自称晴れ男です。たまに霙の「てるてる結界」の威力にあやかることもありますが、同僚後輩部下の誰よりも天候には恵まれて仕事を進めています。とか言ってたら梅雨も明けちゃいました。
が、晴れりゃいいというものでもなくて、この日は朝イチで現地に行ってみれば、撮影対象が思いっきり逆光でした。午後までどうすんだよ何処へも行けないし何もできないよの構図。
夏至を取り入れていた日本の旧暦だと田植えの終盤で、半夏生の頃まで余裕はなかったようですが、古代のスラブ民族には夏至の風習にイワン・クパーラと呼ばれる土着のお祭りがあります。水と火が交わる日と伝えられ、河原で焚き火をしながら集団で水につかり、女性たちは花占いのために作った花冠を川に投げ入れ、皆で焚火を飛び越えるといった行事が、ロシアやベラルーシ、ポーランド、ウクライナの人々によって行われていたそうです。今はそれどころじゃないけど。
しかしよくよく観察すると、このイワン・クパーラという言葉はキリスト教文化の混じったもので、イワンはヨハネのことを示しています。クパーラは洗礼を意味していて、土着の信仰にキリスト教が溶け込んだことがわかります。そのため、聖ヨハネ祭に引っ張られてイワン・クパーラ自体も夏至から開催が洗礼者ヨハネの誕生日(6月24日)にずれているとか。ムソルグスキーの「禿山の一夜」のチェルノボーグも23日頃の活動。案外、合理的にやっちゃうんだなあ。
フィガロが入庫中なのでぷらすBLUEでの第二、第一いろは坂特訓にやってきました。路面はドライコンディションですが、僕が同乗しているのでオーバードライブをカットしないとトルクを維持できないという・・・
坂を上がると7℃です。裏男体線にも、まあ乗り越えられなくはないけれど「行くんじゃねえ」と言わんばかりの天然バリケードが残っており、ここで引き返し。
ここまで来る途中、馴染みの喫茶店に・・・馴染みと言いながら何十年ぶりかで立ち寄り、暖を取っておりました。しょっちゅう通っていたのが、今の霙の歳の頃ですからねえ。店のおねいさまも齢八十だって。でもお達者なだけでなくこちらを覚えてくれていたのは嬉しかった。
湖畔はひっそりとしていて、来るならこういう日に限るまだ冬の午後です。
いろは坂特訓はグリップ徹底、登り下りともコーナーへの侵入のライン取りだけ指示して、ペダルワークは本人のタイミングに任せます。霰よりも慎重な動作ながら、軽自動車以上のトレッドが安定感を確保してくれるのですが、
・・・なんか取れたかも?
入日薄れる時間帯じゃないし山の端は見渡せてないし・・・でも霞は予想以上に深いというか、これきっと花粉だね。
今年は桜以上に、陽の当たる菜の花の色彩に強烈に魅入られておりますが、なかなか思うような場所に辿り着けていません。なんとか撮ってみたですよ。空が青かったら言うことないんだけれど、それこそ朧月夜じゃないよねえ。
もっとも撮影したのが菜の花畠ではなく堤防上の道路ですから、朧月夜を作詞したと云われる高野辰之さんには「情景がだいぶ異なる」と叱られそう。さすがに高野さんが過ごした北信地方にはこの段階で出張予定がないので関東平野の菜の花です。でもってこれに見とれているうちに曲がるべき分岐を通過してしまい、次の斜路で集落に下りたら先へ行ける道が無くなり、路地をうろちょろして戻る途中という不審者ぶり。それはともかく、4月13日は高野さんの生誕の日(146年目)