Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

Team WESTWIN Warriors #035

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福岡県でショップや有志によって開かれた四駆のダートラ練習走行会で、WESTWINのエスクードとパジェロミニも参加出走し、今シーズンを戦うためのさらなる課題抽出を行ったそうです。

「4H側のファイナルを落としたいんですよ。そういうキットは出ていないんでしょうか」

後藤選手からの相談を受けたのですが、残念ながらТA51Wとなると、ワンオフで開発し直さないと難しい。

いつにもまして元気良さに拍車がかかっているなあと、周辺から話題を拾ってみたら、この走行会において出された公式タイムで、前回のTDAにて僅差で優勝を持って行かれた廣瀬選手のパジェロを上回る成績を出したのだとか。そこはしかし練習の会ですから、廣瀬選手がどこまで限界を削り取っての走りであったか、後藤選手にしてみれば気になるところ。こうなると、エスクードへの課題抽出も熱が入るでしょう。

「4Lのままだと、アンダー傾向が強く持続されるので、もう少し中間層のギア比が欲しいです。そのまま回し続けてますから、熱ダレでエンジンもオイルも心配です。オイルに関しては、フロントデフの効きにもタイムラグを感じます。これもオイルを変えてみようと思います」

エンジンルームの熱抜き性能が悪いことは、この世代のエスクードの欠点です。オイルの質を変えることと、オイルクーラーの増設を提案してみました。しかしもともとアンダーステアだよと告げておいたエスクードなので、ここまでの改修でトルクに関してはいい線が出ているということでしょうか。それを島監督に聞いてみると、

「おそらく、そこからさらにタイムを削りたいんでしょう。トルクバンドに載せた走りができるようになっていますよ。今回、廣瀬君とはほぼ互角の実力でまみえていると思います。そりゃあ後藤君だって、アドバンテージを欲しくなりますね」

なるほどいい傾向ではあるようです。このことは、パジェロミニの川添選手も

「パジェロミニでは太刀打ちできないくらい、エスクードが速いんですよ。どうしたものですかねえ」

川添選手のアドバンテージとなると、今はまだいくらか振り回す傾向の残っているエスクードの旋回性能の内側へ切り込むことでしょう。先シーズンは足回りにも限界が来ていたようですが、そこを改善してターボの調整も進んでいるので、なんとか一矢報いたいところ。それは彼だって、ストレートでエスクードを抜き去りたいと考えるのは無理もないことですが、川添選手にはクレバーなかけ引きのセンスがある。それを発揮するのは、やはりコーナリングだと思うのです。

「じゃあさ、TDAみたいなステージでは、エスクードに思い切りエンジン回させて、熱ダレさせちゃいなよ。それくらいのかけ引きは、できるでしょ」

「やっちゃいます」

しかしその一方で、川添選手もエスクードには乗ってみたい願望を口にしているとか。

「51Wか52Wのショートでマニュアルミッションが出てきたら、川添君も腹を決めると思いますよ。今は泣き言言ってないでパジェロミニを極めるように指導してます」

島監督も、ひそかにエスクードを探しているようです。うーん・・・浜松に1台、あることはあるんだけれど、それを提供するには代替のエスクードを探してこないとダメなんですよねえ。

彼らの次のレースは7月17日のJXCD広島戦、これをとんぼ返りして18日のTDA福岡戦です。お近くのみなさん、ぜひ応援観戦に行ってあげてください。

盲点だった

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週末、基地へ帰った折

「ぷらすBLUE(幌エスク)のブレーキが変」

と、れいんさんに言われて車庫から持ち出そうとすると、前輪がロックしたように抵抗がかかる。キャリパーが噛みこんでしまったか?と車庫に戻すと、前進では抵抗がかからない。これはキャリパー自体がホイールに当たっているのではないか?

持ち上げて、抵抗のかかった左前輪を外してみました。

キャリパーポッドの後部とホイール内側双方に裂傷を確認。ホイールは規格サイズのスタッドレスを組んだ純正アルミなので、キャリパーポッドが当たるようなことはオフセット上でもありえないのですが、点検したところ、キャリパーを固定する2本のボルトのうち、片方が飛ばされたらしく、消失していました。残る1本もわずかにゆるみが生じており、キャリパーがずれていました。

昨日、今日ゆるんで抜けたわけではなかろうから、点検の怠りなのですが、昨年冬にスタッドレスタイヤに換装したときにはボルトは2本とも存在していて、異常はなかったのです。しかしゆるんでいたかどうかまでは見ていなかった・・・

