Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

Team WESTWIN Warriors #077

4 Comments »

tda-2014-2朝一番で、とはいってもこちらも稼働状態になっていましたが、唐突に川添選手から電話がかかってきて

「朝からすみません、僕の52Wが四駆に入らないんですよ」

おいおいおい、TDAの第2戦の朝じゃないか! と状況を聞いたら、アクチュエータを動かすため圧搾空気を送り込むチューブが断裂したか外れたかではないかと想像でき、ひとまずその部分の点検をしてと助言。その後連絡は来ないので、競技には臨めただろうと半日を待つこと夕方、島監督からお礼の電話がきました。

今回のTA52Wはなかなか駄々をこねまくりだったようで、まずエンジンがかからずチェックしたらバッテリー。気負ってのことか練習走行でタイヤバーストなど、いろいろ暗雲をもたらしたそうです。が、現実の恋の浦の天候は午前中に霧雨が降っていたものの、レース本戦の午後には回復し、コースはほぼドライコンディション。ここで勝負の明暗が別の方向に動き出します。

蓋を開けてみれば、川添選手はトーナメント上2度対戦したパジェロの廣瀬選手を2度とも退ける真っ向勝負の走り。これを止められるのはやっぱりTA51Wの後藤選手しかいないと思われましたが、

「後藤君、マッドタイヤで臨んだのが裏目に出ました。前日からの降水量はコースを湿らせた程度で、それに加えて主催者側も散水車を動かしませんでした。このコンディションだと川添君の操る52Wは手が付けられない速さです」

というわけで第2戦は川添選手の連覇。後藤選手は2位で総合得点20ポイントの開きです。3位には廣瀬選手ともう一人、パジェロディーゼルの中村選手が同点でつけています。そういえば、前回紹介したレジントップがどうなったかというと、前後バンパーとトップを外し、黄緑色に塗装されて元気に参戦したものの、コースアウトでドライブシャフトを破損させリタイア。しかし練習走行時間に後藤選手が借り受けて走らせたところ、とんでもない速度で駆け抜けたそうです。

それにしても、2代目エスクードの善戦ぶりはなかなか痛快です。多少駄々をこねますが、川添選手とのウマもあっているようです。でも今回の経過は後藤君の戦略ミスという要素があり、万全の体制でならば初代エスクードも底力を見せつけます。最終戦までにやれることはまだまだあるので、後藤選手が一矢報いることに期待しましょう。

 

TA02C

TA02C はコメントを受け付けていません

vitara1992TA01Rではなく、スズキビターラの型式は02Cとなっているそうです。

「私が思うに、convertibleのCではないでしょうか」

と、和邇さんが知らせてくれました(実は本物の所有者)

言われてみれば、彼のサイドキックロングもTD02Vと、ノマドシリーズと同じ車体でありながら、初代であっても02。Vはやっぱりバンってことか? するとさしずめ国内仕様の01RのRは・・・ルーフ?

vitara1992bそれらは置いといて、プレミアムXのスズキビターラコンバーチブル。幌展開用のフレームやリアシートベルト用アンカー、ビターラというか、エスクードのオープン時の特徴を余すところなく再現しています。残念ながら、幌にテンションをかけるフックパーツ(ルーフフレーム両サイドにある)は小さすぎてか忘れられています。ラジオ用アンテナもオミットされてますが、現物を見ると、リアデッキが長くないかと思っていた不安も払しょくされます。サイドマーカーを取っ払い、色を塗り替えればって、しつこいようですがダークブルーメタリックに再塗装して2型にすれば、左ハンドルをどうにかしないといけませんが、うちのぷらすBLUEそのものです。

メータ2それにしても、コンバーチブルだけに室内が丸見えなわけですが、それらもよく作り込まれています。ハードトップではわかりませんでしたが、ルームミラーにも鏡面シールが張り合わせられているようです。まあ嬉しいことに違いはありませんが、あきれるほど凝っています。どれくらいの人がこれらのシリーズを手に入れたのか気になりますが、ここまで来たら、レジントップはもとより、ノマドであったり2000シリーズのV6と直4の違いだったり、エンジンフードにバルジを持つディーゼルターボまで待ちたくなります。

 

