旅の始まりは喜多方でした。だからというわけでもなく、〆もこんなんですが、さてこれって何ラーメンなのか・・・わかっちゃう人が居るのかどうか。
言っときますが「チャーシュー麺」ってのは答えじゃないですからね。
三ヶ月振りに実家に顔出してきました。お彼岸は「来なくていい。足の踏み場もないから」と言われたうえにガソリン騒動で出控えていたので行けず・・・「物置の中整理するから、少し手伝って」と、ようやくお声が掛かったので(笑)
しまい込む事十数年(もしくは二十数年)のガラクタと化した代物を出して燃やして切って束ねて・・・
一通り整理がついた後、母が「竹の子持ってく?」とお隣さんちの竹やぶで竹の子掘り。「2~3個もあれば十分」って言った本人が掘りまくって7個もgetしてましたよ(汗)夕飯ご馳走になって帰ったので、家にたどり着いたら夜中の1時。それからゴソゴソと茹でる私もどうかと・・・
創業からまだ52年なので、老舗と言い切ってしまうのはまだ早いのかと思いながらも、かつて地方にあった小型の百貨店は、確かにこんな感じだったよと、懐かしい気持ちでフロアをあがっていきました。岩手県花巻市のマルカン百貨店は、小規模百貨店ながらネームバリューは全国区?らしく、今頃話題に取り上げても「だからどうした」と言われそうなところなのです。目的はこの日の昼飯、最上階の展望大食堂。実はマルカン百貨店自体の稼ぎ頭で、何度かの閉店の危機も乗り越えてきたというお話。
どんな食堂かと言えば、こんな食堂
箸で食うのが理想と言われるソフトクリームは、パジェケンさんやSIDEKICKさんから聞いていたのだけれど、その大きさに対する価格の妙は、確かにうならされます。しかしその他の食事メニューも、品数と価格を見ていると、こっちへ来たら通っちゃいたくなるじゃないかと思わされます。近くのテーブルでは、4人連れの女の子が、メガカツカレー一人前を囲んでわいわいとやっているし、ソフトクリーム目当ての家族連れや、ラーメンをすすりに来るおばちゃんたちと、表通りの閑散とした風景がうそのような賑わいです。
ここへ来る道々、「とんかつにしようか、ナポリタンでもいいか」などと、田舎と言ったら失礼ながら田舎の洋風定食を思い浮かべていたわけですが、どっちも食いたいならこれでどうだと言わんばかりのナポリカツにやられました。これにはメガ版はありませんが、これで充分だよ。
先日、山形でしろくまさんと晩飯を食っていたときにも、マルカンの展望大食堂の話題は出ておりました。が、しろくまさんによれば
「料理のことも話題ではありますが、あそこで注目すべきは、昭和の名残をそのまま現役としている、ウエイトレスのユニフォームですよ」
だというのです。かつては、その制服を着たいがために、マルカンに就職したお嬢さんたちはたくさんいたのだとか。それでも今は制服を着ていない店員もいたり(パートさんか?)、制服の店員も3人しかいなかったり、ウエイタースタイルのお兄さんがたった1人混じっていたりと、サイトで紹介されている雰囲気とは少し異なります(このサイトに出ているお嬢は、ひょっとして宣伝用のモデルなのか?)
いま見られるのは紺色の冬服バージョンですが、なるほど、これを見ずしてなんのマルカン展望大食堂と、考えさせられます。いやほら、メイド喫茶のようなものを想像しちゃいけませんよ。こちらは直球で食堂の制服なのですから。同時にふと思ったことは、こういったスタイルを踏襲している、地方都市の小規模百貨店は、ここ以外でどのくらい残っているのだろうかということでした。仙台だと藤崎という百貨店にマーガレットというファミリーレストランがあるようですが、行ったことのないうちに震災でフロア自体が閉鎖されているのでした。
仙台市内のバーガー系ファーストフードも10日ほど前から営業再開しており、ここ数カ月(つまり転勤前から)食っていなかったビッグマックをそろそろ食いに行こうと思いながら、いまだに行かずに、「ほそやのサンド」にふらっと入りこんでしまいました。
1950年の創業で、仙台において初めてハンバーガーを出品したお店なのだとか。モーリス、リチャード兄弟がホットドッグ店を開いたのが1937年、そからマクドナルドが出来上がるのが1940年とも48年とも言われており、48年説だったら、マックと大差のない歴史です。
レタスとオニオンスライスを挟んだだけの、ジャンボバーガーは、その名の如くバンズからはみ出しています。しかし注文した後によくメニューを見ると、これが看板の最右翼ではないらしく、上を行ったらステーキサンドというのがあるし、リーズナブルな方にも看板ものというふれこみがあるじゃないですか。しまった、ついビッグマックと拮抗させたのがいけなかった。
ドアを開けると、カウンター10席のみの店構えというのには意表を突かれましたが、戦後5年くらいの仙台では、斬新だったのだろうなあ。あおいろさん推薦の牛タンの一福の並びで、どっちに立ち寄るかは多少悩むところです。でもひょっとすると、牛タンだってある意味ジャンクフードのような気もするのです。一方、ほそやのサンドには、ステーキメニューもある。タンとテール以外は何処へ行っちゃうんだ?(仙台牛ってのがあることはあります)という謎に、この店では迫れるのか???
作戦室からほど近いところに、老舗のベーカリーがあって、ここの品物は基地へ帰るときに土産にしてもいいほどのうまいパンを出してくれます。被災直後から定休日以外はフル稼働してくれて、材料をやりくりしながら、何とか焼きたてのパンを売ってくれています。
当初の一週間は開店時間を限定しながら、パンの種類は選べなくとも5個を袋詰めしてワンコインにて軒先での販売でした。これを日に3回、一回の販売で300セットくらい焼くのだから、店のキャパシティはとうに越えているはずでした。2週目の後半からは開店時間は区切りつつ、店内で買い物ができるようになり、購入できるパンの数もひとり8個に増えました。遠くから買いに来て並ぶお客や、家族構成によってはありがたいシフトだと思ったのですが、やはりそれは品薄を呼び、次々と焼かれるパンもすぐに売れてしまう。
すると、この売り方に対して不満の声が上がりました。
すぐ前に並んでいたおばちゃんが、以前のような5個入りで売った方がたくさんの人に行き渡ると、店主に食って掛かりながら、数分ごとに後ろに並ぶ客にリピートするうえ、
「ねっ、そう思うでしょ」
と、僕も巻き添えに。いやその、販売の仕方はその方が合理的だけど、店の方針に対して唱える異について合意を求めないでほしい・・・
「あっ、それじゃあさ、僕も5個までしか買わないから、あなたも5個だけ買って、あとは後ろのお客さんに回してあげますか。少なくともそれで6個は役に立つじゃない」
僕は意地悪くもそう提案したのですが、目を丸くしたおばちゃんは、
「そ、そうね。そういう考え方もあるわね」
と言い捨てて、もうこちらを振り返ることはしませんでした。彼女がその提案に乗って、3個分の権利を放棄したかどうかは定かではありません。言ってしまった手前、僕は5個だけ買って店を出ましたが、その際に店主が小さくサムズアップしてくれたのは、ちょっと楽しくなる瞬間でした。