風評とともに去りぬ

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三代目エスクードの誕生から6年。時期的にはそろそろ次のモデルの影がちらついてくるはずだったのですが、リーマンショックに次ぐ国内80年周期とやらの不況も抜け出せないうちに、未曽有の大震災。間接的な影響だったとしても、これほど世の中が不利にしか作用しない車も、不幸な話だと思います。

加えて、SUVだとわかっていても、その系譜は骨っぽい四駆であってほしいという思惑よりも、ただの乗り換え車種でいいのよといった、骨っぽさなぞ不要の評論が多くなり、せっかくの基本性能にも無駄と思われかねない風評の方が主流となってきました。

これは、メーカーサイドにとっては、車づくりの転換を判断させるひとつの材料になるのだろうと感じます。少なくとも2代目のモデル末期において、エスクードに興味を持っていた人々は、この流れに乗ってしまうような車の在り方は否定していたのですが、世の中の趨勢はそうはならなかった。時代が変わったと言えばそれまでながら、2年にわたって何の動きも見えてこない次世代ということは、こりゃ4代目はないかもねえとつぶやくしかないようです。

その、あまり考えたくないシナリオを妄想するなら、市場に迎合していくためのプラットホームは、SX4をベースにした、同車のフルモデルチェンジかビッグマイナーチェンジによる、ディメンションの拡張ではないかと、以前のブログで検証したことがありました。燃費改善のアイテムとして、パワーステアリングを油圧式から電気(EPS)式にしてみたり、車重低減(軽量化)のためバックドアのスペアタイヤレスをしてみたり、なんて生易しいものじゃなくて、駆動方式がFFベースの四駆ということです。この路線で、2012年あたりが、歴代のモデルサイクルから見た先行量産開始と、まあ好き勝手に妄想したわけです。

しかしこの時点では、フォルクスワーゲンとの提携というプログラムは全く想像もしていませんでした。フォルクスワーゲンが出てきたなら、ティグアンなんかをOEMとして「これでいいのだ」とエスクード改めグランドビターラとして国内投入するという荒技があっても、抗えないなあと戦慄していたのですが、それで市場は納得しちゃうとしても、開発陣は面白くないでしょう。何しろこの「妄想シナリオの上」では、次期SX4の骨格は出来上がっているのですから。

そこで苦肉の策を加えて、次期SX4のプラットホーム活用は踏襲し、ワーゲンがエンジンサプライヤーとなる、どっちにしても面白くないかも? な路線転換も妄想してみました。そのうえ、あとからエンジン載せ替えだなどと言われてしまうと、エンジンルームや駆動系との取り回しをすり合わせなくてはならないから、それらのレイアウト変更で、開発自体が凍結になってしまうかもしれない。ブランドに弱い現代日本人の反応としては、VW印が付くことの方がありがたいと思うかもしれないけれど、この選択は、ディーラー側にとってはいやな話です。メンテナンス面で、よその機械をあてがわれることで手を焼かねばならなくなるでしょうから。

こういう妄想をしてしまうと、悪循環でしかなくなるのですが、現状、ジムニーシエラの次期モデルすら、どこかへすっ飛んでしまったともうわさされています。エスクードにおいておや・・・ 国内経済の推移と東日本復興をフォーマットとした情勢では、自社内商品として普通自動車の新型を繰り出すリスクよりも、売り出すべきモデルはほかにあるでしょう。何をプラットホームとし、サプライヤーとするかにしても、国外での先行リリースを計り、あとから国内投入という方法をとっていくのかもしれません。妄想の上で、とあらためて明言したうえで、レイアウト変更やら何やらを片付け、新型を出していくのはあと2年くらい先として、それが国内に出てくるのは2015年くらいになると・・・ それでもモデルサイクルとしては、エスクード比なら普通のタームです。いやしかし、名前だけ踏襲される、なんて考え方も甘いような気がするし、そもそもプラットホームもエンジンも、まったく別のSUVなわけですから・・・

それにしても、こんな妄想の中での現行型式3代目が、細々とでも国内販売されるのかどうか。北米と中近東には、まだそこそこにマーケットがありますが。

かっこいいとはこういうことさ ~車体色その4~

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esc1318-150x150国内仕様のエスクードに採用された車体色の中で、不思議にも希少なケースが赤い色であることは、3代目登場時にラインナップされたブライトレッドⅡがあっという間にカタログ落ちしたことで、人気色になり損ねたエピソードでも明らかです。