その名はスズキエスクード

その名はスズキエスクード はコメントを受け付けていません

escudo1992モノは、同時リリースされたサイドキックやビターラと同じです。しかし、うかつにも気づくのが遅れましたが、このプレミアムXの個体は「スズキエスクード」なのです。なんだそんな当たり前のこと、と思われるでしょうが、スケールミニカーの世界で右ハンドル仕様の(なぜか大阪ナンバー)日本版モデルが出たことが、画期的な出来事なのです。国産名車コレクションやハイ・ストーリーが先鞭をつけたとはいえ、それ以前は厳密に言ってエスクードのミニカーは存在しなかったのですから。それにしても25周年というタイミングを機に、これだけの出来事が続いたのは、蒔かぬ種は生えずの格言を超えています。

escudo1992bというわけで国内仕様。ドアモール付近のビターラ、サイドキックのネームバッヂはついていません。3型べースなので、エスクードのネームバッヂもつかないのですが。リアサイドパネルのエアアウトレットにも、リフレクターはありません。意外と芸がないんですが、スペリアホワイトの車体色は懐かしいまぶしさが再現されています。絞りがうまくいかなくて、跳んでしまっていますが、屋根にはパネルプレスの凹凸があります。サイドモールを車体色に塗り替えれば2型に化けさせられそうです。はまたにさん報告のワイパー外れトラブルは、サイドキック、ビターラともに、うちに届いた個体には発生しませんでした。

メータさすがにエアコン吹き出し口のルーバーはプリントのようですが、操作系スイッチ類(塗り分け)にも手が入っています。クラスター内のメータ類が描き込まれているのは、もう老眼には目の毒です。そんな感じで考えてみると、やっぱり海外におけるこの車の評価というか、市民権は絶大とは言わぬまでも、確実にあるということなんでしょう。果たしてそれに匹敵する車が、これより後のスズキから生まれているのかどうか。とも思ってしまうのです。ハードトップはこれとビターラを1個ずつオーダーしたのだけれど、右ハンドルをもっと注文しておけばよかった。

技の一号力の二号

2 Comments »

引き継ぎ和邇さんが長年愛用してきたTD02Vがいよいよ各部の劣化と故障に耐えきれなくなり、6月5日付で退役となりました。そんな型式聞いたことが無いという人のために説明しますと、これは北米仕様のSIDEKICKロングで1992年式モデル。その昔発刊されたハイパーレブ「スズキエスクード」をお持ちの方なら、年式間違えてますけど76ページに紹介されている個体です。約25万キロを走っての引退は立派なヘビーユーザーで、逆輸入車というだけでなく、1個体のコンディションを整備し直し続けて21年間維持し続けてきたこともエスクードファンとして頭の下がる話ですが、実は和邇さんはアンチエスクード派なのです。

「80年代、私はロングボディのジムニー1500(そんな車種はまだない)の登場を待ち望んでいたんですよ。それなのに理想の小型車として出てきやがったのがエスクード。こんなに悔しいことはないんで、生涯エスクードなんかにゃ乗るものかと、理想の小型車としてSIDEKICKを手に入れたんです」

90年代の終わりに和邇さんと初めてお会いしたとき、彼はそんなエピソードを話してくれました。あの当時、エスクード自体は初代がクリーンヒットしながら、ミーティングにやって来る仲間の車を眺めて、同じ仕様が1台もないというカスタム化の波が押し寄せていました。平たく言えば「よその人の乗っているのと同じ車には乗らないよ」というアピールがバラエティ豊かだったのです。

和邇さんの主張はその中でも屁理屈も理屈どころか、大技小技の塊で、誰にもまねのできない1台を仕上げていました。

「内外装の部品を自分で取り外して、21年間よく頑張ってくれたなと感謝しております。フジ・オートさんの店舗に到着した時点で航海も終了。なんだか寂しいなあ」

出てきた当初は軟派だの半端だのと言われた初代ですが、和邇さんのSIDEKICKを眺めたら、なかなかどうしてヘビーデューティーな仕様だって不可能じゃなかった。見た目ノーマルを主張としているBLUEらすかるとは異なる、直球勝負のドレスアップ(僕は知りませんが、昔存在したクラブミーティングの第1回「かっこいいエスクード」に満場一致で選ばれたとか)いずれにしても長い航海は終わりを告げ、静かにG16Aエンジンはキーオフされたそうです。

で、

和邇さんはフジ・オートのガレージにて、同型式の2号車の整備に入ります。

いや、その存在は昔から知ってるけどさ(笑)

こちらは1号車からのパーツ移植を施され外観を復活させる予定ですが、長期不動の状態から復旧させるためにかなりの部品を新調することになります。だから1号車よりも力強く走り出せる2号車が期待されます。

まあなんでもいいから早いとこ整備を終わらせて力技で有給とってお披露目しなさい!

