節分です。家族が帰ってくるのがたぶん僕よりも遅いので、豆をまくのも恵方巻きを晩飯にするのも一人っきりとなりそうです。それにしても、もとは大阪の花街の節分行事だったものがこれほど全国に浸透するとは。しかも毎年、食うために向かう方位が異なるとか、人に見られずに1本丸かじりしなければならないとか、なんでそんなにめんどくさいことをと思ったけれど、そういうのを楽しむゆとりが必要ってコトなんでしょうね。今夜は北北西に向かって丸かじりです。
家内の誕生日にお祝いをするにあたって、馴染みの洋菓子屋にケーキをオーダーしようとしたら、前日が定休日で当日は工房での臨時製造日によるお休みだと。昨年も霰と僕の誕生日にこれがかぶってました。さあたいへんだってことで、出張に出た南房総で笑かしできそうな和菓子を発見し、購入。サザエの殻を模した最中と、クジラをモチーフにした茶まんですが、厚生労働大臣が認定する菓子製造技能士一級の和菓子職人によるものだそうで、木更津以南には一人しかいないとか。
しかしそれだけでいいのか?という疑問を拭いきれず、館山まで(いや宿泊地でしたので)走って翌朝、開店と同時に数量限定のピーナッツプディングを買い求めるため、館山港近くの民宿までダッシュです(先に食ってるし)。これで一安心だというところへ、公休日だった霙から連絡が入り「お母さんのバースデーケーキ、頼んでおいたのを受け取ってきました。隠しときます」と。すると霰からも「オードブル買っておくよー」と。マジですか?なんて気の利く娘たちだ。
だけど行き場を失ったこのお菓子をどうすりゃいいんだ?(前倒しで茶菓子に成り下がりましたよ)
フィガロのエンジンフードはフロント側に起こすタイプで、こういうのはそれこそ親父の若い頃の車でしか見たことが無いなあと思いながら、コーションプレートを点検したわけですよ。
霙のフィガロは、生産20000台のうち、16000台をこなして、それよりあとのラインアウトだということを確認しました。
フィガロって、計画8000台で予告したら希望殺到となり、最終的に20000台生産が決定して、1991年2月の第1ロット出荷前に一1回目、その年の8月まで3回に分けた抽選で出荷されているので、それを考えると霙のクルマは92年に出荷された個体じゃないのか? という、身の毛がよだち血も凍る疑念・・・
これはたまらん。と車検証を確認しましたよ(してなかったんだよ)
初年度登録・・・平成3年10月。 ←奇しくもぷらすBLUEと同じ
人騒がせな疑念なんか浮かべるんじゃないよっ
喪中なもので年賀状も書かず注連飾りも装わず、初詣も辞退し、年始に来る客も無く・・・はなく、それなのに出勤していく娘らはえらいなあと思いつつ、年老いた夫婦は雑煮を食って寝正月です。
でも渋滞なんか厭だし人混みも願い下げだしそのくせ二日間で炬燵籠りには飽きているという困った状況。しょーがないねえ。
一昨年の大晦日に家内の実母が無くなり、昨年3月には僕の親父が逝去しました。親父の喪はもう少し続きますが、親父だからもういいや、で、本年は年賀の戯言を書かせていただきます。
その昨年、半年にわたってTD61WのV6エンジンをオーバーホールに費やし、下半期はほとんどこれに乗ることがありませんでした。エンジンを預ける際、やれることはすべてやってほしいと依頼し、まさか半年もかかるとは思いもよらず、その後はもう「乗り掛かった舟」の心境で待つこととなりました。英語圏では「船は海に出たら進むか沈むかだぜ」と云うらしいですが、勢いで敢行したオーバーホールは部品ストックの枯渇(メーカーが保管コストを削減するため部品を放出してしまった)に阻まれ、待てど暮らせど車が戻ってこない日々が続くのでした。
この故事、『隋書・独孤皇后伝』によれば「大事すでに然り。騎獣の勢い、必ず下ることを得ず」とのお言葉で、「ここ一番のときですからねー。虎の背なんかに乗って勢いよく走り出ちゃったんだから、振り落とされたら食われて命はありませんよ。そんなわけでもう下りることはできないんで、努力して下さいねっ」とのこと。努力してねと諭されるだけで振り落とされずに済むなら世話ねーよ、です。
かくしてBLUEらすかるは、車検切れ直前に2500ccの6気筒に火が入り、無事に息を吹き返しました。なんだかどこかのヒーローが絶体絶命の淵からパワーアップして蘇るあれみたいです。オーバーホールしただけなので、パワーアップなんかしてませんけど。とはいえ、おそらく現存する同型エスクードのいずれの個体よりも、エンジンと、新調した足回りだけは優位に立っています。フレームと車体の方は、ディーラーに見捨てられたくらいに満身創痍ですが。
さてこの個体、現在820000キロ。騎虎の勢いで走り出したら、もう力尽きるまで往くしかありません。何処へかって、オドメータを一周させることですよねやっぱり。