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  ~懲りない傾向~

年   賀

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あらためまして、新年おめでとうございます。

実はスズキエスクードの誕生25周年なんかやっている場合ではなく(おいおい)、本年はそのエスクードのファンサイトのつもりで立ち上げたESCLEVの10周年のようです。つくばーどに至っては、遡ったら昨年が30周年だったのに、見事に忘れておりました。

ESCLEVは、サイトのアップデートインフォメーションを見ると、2003年の11月4日に開設されました。翌12月に、群馬県の利根川河川敷に集合し、カレーライスを食っていましたが(レポートが04年11月開設って間違えているのに今頃気がついた)、このとき現役だったエスクードは、現在、たったの2台です。それでも、多くの仲間は別の車に乗り換えたのではなく、エスクードからエスクードに乗り継ぎ、今日に至っています。

日頃から地味なサイトだし、当時はエスクードを扱うサイトもたくさんありました。後発でもなんとかクロニクルなところを作ろうとしましたが、2005年あたりをピークに賞味期限切れの雰囲気も感じています(なんかそれ早すぎないか?)。実際、この車が25年続くとは思っていなかった本音もあります。それでもどうにかこうにか、評論家ではなくユーザーの視点でエスクードの良し悪しを綴るスタイルを形に出来ました。

それらはいずれも、今に至るエスクード仲間の協力があってこその歩みです。このことには絶えず感謝の気持ちを抱いております。だからといって何も出てきたりはしないのですが、少しくらいは記録としての役に立たないものかと願っております。

一方で、遊ぶことしか考えていないつくばーどの方は、ちょっとインチキ臭い独りイベントも加えると、本年の第1回目が通算120回めのミーティングとなる予定です。通常、そういうのは新年会が相当するはずなのですが、ことしに限って新年会は、対高校受験の親の立場を考慮し、ふた月遅れの3月17日(前泊受け入れ有り)に決定しております。ということは、それまでの期間にノリと勢いで1回や2回はありそうな、怖い予感もするわけです。

そのような次第で、また大して変わり映えのしない1年になるかもしれませんが、本年もよろしくお願い申し上げます。

2013 beginning

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旧年中は大変お世話になりました。

今年もまた、誰もが健やかに過ごせますように。

 

 

119回目の後編

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つくばーどにまつわるジンクスの一つ。初参加の人がいるときは雨。まさしく大当たりを引き当てたのは、20年乗り続けた日産テラノを退役させ、この夏からTDA4Wの三代目エスクード四型に乗り始めた、かわねこさんです。北海道在住のかわねこさんは、実家のある岩手県へ帰省するため、フェリーで新潟に上陸して関越から北関東道に乗り換え・・・と、このあたりで既に「えっ、それおかしくないですか?」と思わされるのですが、そういう経路をたどって日中栃木県に立ち寄り、夕方から茨城へやってきたのであります。

ぜ、全然方向が逆じゃねーか(汗)

「もう20年、こうやって茨城のテラノ仲間を訪ねてから本栖湖まで走ってオートバイ時代の友人と年越しキャンプをして、それから仙台の知人のところ経由で帰省しているんです。エスクードに乗ることになったから、立ち寄り先をひとつ増やせました」

生粋のテラノ乗りだなあと思いながらも、それはエスクードにおいても弾丸だとか荒行だとかマラソンクラスだとかのノリなのです。かわねこさんもエスクードを気に入ってくれたとのことで、これからきっと、かわねこさんならではのライフステージから、エスクードの話題を提供してくれるでしょう。

今年最後(のはず)の夜会には、そんなかわねこさんを出迎えようと、何人かの仲間が集まってくれました。エスクードに乗って23年が過ぎていき、コミュニティにかかわって、来年でようやく15年になろうとするところですが、年の瀬に及んでこうして賑わっていられるのは、仲間たちの存在があってのことです。来年はいよいよ、この変な四駆の誕生25年め。どんな年まわりになっていくのか、また楽しみが繰り返されます。

今年もお世話になりました。来年も・・・もう明日ですが、よろしくお願いします。

 

119回目の前編

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こんなオドメーターを見るのは初めてです。僕の知る限りでは歴代二位の数字ですが、それだってとんでもない距離。エスクードもこれだけ走れるのです。ユーザーのitoさんによると、20万キロめにオーバーホールをしたこと以外は、法定点検と車検整備だけで乗り続けてきたとか。うむむむ、オーバーホールを行ったのは、あの土浦スズキ。うちの先代らすかるが現役だった頃、H20Aのオーバーホールをやってくれたところです。あのディーラー、整備はいい仕事をしてくれるところですが、20万キロ整備の二度目があったとは。

 

