Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

故障? これもそうですよねー

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自走5万キロ+取り付け以前の前車での履歴を考えると、どこで寿命が来ても不思議はありませんが、ドライバーがスレンダーだったら、取り付け1年足らずで座面の底が抜けるってことはないんでしょうねえ。

記録写真がないなと思っていたら、掲示板のログで、昨年10月末に、ジムニーのショック交換の折に組み付けていました。写真はそれ以前の2010年6月に組み付けたときのものです。いまさら自分の体重のことを棚上げはできないけれど、1年未満で5万キロ走るというのは、ただ事ではないのよ。

幸いにもストックが手に入ったので、本日交換。しかしさて、そのシートはどれくらいもつのか? 来年に向けて新調の予算獲得を考えてもおかないといかんかな。

故障? そりゃするでしょうよ

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今回、つくばーどのイベントのために妙高高原へ向かう途中、群馬県に入ったあたりで41万キロを刻む計算はできていました。

しかし、どうやっても北関東道、関越道とも都合の良いところ、つまりこの距離に達する地点にパーキングエリアもサービスエリアもない。

予測地点が高崎ジャンクション付近。まさか本線上の路肩に止めて、などという無謀はできませんから、自動的にどこか手前のインターでいっぺん降りて、刻める場所を適時に探してから、また高速道路に乗り直そうという作戦となります。

北関東道の高崎南インターで降りたところ、残り距離が6キロくらい。ということは、このまま下道を関越道の高崎インターまで走ると、ちょうど良いのではないか? と、恐る恐る走ってみたら、やっぱり高崎インター地点がどストライクに大当たりでした。

無事に41万キロ到達です。というより、既に日常復帰しているため、妙高のつくばーどのツーリングと仙台戻りで+1000キロ越えていますが、とりあえず元気に走っています。

それでもこの距離です。4ATのトルクコンバーターは、いつ壊れても不思議はないし、前後のデフもその他駆動系も、オルタネータもいい加減耐用距離をオーバーしているはずです。そりゃあ、故障しないわけがありません。

だからといって、故障前に車を乗り換えようとは思わない。予防整備ができることが一番の理想系です。ただ、それをどの時点でどこまでやるかが、なかなか判断しにくいことも確かです。目安となるのは車検の時なので、来年まで何事も起きなければ安泰。その来年秋の車検までに、また距離は伸びることになるので、だんだんと未知の領域に踏み込んでいくことになります。

Team WESTWIN Warriors#056

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ジムカーナをやっている人々が騒ぎ始めています。

「モビリティおおむたが、閉鎖?」

コースの土地所有者でもある親会社の方針で、メガソーラー発電施設を建設することが確定し、敷地の全てがその用途に転向されることになったのだそうです。

ありゃっ、ということはTDAはどうなるんだ?

 

「盆休み明けからJAFも動き始めていますが、閉鎖を覆すだけの力は我々にもありません。TDAの最終戦は、なんとか開催できるよう交渉してコース管理者の理解を得ています。しかし来季となると見当もつかない」

島監督と、来季の戦い方についてディスカッションを始めようとしていた矢先の話で、対「対ウエストウイン」戦略どころではなくなってしまいました。第二戦のあと、参加者が増える傾向と、打倒エスクードという流れが強まっているTDA。その追随を許さない後藤・川添両名の作戦とともに、打倒エスクード勢を返り討ちするための、次のエスクードの投入検討など、来季のための布石は幾つかあるのです。しかしコースが無くなってしまうとなると、手の打ちようもない。

それ以上に、四駆とオフロードとスピードという新しいモータースポーツを育てようと取り組んできたTDA主催者にとって、ホームグラウンドの閉鎖は大きな痛手です。四駆でオフロードだから、代替サーキットを探せといっても、ダートトライアルのTDAはクロスカントリー競技ではないため、ヒルクライムやモーグルやロックセクションといったクロカンオフロードコースで走ることが出来ない。よそへ乗り込んでいって山を削って谷を埋めて・・・などという暴挙は禁じ手ですし、

「そんな財力ありませんよ」

企業にとっては、収益上、未利用地とは言わぬまでも低利用地という見方をされてしまったモビリティおおむた。しかし約30年行われてきたモータースポーツは、大牟田の財産の一つだとも思います。原子力発電に代わる再生可能エネルギーも大事だけれど、『はいはい、うちの土地にもようやく用途が出来たから、あんたたちもうどこか他へ行ってね』という流れが起きてくるのは、どこか文化的じゃない、旧態依然としたロジックだねえ。

