Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

分水嶺のよう?

2 Comments »

岩手におけるツーリングエリアには、目的地の一つである種山高原を中心に、分水嶺のような見えない境界線があることに気がつきました。

奥州市側からアプローチする場合、あの前沢牛が控えている。そのまま高原を越えて反対側の住田町に赴くと、アリスポークなる豚肉の名産がある(塩味の串焼きを食ったら旨いのなんの)。そして林道を経由して遠野市側に抜けると、そこはジンギスカン肉が有名なのです。

 

うむむ、さすがは酪農の岩手県。どっちへ行ってもうまいもの三昧。そのまま陸中へ抜けても海の幸だし、やっぱり2泊くらいしていきたいです。しかし遠野ではひっつみ定食も捨てがたいので、2日目はヘルシー路線に切り替えるべきか。

オリジナリティ

2 Comments »

グランドエスクード誕生10周年にあたる本年、やはりこのようなアイテムが登場しました。デザインと発注はコムロさんで、いーむらーとさんによる制作。数量限定である以前に、有志でオリジナルのものを生み出そうという心意気が素晴らしい。このアイデアをぜひお裾分けして欲しいとコムロさんにお願いし、この次に来る3年後のために、ゆっくりとですが新しい企画を準備し始めました。

しかし、グランドではないうちのクルマにはこのステッカーを貼れないのがちと残念。

ネーミングの妙

4 Comments »

「注文の多い料理店」という童話は、宮沢賢治によって書かれたブラックユーモアな世界観のお話で、そこに登場する「山猫軒」なるお店と同じ名前の料理店やカフェが、全国津々浦々に所在します。さすがに物語り同様の、おっかないお店をまねしているところはありませんが。

しかしここのお店はその一歩先の、ユーモアの王道を行っている。種山高原星座の森キャンプ場のセンターハウス内にある「献立の少ない料理店」。ネーミングの妙だとうなってしまいます。

どのくらい献立が少ないかというと

■銀河鉄道の夜(特製ラーメン) 650円
■ごくふつうのラーメン 550円
■ごくふつうのカレー 550円
■セロ弾きのゴーシュ(山菜そば) 550円
■雪渡り(山菜うどん) 550円
■天然行者ニンニク入りラーメン 650円
■ばっきゃミソ入りおにぎり(2ヶ) 300円
■グスコードンブリの伝記(牛丼) 650円
■コーヒー 300円

んー・・・少ないと言えば少ない。しかし献立の一つ一つが、派手ではないけれど何となく主張を持っている。特製ラーメンとごく普通のラーメンの、100円の違いっていったい何なんだろう? 天然行者ニンニク入りラーメンとは、おそらく内容が異なるはず。

実は献立が少ないというよりも、営業時間の短いレストラン。10時に始まり、午後3時には終わってしまうのが厳しい。そこはまあ、キャンプ場なので、朝と晩は自炊でやっちゃいますから問題ないわけですけど、ここへ昼飯としてやってこようとすると、11時頃から走り始めて隣の高原をうろつき、もたもたしているのは案外危険かもしれません。しかし・・・食ってみたい! 味なんかよりも(おいおい)、このネーミングに引っ張られているのです。

ダイモス

ダイモス はコメントを受け付けていません

つい、「闘将」の写真を使ってしまいますが、ロボットのダイモスではなく、火星の第1衛星が発見された日が、1877年の今日。これより内側の軌道にあるフォボスは、6日後の同年8月18日に発見されました。アメリカの天文学者、アサフ・ホールが発見、両衛星の命名者となっています。

ダイモスとはギリシャ神話における軍神アレスと美神アフロディーテの息子と言われていますが、「恐慌」の擬人化であり、実は神話そのものは存在しません。フォボスはその実弟で、「敗走」といわれ、後に「恐怖」の象徴へと転じています。

この兄弟にはもう1人、ハルモニア(調和)という名の女神も存在しますが、残念ながら火星に三つ目の衛星は確認されておらず、かの惑星には殺伐とした名前ばかりが残されています。しかしながら火星を意味するマルスとはローマ神話における軍神にして、ギリシャで同一視されているアレスとは異なり勇者を指し示す。また、もともと農耕神であったことや、ローマ帝国がうち立てられたとき既に存在していた神という、独特のポジションに位置します。

