二足歩行ロボットが嫌いなんだったら、いい加減に手を引きなさいよと。
27分付け足した映像でもって、98式AVの稼働時間が延びるとも思えない。
去年の夏の映画なんで、もうすっかり乗り遅れ感あふれちゃってますが、なにしろマグロ食ってばかりだったでっかいトカゲよりはましと言っても、あの人(獣)相風体のゴジラなんてろくでもないと思ってたので、ソフトにも手を出していませんでした。
で、WOWOWでかかるというので録画してもらって今頃初見したのです。そしたら、居るじゃありませんかグランドビターラ。
これは、マグロ食ってたでっかいトカゲ版のオマージュでしょうか? 記憶があやふやなんですが、あちらでも避難する市民群衆のシーンで渋滞の中に初代のサイドキックロングがいたような気がします。
本国版ではVSビオランテあたりだと三菱勢優勢でしたが、メカゴジラ以降ちらちらとエスクードが出ていることを、まさか作り手が意識していたとも思えませんが、このシーンをインサートする条件でアメリカのスズキから広告代でもせしめたのだろうか?
しかし相変わらず日本人とアメリカ人のゴジラへの認識が大きなギャップとして横たわります。核の脅威に関する展開は別のモンスターに押し付けちゃうし、過去の核実験はゴジラ殲滅のための攻撃を隠ぺいする方便とするし。という論壇は昨夏にあちこちで散々展開していたようなので今どき書いてもしょうがないか。
“ジュラ”篇を知っているオヂサン世代なら「ほう、そう来ましたか」的な物語です。
と、和邇さんが「魔女の聖域」で述べてからもう5カ月以上。今頃なんだと言われても、ソフトを買えたのが5月27日なんだからしょーがないでしょ。の、宇宙戦艦ヤマト2199~星巡る方舟~は、和邇さんがもう一言「娯楽作品」と言われるように、なんだか「スタートレック」のようなお話でした。
「スタートレック」のような、というのは卑下しているわけではなくて、ヤマトっぽくないヤマトなテイストだと言いたいことと、地球滅亡のカウントダウンが続いているとはいえ、イスカンダルでコスモリバースを受領成功し、ガミラスとも和平友好関係を結べた(ここが2199の魅力のひとつ)後で、そんなことは知らぬとデスラーが最終攻撃を仕掛けてくる直前に物語が置かれているため、「明るいヤマトの雰囲気」が、良い意味で異質な世界を描いているのです。
しかしミッシングリンクを使いこなしながらも、風呂敷を広げたままのヤマトです。この補正補完方式で、次があるのはもう明白でしょう。それはそれで、前作を塗りつぶし塗り替えてくれるならまあいいかです。ただ、刷新していく中で、あのアニメ声な若手女性声優陣の声は何とかならんのかと。いや、もともとアニメなんだけどね。
「完全版」という出版企画を最初に思いついた編集者は、コロンブスの卵かりんごが落ちる瞬間を見ていたニュートンか、くらいのひらめきがあったのでしょう。しかも『うしおととら』は、文庫版もワイド版も出版されていますから、四匹めの鰌というか、満を持してのテレビ放送タイアップというか。
単行本があるから文庫もワイドも避けてきたのに、あー手に取っちゃったよ。
1、2巻はそれぞれ三章ずつが収録されていますが、この先どれだけ巻を重ねるんだ? 外伝を除いて短いのもあるけど五十五章くらいあるし。単行本で33巻あるから、けっこう長い付き合いになりそうです。1巻にはこの漫画の原型となった「魔槍記」というプロトタイプのネームノートが宿指されておまけになっています。こういのは一話だけ「カラーライズド版」とかそれを付録化した方の表紙デザインを変えるなどという姑息な商法より良心的です。
こんな漫画が児童誌で連載されていたとは知りませんでした。だって「ウルトラマンネクサス」ですよ。ゴールデンタイムにもかかわらず深夜31時台(いや、それが何時だか考えると翌日のオチャの時間なんだけどさ)の考え方で制作された、ものすごく重く苦しい世界観を演出した異色のウルトラマンですよ。でも、毎回毎回「うっとおしいぞ」と思わされるほど、ほんとに毎回メカニック名や登場人物のト書き紹介が出てきて、なるほど青年誌じゃなかったのねと確認させられます。
