写真の撮影は昨年ですが、おそらくこのオートバイはまだ、福島第一原発にほど近い帰還困難区域の国道6号沿道に残されているでしょう。
一昨年あたり、沿道の草刈りのために、あの日以来ずっとガードレールにチェーンでつながれていたのが初めて鎖を切られ、どかされたものの、この個体自体が帰還不能のままそこにあります。これに乗っていた人がどんな思いで脱出したのか、その気持ちを推し量ることもできないのですが、無事でいてくれればと感じながら8年が過ぎていきます。
65年前の着ぐるみをベースに立像化したそうです。当然、着ぐるみとは材質が違うので今風な立ち姿に見えてしまうのですが、これは初代ゴジラ。
須賀川市民交流センター内の円谷英二ミュージアムではこいつのみ、自由に撮影ができます。短編特撮映画「ゴジラ 須賀川に現る」も上映されています。非常に凝った古典的技法と最新技術が融合しています。でもそっちに集中したせいなのか、ゴジラが出現した位置と交流センターに迫ってくる進行方向がめちゃくちゃ(笑)
一階にいらっしゃるこの面々も初代がベースの造形です。右手奥にキングジョーもいるんですけど引き過ぎで見分けられないですね。
初代と言えば、松明通りに佇む怪獣たちも、まあ初代ベースばかりではありますが。←エレキングとかベムスターもいますけど。
先日、花巻から釜石にかけての東北中央横断道が全線開通したところですが、本日午後にはその結節点となる釜石市内で、この路線と接続する三陸沿岸道路が開通となり、市内の混雑を回避して大槌方面へ抜けられるようになり、南に至っては下旬に宮城県境までつながるようです。
詳細は東北地方整備局の発表資料にあります。気仙沼市内は内湾に橋を作っているのでしばし先になりますが、常磐道経由でかなりの時間距離短縮が可能になります。
むむむ・・・東北赴任時にどんだけこの沿岸を行き来したことか。夏場ならまだしも、年度末にまとまって着工だの貫通だのの行事で呼ばれたから、南岸低気圧にもずいぶん悩まされましたっけ。6年ほど前だと、釜石から宮古を経て田野畑村あたりまで、仙台から9時間くらいかかってました。たぶん、雪や凍結が無ければ4時間かからなくなるかもしれないです。
しかしこれはインフラが整う知らせで、震災復興が遂げられたというお話とは異なります。
生活圏が茨城に戻ったことで、医療機関もかかりつけのいくつかを刷新する必要があり、整形外科を基地の近所の開業医に移しました。歯科医もどこかを探さなくちゃなという状況ですが、まずはひざ内側の痛みを如何にかせねばと、この医院を訪ね待合室に入ったらば・・・
診察を受けながら、つい聞いちゃいましたよ。そしたら、この漫画家、大和田秀樹さんと整形外科の先生は高校時代の同級生で、以来ずっと仲良しで、描いてもらったものだと。
へー・・・意外なところで「機動戦士ガンダムさん」と邂逅してしまいましたよ。
という話はさておき、僕の膝のことですが、厳密には異なるけれど腱鞘炎みたいなものだと。その見立てに続いて先生曰く
おお、なんかすげー久しぶりに聞いたよ。こっちの地方の訛りともいえない方言とも言えない、その言葉っ。
でも湿布薬と痛み止め処方してもらいました。
電車通勤に切り替わったとたんに鉄道三昧というか、よりにもよって水戸への出張です。「ひたち」に乗るのは初めてですよ。座っているだけで、いやもう居眠りしていても運んでもらえるこの堕落感!
だけど現地に着いたらどうすればいいんだ? これが今までだったらどこへでも車移動でしたから、そんな心配事はしなかったのよ。
キャプテンスカーレットがスペクトラムの現地諜報員のところに赴き、追跡戦闘車の借り出しをするがごとく(なんかすげー古い喩えを出しちっゃたよ)、移動手段の手配をしてもらいました。これで効率よく仕事を終えてから悠々と基地に戻ってきたわけですが、修理に出したBLUEらすかるの代車を置き去りにしていることを忘れてました。やっぱ堕落してるわ・・・
BLUEらすかるの板金修理入庫に代わって、しばらく借り受けることになりました三代目の後期型。LIMITEDと冠するバッジがついているので、ワゴンRの出荷300万台を記念して売られたという特別仕様らしいです。
しかしたぶん、悪徳なとーちゃんは娘からぷらすBLUEを取り上げ、これをあてがうという暴挙に出るのでしょう。