、吉野家は好きですけど、それはもうほとんど未来体験じゃないわけで、強奪されるような巨大ロボもいなかった。←スーパーロボット・レッドバロンの第一話
時代は巡って再びオリンピックが目前に迫り、矢継ぎ早に大阪での万博へと動いています。アポロの石と太陽の塔の生命の樹に始まった科学技術信奉世代っ子もいいかげんおっさんなのですが、大阪では巨大なロボット(左の赤いやつじゃありませんよ)が動いていたことを思い出すと、どんな技術をよりどころにしていくのか興味が尽きません。
しかし万博ごとに怪獣と巨大ロボに期待してどうするんだ?
2月末に見てきた一番桜はすでに葉桜、こちらは二番手です。今月に入ってからの開花でしょうから、毎年律儀に、暦のように季節を教えてくれます。
しかし咲いているのはこの樹だけです。基地なんか日中はまあ日差しがぽかぽかしてきましたが、早朝はまだ凍ってますし夜は炬燵から出られません。
この冬は積雪こそ大したことはありませんでしたが、裏山の林道は舗装区間にけっこう土砂流出があり、枯れ枝もずいぶん溜まっています。市から派遣されたお年寄りチームが大勢で道の清掃をやってくれています。呑気に偵察なんかに行っちゃったものだから、先へ進むためには手伝うしかありません(笑)。さらに支線に分け入ると、あちこち倒木で阻まれ、もう三代目エスクードではターンもできない道幅。今回入ったところは完全にジムニーと初代、二代目エスクードのショートしか通れません。
そんなわけで、天狗の森はもとより基地も花より暖房(梅は満開です)ってところですから、花見はやっぱり彼岸すぎてからですね。
と、毎年認識しているのになんで我慢大会になっちゃうんだろうねえ・・・