どこかのSNSの掲示板一覧ですが、こりゃ明らかに「ただの」らすかる時代のうちの先代エスクードですな。
このページの一番左下を参照。名誉なんだか迷惑なんだかよくわかりません。
「雷蔵さんのこと探したけど、今はいないんですか」
という問い合わせを受けて知りましたが、今も何も、初めからずーっとかかわっておりませんので、お間違いのないように。
どこかのSNSの掲示板一覧ですが、こりゃ明らかに「ただの」らすかる時代のうちの先代エスクードですな。
このページの一番左下を参照。名誉なんだか迷惑なんだかよくわかりません。
「雷蔵さんのこと探したけど、今はいないんですか」
という問い合わせを受けて知りましたが、今も何も、初めからずーっとかかわっておりませんので、お間違いのないように。
1996年式ですからほっとけば錆は進行します。BLUEらすかるの場合、前所有者の車体管理が実に悪かったため、2005年に中古車として手に入れた時点であちこち覚悟は決めて乗り出していました。よって過去に2度、錆による腐食部分の修理をやっていますが、車体全体を一度にというわけにはいかず、とにかくここをやっとかないと早々とだめになるよね。という部分に的を絞って進めてきました。
今回が3度目の手術ということになり、まずはフロントグラスの接合面。屋根ライン上に塗装の浮きが数か所発生したため、ガラスを外したら1か所だけでもこんなあんばいでした。
それでもって、屋根より先に発見していた給油口の端っことオーバーフェンダーの境界面での、泡立ちのような塗装浮きで、フェンダーを外してみたらなんだこりゃな状態。予想以上に融雪剤や泥の水分の影響を受けていました。言い方は悪いけど、まるで廃車されたSJ30のなれの果てみたい。
まあ普通だったら、これ見ちゃったら「もういいや」で、処分しちゃうのも無理はないですね。一方で、直せるのか?と言ったら直せるわけで、じゃあ直しちゃいますよというのが今回の修理。ガラスやフェンダーパネルの脱着など工賃がかさみますが、板金2枚分くらいの修理費です。
うちのは初期の状態からして最悪の個体でしたから、すべからく同年代の車体がこうだよとは言い切りませんが、ときどきパネルを剥してみるのも大事な管理かもしれません。それで見つけちゃったらどうするかはそのときの判断です。早めに手当てしとけば修理も安上がりというものです。
と、コムロさんに問い合せしたら、原寸大の見本を印刷してきてくれました。40×107cmとのことですが、幅が倍になったらもうバスタオルの域か。
固定ページに制作記を追加しました。
2、3の修正をお願いしたので、近々成案を公開できると思います。が、悩みどころはこの色合いをどうするか、です。見本の色は高速印刷のため指定色よりも薄くなっているそうです。制作サイドとしては青系ではなくカーマインあたりを考えているのですが、
「ぜひ赤(たぶんバーミリオン系)で」と和邇さん
「この出力見本の色のままでいいじゃない」と家内
「いざとなったら赤系と青系でいきますか」とコムロさん
「おれ・・・黒って言いにくくなったなあ」と雷蔵
今のところ、制作サイド権限でカーマインが候補です。オーダー数もまだ30本でしかないので、2色はあり得ません(泣)。単価を1500円くらいまで下げていくことの方が現時点では大事かと考えているので、まあなんとか100本は作りたいところです。
年内にオーダーは締め切りますので、ご連絡はお早めにどうぞ。色に関するご意見もお待ちしております。
VITARAにまつわるモーターショー話題も一段落し、大方の意見が「このモデルがどんな市場を狙ってのことなのかさっぱりわからない」というところに落ち着いたようです。
さもありなん。素人目にも、歴代エスクードの開発陣と比較しても、論旨にまとまりも芯もないコメントなうえ、明らかにされている情報も少ない。マスメディアだって扱いには困るはずです。ただ、想像や妄想で記事は書けないにせよ、「早々とそんなもんにまとめちゃうの?」とも思えるのがメディアの総括。スズキ自身の産みの苦しみは、そんなもんじゃすまないような気がするのです。
