Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

待ちきれない人

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「初めて富士山を見たのは学生の頃で、新幹線の中からでした。もう窓に張り付いて見てました」

Cyber-Kさんは四国の在住ですから、ピーカンの空にそびえる富士山を眺める機会はめったにないそうです。だから買い出しトライアルの最中もそわそわと、富士宮の街からもくっきりと見える稜線に眼を奪われています。

いやいや、そんなにあわてなくても明日の朝にはいやっちゅーほどベストアングル、ベストコンディションの撮影ができるから・・・

と言ってしまうのも野暮なので、ふもとっぱらを通り過ぎて、朝霧高原の静岡側、上九一色村の山梨側の二ヵ所を案内してきました。心情は富士山よりも筑波山が見えている空のほうがすきなのですが、それと同じかそれ以上のKさんの気持ちも良くわかります。

「仮面ライダーXのオープニングみたいな場所もまだありますかね」

などとSIDEKICKさんに言われて、いまどき舗装されていない原野の一本道を探せというのか? と頭を抱えて(しかしXライダー、オープニングでは最初と最後だけダートで、あとはけっこう舗装道路を走ってます)とりあえず時間も無いのでそれっぽく見えるところへ案内です。今考えてみれば、近くの畜産試験場辺りやふもとっぱらの裏手にある農道を使えば、もう少しエスクードのある風景らしい場所になったなあと反省してます。

しかしこの撮影地、国道沿いです。振り返ればひっきりなしに車やバイクが往来しています。ついでに言えば、富士山側には民家や構造物があるのですが、やりようによってはそれらを被写体そのもの(ここではグランドエスクード)で隠してしまえば良いので、重宝に使うことができます。なにより国道の路肩に駐車して往来の邪魔になってしまうリスクが無い。

もちろん公か私かの土地所有者はいるはずですが、時折、休憩にやってくるドライバーもいて、短時間なら立ち寄っても叱られることもなさそう。それらの車の邪魔にもならないよう、隅っこで撮影に臨んでいます。

たぶん、Kさんが撮った写真の方は、そんな風に見えない出来上がりになっています。

左上に掲げたものは、ふもとっぱらでの夜間撮影版。月明かりの効果です。画質が荒れているのは、送られてきた時点でサイズ・容量とも落とされているからです。ギャラリーに使わせてもらおうかどうか考え込んだ末、雄大さで昼間の撮影を採用しました。

寝坊しました

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まず金曜日の夜というか、土曜日の午前三時過ぎ。満月に程近い青白い輝きが頭上にあったことから、富士宮の市街地を離れて朝霧高原へ。

しかしふもとっぱらでの撮影は同じアングルになってしまうし、たぶん毛無山の向こうに月が隠れてしまうだろうと、もうちょっと標高を上げます。ふもとっぱらよりも東に回りこんでいるため、大沢崩れが前面に入ってきました。

月明かりだけで撮影。電線が邪魔です。

 

そしてふもとっぱらの日曜日、午前六時過ぎ。ああっ、寝過ごしてます。いや実際には起きて活動していましたが、空のすべてを藍色で、というシーンは、通りすがりの正義の味方さんとローテックさんに撮影レクチャーしていて、これねというものが撮れていません。

どちらも三脚なしで撮影です。いやその、装備の中に入ってなかったんだよぉ。

ところで、昨年は来るのが一週間早かったえいるさん。今年もでした

秋晴れの空の下

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つくばーどin朝霧高原Ⅲを、無事に開催できました。たくさんの参加者の皆さん、ご協力ありがとうございます。総合幹事を影でこき使う雑用係という、きわめて不届き者のポジションは(まあ毎度のことなんですけど)、実は、かなりやきもきさせられる楽させてもらえます。しかし集合写真では先を急ぎすぎました。けっこう雲がかかっているばかりか、露出オーバーです。すいません、これはまた来年、撮りなおしをいたしたいと思います。

 つくばーどin朝霧高原Ⅲ

 第四回買い出しトライアル

 コムロさんの直前ブログ

 通りすがりの正義の味方さんのブログ

 コムロさんの行って来たブログ

 もかぞうさんのブログ

 

寝坊していたらアウト

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昨年は4時起きして100カットくらい撮りながら、まともなものがほとんど無かったのです。富士の稜線はくっきり見えているのに、自分たちのいる標高800mあたりに霧というか雲というかが巻いていて、すぐ手前の被写体にピンが合わない。無限大で撮っているのに、レンズがぬれてしまうのでぼけぼけ。あわてて対策を施すころには明るくなってしまったのでした。御来光前の藍色の空(昨日のブログの写真)が撮りたい!

