新月サンが大分前にコンペでかっさらってきた
〝喜多方ラーメン〟
申し込むのを忘れていて「まだ?」と催促されてたのが
やっと届いたので早速食べてみました。
流石に具は自作出来ませんので、市販のものを。
ん、まあまあだ。
(ズボラして小さい鍋で茹でたので麺がいまいちだった)
南相馬で立ち寄った、看板を見つけても「ここでいいんだよな?」と思ってしまったごく普通の民家でやっている蕎麦屋というか定食屋。
玄関に向かう途中の張り紙に目が留まって「鍋焼 そば、うどん」にしばし腕組み・・・ 「鍋焼 そば」ってなんだ? まさか焼きそば入りの鍋ってことはないだろうから額面通り「鍋焼き蕎麦」をイメージすればいいのだよな?
いやしかしだよ、「初めました」という添え書きが深読みさせるわけです。単なる誤字なのか、「初めて作りましたよ」という意味なのか。待てまて、ただ鍋焼きうどんの麺を蕎麦に変えるだけでそこまで大仰に「初」と主張するか? やっぱり焼きそば使った鍋物なのか? もしそうなら仙台で売り出している麻婆焼きそばの上を行くかもしれない。
どうする? 俺
そこはもう確かめるほかないわってことでこれを注文しましたよ。でもって聞いとけばいいのに「これどういう鍋焼き?」とは聞かずに「初」の件は尋ねてみました。そしたらほんとに「初メニュー」で当て字にしたのだとのこと。
気仙沼の土産物屋に併設された食堂が出している「港町丼」は、これ一杯でなかなか満腹感を達成できることと、扱われている素材がそこそこ良質なので、時々食いに行くのですが、単価的に見ると観光客対応価格でいささか高いよなと感じます。
地元の人々が通うお店を探せばもっと安価でこの手の献立にありつけるのでしょうけれど、車を楽に置けてすぐ入店できる店という条件付けのため、路地裏まで探訪できません。
それでもここ数年での変化は、気仙沼へ出かける所要時間が震災以前よりも短縮できるようになったことです。あと2年もすれば、仙台から2時間を切れるようになるかもしれない。震災直後のことを思い出すと考えられない三陸沿岸道路の効果です。
それに加えて、震災直後からしばらく、太平洋沿岸で魚料理を注文する気に慣れない時間がけっこう長く続いていた。あの年の夏の頃は、魚を食いたくて酒田まで出かけて行ったほどですし、当時はそれこそ酒田へ行く時間の方が短くて済んだのですから。
自分が経験した震災から6年以上過ぎたかと思えば、来年になると宮城沖地震から40年めだったり岩手・宮城内陸地震から10年めだったりと、災害の記憶を風化させないムーブメントがまだまだ続くようです。
なぜかと言えば、僕も含めて(僕は一番下手だけどね)つくばーどの仲間たちの大半が、焼き豚の一本や二本は自宅や野外で作ってしまうので、わざわざ山形まで買い出しに行けと言っても無意味なのです。
が、僕なんか下手なうえにものぐさですから、買いに行きます(笑)
何処に行けばいいかというと、ここ
宅配便の送り状も置いてあったので、地方発送してくれます。通販ではないので現地に行かねばならないけど。
山形市内でどのくらいの人気店なのかは不明ですが、前回、人づてに聞きながら平日午後に出かけたときには売り切れ直前で、切り分けられて残ったブロックが二つだけ。僕の拳ほどの大きさで1300円でした。今回は昼頃に訪ねたところ、まだ焼きあがっていないので1時間ほど待ってくださいとのことで、近所で昼飯を食って出直しました。
一本だいたい5000円。そりゃさすがに食いすぎるなあと2000円分を切り分けてもらいます。脂身の多いところがいいか、そうでないほうが良いかはあらかじめ聞いてくれます。そこは好みですが、僕は多くないところの方が良いと思います。
あくまで仕事です。福島市で解放されたあと午後には会津若松に移動しなくてはならないとなれば、国道115号で土湯峠越えをするのが合理的じゃないですか。土湯峠を越えた向こうには中ノ沢温泉があって、まさかひとっ風呂浴びてからってわけにはいかないけれど、昼飯に立ち寄るくらいはありじゃないですか。というわけで土湯峠はもうちょっとで紅葉がピークになりそうな山肌。裏磐梯側に降りていくと、沿道の森はけっこういい感じに色づいています(金曜日の話ね)
中ノ沢温泉には昔から行きつけの食堂があって、こっち方面の林道ツーリングの際にはだいたいそこで五目に加えてチキンカツが載っているスタミナラーメンが昼飯でした。若いころは平気で大盛りを食ったものです。しかしこの歳になると普通盛りでも十分になりました。30年以上通って、ここの品書きで他の物を食った記憶が2回くらいしかない、定番の注文です。あとは近所で笹団子か天ぷらまんじゅうを土産に買って、まあ花より団子なルートです。
もの哀しくても腹は減るのです・・・と書くのも唐突ですが、まだ遠野編が続いております。河童店長の店がなくなってしまい昼飯をどうするよ?と駅前にある「ひっつみ定食」の店に行ったらお休み。JACでひっつみを遠慮してきた罰が当たったか。それなら伊藤家かと思ったけれど、蕎麦屋なのでコーヒーが飲めない。何ぜいたく言ってんだ状態で、確か伊藤家の向かいのブロックに土蔵を改装した喫茶店があったはずだと道路を渡ったら、土蔵はあったけれど店名が違っていました。
入ってみたら、以前来たときと比べていくらか内装と調度品が変わっていました。喫茶店系のメニューは当然無しで、数種類のランチのみ。昼営業終了間際で、あわやラストオーダーを逃すところでした。遠野ではちょっと高めかもしれないけれど、直感では「あれ? 意外に安めだよ」と感じたスペシャルランチ1500円税込みを頼んだら、短角牛のステーキが地元産の温野菜とともに出てきました。サラダ、舞茸のスープ、ご飯と飲み物付き。これは見っけもんでした。
オーナーたちは遠野出身の三十代。修行から帰郷し昨年の春、本格的にお店を始めたそうで、高校生時代の同級生ふたりで合同会社を興し、地産の食材でもてなし食材作りも含めた六次産業化をめざしているとか。お店の名前「コヨミーナ」は、遠野ことばの「来~よ、みんな」をモチーフとしているそうです。去る人があれば起つ人もいる。近代化した遠野といえど高齢化と過疎化は進んでいるはずだから、彼らのような世代が頑張っていることにはつい、応援したくなります。
という声がかかり、大洗の行きつけのお店にさんまの塩焼きを食いに出かけてきました。9月の出足の頃、漁獲量のせいか妙に小売り値が高かったこともありますが、まだ早いよと助言されて旬の時期は控えておりました。ほんとはもうちょっと待っていた方がいいらしいですが、待ちすぎても食わずに飽きてしまうのです。戻り鰹の最後の時期にもどうにか間に合ったようで、これも刺身でいただきまして、地元でもうまい魚が食えるのはありがたいことと店主にお礼を言って会計。
町おこしが一応の軌道に乗って、大洗も夏冬関係なく来客が増え、満席で入れなかったり予約入れてから来てくれと無下に言われたり、にぎわってきた半面お店の雰囲気もなんとなく変質しているなか、ここのお店はそのような大波をかぶっていなくて静かで落ち着いて飯が食える穴場で・・・す・・・
なんで今頃こんなの張り出すかなー・・・