というより、先代らすかるも当時の土浦スズキから納品してもらった車ですから、後にこんなのんきなことをするエスクードユーザーを二人も輩出することになったわけですね。そんなこと考えもしなかっただろうなあ。

itoさんのエスクードは97年式ヘリーハンセン・リミテッド。初代最終型のTD51Wを同年6月に購入したものです。なぜこれだけの距離が出たかというと、ご実家が岩手県の釜石市。お住まいのある茨城県南から一度帰省すれば、立ち寄り先を加えると約1500キロの往復をしているそうです。さらに、街づくりコンサルタントの仕事で、少なくとも本州内のどこへでも、このエスクードで出かけたとなれば、凄い距離になるのはよくわかります。同じ年数で比較した場合、もしも先代らすかるが潰れていなかったら、BLUEらすかるの数値を足して、中古納車時の距離を差し引くと、計算上は56万キロに達していたことになりますから。

しかも大きな故障を経験せずに過ごしてきたというところは、J20Aというエンジンの信頼性の高さを実証してくれています。

この辺のお話は、ブログでは書ききれないので、いずれESCLEVの企画ページを設置する予定で、なにその119回目の前編って? というところに振っていきます。itoさんに連れられて県南をさらに東に移動すると、団地の一角にビオトープを持ち、背後地の森が侵食してきたかのような一戸建て住宅にたどり着き、そこでイーグルマーキングを施したTDA4W、三代目三型と巡り会うわけです。この三代目エスクードは、itoさんとは別の接点で知り合っていながら、まだお目にかかったことのなかった、ぐりおさんの所有車。メールのやり取りで判明していたことではありましたが、実はitoさんとぐりおさんは仕事仲間だったのです。

この日、奥方が買い物に使用中で不在でしたが、ぐりおさんはTD01Wも所有する、2台体制のヘビーユーザーです。

「あのノマド、結局乗り続けていまして、おかげさまでもうすぐ19万キロになりますよ」(ぐりおさん)

「ああ、そういうことなら、私もこのヘリーハンセンの前に、5年ほど1600のノマドを20万キロほど乗っていました。追突されてダメになったので、2000ccに乗り換えたの」(itoさん)

なな、なんですとーっ?

というノリから、3人意気投合しまして、らいとにんぐなつくばーどの如く、ぐりおさんの案内で近所の中華飯店に出かけて晩飯を食いながら、車談義と仕事の話をしてみると・・・間接的に僕の筑波での仕事とラップしていることがぼろぼろと出てくる出てくる。

そんなわけで、これは119回目のつくばーどの前編なのです。後編はどうするんだって? それは今夜、北海道からTDA4Wの三代目四型に乗ってやってくる、かわねこさんとのコンタクトです。ことしは停滞していた歯車が再び回り出すような年の瀬です。

Team WESTWIN Warriors #061

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「私が10歳若くて、現役のドライバーだったとして、ガチでバトルをやっても敵わないと思わされましたよ」

島雄司監督が、いつになく神妙なことをつぶやきます。何事かと思えば、TDA最終戦を終えて、ドライバーたちとの反省会を兼ねた飲み会の席で、川添哲郎選手が今季の走りを自己評価したときのコメントの内容に起因したようです。

「ブレーキングなんですが、我々には理解できないところで、行ける行けないの感覚で当てているようです。もう背中と尻でコントロールしているとしか思えない」

そういうことはあるだろうと思うのですが、傍で見ていて想像するのと、実際に走ったことのある経験から比較したものとでは全く違う。たとえ感覚的な領域であっても、監督自身は、とても歯が立たないと思ったのだそうです。

「今回、川添くんもだいぶエスクードに乗り慣れての、後藤くんとの本格的なバトルになったはずだけれど、二人の走りは全く異なる。川添くんは最終戦のコースを見た途端、『これは後藤の得意なコースだ』と判断したそうです。それで、後藤くんの走りをトレースしながら、攻めどころを見出していたらしい」

両者の走りが異なるのは、実は二人が同じエスクードに乗る以前からわかっていました。それは2007年のXCダートレースで、二人がペアを組んだ耐久戦を見たときに、感じていました。大上段から振りかぶっていく後藤くんと、八相の構えの川添くん(どういう例えだ?)。

案の定、それぞれがエスクードに乗ってみると、力技で曲がっていく後藤選手に対して、絶対五感とも言うべき挙動のフィードバックで、絶妙にコントロールしていく川添選手と、その違いがはっきりと出ているのでした。