作画した椎名高志さんをして「これを描くにあたって子供向けのアレンジはしなかった」旨のコメントを寄せています。かなりのダイジェストと無理やりなコマ割りもありますが、ネクサスが光を受け継ぎ希望をリレーするウルトラマンであることに、物語を集約させた点で、その世界観を保ちながら王道で正統派な漫画の出来栄えになっています。
椎名さん自身「話によっては50ページでやりたかった」(連載は1話11ページ)と悔やむほどの駆け足な一冊です。「全20巻コミカライズ」という妄想も発言しています。
先日初めて撮影プロップを直に見ることができました。なるほどこの車体色でこのマーキングが似合うとなったらユーノスロードスターしかなかっただろうねえ。
現物に対して、メインエンジンとジェットエンジンの併用としか語られていない、ほぼ謎のスペックなのですが、この6本出しは排気管としても下部にブースターノズルらしきユニットがあります。
加速ブーストは劇中でもここぞというときにしか使っていない。ジェットエンジンの排気圧を用いるなら始終使えばいいのに、これは奥の手パーツ。とすると、実際には前後駆動の内燃機関とは別に、3系統めの動力源も搭載という想像をしていった方がよさそうです。そのあたり、すでに劇中の展開が記憶から薄れてしまっていて、どこからブースト噴射していたか思い出せません。
このリア周りを見るだけで、どんだけリアヘビーなんだと思わされますが、トライサイクロンにはスーパーチャージャーがフロントエンジンに追加され、車体のリトラクタブルヘッドライトを廃し、左右に4門ずつの機関砲が備わっています。そのごつさと弾倉や車体搭載のための補強などを考えると、これらが重量バランスに欠かせない構造を担っているのでしょう。案外、機関砲弾を撃ち尽くすとフロントのダウンフォースが弱まる欠点があるかも。
プロップづくりとして、トライサイクロンというのは(僕は機関砲のとこだけ嫌なんですが)良くまとめられています。たぶんS2000でやってもこうはいかなかったでしょう。ロードスターはいよいよ4代目が出てきますが、あれでやっても「トライハリケーン」になっちゃうでしょう。仮面ライダードライブの新作映画にはネクストライドロンとかいうメルセデスが繰り出されるそうですが、どう見たってかっこ良くないし、ケレン味もない。バッタ型改造人間が乗り降りできるぎりぎりの似合い度を、トライサイクロンは車重バランスと共に維持できているようです。
「蒼き流星SPTレイズナー」も、放送から三十年にもなるロボットアニメーションだったことを思い出したのはいいんですが、だからって何も目の前にどーんと中古ソフトをコンプリート状態で置いとかなくてもさー・・・
1985年に作られた近未来設定作品のため、物語は96年から2000年までのタームで展開されたものの、一度2クールから4クールに延長された人気番組ながらメインスポンサー側の事情でその会社が3クールめからは降板し、模型が売れないという理由で38話で打ち切られた不遇の一作でした。
未消化分はOVAの形で映像化されたので、なんとか3クールのテレビシリーズと残りはおまけという、面目は立ったのだそうです。DVDBOXの1と2によって、それらすべての話数は網羅されていますけど、今だとブルーレイでしか壮途が流通していない。どうやらこの手の作品のブルーレイ流通が多くなったことで、DVDの中古店出現率が高まっているような気がします。
で、よせばいいのに買っちゃったんだよ、そりゃ観るだよじっくりと。
当時本国と日本とでは放映に一年のタイムラグがありましたが、ウルトラマンよりもマグマ大使よりも早く、脳内に飛び込んできて焼き付いてしまった近未来の世界は、巨大ヒーローの格闘と光線などではなくて、科学技術の粋を集めて構築されたメカニックと人間の手による救助作業でした。
