お肉もメロンも美味しかったです。
ちまちまとずっと食べていたような気がしたら、気のせいではなかったらしく・・・夜乗った体重計が過去最重量を示したといふ(爆)そして殆ど動かない一日だったのに、基礎代謝も過去最高値。なんでじゃろ???
楽しい出来事の後は、なぜかやって来る懐も頭も痛くなる事象。
のまちゃん、明日から入院しますだ(泣)
前にも同じ事があったなーと思ってデータを漁ったら、4年前の同じような頃(その時は7月末)にドレンが詰まって修理に出してました・・・ 多分、今回も同じ状態。
2005年9月、先代らすかるの解体とBLUEらすかる就航のために、たくさんの仲間が天狗の森に駆けつけてくれました。あれから10年・・・は経っていない中途半端なタイミングですが、当時88000キロくらいだった個体が500000キロも走っちっゃたもんですから、再びお祝いをしていただけるというありがたい日曜日となりました。
「月到達までの残り距離数を年単位で割っていった場合、同じペースで走り続けられるならば、その日(二度目の到達)は2011年の、いつか」と皮算用していた頃が懐かしいですが、実際には2012年までかかりました。
あらためて考えると、購入時のエンジンがつぶれたり転勤直後に震災をくらったり、どこで折れるかわからないというより、いつ折れても不思議のない道のりです。二度目の月軌道達成だとか、400000キロ到達のときにこそっとお祝いしてあとはもういいやでも、どうにかなったのですが、ここまで来なければ胸も張れまいのボーダーラインとなっていました。
宣言もしなかったしできなかったのが正直なところで、この距離を刻めなくても誰にも責められはしないけれど、やっぱり刻んでこその500000キロ。誰にともなく約束していた挑戦だったと、ようやく言えます。
で、実は達成時は歴代三位だったのですが、たぶん現在、暫定二位に繰り上がっております。しかしそれも、itoさんのTD51Wが再び走り出す来年春までの猶予で、itoさんも一度遠出するととんでもない距離を走る人ですから、熾烈な二位争いが始まることでしょう。その上、最長不倒距離までがまた長いのなんの。
本人が苦行だと思っていないので気が楽とはいえ、好きで馬鹿じゃないとできません。そんな馬鹿なやつのためにたくさんの人々にお集まりいただき、本当に感謝の言葉もありません。
とりあえず今しばらく走り続けますが、余計なことは言わないでおきます。あ、でも、来年あたり、ぷらすBLUEがいよいよ200000キロ到達です。
自ら妙高高原のつくばーどを中止にしておきながら、自分の車の50万キロ踏破を祝っていただけるというバーベキューに、のこのこと出かけていくのは道義的にどうなのよ? なんてことを考えるほどデリカシーがないので、のこのこと出かけていきます。
それよりも梅雨明けしたとたんに夏らしい夏。でも暑いのもほどほどにしろよと言いたくなる暑さなので、日射病や熱中症には充分お気をつけておいでください。
まあうちのクルマなんかほっといて、狼駄さんのうまい焼肉を堪能しましょう。
って書いたら、ほんとに終盤になるまで誰もメーター見に行かなかった(爆)
なにしろ33℃ですもん。なんだって天狗の森のイベントというのは我慢大会になるんだろう? というくらい暑くていい天気でした。5キロの肉とSPYFOさん差し入れの牛タン丸まる一本をとにかく焼き続ける狼駄さんは、どれくらいの量の水分を失ったことでしょう?