成否の問題じゃないのだよ

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盆休み前のことなので、もはや立ち読みなど不可能ですが、どこぞの雑誌が創刊800号を超えたか迎えたかで、脳天気な企画にあふれた1冊を出しておりました。この手の企画でよくとりあげられるのが、パイクカーの部類を年代ごとに紹介しつつ、それが成功したか否かを論ずるものです。

でもって、必ずと言っていいほどこれにひっかかってくるのが、X-90。最近では、これがエスクードベースということを知らない世代も当然のように台頭している、気がつけば17年も経過したクルマです。

今回も登場しており、解説については淡々と、特別間違いもなく書かれています。そう言われてみれば、まあクロスオーバーSUVの先駈けと言えなくもない。

それにしても、成功か否かの評定を「失敗」のスタンプ一つで片付けちゃうのか。それはとりもなおさず、この企画に出ているよそのメーカーのガルウイング量販車のようにブレイクしなかったから、つまり売れなかったからという、その一点での評価なのか。

そんなことはわかりきっている話で、だからこそこの手の記事はいつ読んでも面白くないのです。売れなければお話にならないことは、世の中百も承知の上なのです。しかしながら、X-90には一定のファンが生まれて、そのクルマのためのファンサイトまで出来上がった経緯もあるのです。

まず、そこが大事なポイントでしょう。

日本国内はおろか北米でも販売成績は芳しくなかったというX-90ですが、このクルマは売れた売れなかったの次元で語るものでもない。ファンサイトを、車専門のポータルサイトの車種別カテゴリに頼らず、自ら立ち上げたという事実こそ、X-90自身にとってはクルマ冥利に尽きるエピソードだと思います(さすがに最近は活動停止してしまったのか?)

もう一点は、このクルマの売りようで、保険をかけようと思えば、95年10月当時なら、まだまだエスクードのネームバリューを利用する手があった。つまりは「これってエスクードをベースに限定生産しちゃったのよ」と、『エスクード・林道小町リミテッド』とか、『エスクード・エスプレッソ』とでも称して出しても良かったのです。

モーターショーへの参考出品として生まれたモデルというのが、公式な出自で、ショーモデルの細部を化粧直しして、ほぼそのまま市場に送り出した無茶というか英断は、エスクードをベースとしながらも、別ジャンルの新しいアプローチとして、エスクードに寄りかかろうとはしなかった。

ここが、第二に評価すべきポイントだと思います。

よくよく見ると、エスクードどころか、当時だからNA型ユーノスロードスターとの共通部品も、ちゃっかりと使っているのがX-90の面白いところです。荷物が積めないんだとか、5人乗ったら狭いんだ(ノマド)とか言われていた時代に、こんなものを出してしまう。それはメーカーとしてのアピールや提案として、大いにエールを送りたいと、今だから言えるのかなあ。

この頃、カルタス系ではクレセントシリーズが登場して、エスティームが廃止となっていますが、マツダのレビューをOEMで持ってきてX-90と並べて販売していたら、エスクードではあり得ない、セダンとタルガトップ2シーターの(あくまで主観としての似たようなデザイン)変なコンビネーションが生まれていたかもしれません。いや、そういうの、出てたら買っちゃった恐れもあります。

そして記録は破られ(ていた)

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仙台のガソリンスタンドから、浜松インター近くのガソリンスタンドまでが、偶然にも600キロという距離でした。ノーマル時代の試走では、この距離は走りきれたのですが、今はタイヤサイズも大型化していまい、オールテレーン。確実に性能は落ちていますが、先日の福島Fレイドではリッター11.77キロをマークしたわけです。これはひよっとするとできるのではないか? という思いつきで、無謀にも600キロ無給油に挑んだのです。それも首都高の渋滞回避がうまく行ったため、足柄まで来てから唐突に思いつくという。

かくして浜松での給油量は55.05リットル。満タン法燃費にして1リッターあたり10.89キロと、福島での燃費を下回りましたが、現状の仕様でも600キロ無給油は達成できました。この夜は全体的な交通量の少なさにも恵まれ、また日が落ちてからの気温にも救われ、非常に良いコンディションを得られたことによります。

この話を、先日のブログを見ていてくれた静岡県在住のMAROさんが気にかけてくれて、遠州灘イベントの撤収の頃に会いに来てくれました。

「やっぱりエスクードは車体が軽いから燃費がいいですね。僕も日頃、800キロ走れていますから。先日石巻まで出かけた時にも、向こうでまだ燃料計がエンプティにならなかったんですよ」

