Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

航海の終わる日

航海の終わる日 はコメントを受け付けていません

ヤマト第七章の映像ソフトがようやく発売となり、もう映画とテレビで観ちゃったんだけどここまできたんだから買ってきたわけですが、宇宙戦艦という舞台で戦闘のない最終話というのは、あらためて考えると贅沢な脚本を確保できたということと感じました。それが逆の意味では最後の最後でスカスカ感を払しょくできない部分にもつながりますけど、以前はそのしんみりの最中にデスラーが最後の急襲をかけてきた。

今回それをやったら、まあ彼の株はド下がりになったかもしれません。その辺の差し引きで、大団円はこういうものだろうと納得しました。でも戦いのない最終話と言えば、既に未来少年コナンなんかでもやってはおります。

しかし放射能除去装置よりも難解なコスモリバースという存在が、今後の(決めつけちゃってますが)ヤマトの枷になることは間違いなく、2199の完全新作映画と言い、もうたぶん白色彗星帝国と暗黒星団帝国をミックスして次をやっちゃうだろうという下馬評と言い、この艦の航海はまたしてもぐだぐだの商業路線に行ってしまうのかと、いささか残念ではあります。

それにしても、古代守の魂と引き換えに森雪を蘇生したところで一旦空っぽになってしまったシステムが、おそらく沖田十三の魂を取り込んで再起動したということは、沖田さんの魂と引き換えに地球が蘇生されるという大団円になるのだとすれば、旧シリーズ完結編における「誤診」発言はできなくなるのか。それとも沖田を蘇生させるウルトラCなからくりまでもが考えられているのか。ガミラスの次元潜航艇に乗り組んでいった藪機関士のその後は、などなど、結局「落とし前つけろよーっ」と思ってしまうあたり、僕も術中にはまったようです。

もういいよ、どんだけ作り直しても。虐殺と特攻さえやらなければ。

フェリーニのように

2 Comments »

蒼のサンクトゥス入院中の仕事の合間(笑)に読んでいた、ブラネテスの他の漫画が、やまむらはじめさんの「蒼のサンクトゥス」。ウルトラジャンプなんてのは手にしたことのない雑誌だったので、2007年前後に書店で見つけたときにはコミックスが3巻くらい出ていたと記憶しています。検索をしてもこの漫画のことはほとんど紹介されていないのですが、ジャンルで言えばSFの海洋冒険譚。やまむらさんの作品をすべて読んではいないものの、僕の趣味的には、このあとに描かれた「神様ドォルズ」よりも面白いし、これってアニメーション化してもいいのではないか(海洋物は当たらない、というジンクスは過去のものだと思うし)と推したい物語です。

外宇宙からの来訪者が地球上の特定の海域に勝手に自らの生存可能領域を作ってしまう。

その領域は外界と隔絶され、地球上の技術力ではこじ開けることもできないし、入れたとしても生存できない環境変異が起きている。

そこから脱出できた人々は環境変異の影響を受け、特殊感応力を有するに至ったが、それゆえに世界各国からの様々な利害接触を避けるために新興宗教という隠れ蓑を立てざるを得なくなった。

一方で、環境変異の比較的外延部では、常温核融合を可能とするレアメタルが変異副産物として発見され、唯一、小笠原海域に生成された領域(脱出をしてきた人々もこの海域からのみ)を有する日本だけが、国際社会から離反独立してこれを独占する社会。ただしレアメタルの大半はアメリカ合衆国がピンハネし独立を黙認している。

そもそもレアメタルが確認できたのは、変異領域の奥に何があるのかを突き止めたかった冒険者たちの挑戦に発する。

そのような背景を背負った世の中で、世代交代した息子や娘たちが、先達に教えられながら自らの意志で挑んでいこうとする・・・大いなるファーストコンタクトへの道。

というところでしょうか。

作画はまだ粗削りながら、ツボを押さえた登場人物が物語を引っ張っていく中、彼らが乗り込む採掘船のかっこいいこと。安彦良和さんが描いたクラッシャージョウ(安彦さんは原作者ではありません、挿絵を描いた)のミネルバ以来のと言ったら時代が開きすぎなくらい、シンプルで機能的な船体が魅了します。