1600ccクラスで約1.3トンくらいの、SX4や2代目エスクード並みの大きさとして開発されているVITARAは、基本的にはFF。allgripと呼ばれる電子制御4WDはメーカーオプションであり、この車の素性はこの時点ではSUVの姿をした、当たり前のステーションワゴンです。
このSUVという言葉に万能性を期待していくのは、もうそれ自体が陳腐な時代と言うべきで、むしろスポーツステーションワゴンと素直に言ったらいいじゃないのと、受け手が変革をした方が良いのです。荒れ地を走りに行くような車じゃない。非日常ではなく、日常を楽しく過ごせるクルマでいいじゃないかということです。
メーカーの思惑を擁護するなら、ね。
ここに産みの苦しみがあるわけで、そんな凡庸な車でどうすんだよという声は、社内的には大きいでしょう。それは一つの選択肢で、「それじゃあカリカリのカッ飛びで」「何を言うか、奥さんだって乗りやすいスタビリティ重視だろ」といった意見がガチンコでぶつかっているから、車自体の方向性が、実はプロモーション映像に反映できずによくわからないモデルという立ち位置になっているような気がします。
これ、時期的にはもう試作車による実走テストは行われているはずで、その試作車自体はカリカリ仕様ではないかと思います。そうでなければ役員レベルにアピール出来ないもの。で、試走した様々な陣営の中から「ちょっと待て、面白すぎるけどこんなんでいいわけないだろ」と待ったの声も出てしまって、曖昧模糊の中で見切り発車したのがパリ・モーターショーだったのではないでしょうか。それならば、CGだらけのはったり映像にもうなづけるのです。
仮に、ですが、国内投入を視野に入れているとすれば、テンロクでスポーティーなハッチバックといったら、20年から30年を先祖返りしてのホットハッチ時代の再来。クロカン四駆だとかミニバンだとかはもうどうでもいいカテゴリーです。そこには現在、スイフトスポーツという先人があるわけですが、オプションとはいえallgripを搭載することでスイフトスポーツにはないジャンルに拡張可能。そのためのSX4ベースでエスクード風という胡散臭さが苗床になっているのです。
では国内投入の目があるのか? それはあのデザインが物語っています。一番わかりやすい比較は、マツダの車と比べればわかることで、どう考えてもヨーロッパ受けするデザインじゃない。アジアやアセアン方面の顔立ちであり、日本人が安心するデザインです。それだけにヨーロッパで大丈夫かなあという心配もありますから、営業さんには二枚舌三枚舌で戦ってほしいところです。
しかしそれだけカリカリチューンで日本の環境基準や燃費基準にすり合わせてくるとしたら、ディーゼルだのなんとかアク・・・とか言われるのは心外でしょう。いらないよ、そんなエンジン。そう切り替えしてほしいところです。だけどテンロク? それってスズキのエンジン整理に引っかかってくる排気量なわけで・・・
あー、長くなったからエンジンの妄想はそのうちやりましょう。
世間ではスタッドレスタイヤの売出し中だというときに、すでに冬タイヤを履いているぷらすBLUEは来季用オールテレーンを探す必要があり、デューラーAT694で検討を始めたところ、すぐ出てきたのが205の70Rで15インチ。はて、これはノーマークだったけれど、外径が純正規格よりも小さくなってしまう。
やっぱり215クラスかなと引き当てると扁平率が80となり、BLUEらすかるのタイヤよりも外径が大きくなってしまう。いやさすがにそこまで車高稼げてないでしょ、と、定番と言われた75扁平に落ち着くわけです。
さて発注をかけるにあたって、そんなに簡単に在庫が出てくるか(スペアタイヤも2002年もので、もうお話にならないので5本分)。出て来るにあたって見積もりも出してもらわねばなりません。
「雷蔵さん、5本ありました。広島から取り寄せることになるので何日かください。といっても・・・履かせるのは来春なんですよね?」
いやーよかったよかった・・・えっ、広島?