待ってた甘露

待ってた甘露 はコメントを受け付けていません

image1bプレミアムXがリリースした94年式スズキサイドキックコンバーチブル。海外販売モデルなので幌のサイドウインドーが独立して脱着できる仕様として造形されています(ミニカーでは脱着は無理よ)。わかりにくいと思われますが、92年式との違いはラジエターグリルのデザインで、国内仕様で言えば4型にあたるため、ノマドと同じグリルに変更されたものとして再現されています。リアフェンダーにあるリフレクター付エアアウトレットも海外仕様の特徴。ここは単にリフレクターのみの造形となっているようなので、当時そういうパーツもあったのかもしれません。前後ホイールのセンターキャップにこの時代のSマークらしきデザインが施されていますが、ちょっと大きいかな・・・

image1スペアタイヤカバーはハードケースとして再現されています。こういうところやタイヤとホイールなどは量産上同じものを使っちゃうのですが、はまたにさんがレビューしているビターラコンバーチブルと見比べると、ナンバープレートやスズキのネームプレートの有無などに関しては、北米(サイドキック)か欧州(ビターラ)かという区別がなされているので、おおざっぱなんだか細かいんだか。でも全体の楽しさを思うと、幌の無いビターラコンバーチブルの方が、室内の作り込みや幌骨の再現など、一歩秀でているような気がします。ひとつ謎なのは、台座のpremiumXというプレートに、limitededitionと刻印されていること。これ、何のことだろう? この製品自体が限定生産という意味でしょうか?

プレミアムXというブランドには精通していないままに注文したのが昨年の秋でした。まあショップの事情もありでやきもきさせられましたが、同じところに予約した人のところにも届いているようなので一安心です。エスクードのミニカーが出て来るなんて、そのこと自体が奇跡でしたから。

 

カウントダウンへ

カウントダウンへ はコメントを受け付けていません

BLUEらすかるのオドメータが490000キロを刻みました。抱いている目標まではまだ途方もないと言ってもいい距離を残していますが、ひとまず夢の500000キロに向けてのカウントダウンに入っています。約10000キロをあとどれくらいの日数で走るのかを予測すると、不確定要素込みで2か月半くらいとみています。

 

ある程度いつ、どこで到達させるかというコントロールもしたいところで、願わくば夜中の高速道路上は避けたいものです。先代が400000キロを達成したときは、うまくイベントにすり合わせられたけれど、今度はどうなるか(イベント立てるのか?)

「月」っぽい話をすると、1969年の5月22日、アポロ10号が月面に最接近しました。その距離、わずか15.6キロ。次なる11号の月着陸を想定した最終リハーサルというミッションは、重要度も大きいけれど、ここまで近づいていながら降りられなかったことは、クルーにとっては複雑な心境ではなかったかと邪推してしまいます。けれども10号には「人類史上最速の有人機」というギネスタイトルがあります。

ところで、2か月半というと、8月の上旬が視野に入ってきます。うまくいけば妙高高原でのつくばーどでタッチダウンです。しかし不確定要素がどう働くかが何とも言えず、現時点では1500キロほど不足する計算。しかし三陸沿岸への出張が釜石よりも北へ伸びているし、青森まで朝の9時までに来いと言われたら新幹線の始発でもタイト。そういうのが矢継ぎ早に入ってきたら、1500キロなんかあっというまに消化してしまいます。

そんなわけで「エックスデーはいつか?」

予想を立ててみてください。

海路の日和

4 Comments »

VITARA-01RESCLEV事務局に入ってきた報によると、26日付で出荷されたとのことで、昨年秋ごろに突如話題になって予約注文したものの、その後はほんとに寝て待つしかなくなっていたプレミアムXのスズキビターラなど01系エスクードのミニカーが、ようやく手元にやってくるようです。国産名車コレクションのハードトップ、Hi-Storyのノマドに続いて、うちではコンバーチブルをそろえることができるので、待たされた感はもうどうでもいいやの心境です。

たぶんそこそこの数がオーダーされたのではないかと想像するに、取次店も製造元も予想外の混乱だったのではないかと思われます。

コンバーチフルに関しては、トップ付(北米仕様のサイドキック)とレス(欧州仕様のビターラ)の2バージョンがあるので、どんな風に仕上がっているのか興味津々ですが、ビジュアルを見た限りでは「リアデッキがこんなに長いかな?」という印象。そのせいでなんとなく間延びしたスタイルにも見えます。こればかりは現物を手に取ってみないと何とも言えません。メタル部品も使ったレジンキャスト製とのことで、細部の詰めの甘さもありそうです。

