なんだか近年まれに見る慌ただしい1年でした。つくばーど®やESCLEVの行事はそれほど開けず、BLUEらすかるも入庫半年に及んで、普通ならば引きこもりな年回りになるはずだったのです。上半期は葬式を出したり相続手続きだったり、そのまま新盆まで怒涛の夏場でした。その間、「つくばーど」の商標登録(何に必要なんだよ)認定とったりとあるNPОの行事手伝いやったり。あれ? 本業ろくに働いてないような・・・ その本業も定年再雇用です。
しかし今年の我が家の最大の出来事は、亡くなった親父には悪いけど、霙の日産フィガロ購入でした。ウエストウインの島社長がこれを落札してくれたのが6月。聞いたらユー・エス・エス東京からだったそうで、それって野田じゃん。野田からわざわざ福岡へ搬送して手を入れてもらって陸送という、なんとも手間のかかる仕事を押し付けてしまいました。島さん、お世話になりました。なんとかかんとか「30年前の車」で手元に来ております。←あとで大変な事実暴露
こうして還暦に突入した、年男のたぶん恵まれた1年は暮れていきます。とはいえBLUEらすかるがまだ820000キロという半端なところにあるし、買ったときの走行距離を差し引けば、僕自身はあと30000キロくらい走らないと地球帰還できません。来年もたいして変わり映えなく慌ただしい年が続くのでしょう。
ひとまず皆さまも良いお年を。
などと油断していたらばっ
「予告なしに来る奴に食わせる年越しそばも雑煮も無いって、何度言ったら理解するのこの人はっ」 ←怒りながら笑う家内
とまあおあとがよろしいようで。
東京FMの言った言わない でも聴いた
先週金曜日、あちこちの高速道路が事故渋滞で国道を使って江戸川沿いに異動している最中、ラジオからはディーン・フジオカ氏のトークが流れていました。
「僕はラジオ番組をやっているときってアルバムが出せないというジンクスがあるんですけど、この番組をやらせてもらってからそれが解けて・・・」
そのときは、「ふーん?」くらいにしか聴いていなかったのですが
土曜日早朝、私用で石岡市山間部からつくば市へ向かう途中、同じ局で山下達郎さんがやっているラジオ番組の記念イベントCМのなかで、達郎さんの声で
「私、ラジオ番組に出ているときにアルバムが出ないというジンクスがありまして、この番組に出てからそれが破れて・・・」
※双方のトークの内容は全く正確というわけではありませんが、だいたいそうしゃべっていました。
「ふーん・・・」
どちらかが嘘つき。いやきっと、どちらも嘘つき。こんな間抜けた原稿を渡すディレクターも、これでギャランティ発生している放送作家も、首にしやがれと思いますよ。
雨が夜更けに雪に変わろうが変わるまいが
25日午前中に採血検査のため、クリスマスイブであるなしにかかわらず、本日は21時以降なにひとつ口にすることができません。
年末多忙で家族が帰宅し揃うのも21時すぎです。まあ21時前でもケーキなんて御法度なんですけどね。何でこんなタイミングで検査入ってくるんだよー
というわけで、参加作品あまりありませんの写真展
当時の冬至と当座の冬至
20代の頃って、そりゃもう力余ってましたから、明け方の写真を撮るぞとなったら寒いのなんか構わず海岸線まで出かけて行って、所定の場所に機材を設営して、缶コーヒーをカイロ替わりにして(カイロをなぜ使わない、と当時の自分に問いただしたい)夜明けを待ち受けていました。これは先代らすかるが「すとらいく仕様」なので、20代ではなく30すぎていますが、まあ元気です。
最近だと、歳くって眠る時間が短くなっているというのに、「やだよめんどくせーよ」などと炬燵にとらわれ、しょーがねーちょっと行ってくるかと腰を上げるころにはもう海岸線まで走る時間的余裕が無くなっています。だから近場でお茶を濁すと地平の構図も邪魔ものだらけだし、手持ちで撮っちゃうからキレも悪い。来年はもう少し志を正さないといけないですが、やれるかどうかは定かじゃありません。
うわやっちまったぃ!
ダブルタイフーンに始まり火柱キックまで連なる「V3・26のひみつ」に対して・・・対してどうするんだよと書き出しから蹴躓いていますが、佐藤真理子が「女26、いろいろあるわ」って言ってたくらいだから、26歳にもなればそりゃそうだろうよと思います。
佐藤真理子が誰だか分からない人には、つまんない書き出しになったぜ。
白いセリカGT-FOURを乗り回していた呉服屋の娘、佐藤真理子ほどにドラテクなど持たない霰です。それでも時々、大阪まで何時間かかるのかとか、わんこそばのお店はどこがいいかなどと聞いてくる、秘密のもくろみがあるらしく、先だっての横須賀ツーリングを実績として、拡張したいようです。
時間や距離を聞いて、すぐにびびってますが。
阪神・淡路大震災のあった1995年の今日、「この冬一番の寒さより寒いんじゃないかっ」という、月齢16日をすぎた深夜に生まれた彼女は、我々の思惑と予定を無視して1日早く出てきちゃった経緯があります。そのため、家族内で唯一、1と0と2の組み合わせにならない誕生日になってしまい、幼稚園児の頃は自分で「一人だけちがう」とかなんとか言いやがって泣いてました。これには数字の組み合わせで一晩頭を抱え、「3」という家族全員の共通ミラクルな数字をひねりだしたのですが、当人そんな逸話は覚えてやがりません。
なんだかんだ言ってやっぱり亥年、猪突猛進なんだかねえ。と言ったら、辰年の家内は
「イノシシって案外ビビりの臆病動物よ」
と一蹴しましたよ。まあ当たっていなくもないか。





