アインシュタインのうれし泣きをパインジュースの瓶に詰めてライン川に流したような話です(わかるかそんな話っ)
あ~る・あ~る、いろいろある・・・で、遂にガラケーのSIMカードが読み込めなくなりプライムが通信不能になりました。8年ちょっと経ってます上、既に修理受付期間も満了しちゃってました。
今どきになって霰が「機動警察パトレイバー」を見たい、読みたいと言い始め、漫画版と小説版はすぐに出せるからいいのだけれど、映像ソフトの方は劇場版三本とみにぱととNEXTGENERATIONと首都決戦とREBOOTのDVDしかない(そんだけあれば十分じゃんかよ)。アーリーデイズからテレビシリーズ、新OVAはもはやハードが使い物にならないVHSなのです。しかし劇場版は別として、特車二課とレイバーの話をトレースしていくなら、アニメーションシリーズを補完しなければ欠損部分も多すぎます。
この際だから中古ソフトで買っちゃうか。 ←自分が見たいことへの免罪符
でもまたなんで唐突にパトレイバーなのかと聞いたら、大学時代の同級生が大のパトレイバーファンで、霰も同作の概略はわかっているけれど、対話に熱がこもるとついていけない。これは運用マニュアルのひとつもないと、次の女子会(つくばにいる子なのでしょっちゅう開いているらしい)で太刀打ちできないという事情だとか。
まーそれにしても30年前のロボットアニメでしょ? 我が家はともかくそれを勧めてくる20代前半の女子が出てくるとは(笑) いや究極超人あ~るしか熟読していない霰では、我が家はともかくとも言えないのか・・・
今年も各地でコスモス畑が満開の賑わいで、寄り道道草をしながらふと知らないことに気がつき、さてこの花はいったいいつ頃、日本に渡来してきたのか? 物心がついたころから庭先にも咲いていたけれど、コスモスというのはメキシコの高原地帯に源を発する外来種なのです。どれくらい昔の日本人が眺めていたのか知りたくなって調べ物をしました。
すると諸説紛々。おおむね明治と文久に分かれるのです。
はてさて幕末なのか維新後なのか。文久については年次も出自も記されておらず、根拠に乏しかった。幕末という記述においては、オランダ人が島津藩に提供した旨の記述があり、年号がわからない。この二説はひとくくりにしても良さそうな気がします。
明治については12年説と20年頃説が多く語られていて、外国人教師がイタリアから持ち込んだ12年説が数で優っています。20年説にはこれだという記録を見出せませんでした。が、同じことを調査した方は他にもいらっしゃったようで、こちらに概略が載っていました。
どうやら明治12年説が有力な雰囲気ですが、東京美術学校とイタリア、オランダ人と島津藩というルートの違いから想像するに、幕末説にも何らかの信ぴょう性はあるのかもしれません。いずれにしてもひ弱そうに見えて生命力の強い品種。日本の気候風土には見事に適応してしまったようで、秋の季語にさえその名がカタカナで連なっているのです。
世間じゃ「クルマとの対話」とかなんとかドラマチックでそれっぽい話がいろいろありますけど、例えば「えっ、今どき燃料警告灯も無いんですかエスクード」(初代はそうなんだよ、第一今どきのクルマじゃねーよ)と驚かれ、よくよく聞いたらずいぶん前から燃料計のマークの横に「給油口が車体のどちらにあるかがわかる印もある」(初代にゃねーよそんなもん)というほど時代から取り残されている僕。だけど燃料系の針の位置であとどれだけ走れるかは、だいたいわかるわけです。
先日の挑戦の写真を、娘らに見せてもらっていたら、霰も初めて燃料警告灯を点灯させたそうで、霙に命じて写真を撮ってもらっていました。出かけるときには満タンにしておらず、目的地まであと10キロくらいで、まあ行けるよね?と心臓に毛の生えた対話だったとか。あいつ、オジロに語りかけてもらえてのガス欠回避ですが、残燃料あと何リットルで点灯するのか知らなかったというんだから笑ってられません。
当人たちは笑ってましたけどね。高速のPAの燃料代で青くなったのは授業料ってことで。
今だと三沢からウェナッチまで、乗り継ぎしても空路20時間ちょっとらしいですが、ミス・ビードルは41時間43分をかけて、太平洋を横断していったそうです。1931年10月5日朝の到着は現地時間ですが、軽量化と抵抗軽減のために主脚を切り離してしまったため、胴体着陸だったことが伝えられています。
きちんと調べていないのですが、意外と三沢とウェナッチの飛行距離は不明のようです。まあエスクードで41時間走り続けるなんて冗談でもやろうとは思わないですけど、仮にやったら地球十分の一周くらいは行けるのか?(ただし時速100キロ維持)