新月サンと私が帰宅したのち。
猫ずのトイレ掃除&ご飯の支度を済ませてからクーラーをつけたら、座椅子にもたれかかって(なぜか乗りはしない)寝る二匹。
普段ならリビングから出て追いかけっこ始めるとか、二階に上がってイタズラ始めるとかするのに、ピクリとも動かないので心配に。
そんな様子を見てた新月サンがポツリと
「・・・ひょっとして昼間暑くて眠ってないのかも」
ああ、なるほどね。確かにそうかも。
そうすると、充電完了後(私らが眠った後)は運動会するのかしらん?
この日付なので当然観ておりません。試写会に呼ばれるつてもないし。だけど昔「八岐大蛇の逆襲」だとか「ガメラ大怪獣空中決戦」だとかを観て喜んでおきながら、今度の「シン・ゴジラ」は観に行きたがらない心理が働いており、たぶん家内がソフトをレンタルしてくるまで目に触れないような予感であります。それはひょっとすると、まるで「進撃してきた巨人」みたいなゴジラがいやだからかもしれないし、三百名を優に超えるキャストで揺さぶりをかけてくるのはいいけど所詮そんなに役者を知らないしという圧迫感からかもしれませんし、「シン」という冠になんらかの拒否反応を抱いてしまったからかもしれません。
しかし制作サイドの意図はわかりませんが、「シン」の付くゴジラがことし作られるということには象徴性があるなと感じています。2016年は申(さる)年でありそのサルに当てられた文字通り当て字の申は「シン」と発音し、もともとは「呻(うめき)」の意味であったらしいですから、庵野さんなり樋口さんなりの「ゴジラを任された心中」を表現するのにぴったりです。
ことし新作のゴジラを復活させると、これがシリーズ化されるのかどうかも話題となりましょうが、かつての乱発のように毎年とはいかないだろうと。すると、スローペースで次にゴジラを出現させたくなる年回りとなれば、東京オリンピックが巡ってくる4年後の2020年。ここにターゲットを絞らなくてどうするよというのが次作のプロモーションではないかと思います(気が早すぎ)
とすると、シンが申であることは、閏年になるとゴジラが攻めてくるというベタな語呂合わせにもなるのです。まあそれやっちゃうと、次作は「ネ(子)・ゴジラ」かよ? てな突っ込みも入るでしょうけど。しかしわかります? あえて漢字とカタカナの壁を取り払ったこじつけで物言いすれば、「申」と、子ならぬ「ネ」の組み合わせは「シン」と表音する文字を産み出すのです。
閏年には辰年もあるだろうって? この辰もまた、こじつけなくたって「シン」と呼ぶじゃないですか。
先日の記事で最高気温が何だかんだと書いておきながらこの寒さ。やませの影響で岩手県の沿岸部は一日中エアコンなしで動いていられます。リアスの地形の意外と奥深くまで海霧が入り込み、先週は低温注意報が出ていたほど。熱抜きが下手な初代エスクードのV6エンジンにとっては快適この上ない陽気ですが、昔はこの低温のせいで農作物の不作が懸念され、農家の人々を苦しめた季節風でもあります。真・移動指揮所においても、へたをすると風邪をひきます。
まだ深層心理のなかには、仕事の用事が無ければ海岸線には出てきたくないよという怖い思いがありますが、波打ち際の透き通った藍は手ですくいたくなるような色彩。これで空が晴れわたるようになればやませも治まり、夏らしさが巡ってくるのでしょう。
で、まあ仕事の話をしても楽しくないのでこのあと(仕事してねーのかよ)訪ねて行った食堂の話を・・・また後日。
なにやら今月27日は毎年のこと、フィンランドでは寝坊助の日として「身内で一番遅くまで寝ていた者を水の中に投げ込む」という、実際に見たことがないのでほんとですか?というような風習がある・・・
と、あちこちの風物詩や祭事サイトがこぞって、そしてもうほぼ異口同音の紹介をしていらっしゃる。
訪ねたことのない国ですけどけっこうな高緯度ですよね。7月末って朝っぱらからそんなことされても大丈夫な陽気なんでしょうか。妙なところが気になってしまいました。
その由来についても、どこのサイトを読んでもやっぱり一緒で、もう何の迷いもなく「200年間眠り続けたというエフェソスの『7人の眠り男』の伝承に基づく」で、少しもぶれておりません。
なるほどそういう話なんですかと思ったし納得したんだけどね、その由来を否定する必要もないんだけどさ。元情報から引用した人々は、何も感じずに使っちゃってるんでしょうか。
7人の眠り男というのは、キリスト教が弾圧されていた時代に7人の教徒が町から逃れてとある洞窟で眠り込み、目覚めたら何百年も経っていて、その間にキリスト教が公認されていた・・・というものです。問題はその土地、エフェソス。エフェソスってトルコ本土のエーゲ海沿岸にある、発掘中の古代都市です。
19世紀から発掘が始められたところだそうですが、そこから誰かがこの伝承を北欧まで持ち帰ってイベント的に広めちゃったのでしょうか。フィンランドとトルコって、直線距離で2600キロですよ。なんで小アジアの逸話が北欧のイベントに用いられているんだ? と、誰もそこに関心抱かないのかよー・・・
7月25日は、夏氷と呼ばれていたかき氷とナナ・ツー・ゴをひっかけて「かき氷の日」なのだそうです。それ知らなかったわと由来をひも解いてみると、一般社団法人日本かき氷協会が制定したと。ちょっと待て、何その団体、いつ制定したの?と展開したら、なんと団体設立が昨年の8月ではありませんか。そんなのありかよと突っ込みいれるのも今更建設的じゃないので、ここは通すとして、ということは本年の今日こそが栄えある第1回目のかき氷の日ってことになるのでしょうか。暑いのはたまりませんが、冷夏だったら困っちゃう話です。
暑い夏といえば、2007年8月に埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で観測された40.9℃が公式観測史上の最高気温記録を塗り替えています。観測条件の不備やらなんやらで保留された高知県四万十町の41.0℃が2013年に発表されてもいます。しかしその座を譲った山形県山形市の40.8℃(1933年)は、今でも我が国の「最高気温の日」として刻まれており、それがかき氷の日の根拠となった7月25日。今年は酷暑になるのかどうか。さっさと業務を完了させて温泉に浸かってそのあとかき氷・・・というほど時間が無いんだよな。