もう一人、参加者を驚嘆させたのは、鉄道でやってきたかずろーさん。
「30分で着くかなと思ったんだけど無理だったなあ」
と、森までトレッキングで登ってきたのでした。すげー・・・
というわけであとはまた明日以降。
それを「正しい資質」と思うか「明るい人々」と訳すか「あっ軽い面々」と言いきってしまうかは、目にした人々の自由裁量です。ああ、左ハンドルなので「右の要員」は和邇父娘の助手席争奪戦(実際に争われているのは運転席ですが)が繰り広げられているようです。
という外野の冷やかしをよそに、和邇さんのSIDEKICK2号車が仕上がり、ざっと14年ぶりに走り出しました。93年式だそうですが、なんと27000キロという若々しさだとは知らなかった。
今度の日曜日、天狗の森にて初披露となります。
とーちゃん世代は1号から2号へのスイッチということから「仮面ライダー2号」イメージを与えていたのですが、和邇お嬢たちNEXTGENERATIONに言わせれば
「白基調の車体に黒と赤のアクセントだから、98式AVでしょ」
とのこと。まああちらも「器用な1号機と力押しの2号機」だから、コンセプトは通じるのです。しかし最も恐ろしいのは和邇お嬢たちのポジティブなノリ。天狗の森には軍手と白ツナギルックでやって来るのではないかと気が気でなりません。
2011年7月30日、kawaさんのTD11Wが月までの距離を走りきりました。これは奇しくもアポロ15号の月面着陸と同じ日で、その日から40年めの夏。いいとこに持って来たなあと感心したものです。
で、そういうことなら。ってんで、BLUEらすかるは「アポロ11号の月面着陸の日」をめざしまして、7月20日、無事につくばーど基地に帰還した時点で50万キロに到達いたしました。その日から45年後、というところがちょっと半端なうえ、この距離だと着陸できる適当な場所が軌道上には無い(大失笑)
今回の道のりは、もちろん仙台の作戦室からスタートしたのですが、経由地に新潟市を選択しました。おいたマンさんととうまくんが「晩飯食いましょう」と声をかけてくれて、Looplineさんが「それならタレかつ丼激ウマの店に行きましょう」と誘ってくれて、「夕方から仕事だったけれどまあいいやで行きますねー」とふっじいさんも駆けつけてくれました。
19日夕方、新潟大学の真正面にあるとんかつ屋さんに連れて行っていただき、激ウマに加えて激安なタレかつ丼をたいらげ、その後ガストに席を移して車談義です。
ガストはとりあえず置いといて、とんかつのかねこはボリュームやら値段やらでは評判のお店とのことで、タレかつ丼という新潟市ならではの献立も堪能させていただきました。
帰路は関越まわりの北関東道経由。連休初日の割には全般交通量が少なく、マイペースで走っても4時間未満で基地に到着できまして、20日の法事をこなし、石岡での夜会に臨むことができました。
この石岡夜会がまたありがたくもうれしいことに、コムロさん、新月さんと風花さんらと晩飯を食っているところへ、ギガントさんご夫妻、AMGさん親子が時間差でやってきてくれて、時間を忘れて新潟の報告やら八月以降のイベントやらスポーツタオル企画やらをめぐって対話が続きます。
話はここで終わらず、それじゃあそろそろ御開きにしましょうかねと、会計を済ませて駐車場へ出たところへ
「久しぶりに通ったらエスクードがいっぱいいるんで寄っちゃいました」
と、おおとりで現れたのがとにいさんでした。まさしく昨年の妙高高原・杉野沢での遭遇劇の再現です。
やーもう全車が一堂に会するところはまとめて撮りようがなかったので、挿絵はそういうふうにくっつけちゃったものですが、6台のエスクードが時間替わりで並んでおりました。いつもの石岡夜会の賑わいをいただくことができて、果報者であります。
しかし50万キロの余韻もへったくれもなく、21日は谷田部にてタイヤの新調ののち、岩手県大槌町に向けて出発です。
臨時休業で棚に上げっぱなしだったのですが、六月上旬に四国巡りをしていたローテックさんから、瀬戸内海を渡る前に攻略してきたという神戸周辺のSレイド写真が届いていました。
ローテックさんにとっては、鉄人は僕よりもなじみの深い世代のはずで、その鉄人とご自身のエスクードをワンフレームに収めるのは「感激しました。胸が熱くなったねえ」とのことです。
