大人になった子供は、歳を喰ってしまったからこそ「当時そのままのアイテム」がほしいと考えるのであって、こんなもんにはなんの魅力も買い物衝動も発動しないのです。それが「第一弾」ときたもんだよ。
馬鹿じゃないの?
そうではない人も、まあいることはいるでしょうけど。これを手にした瞬間、きっと、自分がおっさんになってしまったことを思い知って、がっかりするんですよ。
誕生五十年のウルトラは、ことしはこの手のアイテムで氾濫するんだろうなあ。
大人になった子供は、歳を喰ってしまったからこそ「当時そのままのアイテム」がほしいと考えるのであって、こんなもんにはなんの魅力も買い物衝動も発動しないのです。それが「第一弾」ときたもんだよ。
そうではない人も、まあいることはいるでしょうけど。これを手にした瞬間、きっと、自分がおっさんになってしまったことを思い知って、がっかりするんですよ。
誕生五十年のウルトラは、ことしはこの手のアイテムで氾濫するんだろうなあ。
干支の猿を「申」と表記したのはまったくの当て字だそうですが、もともとは稲妻を象形化したもので、「電」(稲妻なので、光の方を示しているから、音を表す雷じゃないのね)の源字です。
本来の読みは「しん」。
稲妻から端を発し、後には「伸ばす」の原字にもなっていきます。草木が伸びて果実が実り、熟した後堅くなっていく様を「申堅」と、古代中国の人々は言っていたとか。
それが作物の伸びきった時期を示すのであれば、日本人が言う稲妻も、同じく稲の成熟をもたらすものであり、悪くないたとえなのかなと感じています。
BLUEらすかるは本年、いよいよスズキエスクードの最長不倒距離を塗り替えるフェイズに入ります。皮算用をすれば、それは秋頃の予定。まさしく「申堅」の頃です。
届くかもしれないし、届かないかもしれない。とはいえ1年の計を立てるときに後ろ向きなことは考えませんから、まあ秋頃には587000kmというバッケンレコードを通過できるよ、たぶん、きっと。と申しておきましょう。
万が一、秋より前に到達しちゃったらどうすんのよ。と、旧知の仲間達ははっぱをかけてくるかもしれません。
さてその際はどうすっかなと逡巡したところ、干支において9番目の「申年」というのは西暦年を12で割って割りきれる年回りでした。
12で割って割りきれるなら、600000kmというのもそうだよね?
てことで、年頭のご挨拶もだいたい格好がついたようです。
だけどさ、伸びきって堅い。そんな喩えは、ほんとはどうよ?とも思っているのです。伸びきって堅くなった足回りなんか、いやですよねえ。

「あけましておめでとうございます」と言えるのはとても久しぶりな気がしております。
ことしは雑煮が食えますし、年賀状も出せます(すいません、これから書きます)
ともあれ本年もよろしくお願い申し上げます。
謹啓 松浦だるまさま
と、ファンレターの一つも出してあげればいいのかもしれませんが、ページをめくったとたんに一緒に買ってきたスターバックスのカプチーノをあわや吹き出すところでした。これは「月刊スピリッツ2月号」に掲載された、松浦さんによる「鉄腕バーディー」(ゆうきまさみさん)のスピンオフ漫画の一コマ。
ゲストとして登場させた人物の紹介として、原作の解説が示されている親切なコマなのですが、「4年の鼓動編」というのは、これは誤植です。
正しくは「千年の鼓動」。
あー・・・こりゃネームの字にも問題ありだったのでしょうけれど、どちらかと言えば編集担当さんのミスですよねえ。
ゆうきまさみさんと言えば、かのデビュー作では4ページ描いたパロディー漫画が、担当さんの判断で中の2ページを「抜かれて」掲載されたという逸話が有名ですが、こっちはこっちで痛恨の誤植ながら、思わず吹き出しかけて
「わざとか? なんかわざとっぽい?」
と考え込んでしまう相乗効果がありましたよ。
2015年もあとわずかになってしまいました。「バック・トゥ・ザ・フューチャーpart2」だとか「第10回サイバーフォーミュラ世界選手権」だとかで浮かれた年でしたが、先日徹夜仕事の最中に仕事をぶん投げて読み返してしまった「パスポート・ブルー」も、2015年にちょっとしたドラマが描かれていました。単行本第10巻で初営業飛行する純民間スペースプレーンと、これを見送る主人公真上直進の姿です。ただしこのシーンは2016年夏の出来事です。