手際の良い店長の作った見積書を眺めていた僕は、そこに書かれている額面のどこから搬送費用が出るんだ?と、かなりびびるのでした。そのお店と額面は書き出すことはできませんが、破格中の破格。逆に言ったら、それで利益が出ているなら世間のタイヤ屋はどんだけ儲けているんだという展開。
即決です。
これでどうにか2台とも夏冬双方のタイヤをすべて更新できました。
こんなポンコツだって、ラインから出たときはバリバリの新車でゼロ距離だったはずなのです。だけど多くの人は、新車を納車したときオドメータもトリップメータもゼロだったという例は稀有かと思われます。かくいう僕もそういう巡りあわせは経験していません。
昨日、ぷらすBLUEがめでたく三巡めに入ったときに給油となり、トリップメータをリセットできました。永年勤続23年めの20万キロです。もっとも、僕は7万キロ台からのカウントですから、自分だけならまだ13万キロも走っていないのですが・・・
しかし振り返ってみたら去年の今頃もこいつは仙台に来ていたのでした。どういうわけか冬の始まりになると、BLUEらすかるが入庫しやがるのです。
TDAの本年度最終戦が10月末に開催され、Team WESTWINの川添哲郎選手とエスクードTA52Wが優勝。川添選手は開幕戦から3戦すべてのレースで優勝を果たし、パーフェクトウィナーでの総合トップに君臨しました。
彼が2代目エスクードに乗り始めたのは、それこそことしの開幕戦からです。恐るべき順応性とドライビングセンス。この競技の関係者の誰が、初代ならともかく2代目のエスクードがそれほど強いと思っていたことか。おそらく誰一人想像できなかったでしょう。しかし川添選手はパジェロミニの時代から、クレバーで堅実な走りをしており、それが結果的に速さを生んでいました。
つまり、2代目エスクードは、パジェロミニをエスクードを使って拡大・パワーアップさせる戦術として推薦したものなのです。温和なデザイン、不人気の烙印を押された2代めでしたが、ばりばりのクロカンには不向きでも、この手のスプリントダートトライアルだったら、大化けというより素性の良さを発揮するのです。
もちろん、これを十二分に引き出す川添選手の才覚も非凡なものだと思います。クルマを振り回さず、グリップ重視でクルマを素直に走らせます。さらにエントリー表から瞬時に対戦相手をどのように攻略するかを判断し、必要ならば敗者復活戦からでも勝ち上がる戦法をとる。結果として現在の彼には、パジェロエボリューションでは歯が立ちません。
「来年、どう運営するか困ってしまうという贅沢な悲鳴をあげてますよ。川添君の速さは手が付けられません。来季はJXCDからパジェロエボを持ってくるというチームもあるようですが、現状では彼は、束になってかかってこられても押しのけてしまいますね」
島監督も舌を巻いているこのリザルトには、もうひとつの要素が加わった最終戦だったことが原因のようです。それは川添選手が本当に意識する強敵をつぶすための、本来ロスの大きな走りになっていた振り回しのドライブをしなくて良かったこと。100%川添ドラテクだけに特化したことが功を奏しているそうです。
その強敵と言えば、他ならないエスクードTA51Wの後藤誠司選手だったのですが、なんと最終戦は彼の勤め先の社員旅行とダブルブッキングでレース自体を欠場。というまさかのスケジュールは、実は第2戦の直後から聞かされていまして、そりゃー勝っても川添君嬉しくないだろうにとはらはらしておりました。
しかしこれ以上ない勝ちを収めたことで、川添選手は後藤選手の闘志を喚起したものと思われます。彼を止められるのもまた、後藤選手でしかないと、川添選手自身が考えているのですから。