贔屓目なしで言うなら、天才肌は後藤くん、匠の職人が川添くんです。最終戦は後藤くんが制していますが、そこには車の仕上がりという要素が絡んでいます。

第一、第二戦では、後藤エスクードのミッションにトラブルがありました。その対策は最終戦までに施され、彼の振り回す挙動とシフト操作にも耐える補強が功を奏しています。逆に川添エスクードは、そのミッションが限界に近づいていました。この状況が、二人それぞれのドライビング最大の特徴を引き出していることも印象的なのですが、ハンデの大きくなっていくなかで、シリーズタイトルへのルートを組み立てていくところに、匠の仕事があったのです。これをほうっておくと、後藤くんは来季、かつてない強敵を相手にすることになります。

しかし後藤くんが不利になっていくかといえば、そうとも言い難い。なぜなら川添くんのここまでの走りは、後藤くんの走りあっての戦い方でもある。川添くんが詰め寄ってきたところを打ち消していくセンスが後藤くんにあれば、まだその差を引き離すことは可能です。そして、天才というか芸術家というか、芸人気質(なんかどんどん落ちているけど)の後藤くんには、エスクードの性能を100%とプラスアルファ引き出す才能があります。

なるほど、こりゃもう監督、適わないのも無理がない。

けれども重要なことがひとつ。この二人、我々の悪巧みでツインカム2リッターのエスクードをパイロットすることとなりましたが、できることなら、1.6リッターの軽量級エスクードで、追撃してくるハイパワー四駆勢と、ジムニー勢に挑んで欲しいということです。それれは、よりドライバーの腕が物を言う世界だから。

妄想の爆縮放射

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北米向けの輸出が必要なくなってしまったグランドビターラは、ライン上の流れをどうするのか。先日の広報でインド方面に差し向けることとなったわけですが、流れている仕様は国内版とヨーロッパ、オーストラリア向けが中心のシフトと思われますから、そのいずれかがアジア市場用となるのでしょう。ここからエスクードのFMCに持っていくのか、あるいはXAαのような新機軸を生み出すかの選択肢を考えたくなります。

でも、たぶん、社内的には「ジムニーを思いっきり増産しろや」というトップダウンな指示が出ているような気がします。

これによって磐田工場は大忙しになっちゃうとして、その勢いは相良工場にも及んでいくとしたら、溶接などのパートを汎用プログラムとして「エスクードでもジムニーでももってこいや!」という生産能力を必要としていくのでしょうか。すると、ラインが汎用化されることで、それ以外の設計にも対応が可能ってことになる。いやいや、ならないともったいない、という考えか。

あれ? もしもそういうことだとすれば、中身はどうあれ、エスクードのモデルチェンジが「無い」と言い切らなくて済むのではないか。悪くても(何に対して悪いのかは言及できませんが)ダウンサイズさせた新機軸をやることができるんじゃないかなと思ってしまうわけです。歯車の回り方としては、そういうことが起きるのなら、改修されたラインの可動は来年あたりからなので、そこから5年くらいすると、何か出てきそうじゃありませんか。

エスクードの誕生25年め(来年)は、けっこう大きな分岐点になるのかもしれません。

らいのす再び

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らいのす、というネーミングは、以前BLUEらすかるがエンジン換装で入庫したときに借り受けることとなったTDB4Wのことで、このエスクードはご覧のとおり車体色どころか排気量も異なる、全く別のTD94Wです。

でも、このエスクードにも「TECH(テック)らいのす」というコードを与えました。

横文字の方には特に意味はありませんが、例によってキーボード日本語打ちで表現されています。つまり、つくばーど採用第八番目のエスクードが、これなのです。長期にわたって使用するのではない、変則的な代走車ですが、ときどき出没いたします。

このエスクード、実は僕が乗るのは二度目です。え? いつ乗ったんだ、と思われましょうが、2005年6月に三代目エスクードのV6が初登場した折、ディーラーのご好意にて試乗させていただき、つくばーどやESCLEVのレポートを書く素体となってくれたエスクードなのです。

http://tsukubird.org/td94w-XS/01.html

これを借り受けたのは、土浦市にあるトーヨーレンタカー店さん。

http://toyo-rentacar.com/

代表取締役の安達さんはじめ、親切なスタッフが出迎えてくれまして、配車手続きをするなか、雑談をしているうちに、安達さんがスズキのディーラーから独立して興した会社であることがわかり、そのディーラーから買い付けたエスクードということは、あの94Wじゃないか。という展開となったのです。

このお店、扱っている車がスイフトスポーツあたりから「へえ」と思ってしまうのですけど、エスクードというのもいまどきマニアック。そればかりかKIZASHIも置いてあるのです。うーむ、地元にこんな楽しいレンタカー屋さんがあろうとは・・・

 