でもって、この採掘船に「ノヴェンバー・ステップス」だとか「ハーリ・ヤノーシュ」だとか、思いっきり趣味性の高い名前が付けられている。やまむらさんご自身が音楽好きだというプロフィールを知って、そりゃなるほどと思わされるネーミングがまた良いのです。挿絵に使ったコマの左が「ノヴェンバー・ステップス」。右の小型船は、これまたまったく異なる分野から名前が付けられている「ベンダバールⅡ」。それぞれの船名については、書き始めたらきりがないのでお調べください。

「そして船は行く」というサブタイトルは、その昔、フェデリコ・フェリーニが撮った映画の題名。やまむらさんは、少年時代よりちょっとあとに、この映画を観ているのかもしれません。明日リリースされる、「そして艦は行く」と副題された映像ソフトのあれよりも、きっと深読みできるサブタイトルのような気がします。

 

ジェネレーションに逆襲せよ

ジェネレーションに逆襲せよ はコメントを受け付けていません

花札僕らはポケットモンスターなどには関心のない世代ですが、娘らはおおむね10周年の少し前に夢中になって、10周年に幕張メッセで開催されたフェアに連れて行けと言われてメッセの区画を2周半並ばされ、ランドマークタワーのポケモンセンターに連れて行けと言われて横浜港開港150年イベント見物のついでに人波に揉まれ、あんな電気ネズミのどこがいいんだーっ(まあでも体型とか大きさとか、どこかのアライグマと大して変わらんのか)と汗だくにされたものです。

仇。と言わぬまでも、ポケモンに関しては知識もゲーム技能も娘らにはかなわず、なんだこんなものーってな卓袱台返し的な扱いでしかなかったのですが・・・

ななな、なんだこりゃ

むむむむっ、花札!

これって図柄は従来の絵に対応した役や手という扱いでいいんでしょうか。だったら奴らに逆襲してやれるぞ。

兄弟艦、親父の艦

4 Comments »

2199-lastそんな演歌みたいなタイトルつけたくないですが、宇宙戦艦ヤマト2199の最後のドラマは、換えることのできない沖田の去就と、放射能除去装置に代わるコスモリバースシステムの仕掛けとなった古代守が場を固めていきました。

このコスモリバースというシステムについては、ドラマ内で取りざたされた波動エネルギー兵器の危機感以上に、危ない爆弾をヤマト世界に創造してしまったような気がします。星のエレメントについて、その星を思う心の扱い方をなぜあの二人の立場でやってしまったのか。そこに落とし穴があります。

思いという表現を人の魂、ひいては命を吸い取るかのようなシステムの印象は、40年近く経つのに森雪の衣装をそういう風にしか描けないのかとかいう苦笑いとともに、速いとこ改めるべきでしょう。と言っても今さら遅いのかと、エンディングを眺めてまたびっくり。

テレビ放送版に関しては、言ってみれば「月9」のお株を奪いそうなエンディングにまとまっています。うちの女性陣に言わせると「アニメのエンディングテーマ曲をJUJUが担当するって珍しいよね」とのことですから、第7章分たった4回の起用はかなり贅沢なもののようです。最終回のみ、エンドロールはドラマとかぶせましたが、絶妙にシンクロしていました。が、あえて宮川楽曲を押しのけてそうする必要があったのか。劇場や映像ソフトと異なる音楽の差し方には多方面の事情を感じざるを得ません。

それでねー、あー終わっちゃったよーと病床で痛みに耐えながら見ているときに、間髪入れずに「完全新作劇場映画 2014年」などという画面を出さないでくださいよ。そういうのは1週間早いよ。それでもってまた矢継ぎ早に「ヤマトどころではないでしょうけれど、最後の最後でやられましたー」とか、和邇さんからメール着信があるもんだから、はからずも次回作のプロット深読みしちゃったじゃないですか。まあまずはコスモリバースのための原料について、もうちょっと違う組み立てをするべきかなあ。

 

 

乗り遅れた終電

乗り遅れた終電 はコメントを受け付けていません

この先へといっても「北鉄」は電車じゃないですが。

「あまちゃん」の最終話は、BSの入る病床付属のテレビで見ていたため、朝は二度、衛星放送と地上波との時間差で見ることができました。ううっ、こんなに遅くなってから書くのって、完全に乗り遅れてる。でも、朝のドラマはときどきスピンオフした特別編なんかを作るので、まだ便はあるかもしれない。続編だとかパート2(これはスペシャルとか特別の枠ではない、半年放送枠のことむ)じゃなくていいから、もう一回乗せてくれっ。と思った人はけっこう多いんじゃないでしょうか。