エスクードのルーフレール装備車は、ほぼ、特別仕様において設定されており、特別仕様であるがゆえに「その仕様内でミッショングレードも固定されてしまう」という仇も生まれます。クロスアドベンチャーやランドブリーズでは、ルーフレールを所望できても4ATに乗らざるを得ない。「なんで5MTがないんだ」「せめて5ATにならないものか」といった、気持ちはわかるけれど贅沢な悩みが聞こえてくるのです。この悩み事が出ると、我々の宴会では「だったらミッションをMTに載せ替えなさいよ」という極論で切り替えされるのですが、やってやれるなら、それが一番確実なのよということで、あとは手間と財源との戦いを迫られます。
ルーフレールは後付できないのか? という問題については、かつてとにいさんがTL52Wで北米仕様のルーフレールを取り付けた事例がありますが、もちろんスズキ自販ではその取付作業はやってくれません。とにいさんの場合は、町の車屋さんで屋根部材の一部を剥離させハードポイントを利用し補強も加えて取付けました。
ならば現行モデルでもそれは可能だろうと、海外ではアフターマーケットがあるのですが、とにいさんは後付の弊害を自分なりに解釈していて、このエスクードに北米仕様の装飾を施すところに主眼を置き、後付したルーフレールには「あえて荷重物を載せない」過ごし方をしています。
「ルーフレールは組み立てライン上で取付加工するパーツです。耐荷重の計算も含めて部材と車体を加工しているので、未装着車に後付するという手だてはお勧めできません」
というのがメーカーサイドの意見です。
メーカー側は、例えばコムロさんのようにがっちりとしたルーフラックを搭載するケースを想定し、それを安全に運用できるだけの強度を併せて実用化していますから、ノセルダのような重量物に、さらに林道に出かける際のスペアタイヤまでをくくりつけても、一定重量までの安全性が確保されます。
アフターマーケットでも耐荷重設計くらいはやっているだろうと思うのですが、
「メーカーのライン作業は伊達じゃないんです。残念ですけど後付というのはやめといたほうがいいです。申し訳ないことに、2400のエンジンに5ATも物理的に組めません。ミッションが耐えられないのです。ならば5MTを設定して、というのは・・・確かに正論ですよね」
伊達ではないレベルの補強作業を施す工程があるため、特別仕様という限られた枠でしかルーフレールは取り付けられないようです。うーん、痛し痒し。だけど初代モデルにあったようなオートエキスポのキャリアシステムは、補強どころか部材で屋根パーツを挟んでねじ止め、という、そんなんでいいのか? というポン付けパーツだったのですが・・・
1日の記事のタイトルがどうして「一路妙高へ」ではなく「上越へ」だったのかというと、いわゆる孫請け仕事でESCLEV事務局から命ぜられた取材にて、上越市のスズキアリーナ上越中央にお邪魔し、店長の山本さんにインタビューをしていたのであります。
この取材にあたり、最初のアポイントメントは10月の半ばに長岡市にある同店の自販本社さんにコンタクトしたのですが、電話で応対してくださった常務の手塚さんがとても親切な方で、ものの5分で取材の了承を取りつけていただくことができました。しかしながら8月に取材ができていればというタラ、レバな展開で、
「彼は先月、エスクードからソリオに乗り換えちゃいましたよ。それでもよろしければですが」
どひー・・・ とは思いましたが全然かまいません、ぜひにと、取材が実現しました(まさかその後、ふっじいさんに指摘されるとは思いもしなかったよ)
山本店長さんは、2年間ですが6型のクロスアドベンチャーに乗っておりました。上越地方の雪道を走っていたご経験を伺い、エスクードのインプレッションをまとめる取材にご協力いただきました。
「仕事柄、上越高田から長岡や妙高などあちこちに出かけますが、積雪時の北陸道や上信越道で轍を乗り越えてレーンチェンジするのはは怖いものです。エスクードは50対50に極めて近い重量配分や、直結四駆にもできる走行性能の安心さがありました。大事なことは、乗り手が気付かないまでもそういったサポートが安全さを維持させていることです」
1時間ちょっとの訪問でしたが、ここでは書ききれない様々なお話を伺えました。