宵の明星がひときわ目立つ8月。金星の近くには火星と土星が位置しており、本日から数日間、月もこれらの惑星の近くを通り過ぎていく軌道関係にあります。西の空の低いところには、水星も見えています。ことし1月、地球に対して9933万キロまで接近した火星は、再び1億キロの彼方に遠ざかっており、2003年なみの大接近が次に巡ってくるのは、2082年(待ってらんない)。エスクード・マイレッジは8月現在、2500万キロ台を航海中です。

地球一周の距離

2 Comments »

kawaさんのエスクードTD11Wが、8月8日付けで35万kmにたどり着いたとのこと。ことし3月にエンジン整備をすませたときの距離から割り出すと、月平均3600kmを走っています。

月軌道まであと34400km、おおむね10カ月のところまでやってきました。マイレッジ記録上の、うちのTD61Wは、現在312000kmで、kawaさんのノマドから38000km後方に位置しています。地球1周分の距離をちょっと詰めて、地上から静止衛星軌道くらいまでの距離に少し足りないくらいの差ですね。

kawaさんよりも380km、1ヶ月分の走行距離を余分に走らないと、月軌道到達までに追いつくことはできないわけですが、現在は1ヶ月3000kmを走れているかどうか微妙な運用なので、おそらくこのポジションで、kawaさんは来年の夏までに、地球1周分をまわってくるうちに、月へたどり着いている。僕は2周分弱あるので、再来年の春くらいにたどり着くことになりそうです。

地球を一周(約40000km)という距離は、384400kmもの道のりに比べると、実に現実味を帯びてきます。でも、走り続けなければ現実にならない。10年前なら誰もやらないだろうと思っていた領域に、たどり着いてくるエスクードがいて、これからそこを目指そうというエスクードユーザーがいることが、「今」なんだなあと実感します。そして実は今年に入って、既に40万kmの域に達しているエスクードが、つくばに存在することを人づてに確認しているのです。このTD11Wとはまだコンタクトできていないのですが、どんな風にこの道のりを走ってきたエスクードで、走らせてきたユーザーさんなのか、ぜひともお目にかかってエピソードを聞いてみたいです。

プロテクション

6 Comments »

今回、あえて岩手の林道ツーリングにおいてやってみようと思っている、対藪こぎ物理障壁。といっても、BLUEらすかるの車体はこんなことやってももはや手遅れな擦り傷だらけなので、そのまま行きますが、特に3代目エスクードで参加する人には、新聞紙と布製のガムテープをご用意いただきます。

作業は簡単。車体両サイドのパネルを、新聞紙でカバーするだけです。もちろん、見てくれはかっこわるいです。しかし藪をかき分けて先ヘ進まなくてはならないときの対策として、役に立つことを知っておいて損はないのです。そのための実践です。

岩手のツーリングにおいて、ほんの1区間、たったの4kmですが初代でも藪こぎを余儀なくされるルートがあります。一部フロントグラスにまで覆い被さってくる勢いで、葉の硬めなクマザサもあります。まあ、四駆でツーリングに行くなら「だからどうした」な環境なのですが、逆を言えばたった4km。古新聞プロテクションを、実践実験として遊ぶのにはちょうどいいでしょう。

写真は全く別の作業風景なので、サイドウインドーやフロントグラスにまでカバーはしませんが、このようなイメージで擦り傷を防げます(完全に、とは言いません)

新聞紙は、その車体の大きさによって必要分が異なりますから、一度当ててみることをおすすめします。さらに1日分くらいの紙を常備しておくのも、汚れた長靴や牽引ロープを包んだり、焚き付けにできたりと、汎用性があります。ただし、今回の実践は、道の先がわかっているからやってみようという趣旨であって、そういう先のわからないところに入るか入らないかの判断や、撤退するという選択肢も、もっと重要です。実はうちでは常備品なのです。にもかかわらず、なんで車体は擦り傷だらけなのだろう???って、そりゃ判断が甘いということですね。

100年目の夏

100年目の夏 はコメントを受け付けていません

もう20年前だよ

今回の岩手行きで、偶然見知ったのが「遠野物語100年」という年回り。しかし実にこっぱずかしいことに、うつろいすぎた自分の記憶は、その年回りをすっかり忘れていたのです。

この写真は1990年の夏のもの。国道340号線で、岩泉から遠野に向かう途中の立丸峠で撮影したのですが、それ以前、免許取り立てでまだ四駆に乗っていなかった頃、この国道は川井村から遠野市まで全線ダートでした。

