Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

小型車の再考 (たぶん前編)

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二階堂裕さんのロングボディーなジムニー、SJ410WとBLUEらすかるを並べてみると、そりゃあ当たり前なのですけどエスクードの方が若干長いし、幅もある。2000cc以上のロングボディのエスクードは、前後バンパーの拡大によって全長が4mをほんのわずかに超えてしまったことが、唯一残念だったのですが(といってもそのことが顕著に出るのはフェリーに乗るときの料金の差くらいです)、それでも小型車枠として、ちょうどいいサイズを実現していました。スズキのクロカン四駆のステーションワゴンというカテゴリーにおいて、そのサイズの登場は、全長をぎりぎり4m未満に収めた1600ccノマドが登場した1990年のことです。

それ以前の話というと、このSJ410Wの出自となってくるものの、国内ではWではなくT型、つまりジムニートラックがあったけれど、当時のSJ40ことジムニー1000にはロングボディは存在しなかった。二階堂さんをして、

「80年代にこの車両(SJ410W)があったら、ジムニーの歴史は間違いなく変わったと思う」

と言わしめる程のエポックだったのです。って、ちょっと、二階堂さん。その可能性をジムニーではなく新型小型四駆に鞍替えさせたのは、ほかならぬあなたじゃないですか。というツッコミはこの次の話題にするとして、SJ410Wってなんだこれは? の方に話を戻します。

この個体は、19年前にアピオが販売した輸入車だそうで、元をたどっていくと、インドネシアのアジプトロ工房がハンドメイド制作していたモデル。ドアから後ろが手作りです。ダッシュボードのエンブレムを見るとSAMURAIとなっていますが、この型式のジムニーが現地でどのように呼ばれていたかはわからない。モデルは後にSJ413Wへ移行し、最終的にはKATANAと呼ばれていたらしいです。

「ちゃんと4人乗れて、荷物が積めるんだから、ジムニーとして考えたら最高だよね」

などと言いながら、二階堂さんたら仕事の運用の関係で、一時的に運転席以外の座席をとっぱらってましたが、確かに家族構成が5人以上であったり子育てミニバン需要世代であったりの場合は別として、このくらいのサイズで使える四駆は、魅力があると思うのです。BLUEらすかるは2500ccと、この時点で小型車じゃないのでちょっと矛盾するのを「車体は小型車の枠内なんだよっ」と棚上げすれば、エスクードノマドの誕生は、きっとスズキのクロカン四駆として画期的な出来事だったに違いないのです。

 

対   談

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って、誰と?

あいや、僕ではありません。僕が混ざると、鼎談になっちゃう。

でも多分、今までどこもやったことないんじゃないか? という組み合わせです。成果はそのうち、忘れた頃に。と思ったら、ばれてるし(笑)

Team WESTWIN Warriors#053

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6月10日に行われた練習走行会に参加したTeam WESTWINは、どうやら2台揃って廣瀬選手とパジェロの返り討ちに遭ったようです。

コースは、TDA第一戦のレイアウトのまま使用されたそうですが、コースコンディションも第一戦当日とは異なるドライ路面で、そのために足元をすくわれる車両が相次いだとか。

「第一戦は豪雨のあとで、やむなく使えるセクションをつないで作った臨時のレイアウト。あれは遊びで使うとかえって危険だから、封印しろと言っておいたのに」

怪我の療養や所要で走行会に出席していなかった島監督は、苦笑い。なぜドライでそんなことが起きていたのかを尋ねると、

「直線セクションが時速140キロまで引っ張れるんです。それでも第一戦ではウエット状態からのスタートだったので、全体的に速度は下がっていました。走行会では、練習だというのにガチでバトル状態になったみたいで、結果的にオーバースピードでコーナーを曲がれません」

出走していた車両の中には、壁に激突して破損してしまったものもあり、後藤、川添両名のエスクードも、そろいもそろってコースアウトし、川添選手のエスクードは試作品のフロントバンパーを壊してしまったそうです。

「まあけが人などが出なかったのが幸いでしたが、それにしても車は壊す、ライバルには揃って負ける。情けないったらありゃしません」

この苦言に対して、後藤選手がどう言ったかというと、

「いやー監督、ひょっとして去年の勝ちは、あれは運だったんですかねえ。走ってて思ったんですけど、なんで勝てたかわかんなくなりました。自分は本当に優勝してたんでしょうか」