これ、スピンオフを作るにあたって(作ると決めつけるな)、スピンオフどころか小ネタ満載の部分だけ抽出して、大ネタな話をやってしまえないかと思っていまして、最終話で天野アキと足立ユイがまだ未開通区間の鉄路に踏み入っていくシーンを見て確信してしまったのが、この映画。いや全然イメージが重ならないだろうと言われるのは必至ですが、いまどき勝手にトロッコを走らせてどこかへ行ってしまえる路線なんて、架空の「北鉄」と夏の北三陸沿岸の風景意外に無いじゃありませんか。

誰をトロッコに載せて逃避行させるのか、そこに至るプロセスをどう組み立てるのかは、一応考えてみましたが、長いので割愛。まあ誰と誰がトロッコに乗るかは、だいたい想像がつくと思いますし、「去る者は追わずだ」と言える人物もほとんど決まってます。

現実の北リアス線は、北鉄で言うところの畑野駅(田野畑駅)から先が不通状態で、一つ先の島越駅を中心に復旧工事の最盛期。工事を行っている鉄道運輸機構の久慈の建設所長さんは、喫茶リアスにご飯を食べに来ていても誰も気がつかないくらい線の細い、しかしいい男・・・というどうでもいい小ネタはともかく、ここがつながっていないとトロッコは先へ行けないのですが、物語としては「まだつながってないけど、なんかどこかへ行けるんでないかい?」のノリでいいと思います。

しかし、「宮古さ着いたらバスに乗り換えろよー」とは、さすがにローカルすぎて, アキには言わせたくないです。

 

それを放送でやるか

それを放送でやるか はコメントを受け付けていません

ガイム仮面ライダーウィザードの放送回数が53にのぼるということを雑誌で見たのが8月のことで、9月いっぱいの枠は番組改編のタイミングとして不思議に思わなかったけれど、いつものシリーズとしては少し話数が多いのねと感じていました。

しかしそれはそれで9月に入ってからのたたみかけるような展開で、絶対に「余るんじゃないか?」と思わされていたら、案の定、15日の放送であらかた物語が完結してしまったではないですか。そのまま次週の予告をろくに見もしないで録画を消してしまったため、22日の分の録画を見て驚かされました。

なんか知らんが、昔見たことのある怪人がうじゃうじゃ―と思ったら、フォーゼが出てくるWが出てくるファイズにカブトに竜騎にブレイドに響鬼に電王にキバに・・・あとなんだっけ? の客演に次ぐ客演。仕舞いには2週間も早く、次回作の主役となる凱武まで現れるというすさまじい展開にして、しかも前篇(笑) これってこのところ映画作品で定番化していた、今作ライダーと新ライダーの邂逅という「お披露目」を、番組内でやってしまおうという意図ですか。

ウィザードそれだけでも充分に堪能仕込みなのに、クウガ以降の歴代ライダーを総客演させてしまう大盤振る舞いは、エンターテイメントとして見れば「やるじゃねーか、東映」と膝を叩かせてもらいます。映画館に行かなくてもそれを子供らが見られる(最近は子供よりもかーちゃんに見せる趣向らしいですが、今回、変身前の面々は出てこない)ということは大事なのです。

それにしても、こんな設定を実現するとなると、やっぱりあいつが出てくるのか最終回。ここまでくれば掟破りの通りすがりの仮面ライダーも、まさに東映にとってはヒーローです。

初代と比較されるのが3代目の運命なら

初代と比較されるのが3代目の運命なら はコメントを受け付けていません

イングラムnextgeneration。その概略。長引く不況はあっても、震災は無かった2013年なのか。うーむ、80年代に、風化するのを覚悟の上で10年先を描いた機動警察パトレイバーは、現実の世界が追いついてきたり来なかったりの部分が面白かったのですが、このパトレイバーは、設定自体が過去になってしまうドラマを1年後の2014年に公開する、それも7章も使う必要ないだろうと言いたくなっちゃう、ヤマト2199方式。こけたら2015年の長編は無いよと。そこへ持ってくる、誰でも考えそうな第2小隊の設定と顔ぶれ。イングラムがCGではない現物(どれだけ動くかは推して知るべし)くらいしか、話題性がありません。