え゛っ? 今、なんて言ったMAROさんっ

で、よくよく聞いたら、最大で870キロ走っているそうです。なるほど、直四のエンジンはV6より軽いし、ノーマルのタイヤサイズで乗っている分、抵抗も少ないのか。なんだかんだと言って嬉々として達成した仙台・浜松無給油だったのですが、上には上が常にいるものなのです。

Shangri-Laへのいざない

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「僕にとっては最後のエスクードになると思います」

それほどまでに初代モデルに入れ込んだ思いの中で選択するのは、現時点で手に入る最良の考えとして、TD61Wとなるのです。なぜならば、その状態が最も良いコンディションを残しているからなのです。

この期に及んで68000キロしか走っていない個体なんて、どこから持ってきた?と言われることでしょうが、おそらく11Wシリーズではそろそろ探すのは困難になってきました。

そして、一昨年あたりから、それまで整備性の問題で敬遠されていた2000cc以上のエスクードが海外に流出し始めている現状も見過ごせないのです。1600に至っては、もっと少なくなっているのかもしれません。

その夜、富士川SAで残り燃料を計算しているところへ入ってきた最初のメールは

「一年半ぶり! 涙が出そうです」

ラジアントレッドマイカの1600ノマドから、マイアミブルーメタリックⅡの5ドア2000にスイッチして、その個体を破損させてしまった彼は、どこからどのように修復するかで長く考え悩んできたのですが、これまで組み付けてきたパーツを2500のV6に移植して乗り換えることを、最終的に選択しました。あとは、その対象となる個体が出てくるかどうかでした。

かくして(ほんとに隠してた状態)春先のBレイドの頃にはこの個体は確保でき、健在なパーツの移植を2か月ほどかけて進めてきたのが、このエスクード。

「こんなにシルキーなエンジンだとは思わなかった。だけど燃費はよくなさそう」

「そんなことはない。俺は今、600キロ無給油行の最中なんだぜ。気になるんだったらそのでかいタイヤをやめろとまでは言わないから、屋根の上のラックを取っちゃえよ」

「いやいや、だってこのラックは、お互いアイデンティテイみたいなものじゃないですか」

ちょっとびっくりな返事でした。ノマドから乗り換えた2000は直4だったけれど、BLUEらすかると同じ車体色で、まるでBLUEらすかるをより明確にクロカン仕様に仕上げていくという方向性だった。それは自惚れになるかもしれないけれど、エスクードを選択するという基準のどこかに、うちの車やら、それでやっていることやらの幾ばくかを汲んでもらえているのかな。と・・・

「クロカンは自分でできる範疇で続けますよ。だけど今度は、壊さない状態に車を仕上げてからにします。だからもう少しいじる。そんなわけで、やってくれるところ、紹介して」

こういう形で、この20年近く、エスクード仲間とのシャングリラへのいざない合いは続いているのです。ただ残念ながら、この61Wは初期試走の段階で駆動系にトラブルが発見され、まだしばらくフジ・オートのピットに預けられることになりました。

秋が来るまでに解決してくれればいいのだけれど。

役立たずの遊び

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食材調達に勤しむ面々に対して、ただ天ぷらを食いに来たがために、釣り場では何一つ役に立たない僕でしたから、そこは遊ぶしかないのです。

先日、ワイルドグースで購入したスタック脱出用プレートが使えるかどうかの実証実験。この場面だったら4Lでじわじわと走り出すことは可能ですが、脱出方向に敷いたプレートに乗ってくれれば楽にトラクションを確保して、空転している後輪をカバーしつつ脱出可能です。どのくらいトラクションがかかるかというと、プレートの突起を噛んだタイヤのゴムが削り取られてこびり付くくらい。ただしタイヤの方に損傷が出るわけではありません。

しかし腹がつかえ、対角線スタック状態でタイヤ下を掘ってしまうような状況となると、前面のある程度の量を掘り出してプレートを差し込んでやらなくてはなりません。それでもタイヤ下が大きく掘られてしまったら、プレートに乗せるだけのトラクションがかからない場合もあります。

もう1台がいる場合は、牽引した方が早い。けれども、一人スタック・独り脱出をしなくてはならないとすれば、スコップ1本だけよりは有効。樹脂製なので、いやになるほど重くないことと、エスクードの荷室(初代寸法)にちょうど収まる長さで、ごついようでもさほどかさばらないのは有効もう一本です。