おいおい・・・

川添選手も神妙な面持ちだったようで、

「こんなんで第二戦負けたら、向こうに波を持って行かれちゃいますよねえ」

両名、がっくりです。

「今シーズンは去年新調したタイヤを使い切るつもりだったんだけど、1セット新しいのを買っちゃうかなあ」

「えっ、後っちゃん、それずるいよ。俺、この前のレースで新品おろしたばっかりだよ」

このような対話で第二戦に向けた喧々諤々が繰り広げられているそうです。まあねえ、いきなり向かうところ敵なしになってしまったら面白くないし、ライバルたちが食い下がってくるのは当然の成り行きでしょう。来月の第二戦は、なかなか目を離せないTDAになるかもしれません。

「それにしてもだ。お前ら、その歳で『運』だなんて言ってるんじゃないよ。つくばーどやESCLEVの面々が聞いたら、きっと殴りに来るぞ」

まったくです。とりあえず近傍の応援団の方々、代わりに小言を言っておいてください。

汎用能力

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仙台も夏日が目立ってきましたが、基地は緯度にして3度の南ですから、程度問題であっても暑いらしく、夏向けの準備が始まっているようです。

いやそれはいいんだけどさ、よくこれを考えついたなあと、送られてきた写真を見て苦笑いです。幌の脱着は、家内はまだマスターしていないはずなので、霰と霙がやったんでしょう。

OEMの妄想

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これは直四搭載

エスクードにV6エンジンが搭載されたのは1994年のことでしたが、当時は事前に流れていた雑誌の記事が半信半疑でしか読めなかったのです。ライトクロカンを売りにしていたテンロクの車体に、そんなものが載っかるのか? としか思えなかったのです。

この時期、SUZUKIは既にV6で3リッターというエンジンコンセプトの提案モデルを発表したあとだったはずでしたが、話題に出てきたのは2リッターのV6。なぜだろうと首をかしげつつ待つこと1年。蓋が開いたら、H20A搭載の11Wシリーズがデビューしました。1990年代の中盤は、同クラスで2リッター越えというRVが他社から台頭してきたため、ライトウェイト路線からパワー競争に引きずられてしまったのが、エスクードの宿命でした。

このV型エンジンのバンク角やボア・ストロークは偶然にも、この頃マツダからリリースされていたユーノス500や、ランティスなどのV6と同じでした。排気量のラインナップはマツダの方が幅広かったものの、エスクードもH20Aのエンジンブロックで、後の三代目までに2.5、2.7まで拡張することになります。そしてV6搭載のエスクードと同時にマツダのRF型ディーゼル搭載車も発表され、31Wシリーズ(二代目で32W)として世に出ていき、マツダ側からはプロシードレバンテとしてOEM販売されました。

ディーゼル搭載のエスクードとレバンテは、メーカーのコメントとしては「ガソリンの手に入りにくい国や地域でのニーズを満たす」というものでしたが、国内においてはその燃料代の安さに対するアピールはそれほど行われなかった。営業的にもV6の話題に乗じてガソリン車を積極的に売り出していました。この世代の四駆やトラックに対して、ディーゼルエンジンへの規制が厳しくなっていくことも予見されていて、消極的にならざるを得なかったのかもしれません。

そんな時代を経て、早くも20年近くが経過して、現在のクリーンディーゼルエンジンは、エコロジーの追求によって、ハイブリッド車と対峙できるほどに進化しました。現行エスクードにも、海外仕様ならば1.9リッターのディーゼルがありますが、どうもこのエンジンは、国土交通省の認定を取れなかったらしく、搭載車は日本国内には卸されていません。

ここから妄想ですが、このところ対話するクルマ雑誌関係の人たちが、やたらとスカイアクティヴの2.2ディーゼルを褒めちぎる。あれがエスクードに載れば、お客は帰ってくる。とまで言われる。どんな客層を想定しているのかが、長年エスクードに乗っている身としてはよくわからないのだけれど、つまりは燃費と経済性の話という意味で、顧客を呼び戻せるということなのでしょう。

いまさら車体のコンパクト化が出来るわけでもなく、悲しいほどに走行性能よりも燃費の話題しか出てこないユーザーコメントに埋もれていくなら、いっそ、もう一度OEMという手法をマツダと行ってもいいのではないか。もっとも、そんなのはメーカーのプライドにも関わる話で、エスクードのV6は初代においてはあっというまに主力を自社開発であるJ20Aの直四に譲っています。最大排気量となった3.2のN32Aも、基本設計はGMであり、他の事情も重なり短命に終わりました。

どうなんだ? 載せる気あるのか?ディーゼルエンジン。それを5型とするのか、よもやの6型か四代目とするのかまでは、妄想しきれませんけど、スペアタイヤレスにするとかしちゃったとかよりも、ずっと重要なポイントのような気がします。