今でも覚えていますが、第一話は、麻疹か何かで高熱にうなされながらも、布団から這い出してきて見ていました。
その頃、まだ我が家にはカラーテレビは無く、後にデジタル化されたときに総務省から「あなたの家の周囲は電波過疎地ですね」と言われちゃったくらい映りの悪い白黒テレビで観ていたため、それがスーパーマリオネーションであることが理解できなかった。演じているのが人形なのに、「腕時計を見るしぐさ」や「カードを切る手元」は人間の演技でしたから混乱。さらに映りの悪い受像機は、プロップによるサンダーバードメカニックが「本物の航空機や重機見える」十分な錯覚をもたらしていました。
次に来るのが、小松崎茂さんのボックスアートで飾られたプラモデルですが、これは親父や叔父貴たちが買ってきてくれたものの「お前にゃ作れないだろうっ」と喜々として組み立てていくのを羨ましく見ているだけのことでした。1号のノーズコーンがなぜ機体から離れてすっ飛んで行くのか、2号の着陸脚がどうして伸縮できないのか、5号が空中には浮けず床を這いまわるのが解せぬとか、プラモデルに仕込まれたギミックと映像のギャップが哀しかったものです。
そうですか。衛星放送やCSなどではなく、地上波での放送決定ですか。それは大事なことです。50年後、リメイクされる番組を、当時を知る親子三代(僕の祖父)で見ることは叶いませんでしたが、一世代交代した三代で再び見る日がやって来る。霰にも霙にも、この日があることを信じてメカニックものの刷り込みを行ってきたのです(まじかよ)
しかしこれはいろいろと散在の予感がする。
パトレイバー2の世界観を引き継ぐ後日譚。などではなく、今回の作品を成立させる言い訳としての、パトレイバー2の使いまわし。
ただそれだけのことじゃないですか。陸自内からの決起部隊によるクーデターは初期OVAでやったし、そのフィーチャリングのように作られたテロリストものが2。もう東京で戦争状態を生み出す引き出しが無いのです。
なぜ、素直にリメイクと言えないのか。
コンピュータウイルス、テロ、宇宙怪獣(と敢えて括る)といった具合に、映画を作る上での見せ方はその都度変えてきたパトレイバーでした。ならば今回だって、知恵と勇気を絞りつくして状況を創造しなくてはだめでしょう。わざわざ川面から首都高や東京の街や日本橋まで見せておきながら、2の時代があった痕跡すら描かないうえ、作風とやらのシーンとセリフの使いまわし。後藤田側のセリフは微妙にいじってきましたが、警備部幹部のセリフはご丁寧に2の場面を再現し、さらに今回のシーンとしてもやらかしてしまう。そういうのはしらけるだけです。
さて、妙な余韻を残して機動警察パトレイバーの今作は幕を引きました。しかしその余韻、まさかまだやる気なのか?
いわゆる「過去編」を扱う以上、それはオリジンとタイトルされようともスピンオフものです。もちろん赤い彗星の誕生に至る物語や、宇宙移民の独立運動というプロットを踏まえなくては、機動戦士ガンダムの世界観や宇宙世紀を描くことはできないとわかっていますが、ザク小隊が乗り込んでいったらビーム兵器を持ったモビルスーツが出てきちゃったよ、という、オリジン世界のプロローグから入らなかったことで、この映画は安彦さんの手掛けたスピンオフ、にすぎないのです。
とはいえ、なんなんだろうねこの「コミカライズで読んでるのに観てみたかったのよこいつらの活躍」感は。しかもそういう登場人物をなんでまたこれほどジオン側にばかり配置してくるかね。彼らが魅力的であればあるほど、後の末路が哀れでなりませんが、そういうあらゆるものを、戦争は巻き込み呑みこんで破滅させていくということなのでしょう。しかしだ。僕としては、冒頭の黒い三連星に「まるで赤い箒星だな」と言わせたかった。そうすりゃきっと、歴史が変わった。
あ、なんで今頃こんなの書いているかと言えば、要するに映画館では観られず、ソフトを先日買ったからです。こっちを先に書いたので「首都決戦」については明日・・・いや後日。