真夏の夜の怪

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ピットに1台白いやつが、店頭に1台こやつが、そして駐車スペースにBLUEらすかるが・・・

全部TD61W。初代の現役時代に、店舗に3台もV6‐2500が並んでいたところなんかないし、中古車展示場でだって見たこともない。

こんなの、ちょっとした怪談ですな。

奥の超細道の超片鱗

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新庄から仙台へ戻る途中、いつもは天童まで走って48号線で帰る(それはそれでどうなのよ、という距離感なのですが)のを、この日は最終的な立ち寄り先のこともあり、47号線で大崎へ出ようとしたのです。で、そういう横着をしたためか(いや横着じゃなくて、普通そっちだよね)、前方を3台の観光バスに立ちはだかられてしまいまして、仕方なく赤倉温泉で国道を外れ、県道で山越えすることになりました。ここでわかる人は「それ、本当に仕方ないと思ったか?」とツッコミを入れられます。

この県道、山形側で約8キロ、宮城側で5キロ弱のダートが残っているのです。しかも山形側は分岐ごとに「こっちだ」と親切な看板も建てられており、まず迷うこともないのです。

ただ、そこかしこに測量の痕跡があり、いずれ拡幅とともに舗装化されそうな気配ではあります。

道は概ね踏み固められており、案の定、木材の切り出しが盛んに行われています。幸いこの県道全区間で対向車とも後続車とも出会わずに抜けてきましたが、宮城側に入った途端に藪化してていて、垂れ下がる樹木がごりごりとBLUEらすかるの屋根を叩きやがります。それでもさすがは県道、倒木はすべて処理されて、ここまで来て引き返し? といった憂き目にも遭わず、突如として頭文字Dに使われそうなアスファルト舗装のワインディングに到達します。

この最後の宮城側の数十m、実は、最近発売された寺崎勉さんのムック「奥の超細道」の冒頭レポートで、100mも進めずに雪で敗退、という記述のある、宮城側の入口です。おお、このあたりを取材で走って野宿していたのか。編集人の二階堂さんと写真の宮島さんが仙台にやってきたのが5月の下旬でしたから、その頃じゃあまだ雪に閉ざされているよなあ。

先日、二階堂さんから進呈された同書を帰宅してから読み返してみると、それでも写真は春めいた新緑のカットがふんだんに撮られていて、なんだかんだと言っていい場所で野宿していたのねと思わされました。今じゃ夏草に覆われて、野営するにはひと仕事必要でしょうし、熊出没のニュースもラジオで流されていました。

そんなわけで、ほんの片鱗だけルートをトレースして、大崎の立ち寄り先には20分遅れで到着しています。

 

CGは所詮CG

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これが5型のエスクードの後ろ姿。どこの車かわからなくなっちゃうような、個性の平準化が起きています。

しかし寸止めのようなデザインの破綻を防いでいるというか、真横から見た雰囲気には、見慣れていることもありますが、さほど違和感を覚えません。

これはあくまで個人の主観ですけど、スバル・フォレスターのサイドビューには独特のいびつさがあると思っており、それはそれで味を出しているからいいのです。しかし、マイナーチェンジしたエスクードからはそれすら感じなくなりました。

意外なことは、散々言われてきたスペアタイヤ廃止の現実を「実物」として見ると、なるほどタイヤを背負っていた姿は「重く感じられていた」という印象でした。機能・性能論から言ったら、廃止には反対ですが。

だけど、このようなローアングルからの見栄えは、フロントからだとバンパーのデザインがごちゃごちゃしすぎでひどいものです。そのため、フロント側からは普通の立ち位置で眺めたほうがいい。思ったよりも受けは良さそうです。

現物を見れば見るほど、カタログのCGのインチキ臭さが際立ちます。確かに中身は本格オフローダーと呼べるくらいのメカニズムを維持していますが、そのオフローダーってなんのことなんだよと考えながら実車を見たら、カタログ表紙のような礫だらけの荒野になんか、恐ろしくって行けません。これは初代が履いていた当時のタイヤでも、同じことを言ったものですが、スペアともども、本格オフローダーと唱いながらタイヤをケチってどうするんだと思わされます。いやもう、こんなことなら、

「タイヤは4本ともオプション」

とか開き直ったらいいんじゃないかと思います。

それでも、タウンユースという需要へ絞り込むことで、客層はかえって広げられるのかな。ともかくネット情報に依存せず、展示車のあるところへ見に行ったほうがいいでしょう。かなり地味です。でも決して悪くはないです。