2015年のドラマというのは、ここに至る途上、2月に日本国で募集開始された宇宙飛行士公募に、直進の履歴が条件を満たしていない。さあ大変だ、という展開。5話分にわたってどよーんと暗雲が立ち込め、いきなりウルトラCでインチキで強引な打開策が繰り出されるという、まるで朝の連続テレビ小説の月曜から金曜にかけてのどん底から急転直下に安堵させられるようなプロットでした。しかし、言わば土曜日の解決編では、直進はまだ沢山のハードルを抱えたままです。
第10巻は2001年8月(実際には7月)にリリースされていますが、ここで描かれるスペースプレーンは、民間開発として進められていたベンチャースターをモデルにマザープレーンを加えるという設定のようです。ベンチャースター自体は計画遅延や試験失敗が重なり、この年の3月に計画そのものが打ち切られています。その一方で、民間人初の宇宙観光旅行も行われていた、まさに21世紀の幕開けだったのです。
で、この辺りのエピソードではまだJAXAではなくNASDA「宇宙開発事業団」なのです。そのNASDAの面々が、ウルトラCでインチキで強引な打開策を周囲から押し付けられた直進の、応募書類を受理するか蹴飛ばすかが、2015年の事業団内での大事件だったようです。そこは全く描かれていませんが、冒頭に紹介した2016年夏に、朝ドラの土曜日版のように解決編がまとめられ、ついでに次のハードルが立ちふさがっていくのです。
「エピソードⅣ」は、次に続くとしながらも単品で完結している単純明快な物語でしたが、「Ⅶ」はもう三部作いきまっせ!な展開に終始しました。中身については触れない方がいいでしょうから放置するとして、10年ぶりだからたっぷり観てってくれと言わんばかりの尺の長さ。邦画だったらあと20分くらい縮めちゃうでしょう。飽きは来ないけれど、そこに至るまでが長げーよぉと思っていたところで、クライマックスでは館内のお客さんが息をのむ雰囲気がわかりました。
まーそれにしても、ハリソン・フォードもキャリー・フィッシャーも小汚く老けちゃったなあと唖然としていたら、「Ⅳ」→「Ⅵ」でなんでそうなった?というほど美少年が台無しになっていたはずのマーク・ハミルが、歳食ったら上手に老け込んでいたという驚き。それぞれメイクの成せるわざなのでしょうけれど、かなりのびっくりぽんです。
主演のデイジー・リドリーは、なかなかいいです。ヒロインで主演だったら、彼女連れで観に行っても、ふられたりしねーし(笑) その相棒となるジョン・ボイエガも今後の出番が楽しみです。チューバッカ・・・こいつなんとなく若返ってる気がする(劇中以外のスチルだと毛並みが良すぎ)
それにしても、「Ⅳ」は詰め込みすぎずにゆったりと作られていた(デススター内での脱出劇はある意味だらけてましたが)ことが、今更のようにわかる。「Ⅶ」も詰め込みはしていないけれど、情報量はけた違いに多い。こういうところが隔世の38年なんでしょう。ただ、「Ⅳ」に回帰させていくような風景やシーンはサービス精神だとして、デススターを何度もぶっ壊されてるのに学習能力の無い敵方。帝国時代はデススターのサイズだったから攻撃ポイントがタイトだったとい・・・あっ、なんだか外がざわざわしている?
第一作目の「エピソードⅣ」が公開された頃、十代の僕は、前年に封切られたつぎはぎ映画の「宇宙戦艦ヤマト」(STARWARSの日本公開は78年だったので)に徹夜で並ぶというスタイルがロードショーのスタンダードだと思い込まされました。ついでに言えば、いち早く映画を観るには東京へ出なくてはならない。映画を口実に上京できる(まあ親にはお見通しなんだよねそんなの)。上京=彼女と出かけて映画とデート・・・といった千載一遇の機会でもありました。
さすがにヤマトではそれ(デート)は無かったけれど、STARWARSでは徹夜はしなくとも、うかつにも彼女連れて長蛇の列並びをやっちまったのです。それであんな映画でしょ? ふられますわな。
しかしそこで宇宙冒険活劇に理解を示すような彼女だったら、後に家内との接点もなく霰も霙もこの世に出ては来ない20世紀が展開したかもしれないのだから、これぞまさしく塞翁が馬ってなものです。今の世界を過ごしてきたおかげで、霰なんかバイオリン弾きのベイダー卿と出逢ったりしてます(写真)