まあしかしようやく出てくるのだから素直に喜んでおきます。それにしてもうらやましいのはこの赤い仕様は92年式だそうですから、はまたにさんちのRと同じ。この際ラジアントレッドマイカではないけど、なんて言ったらいけませんです。注文した幌仕様は94年式だというので、うちのぷらすBLUEとは若干違うんですよ・・・

Team WESTWIN Warriors #076

6 Comments »

3人目「今度、3台めのエスクードをTDAで走らせることになったんですよ」

という島監督の言葉を、「三代目」と聞き違えてまず勘違いながらびっくりしまして、遂にあれを投入してくる人が現れたのかと思ったら、

「物はTA01Rで、私が乗ったやつよりは新しい型なので、どんな性格のモデルか教えてほしいんです」

あー、なんだ。3台めのエスクードってそういうことかと納得した直後、

「まだ納車前なんですが、車体色は黒だというんです」

え゛っ? クロ? くろってサターンブラックのあの黒?

それは型式上間違いなくTA01Rですが、コンバーチブルではなく、コンバーチブルをベースに屋根を追加したレジントップのことではありませんか!

希少車中の希少車ですよ。ことによったら喉から手が出るほど欲しがる人だって出てきますよ。えー? ダートラに使っちゃうんですか!

「一緒に車づくりをやっている板金の社長さんがこれまでパジェロミニで走っていたんですが、前回こかしまして。それでトレッドの広いコンパクトなところで良いの無いかということになって」

というわけで納車されたレジントップは、このあとトップを取り外してオープンスタイルでボディワークや足回りのセッティングを開始するそうです。うわー・・・なんて贅沢な話だ。いやせめてデビュー戦くらいトップをつけたままで「またへんてこな見たことないエスクードが出てきた」とやってもらいたいです。

「実は昨年からリミテッドクラスへのパジェロミニやジュニア参戦が相次いでいて、三菱勢がたいへん元気がいいんです。どのドライバーも実力があるし、そりゃどこかで歯止めをかけにゃいかんだろうと、リミテッドを主体に走るエスクードを作ろうという戦略なんです」

なるほど、ウエストウインから参戦ではなく、TDA全体を通してのスズキ勢を底上げする狙いがあってのことのようです。どんな「R」に仕上がってくるか楽しみですが、リアが軽いという屋根なしの挙動がどんなふうにコントロールされるかにかかってくるのかなあ。

 

花 はコメントを受け付けていません

花1前項「風花」にて書くことはほとんど書いてしまいましたが、結局謎のままに終わったノマドの出自と採用の経緯。それでも、全く異なる物語(だから理屈上も別のエスクード)でありながら、全く同じ個体が二つの物語を支えるのは、実に稀有な出来事だったといえましょう。邦画をいろいろ観ていくと、たぶん同一個体ではないかなというTD11WのV6ノマドが、これまたほぼ同じようにスタントシーンで衝突回避のスピンをさせられるシーンにめぐり合いますが、「風花」と「花」における同一個体のTD01Wテンロクノマドの扱いはロードムービーを成立させるツールであり、それらとは一線を画した堂々たるバイプレイヤーなのです。

あの困惑のピンクのツートンから、2度目(たぶん)の全塗装を施されたノマドは勿忘草をイメージさせる車体色となっています。前作では北見ナンバーだったものが品川ナンバーに変わっているので、当初は別のエスクードに前作と同じ架装(グリルガードと補助灯)したのかと思いましたが、「花」の公開時に配布されたライナーノートで、「風花」で使用した4WDを塗り替え・・・という記述が確認できます。

勿忘草はこの映画の縦糸を補助する仕掛けとなっていて、物語に描かれない背景として、このノマドがそんな色をしていたから、所有者として登場する老弁護士(柄本明さん)はこれを無意識のうちに選んだのかもしれないという想像ができることになっています。

前作の北海道に対して、日本橋から指宿までを旅するために、ノマドのドライバーというアルバイトを引き受けた青年(大沢たかおさん)にとっても、勿忘草というモチーフは間接的にかかわっていきます。