この企画が巷に知らされてから現在に至るまでの、現実の世の中の方がドラスティックに変化しています。前回、これをやるなら東京オリンピックとタイアップ・・・などと適当なことを書きましたけど、現実にオリンピックが決まっちゃうほどの2013年なのよ。でも、どんだけ悪口言おうと、みんな観に来るんだからさ。という制作サイドの思惑がありありと伝わってきます。

しかし初代と比較されることが悩みの種だという主人公のネーミングはそれでいいのかの泉野明。どう読むのかがだいたいわかる、使い古された小道具ですが、彼女は3代目のパトレイバー乗りということで、初代と比較されるのは、まあどこかの四駆と一緒で仕方のないことなれど、この小隊の2代目世代というのは、かつての劇場作品第2弾のあれのことなのか?

古典こてん

古典こてん はコメントを受け付けていません

#25いよいよ次回で大団円となる宇宙戦艦ヤマト2199の、第7章劇場公開版では制作サイドの都合で間に合わなかった約10分程度を組み込んだ、第25話。

はあなるほどそうなりましたかという、顛末不明になっていた人々のフォローがこの回で行われ、はたまた新たにこのあとをどうすんだ? な、前作とは異なる結末を迎えてしまった人も現れ、嫌が上でも続編を見せたいとのメッセージを受け止めた雰囲気です。

が、追加カットも与えられたデスラーの描き方には特別変化は無く、そりゃあないだろう、来週もう一撃かませに出てこいよってな幕引きにはなりそうもありません。

デスラーの最終話における役回りは、23と25話に振り分けられてしまったため、前作の最終話の緊迫感が半減してしまったのは否めません。その分、最終話に舞台を与えられた古代守が、やはり前作とは異なる振舞いを見せるわけですが、こうしたバイプレイヤーたちの活躍によって、ヤマトが役立たずになっていくかというと、まあそうでもない反撃もあるので、なんだこりゃーっとは言いにくい感じではありながら、最後の3話分を1週間おきに見るのは間延びしすぎです。

しかし視聴者にそう思わせるのは、これもまた制作サイドの戦術だよなあ。だから映画では尺を詰め、放送では間延び感をもたらし、ソフトに誘導するばかりか、ほーらこれだけ風呂敷広げたままですよ、続編観たいでしょ、観たいよね、観たいに決まってるんだ。と言わんばかりの流れです。

 

企画と演出は大事ですよ

2 Comments »

 

ヒーローズ東映ヒーローワールド

アトラクションやグッズ販売はまあいいんですけど、「貴重な撮影使用のスーツ」だとか巨大メカのちっこいプロップを展示するということが、ヒーローの存在価値をどれだけ興ざめの域に貶めてしまうのか、企画者さんたちは理解していないのだろうと思います。たとえば舞浜の妙なリゾート空間には、「ネズミやアヒルの着ぐるみ従業員などいない」わけです。ここが大きな差。百歩譲ってスーツや小道具を展示するのであれば、せめてそれらはリアルな管理或いはメンテナンス状態な空間ごと演出しなくてはだめなのです。

それこそイオンモールの吹き抜けを貫くような、設定寸大のマジンガーZ(戦隊ロボではでかすぎるので)と、その足元に同規格サイズのパイルダーを置いてなんぼです。臨海副都心に初めて18mのガンダムが登場した瞬間を、今の人は見ているのですから。でも、それさえもいずれ陳腐化する。ただ単にガラスケースに陳列しただけの強化服なんて、あっという間に見向きもされなくなるのがオチです。

たぶんね、今そんなこと言っても鼻で笑われるだけでしょうけれど、舞浜の親会社はジョージ・ルーカスからスターウォーズの権利を買い取っており、舞浜にはもう1個、テーマパークを載っけられるだけの土地があるのです。何十年後かに、そこにトウキョウ・ディズニー・スペースなんてものが完成したとき、必ずその演出に思い知らされることになるでしょう。

せっかくの貴重な財産。使い道をもっと考えなくちゃおもちゃ屋の延長線で終わっちゃうよ。

えらくなったもんだよ

えらくなったもんだよ はコメントを受け付けていません

鷹の爪先週はちょっと取り扱いようがなかった、先週だったらちょっとしたインパクトの宣伝動画

劇場版ってさー、おまいら、最初に見たのが劇場だったぜ。