あの頃から37年。この間、シリーズが途絶えていたわけではありませんが、80年代には「物語はエピソードⅨまであるが、それは実現不可能だ。なぜならそれを作るだけの映像技術が無い」と、ジョージ・ルーカス氏は語り、ルーク三部作が幕を閉じ、それでも彼の公約はその特撮技術を革新させⅠからⅢに至るアナキン三部作を世に送り出してきました。
いよいよの「エピソードⅦ」。こりゃ下手をするとⅨの頃には孫がいるかもな(いやどうかな、2019年では早すぎるな)・・・とか思いながら、公開初日でも並ばず座席指定のシネコンで、レイトショー観に行きましたよ。そういえば1回の上映ごとに客を総入れ替えしやがる今のシステムも、「エピソードⅣ」が呼び水となって産み落とされたのでしたっけ。
あっ、なんだこの感慨に浸った長い前置きは。これじゃ観た感想書けないじゃん。
大相撲放送で二週間休まされ、NHKフィギュアスケートでまた中断。今週ようやく放送再開かと思ったら「ゲゲゲの女房・総集編」の再放送でまたもや延期となってしまった「サンダーバードAreGo」。しかも番組情報の「ゲゲゲの」には『第一回』と書いてあるぞ。どうなるんだInternationalRescue! 誰かに救助してもらった方が良いんじゃないのか? おまけに二話分未放送確定で予定が立たないというのも、詐欺じゃねーかよ・・・
と文句を言っておりますと、NHK広報が放送予定の変更についてリリース。
12/5、12→追悼番組のため休止 12/19 に12/5放送予定だった第7話を 1/9に12/12放送予定だった第8話を 放送します
すべて(土)午後5時35分から【総合】
そうか。相撲とスケートの割り込みは確信犯だったのか。
「うしおととら」のテレビアニメーションは、基地に帰省した折録画を作戦室のテレビと共通の外部記憶メディアにダビングし、持ち帰って観ているのですが、オープニングを歌っている筋肉少女帯の曲を聴くたびに、歌詞が脳内で勝手に変換されてしまって混乱しているのは、僕以外に必ずや誰かひとりくらいいるんじゃないかと思っています。
いや案外、ほかならぬ藤田和日郎さんあたりがそうなんじゃないかなっと。
混ぜんな 危険な
奴らが会いすりゃ土壇場
土壇場 しゃないか
混ぜるな危険のねんごろ
この太文字の部分が、どうしたことか「ちゃんとそう聞こえているのに」、大槻ケンヂさんは
と歌っているような気がしてならないのであります。
はいっ、これを読んでしまったあなた、何割かの確率で、もう絶対
ので、ゆめゆめ公式サイトのPVコーナーはお気を付けて(んなわけねーだろうっ)
実にいまさらですが、ようやく「ガンダムTHEORIGINⅡ」をソフトで観ました(11月25日夜のこと。それだって発売日前なのよ)
「Ⅰ」は、脇を固める陣営が脇どころか主役級に動き回っていたせいか、何度か見返してはまたリピートしたのですが、今回はそういう気にさせない不思議というか確信犯というかの流れです。
映画館に観に行ったというじゅんきちさんの言葉を借りれば、
「うーん『哀しみのアルテイシア』はアルテイシアは添え物だったなぁ・・・残念なところてんこ盛りでしたが、ランバ・ラルは相変わらずかっこよかったでーす」
ということで、彼女はまた「モビルスーツの開発話で1回やればよかったのに」旨のことも感想で話してくれましたが、まさにその通りで、注目したのはコミカライズ通りに出てくるガイアとラルが再会するあたりと、モビルワーカーの実験くらいのもので、「10年くらい前のミライ・ヤシマだとかアムロ・レイ」だとかがこれまた漫画の通りに出てきても・・・まあ漫画のときにも白々しいとしか思わなかったのです。
なにがダメかって、「エドワウ・マスことキャスバルと、実際のシャア・アズナブルが瓜二つ」という設定でしょう。入れ替わりに至るための苦肉の策を、こうも安直な描き方をしてしまったところに、過去編最大の汚点があるのです。
って、これは以前にも書いたっけ? 書いたような気がするけど、この邂逅によって、次の「Ⅲ」ではどうやって入れ替わるかが描かれるわけですが、その際のキャスバルのやり方がまた許しがたい行為で、赤い彗星生涯の汚点を作ってしまった。
だから既に「Ⅲ」もがっかり覚悟で臨むしかない。けれども、ガルマ・ザビを扇動して武装蜂起する展開において、ドズル・ザビとゼナのなれ初めエピソードがある。これは「Ⅳ」まで引っ張るのか、次回で全部やるのか不明ですが、ぼちぼちドズルがラル人気を食ってしまうであろう成り行きだけは楽しみです。
それにしても、みんなしてどんだけジオン贔屓なんだろこの作品。