「風花」が制作され海外の映画祭に出展されたのが2000年、翌年に国内封切りされ、「花」は2002年制作、2003年11月公開でした。詳細な製作期間はわかりませんが、相米慎二さんは2001年の9月に亡くなられたので、西谷真一さんが師匠たる相米さんへの追悼の意味も込めて「花」を撮ったのは、かなり急な仕事だったと想像できます。これは素材の選択からもわかることで、鳴海章さんの「風花」が1999年、金城一紀さんの「花」が収録された短編集「対話篇」の出版が2003年です(短編自体がそれ以前に発表されていたのか?)。しかしお恥ずかしいことに、そのどちらも読んだことがありませんので、それぞれの物語の中にどんな車がどのように登場していたのかは、興味のある方の読破にお任せします。

 

 

 

風   花

風   花 はコメントを受け付けていません

風花といっても当ブログのもう一人のライターの彼女のことではありません。今を去ること14年ほど前、相米 慎二さんが監督したロードムービーのタイトルです。「風花」という映画そのものは、観たらみたで眉間にしわを寄せてうーんとうめいてしまいかねない物語なので(鳴海章さんの原作も読んでいないので批評もできないし)割愛しますが、ロードムービーと言ったらバイクなり車なりが物語を支えるツールとして欠かせない中で、TD01Wをこれに充てているところが、このブログで取り上げることのできる唯一の素材なのです。しかもこのカラーリングときたもんです。

このノマドはサンルーフ装備の、グレードとしては高いモデルでセンターコンソールに後付けのマルチメータもついています。

なによりスズキスポーツのグリルガードを付けていて、さらに一対、補助灯まで追加しているマニアックな仕様(でもホイールは純正のスチールもの)と、こまごまとしたところの観察のし甲斐があるはずなのです。しかし当時、封切り前にこれを予告編で見たときには

「ななな、なんじゃそりゃ!」

風花aと映画館の座席からずり落ちそうになったものです。いやー、だってさー、映画全体がなんとなくずーんと重いなかで、まるでやけくそで塗っちゃいましたと言わんばかりの桃色ツートンですよ。監督と演出家の考えがわかんねーよ、と思っていたらば、相米さんはこの映画を遺作として急逝してしまったのです。

結局、小道具は小道具らしく淡々と走るのみで、その異様な色彩以外には目立つところもなく、でも「なんでピンクとグレーで仕上げたのかなあ」と首を傾げさせる印象だけを残しました(それくらい映画の方は・・・だったので)

ところが「風花」のすぐ後に、相米さんの弟子にあたる西谷真一さんが監督第1作として作った「花」という映画に、車体色こそ全く違う淡い水色の、どこかで見たようなノマドが登場してきて、これは深夜番組の紹介コーナーで流れた予告編を偶然見ていて「げげっ」とテレビにかじりついたのでした。

「花」に関してはそのノマドのことをESCLEVにおいて書いた通り、西谷さんが相米さんに贈ったロードムービーとしてのメッセージだったようです。新宿の名画座でしか公開されなくて、とるものもとりあえず観に行ったら劇場では映画に関するアンケートと一言コメントの書ける用紙があったので、2つの映画とノマドのことについて質問を立ててみましたが、西谷さんからの連絡があるはずもなく、「風花」ではなぜエスクードだったのか、「花」でも同じエスクードをあてがったのはどんな意図だったのかについてはわからずじまいです。

縁というのは、どこかでつながっているのだなと今回思わされたのは、ある古本屋のソフトコーナーのワゴンセールの中から、このソフトを発見したことです。昨年の「あまちゃん」以来、小泉今日子さんが目の前をうろちょろする(しねーよ)わけです。民放では便乗して「マンハッタンラブストーリー」を再放送で流したし(宮城県の話)、続いて「最後から2番目の恋」も再放送した(やっぱり宮城の話)ら、それは「続編」の前振りだったし。で、「風花」の主演も彼女なのです。

小泉今日子さんといえば、冨田ゆり子(レモン)役は風俗嬢で、相手役の文部省職員澤城廉司役は浅野忠信さんでしたが、風俗店店長役で尾美としのりさんが出ているところはさかのぼって笑えます。ついでながら、ゆり子と廉司が道行きで泊まった温泉宿の親父が柄本明さんで、この人は別の役柄で「花」の主役の一人になります。

よーし、映像特典でメイキングも収録されているから、今まで知りえなかったエピソードも明らかになるかもしれないぞ! と買い求めて観てみたわけですが、なんといってもワゴンセールのシロモノ。終盤で読み込みができなくなるというおまけつきでした。ああっ・・・