すべて起きられればの話です。ここ数年、寝落ちしているあられもない姿を撮影されてばかりですからねえ。そんなわけで、土曜の買出しトライアルや夜の宴会については、帰宅したら報告します。

つくばーどin朝霧高原Ⅲに出かけています

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昨年より一週間遅い開催ですが、満月には二日ほど早かった。前回は溺れそうなほどの濃い霧の中で夜明かしし、びしょぬれになりながらも昇る明星と追いかける月、その後の快晴をもたらす太陽に恵まれました。果たして日曜朝には藍色の空と御来光を眺めることができるのかどうか。ことしはどうも週末が曇天らしいとのうわさで、土曜日の早朝に待機しても無理なのかもしれないです。でも昨年の土砂降りよりはましか。

今夜走り出す人のために

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朝霧高原に向かって金曜夜に走り出して、夜明かしをする人に参考までに。「富嶽温泉 花の湯」。って、今頃書いてて間に合うのか?

オーバーナイトの料金となりますが、富士宮市内でビバークするには最適です。お湯はちょっとぬるいかも・・・

朝霧の献立

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鳥ベースの水炊き×4鍋で、うどんあるいは素麺というスタイルとなります。燻製も何種類か作る予定です。そりゃ食い足りねーぞと思われる方、差し入れ歓迎です。なお、酒類は飲みたい人が飲みたいだけご持参ください。

翌朝の朝ごはんは・・・ご飯は炊きます(あとどうすんだーっ)

まあ・・・なんとかなるでしょう。

夜会に誘われ

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あとまわしになってしまいましたが、先週の土曜日のこと、仕事から帰ってきてようやく晩飯だというところに、狼駄ことシン大尉から電話があって、近所のファミレスに立ち寄るというので、ついさきほど車庫に入れたBLUEらすかるで駆けつけてみれば、ホンダMTXばかり3台。県北までツーリングにでかけてきた帰り道だということでした。土曜日の日中は小春日和でツーリング最適だったでしょうねえ。

 

そしてこの3台のうち、バーミリオンというか朱色というか、いわゆる赤い車体のそれは、かつて僕が乗っていたMTX。新しい乗り手が決まって、初ツーリングだったそうで、それを見せてくれるために連絡をくれたのでした。一時期モタード仕様にいじられていた(僕が乗っていたころはさらに別の耐久レース仕様だった)足回りは純正に戻されていましたが、当時のマーキングはそのままで、懐かしい対面となりました。

MTXには保存の会というのがあるそうで、シン大尉はそこを通じて近傍のツーリング仲間とコミュニケーションを図っています。何しろモデルがモデルだけに、パーツストックのことはともかく、ライディングやメンテノウハウなど、そういったネットワークがなくてはならない時代なのです。しかし彼らの現在においては、MTXは立派に現役。はたから見たら、なんでいまどきMTXばかり3台?という風景なのだけれど、今、こういうシーンを見せてもらえるのは、一度乗ったことのある身にとっても、なんともうれしいものです。

そういうエスクードも、年式によってはどんどん骨董品になっているわけです。この日(6日)、BLUEらすかるは32万キロを刻んでおります。半年で2万キロか・・・ペース落ちているなあ。

そして30年

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つくば市に所在する、車やバイクのポストカードと書籍、カタログなどを取り扱うノスタルヂ屋のことは、いまさらかしこまって紹介する間柄でもありませんが、知られているようで知られていないことが、現在のお店が4店舗めだということ。