しんどい思いをして越えてきたことが焼き付いていて、エスクードを手に入れ、僚機のテラノとつるんでリベンジだと来てみれば、わずか数年のうちに全線舗装化されていたという・・・ そういう写真です。

ちなみにこれが、つくばーどの前身の、あと2台デリカスターワゴンとJA51Wが加わる不良集団の姿です。なにがこっぱずかしいかって、当時の不良な姿などではなく、これが1990年の夏の撮影だということ。実はこの年、妹・嵐田吹雪の短大における卒論の取材をかねて、遠野に来ているのですが(本人がいないのは、写真を撮っているため)、その卒論のテーマが、僕がそそのかした「遠野物語」でした。

当時、いや今でも、遠野物語は日本の民俗学の草分け的な編纂業績をたたえられていて、子供向けには民話、大人向けにはその民俗学を通した東北地方の厳しい生活環境やそこに暮らす人々を、伝承が包み込む、幻想的であり、またおどろおどろした暗い伝え語りを書き記しています。がしかし、そんなに遠野物語の世界は暗く重いだけの救いようのないものだったのか? という、物語のとらえ方に逆説の仮説を立ててみてみようという目的が、卒論の目的だったのです。

たとえば、遠野物語に記されている「デンデラ野」という民話。昔、老人たちは60歳になると家庭や集落から捨てられ、日中は里に下りて農作業を手伝い、夕方わずかな食料を得てデンデラ野の小屋に帰り、寄り添うように暮らしながら、命の果てるのを静かに待った・・・と伝えられています。

その側面だけを見れば、楢山節考を彷彿とさせる姥捨ての話ですが、現地を訪ねてみると、「里と山」ほどの距離を隔ててはいないのが、デンデラ野と呼ばれる土地の位置関係。そこに老人だけのコミュニティーが置かれ、里と隔絶されていたかというと、どうもそんな風には思えない。お年寄りの脚力でも行き来は可能で、老後は家督を子の世代に譲り、自らは過酷な労働や税から解放されて、話の合うもの同士の共同生活を営むコミューンではなかったのかと、僕自身はずっと昔から感じていたのです。事実、昼間は畑仕事の手伝いや子守をしていて、里とのつながりを断ち切っていない。それは、単なる口減らしではなくて、隠居というスタイルの一つの形だろうと思うのです。

そんな切り口で、意外と力強く活きていたかもしれない遠野物語の住民たちをトレースしようと(ほんとは林道探検に行ったんだけど)、「遠野物語80周年」という機会を逃さず、出かけていたのでした。

あー・・・ そういえばそうだっけよ。あれからきっちり20年だよ。あんなに入れ込んでいた遠野物語のことを、これほど情けなくも忘れていたとは!

東北大陸説

8 Comments »

あくまで独りよがりの持論ですが、東北へやって来たという実感を、時間距離で感じることのできるラインは、北緯40度線の向こう側(関東から見た場合)に歩を踏み入れたときです。

そんなことを言うと、福島県や宮城県や山形県の人に叱られること請け合いですが、ここを越えてなんぼの「東北大陸説」なのです。

「そういえば雷蔵さん、七時雨まで来ちゃうと、帰るのにどれくらいかかるかね?」(白神爺。さん)

「幌車なのでスピード出ませんから、てれてれ走って7時間くらいですかねえ。でも、40度線越えちゃえば、大陸は南半分だけですから」(僕)

「それは似ているなあ。私も関東より西へ自走すると帰り道はすごいことになるけれど、盛岡を過ぎてしまえば、もううちへ帰ってきたのも同然なんだよねえ」(白神爺。さんは青森県の人です)

実は七時雨山は東北道の安代インターからほど近く、位置関係としては秋田県と青森県に近接しているという点で、ちょっと遠いのかなと思っていました。ところが安代インターまで来てしまうと、国道282号で15kmも走れば、この地球儀にたどり着いてしまう。地球儀まで来ると今度は、滝沢村のでっかいスイカを見たくなってそのまま松尾八幡平にも西根にも上がらず、もちろん滝沢インターもスルーして、ちょっと走るとスイカのところに行けてしまう。

ここで「コッペパン」の話などしようものなら、それは立ち寄りでしょうと、盛岡インターまでの道のりをちょっといじるだけです。ただしコッペパンは17:00に閉店するので、時間だけは気にとめておかなくてはなりません。そんなこんなで15:00くらいに白神爺。さんと分かれて、上記のルートで道草しながら、コッペパンを買い求めたのが16:50分。大陸だなんだと言っている割には、エリアとしてみた場合、けっこうあちこち移動できることを学習しました。