誤解のないように記すると、写真はことしのジュネーヴショーに出ていたグランドビターラでガソリンエンジン。この車体はスペアタイヤを背負っています。が、昨年の出品車は背負っていなかったのです。タイヤを背負っていない仕様は、海外では既に登場していて、4年ほど前には国内のラインで組んでいた話も聞いておりました。

慣れっことはいえ

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コーナーを抜けたらでかい石ころが道をふさいでいたり、クレバスがばっくりと路面を割っていたりというのは、山道ではよくあることです。この冬の豪雪に加えて5月初旬の大雨も手伝い、ツーリングマップルに記載されている「走りやすい」という情報が、あっというまに古くなって参考にならない場面が増えています。

記載情報はあくまで目安にしかならないことは、当たり前の話ですが、現場にあっては無事に引き返せるか、車の破損はともかく命にかかわるようなことがあってはならない重要な状況と言えます。

林道へ走りに行くことのあれやこれやは、いろいろな四駆のメディアが折に触れ書き綴っているので僕などが講釈する余地もないよなと、細かいことは割愛。けれども、最もベーシックなメッセージは、林道の走行速度は厳守しなくてはならないということです。

多くの林道は、設計速度が時速20キロで整備されていて、この道を主に利用する林業業者や電力会社の車両は、これを順守しています。たまにそうでもない作業車と出くわすこともありますが、林道を走るにあたっては、このことは守っておかなくてはならない。ブラインドコーナーの向こう側には落石、山崩れ、倒木、対向車、ハイカー、山菜採り、場合によっては大型の野生動物が存在しているかもしれない。むしろ、かもしれないというより「いる」と決めつけておいた方がいいのです。

それでも、速度を抑え気味にして走っていながら、速度計を見ると、30キロくらいは出ているんです。これがそれ以上の速度になると、かなり危険です。が、それくらいの速度で追いついてきた他の車両は、意外とこちらの事情を理解してくれません。まあなんとか幅員を広くとっている避難場所まで我慢してもらって、その場所で追い越させてしまうのが定石です。いずれにしても、ラリーやヒルクライムのような、山道をクローズドして行う競技での車両と同じような走り方をしてはならないということで、そんなことを紹介するのは今さらなんですけど、慣れっこになってしまうこと故に繰り返して綴っておかなくてはいけないことでもあります。

四輪駆動のハイ・ロー切り替えというのは、悪路の走破性を向上させるだけではなくて、この走行速度をキープする上でも有効です。この程度の道だったらFRのままでも大丈夫だとか、4Hのままでいいとか思えるところを、試しに副変速機をいじってアクセルワークやエンジンブレーキを使いやすくしながら、のんびりと進むことにも慣れていく必要があります。

20th VITARA

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青影さんに教えていただいた、海外での企画映像に登場するVITARAたち。我々は海外仕様をショートのビターラ、ロングのグランドビターラと認識していましたが、実際には両方出ていると「グランド」は省略されてしまうこともあるようです(呼称しているシーンもある)

ヨーロッパ、ロシアでの人気は安定的で、グラベルラリーに投入される事例も少なくないようです。けれど、この映像内に出てくるイエローカラーの三代目が最初にテレビ番組で流れた当時(2007年に見たことがある)、三代目ユーザー間ではまったく話題にのぼりませんでした。

企画映像自体は、スズキがエスクード誕生20周年のときに作成したものや、海外でのCFプロモーション、カタログ用撮影なども混ざっていますが、ライトクロカンシーンにこれだけ沢山の三代目たちが並んでいたり走っていたりする構図は、ショートがいないことを除けば、我が国でも決して負けてはいないでしょう。うらやましいのは、スペインあたりだとこれだけ走らせ甲斐のあるフィールドがあるんだねえ、ということです。

そして後半に出てくるモデルのドアパネルにマーキングされている「20th VITARA」(ロングだけど)。向こうでも20周年当時は、このようなアニバーサリーモデルが存在したようです。地味というかシックというべきか、ここ以外の外観上の変更は何もなさそうですが、何が雄弁かって、実際にフィールドを走らせて、三代目の能力を見せていくというところですね。

大風呂敷

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あ、間違い。バンダナです。寸法が一辺53cmなので、まあ大風呂敷とは言わぬまでも、大きめの手ぬぐいくらいにはなりますね。春先に行った「欲しい人いる?」のリサーチでは、ありがたいことに合計230枚のオーダーを賜りました。ということで、いよいよ300枚を発注です。配布単価も1枚500円に確定しました。色については、この最終見本よりも多少明るくなると思われます。ESCLEV・つくばーどで配布するのは、オレンジ色のみです(単価についてもESCLEV・つくばーどでの配布の場合のみ)