そのルーツは東京の国分寺市にあり、最初と二番目のお店は「ブックガレージ」と呼ばれていました。二番目の店舗は中野区に移転しており、そのころ、車のカタログを探して一度か二度、訪ねたことがあります。

 

ノスタルヂ屋、というお店は、実は古参のエスクード仲間と交流を始めたころに知ったのですが、このお店が中野のブックガレージとつながりを持つことなどは、そのときはまったく想像もしていませんでした。10年と少し前に、そのつくばの古カタログ専門店に出かけてみたら、中野でお目にかかっていることをお互いに完璧に忘却していた、店主の松浦さんと再会することとなったのです。このとき店舗は、学園都市の東大通という幹線道路に面した、低層の下駄履きアパートの1階テナントに収まっていました。

松浦さんとノスタルヂ屋とのおつきあいは、それ以来の現在に至るのですが、僕の知らない国分寺の時代にまで遡ると、開業当時は車の書籍専門ではなく、美術書や洋書なども扱う、小さな本屋さんから始まっているそうで、現在のスタイルを築いていくのに3年から4年くらいの年月を費やしている。本業を軌道に乗せるまでのご苦労も、当然ながらたくさん積み重ねております。

国分寺、中野から、つくばへ転居してこられたことは、松浦さんならではの経営戦術もあってのことで、つくばの地はちょっとした車文化の根ざした場所でもあるわけです。ただそれ以上に、磐田(静岡県)の海育ちであった松浦さんは、将来は車で走りに行ける山の近くに住もうというビジョンを抱いており、それが筑波山の近郊であったという縁に発展していきます。

そんなルーツからお店を営む松浦さんは、国分寺の開店から数えて、ことし本屋家業の30年めを迎えることになります。つくばにおいては10年とちょっとのお店ながら、その歩みは四半世紀を越えていることに、あらためて驚かされます。今回、ちょっとだけエスクードに絡めて、松浦さんをスーパースージーで紹介させていただきながら、とてもじゃないけれど書きつくせない。だから少しの補完をここで行おうと思い、松浦さんが時々書いているブログから、一遍を引っ張り出してみます。

2009年12月25日

このエピソードは、同じものが何度か再掲されているため、年次と本文内にある年月にずれがあります。また、このエピソードであるなら12月8日あたりに引用したほうがいいのかもしれませんが、ノスタルヂ屋の前身であるブックガレージが開業したころの逸話の中でも、とても印象深い出来事と、松浦さんの奮戦記を読むことができるのです。

うつろひ

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1994年にビッグマイナーチェンジを果たし、なんと2000ccという排気量、ほんとですか?のV型6気筒エンジン搭載に至ったエスクードのロングモデルには、ノマドのサブネームも継承されました。ノマドはTD01、11、31Wに与えられた名前で、その後の直4で2000ccのTD51W、V6で2500ccのTD61Wにはどうしたことか受け継がせてもらえなかった謎があります。

そのことはひとまず棚上げして、TD11Wを主力とした時代の宣伝用スチルも、ノマド=遊牧民のイメージを踏襲します。前年までのしっとりとしたイメージから、より遊牧民のフィールドにストレートに踏み込んだ絵作りをしています。

けれども、そのイメージはずいぶんと大味になってもいるような気がします。このスチル以外に、ショートモデルも含めたカタログカラー各色のエスクードを撮影したものが、カタログに収録されていますが、それらのすべてが、なぜか曇天のコンディションを強行して撮影されているようで、絵的にはぱっとしない不思議な仕上がりとなっているのです。そのうちの1カットは、まったく同じものが、幼児向けの自動車の絵本(正しくは写真の本です)にも流用されていました。

今にして思えば、エスクードのカタログに関しては、このころからコストダウンが始まっており、バブル経済破綻の片鱗が見え隠れしているということなのでしょう。それでもこの時期、エスクードの売れ行きはなかなかのものだったはず。だからこそコストのかかるV6から直4に主力をスイッチしても、エスクードからV6が消えることはなかったけれど、その最終モデル時代のカタログ写真となると、遊牧民の世界観はなくなってしまいます。