久しぶりに食べた山形のさくらんぼ♥
実家の母がおすそ分けでくれました。
相変わらず美味いのー♪ あ、欲目が山のように入ってます。亡くなった父が、開発に携わった有機肥料を使って育てられた、さくらんぼなので。
まぁ、他の産地のさくらんぼだって、ちゃんと高いのは美味い・・・ そして高いのは買えない(笑)
さくらんぼ。
キノコのこのこ
早くも
おさかな三昧。
三陸は山瀬の季節
首都圏以西の人には疎まれるかもしれませんが、16日の昼下がり、田野畑村の気温は16℃。天候も芳しくはありませんが、こんな陽気ですから田野畑レディースのおば様が作ってくれるラーメンがおいしいのです。
地元のFM放送では、岩手県内の著名無名な「ここは美味いソフトクリームの店」なんて特集をしゃべっていました。おそらく盛岡市内あたりだとそれを聞いたらすぐさま近くの店に直行だったのでしょうが、とてもそんな気にはなれません。
しかしいいことばかりではなく、仕事が終わったら高速優先で帰ろうと、岩泉から早坂高原を越えて盛岡に戻るつもりだったのに、内陸は突如のゲリラ豪雨と降雹と一部道路の冠水と信号も停まる停電で、紫波町では避難準備も一時的に案内されたらしく、こちらは再びとぼとぼと45号線で沿岸を南下するしかなくなりました。
道の駅たのはたがどの辺かというと、ここより少し北(久慈よりは南です。写真の位置のことね)
このあと18時まで仕事をして移動ですから、帰宅は23時。この記事はつい先ほど書き終えたという弾丸出張でした。
待ちきれないので
賞味期限も近いことだし、食っちゃお(とっておいたのかよ)
東北では29日から再発売という。昨夕のニュースではNHKですら商品名を前面に出して、首都圏での8日からの再発売開始を放送していたほど、この半年間の混入事故の経過が影響大であったと想像させます。メーカーの打撃も生半可ではなかったでしょうけど、迅速かつ潔い対処の半年後の反応は、好意的な世論というところです。
下に恐るべきはインターネットの力。ツイッターひとつで企業も国家も揺さぶれる。それが正しく行使されればと言うけれど、正しさの基準だとか、表現の自由とはなんなのだろう。とも思う。
影響力を持つ人の表現などは、うかつに周囲の事件事故を拾ってきては「ネット友人を信じるな」という部分を引き出し蒸し返して伝えたりするのは、そこに正論があっても真逆の世論を動かす温床になるだけ。今回の場合だったら2度とインスタント焼きそばを食えなくなっていたかもしれない。ついでに言えば、そういうことはネットの外に出てきて面と向かって対話した方が誤解が無くていいかもだよ。しかしそれが引き金になって突発の喧嘩沙汰なんてのも起きてしまうのかもしれない
湯切りまでの3分間に、そういうことを考えちゃいましたよ。
別注文はどれ?
「こちらのセットだと、牛タンの切り身は一枚少なくなりますが、その代わりにいろいろとついてくるんです」
という店員の薦めで(上のセリフは内容を伏せるために丸めました)ささやかに豪華な・・・なんだその表現は?・・・な定食を注文しました。が、いろいろというほどでもないので、どれかひとつ、そのセット以外に追加してます。
さてそれはどれ?
というのはさておき、エスクード乗りでフォトグラファーで山girlの、あのマミポコさんが19日に仙台に来るという話になり、当日、久しぶりの牛タン夏の陣な夜会が設営されることになりました。車で来ちゃうと呑めませんが、翌日は林道ツーリングです。
取り急ぎおしらせ。
ま、来られるもんなら来てみやがれな話だな・・・
いただきます。
老舗の葛藤?
2年ぶりで吾妻庵総本店に出かけたら、いつの間にか上天ざるがお品書きから消えていました。5年前で上天が1700円に達していたから、8%の消費増税のときに今後の展開を憂えたのかもしれません。割り箸も箸箱にまとめられ、吾妻庵の名入袋で出ることはなくなっています。10年前の上天ざるの価格が、今の天ざる(まあほんの少し安い)ともなると、30年以上前、天ざるを食うのは憚られた十代のときに頼んでいたざるそばっていくらだったか、すでに思い出せません。
いつからなのか、10年前の天ざる価格帯には、小海老のかき揚げ天ざるが加わっており、葛藤だけではない創意工夫は続けられています。手のひらサイズのかき揚げは、昔は手のひらというより拳サイズだった。それでも蕎麦とつゆの味は昔ながらなので安堵するのです。それこそ十代以前の子供のころ、祖父に連れられてよく来ていたお店ですから、僕の蕎麦に関する基準線がここの更科です。明治6年創業ともなれば、出すものを維持していく苦労は並大抵ではないのでしょう。
そうこうしているうちに、97年式初代最終型、銀色のヘリーハンセンリミテッドに乗ったitoさんがやってきました。51万キロオーバーのエスクード。BLUEらすかるが53万キロオーバーで、おそらく国内1、2の走行距離を競うエスクードがどちらも茨城にあるのが興味深い話。しかし岩手出身のitoさんが今は茨城在住、こっちが地元の僕は宮城在住とは因果なめぐり合わせです。itoさんとは、エスクード誕生30年にはどこまで走っているか等々を談話してきました。