配布は11月のつくばーどin朝霧高原Ⅴにて。

地球大 紀行

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その昔、NHKで放送していたスペシャル番組「地球大紀行」ではありません。「地球大 紀行」です。1周すると、約4万キロ。光の速度だったら、たった1秒で7周半も回ることができるけれど、スズキエスクードには光速を突破できる出力のエンジンが搭載されていないので、10周するのに7年近くかかってしまいました。

2012年6月16日に到達しました。積算走行距離、40万キロ。やれば、出来る。

Team WESTWIN Warriors#052

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「ちょっと伺いたいことができました、今いいでしょうか?」

と、Team WESTWINの島監督から電話が入り、これがいつもの陽気な彼ではなく、けっこう真剣な声色だったもので、こりゃあ少なくとも「過去にエスクードが登場したことのある特撮番組って何と何?」ってな問い合わせじゃあないよなと、こちらも姿勢を正して「何事でしょ?」と応対します。

「実は、川添くんの車のことなんですが」

おお、ついにE-376Ⅲの大掛かりなモデファイが始まるのか。開幕戦を頭脳戦で勝ち抜いた川添選手でしたが、車両の方はほとんど手を加える時間がなく、肝心のミッションにも1速が入りにくいという問題を抱えた状態だったと聞いています。足回りはデータが蓄積できているだろうから、ミッションか駆動系をどうにかしたいのかな・・・

「彼の車に、初期型のTA01Wのラジエターグリルは取り付けられますかね?」

はいー? と、一瞬何を言いだしたんだ監督? などと混乱しながら、瞬時に脳内情報処理を開始。どういうことだ? インテークとして見た場合は確かに51Wのそれよりは開口部は大きい。もっとも、彼の車のグリルパネルは51Wではなく、11Wのものに交換してあるのだけれど、こんなことは誰も気がついていないだろう。いやしかし、そんなことよりなぜ01Wのグリルを使いたがるかを知らなくてはならないのです。

「結論から言うとですね、排気量が上がった11W、31Wの時点で、ノーズラインやバンパーのデザインが変わっていて、エンジンフードの先端がほんの少し前に出ているんですよ。当然、前面のパネルラインがそれに合わせて変更されているので、ツライチで仕上げることはできない。ついでに言うとヘッドライト周りのパネル構成も変わっているので、左右のフェンダーともピタリと合わせられない」

「あ、なるほど。そう言えばエンジンフードも盛り上がっていましたっけねえ」

ん? そこか! ひょっとして川添選手は、フロント側の軽量化を考えていて、J20Aのオイルパンをとっぱらって移設するか、まさかのドライサンプ方式に改造して(そこまでやるかよ)エンジンの取り付け位置を下げたい。そうすればエンジン上部のストラットタワーバーも、エンジンを避ける形のアーチタイプな純正部品を撤去してフラットなものに変えられる。結果的にフロントを構成する全パネルを01W用に交換できて、少なくともエンジンフードの重量を現在よりは軽減できる・・・

いやしかし、実際に計量したことはないので、2リッター用のフードと1.6リッター用のフードとで、どれほどの軽量化になるのか(後者のほうが軽いはずではあるが)。そこを軽量化しても、フェンダーパネルにはフロントタイヤのトレッドに対応させるため、2リッター用パネルからオーバーフェンダーを移植しなくてはならない。バンパーは・・・おそらく外してしまうのだろうけれど、いずれにしても一番大掛かりなのはエンジンの構成ということになるのでは?

などなどと思いめぐらしたことを一通り説明すると、監督はちょっと困ったような口調になって、こう言うのでした。

「いやー、そういうことじゃないんですよ。あいつ、テンロクの顔の方がかっこいいとか言い出しやがって。どうしてもテンロク顔にしたいって頼み込まれてるんです」

その言葉が入力されたこちらの脳髄は、5秒ほどフリーズ。

しまったー、Team WESTWINのドライバーは、島監督の時代から、「かっこいいことは武器の一つ」という、カタチから入る妙な伝統があるのを忘れていた。しかしどうなるんだ? この案件・・・ どうしてもやるというなら、チーム所有だった黒いテンロクが、初期型ではないけれどトレード用に使えるはずだが、

「あれはよくよく調子が悪くなって故障続きで、処分しました」

じゃあ・・・昨年ひっくり返って不動になったと聞いているハンガースポーツさんのコンバーチブルから移植するか。

「それ考えて車を見に行ったら、ニコイチされて1台復帰してましたよ。よりによって復旧用に移植されたのがフロント全般」

あー・・・いずれにしても先が思いやられるというか、波乱の第二戦前です。