SURAJI

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「SURAJI THE RISINGSTER」の放送が、同企画を実現させたインドにおいて開始されたことが、テレビニュースでも報じられました。あの「巨人の星」を野球からクリケットに置き換え、インド版の立身出世物としてアニメーション化したのがこの番組。えー? それだけのことでNHKがニュースとして取り上げるのか? と思っていたら、出てきたのがおっとびっくりなこのシーン。

なるほど、日本や日系企業がこの番組のスポンサーとして提携することで、各社とも自社製品を劇中にて宣伝できるというところがニュースバリューだったようです。コクヨ、日清食品、ANA、ダイキン工業などに連なり、マルチ・スズキが参画していました。

ドライバーは制服と制帽のスタイルであることから、助手席の登場人物の方がドラマに絡んでくるのでしょう。主人公の星飛雄馬にあたるインド版の青年・スーラジのライバルで、企業家の御曹司・ヴィクラムというキャラクターだそうです。するとなにか? これは「巨人の星」における花形モータースへのオマージュというわけか。

さすがにマルチ・スズキの御曹司、ましてや本家スズキの・・・というわけにはいかないでしょうから、「企業家の息子」になるのは無理もないことです。しかしそうですか、グランドビターラに乗っちゃいますか。

いざなわれてきました

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「偶然も三度までは信じることにしているんだ」と言ったのは(あれ? 二度、だったかな)警視庁捜査課の松井孝弘警部補でした。今月、蕎麦屋絡みでその三度を使い切ってしまったので、次に何かあったらそれは必然に違いないと思っていたら、

「雷蔵さん、ちょっとエスクードのバンパーを仙台在住のユーザーさんに届けてくれない?」

と、AMGさんが言うのです。そりゃあお安いご用と二つ返事で預かり、週明けに地元から仙台へと搬送して、AMGさんから紹介されたdatezoさんと待ち合わせしました。

聞けばdatezoさんは何年も前に白いTD51Wと出逢い、

「あんな車が欲しい!」

とこれまた数年をかけてエスクードを探し当て、最終型のTD01Wを手に入れたそうです。なぜ01なのかといえば、フロントマスクのデザインが、51よりも好きになったから。ところがdatezoさんの気に入ったデザインとは、TA01Wの3型までのもので、いわゆるノマド用のものではなかった。だから自らパーツを集めて、フロント周りをショート用デザインに変えたいのだそうです。

こんなエピソードを聞くと、どんな場面で最初の51Wと出逢ったのだろうと気になって尋ねてみたら、

「以前、岩手県の一関にいたことがありまして、その頃の話です」

えっ?

「あの、それってひょっとして、ちぃ♪さんという人のエスクードではないかな・・・?」

「はい、その通りです。実際にお目にかかったこともあるんです」

なんと懐かしい人の名前が出てきたことか。90年代、先発のエスクード取り扱いサイトのひとつ、「4WD Draft」を運営していた、あのちぃ♪さんと、そのエスクードのことでした。それも、一関というのも偶然で、ちぃ♪さんは当時、仙台から一関に転居している経緯があり、datezoさんはすれ違うことなくコンタクトできていたことになります。ちぃ♪さんは2008年夏のESCLEVの東北ミーティングのあと、エスクードを退役させていますから、エピソードはそれ以前に遡るのです。

人同士の縁というのはあるんだなあと、しみじみと感じさせられるお話でした。エスクードの現行モデルがデビューしたあとでありながら、次に乗るのはこのクルマ。と、初代モデルを何年もかけて探してくれるなどと、datezoさんのお話はついつい嬉しくなってしまう数年間を手繰り寄せてきます。

「実は、BLUEらすかるとも何度かすれ違っていました。おー、仙台にいるんだ、と思って、つくばーどとブログは毎日見に行ってます」

すすす・・・すいませんっ、言われてみれば言われた街のあたりで白い5ドアとすれ違った記憶はあるのですが、いやそれは声でもかけてもらえないと・・・と、こちらは恐縮するしかありません。

かくしてAMGさんからのバンパー引渡しは無事に完了し、今度はミーティングにも遊びに行きますよという対話も弾み、もうこれは偶然ではなかろう、来年は宮城か山形でなにかやらねばならんという意欲を沸き立たせていただいて、らいとにんぐな夜会はお開きとなるのでした。

 

 

未だ擱座中

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結論から言うと、ディーラーのピットが手一杯で、今週は入庫できないと。よって今回の故障原因がどこに相当するのか解明できないので、修理も棚上げです。

しかしこの車、購入したとき既にサビサビのひどい状態だったものを、あちこち手を入れて実働状態にしておりました。が、いよいよフロントストラットのアッパー側の腐食が内壁に穴を開ける段階にまで来てしまい、もはや放置できない状況。こちらの補強から開始することになりました。

こりゃやっぱり修理預けのまま年越しだねえ。