「それにしてもエスクード仲間ってのはつわものばかりだねえ」
と言ってくれたローテックさんは、おそらくこの界隈のSレイドの課題の場所が、主催者ではなく有志が持ち寄って設営していった経緯を、サイトレポートから読み取ってくれたのだと思われます。何しろ兵庫県とあっては、つくばーど単独では、いくつもの課題の場所を見出せるわけがなく、Sレイドを立ち上げた頃のエスクードやそれ以外の仲間たちの協力で実現したものでした。
その場所を探し当てることだけではなくて、誰がここを見出したのか。昨日か一昨日あたり、誰かここへ来ていたかもしれない。明日か明後日、誰かがここへ来るかもしれない。という想像とすれちがいの醍醐味が、SレイドやSSレイドのテーマなのです。
四国を訪ねる旅の途中で、早朝から鉄人だけでなく、散らばった課題の場所を見て回ってくれていたのは驚きです。ただ惜しむらくは、規定枚数送ってきてくれないのよ。写真を無理やり分割したですよ。
BLUEらすかるの前後デフオイルを入れ替えに出かけたところ、お店の専務からコムロさんのクロスアドベンチャーの話題が出たので、どんな仕上がりになったか教えてもらおうと思ってメールを入れたら近所に来ているとの返信。お昼ご飯の待ち合わせをして学園都市のはずれの喫茶店に行ってみると、足回りを交換して車高の上がったTDA4Wが出来上がっていました。
「上がりはしたんだけれど、リア側が伸びきった状態なので、もう少しプランを煮詰めないといけないです」
相変わらず探究心旺盛です。その成果は近々コムロさん自身がブログにまとめるでしょうから、ここでは内緒です。
本題はここから。
エスクード誕生25周年企画でバンダナと風呂敷を作りましたが、その際に企画落ちしていたスポーツタオルを新たに作りましょうという話がまとまりました。もちろんエスクードオリジナルデザインです。
が、これはまだキックオフしたばかりで、これから需要のリサーチを始め、希望者を把握しデザインを仕上げて発注するまで、年内いっぱいかける予定です。つまりリリースは2015年となります。
「なんで2015年?って聞かれたらどうするよ?」
「そうですねー・・・3代目エスクード誕生10年とか、BLUEらすかる就航10周年とか」
「つくばーどウェブ版立ち上げから15年というのも・・・」
「ほしいから作るぜ、ってことでいいんじゃないでしょうか」
東京オリンピックだって今頃から盛り上げてるわけですから、エスクード誕生30周年のプレイベントだって言ってもいいじゃないですか。ということで、写真のような2台が会合していると、電光石火の悪だくみが行われているのでありました。
たぶん、主催者自身の都合でミーティングを中止させていただくのは初めてだと思われますが、8月9日開催予定だったつくばーどin妙高高原Ⅺを、当家の事情により中止せざるを得なくなったことについて深くお詫びいたします。すでに「次を楽しみにしています」「ひとまず落ち着いたら夜会やりましょう」と励ましのお言葉を賜っておりまして、少しでも早く軌道修復しようと心がけています。
今月の見通しだと、確実に基地へ帰っているのが20日の三十五日法要のときなので、この日の夜あたりなら夜会も開けますが、三連休の中日になんて、予定が空いている人の方が少ないですかね。ひとまず石岡あたりで夜会の設営を考えていきます。
今だから言ってしまうと、実は6月19日、掲示板には別の書き込みをするつもりでした。月曜の23日が秋田出張のため帰省はできないので、土曜日にあたる21日にターゲットを絞って「くらんぼんってどうやって行くんだっけ?」と19日に書き込んで、東松山まで昼飯でも食いに行こうかと企んでいたのです。
そういうときって、何かとうまく行かないものです。
そしてそうこうしているうちに、BLUEらすかるが50万キロまであと3000キロちょっとに迫ってきました。不確定要素はまだ残っていますが、このXデーが妙高の日に当てられていたため、中止の代替行事を基地の地元で何かできないものかと考えてもいます。まあこればかりは達成しないと意味がないうえに、ちっとばかり虫が良すぎるかもしれませんが。