八幡平のアスピーテラインだとか、岩手山の網張温泉だとか、遠野だとか花巻だとか、寄れていないところもたくさんあるんですけどね。海沿いはほぼ全滅だし。

物資調達の課題

8 Comments »

ツーリングイベントだからといって、名物の食材を出せばいいってもんじゃないだろうとは思いますが、食い物がまったく調達できないのはかなりの問題。種山高原では山に分け入って格闘して倒したクマを料理するしかない・・・なんていう心配はないものの、街まで片道40分を下山しなくてはならない。

となるとやはり、山へ分け入って(うるさいぞ)格闘戦に持ち込むよりは、あらかじめ晩飯と朝飯の用意を買い出ししてから林道に向かうことに。クーラーボックスと冷却道具を持っていかないことには、食材を持ったまま2時間以上も真夏の山の中をうろうろするわけにはいかないでしょう。

ひとまず、水沢の市街地で買い出しできる場所は確認してきたので、そこを集合場所にすれば暑くても涼んでいられると油断したら、そのお店でどんなものが買えるのかを偵察してくるのをすっかりわすれてました。しかし、おそるべしインターネットの時代。品物調査どころかお店の名前を覚えていなくて、なおさらだめじゃないかと、地図を頼りに検索したらちゃんと会社サイトがあって店舗を調べられるばかりか、その日の売り出しチラシまでもがPDFでダウンロードできる。うーん・・・こういうのは行き当たりばったりの方が面白いんじゃないかと思いながらも、便利に閲覧させてもらいました。

これで肉だろうが野菜だろうが心配ないぞと安心したら、れいんさんに

「見てきた店舗よりも大きい本店クラスが、同じ水沢にあるけどどうするの?」

と言われ、今度はどっちを集合場所にしたらいいのか迷い出すという・・・ まあそれは来月の話なので、そのときにチラシを見忘れないかどうかの方が課題です。

ほろほろ

2 Comments »

七時雨山(ななしぐれやま)という、いかにも目を引き耳を傾けてしまいそうな字面と響きにずっと惹かれていながら、ついつい行きそびれていたうえに、場所に至っては完全に勘違いしていたのが、その山麓にある田代平高原の七時雨山荘。

僕はそれが「安比高原にある」と思いこんでいて、白神爺。さんは、「安比高原にも七時雨山荘がある」ということを知らなかったという、あわやの待ち合わせ。いやいや、情報は持ち寄ってつきあわせてこそ性格になっていくものでして、七時雨山荘は安比にもあるし、田代平高原にもちゃんと存在するのです。

スズキエスクードとユーノス・ロードスターには、少なからず共通項がある・・・と、勝手に思いこんでいるのは僕の方ですが、それを見極めるためには、やっぱりコンバーチブルで出かけていかなければわからないだろうと、言っておきながらあまりの暑さと、いつ降ってくるかわからないにわか雨に恐れを成して、根性無しにもこちらは頭の上を開けただけでした。ロードスターが、ほぼワンタッチでがしゃがしゃと幌をたためる機構は、同時にがしゃがしゃと屋根を閉じることもほぼワンタッチ。これはうらやましいです。エスクードは、うりゃっと取っぱらうのは簡単だけれど、ワンタッチで幌掛けはできない。

両車、メインユースのステージは異なりますが、生まれてくる背景にあった「こんなやつに乗りたくないかい?」という開発者のテーゼは、けっこう似ていたのではないかと思わされます。ただ、人馬一体というコンセプトを掲げ、エンドユーザーとのキャッチボールを今なお続けているロードスター(それでもNB、NCというモデル進化には賛否があるとか)に対して、市場に迎合しすぎのエスクードは、エンドユーザーの本当の心を捉えていたかというと、どうなんでしょ?と思わされます。

そういう眉間に皺を寄せてしまうような対話をしていたのかというと、してません。天気の話とツーリングの話と、あとなんだっけ? 結局、高原に至る細くくねった登りと下りを、つるんで走って、NAのクリッピングより01Rの方が深くつっこんでいるとか(危ないだろうっ)、ストレートじゃ全然ついていけないとか(あっちはツインカムだもん)とか、そういう時間が楽しいのは、何処も同じです。