このソリッド系の赤は実に久しぶりの登場で、最初のリリースは1989年式のゴールドウイン・リミテッドに用いられたミディアムレッド以来でした。こちらは限定色であり、初代のシリーズ中、唯一のモデルとなっています。マイカ、ソリッドを通して、赤系は2代目エスクードでは全く存在していません。

しかしながら、初代においてはもう一つの赤系カラーが、テンロクで言えば3型以降、非常に長く投入されました。ラジアントレッドマイカ。俗にワインレッドと呼ばれたカラーで、モデル末期(その頃はマーキュリーシルバーメタリックとのツートンカラー)まで活用されています。前項で少し述べた、11系や31系にも、この色は採用されていました。しかもこの車体色、Gリミテッドやゴールドウインリミテッドなどの特別仕様にも存在し、そのパーツを応用すると、挿絵のようなGコンバーチブル(モデルとしては存在しません)といった遊びもできるのです。

深みのある赤にマイカ系の光沢を兼ね備えており、初代のシリーズ中最もポップとエレガントを標榜したと思われる色でしたが、このようなラテン系かはたまた派手目かといった趣向はメーカーサイドでは本意ではなかったのか、51系への移行では2000cc以上には受け継がれていません。エスクードは2代目以降、シックなカラーリングに固定されていきます。それだけに、ラジアンレッドマイカは、冒険しながらも息の長い唯一の赤と言えるのです。

ところで、ラジアンというのは「円周上でその円の半径と同じ長さの弧を切り取る2本の半径が成す角の値」のことを示すのですが、もちろんこれはうっちゃりをかましてしまっていい別の意味合い。車体色の側で導き出されるのは「光や熱を発する」「輝き」という意味合いです。いろいろ紐解いていくと、スイレンだとかバラなど花の種類にも用いられていて、そこでは『深い紅色』とも解釈されているようです。このあたりの引用が、ルーツなのかもしれません。

バラの花には、レッドラジアンスという種類があるそうです。4月から10月にかけて、濃いピンクの花が咲くとか。濃いピンク・・・純粋な赤ではないのです。だからと言って三倍速い仮面の男が出てくるわけではありません。レッドラジアンスで有名なバラは、広島市役所の本庁舎西側に植えられている5~6株のそれ。医学博士故・永井隆さんの長崎の住まいに植えられていたものを株分けし、育てられているものです。広島・長崎原爆都市青年交歓会の記念として、長崎の青年団体を通して永井さんから寄贈されたという逸話があります。永井さんは長崎で被爆し、負傷者の救護と原爆障害の研究に取り組んだ人物。この逸話もまた、ラジアンレッドマイカの由来とは直接結びつくものではありませんが、近しい名前にそんなエピソードがあることも、ひとつのイメージになるのではないでしょうか。

スタンダードな限定色? ~車体色その3~

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初代の11系と31系には、カタログ色が3種類しかありませんでした。白や銀や黒は特別仕様色で、スタンダードモデルには紺、緑、赤(それぞれ独自のネーミングがあります)が用意され、スプラッシュガードやバンパーの色を変えて2トーン化していたのが、この時代のカラーコーディネート。

そのうちの紺色と言われるスキューバブルー・メタリックは、ヘリーハンセンリミテッドやゴールドウインリミテッドにも応用された色でした。赤系のラジアントレッドマイカも、Gリミテッドなどに採用されています。

スキューバというのは、フランスの海洋探検家・クストー氏が発明した潜水具のひとつ。自給式水中呼吸装置のことで、「Self-Contained Underwater Breathing Apparatus」の略称であります。圧縮空気入りボンベと圧力自動調節弁付きの送気管、マウスピースなどで構成され、氏がフランス海軍に在籍していた折にこの開発を進めたのだそうです。一般的に呼称されているアクアラングというのは、商標にあたります。

ヘリーハンセンという防水ウエアから発展したソフトギアと、クストー氏のハードギアとのイメージの組み合わせが、スキューバブルーメタリックのヘリーハンセンには施されていたのです。同じ色設定のゴールドウインの立場がなくなるような気もしますが、それは言いっこなし。逆にそのような仕様設定のないカタログモデルであっても、この色のエスクードにはクストー・ブランドが息づいていたと言ってもいいでしょう。

ラジアントレッドマイカはあえて別項に持ち越ししますが、そうすると、残る緑色のダークターコイズグリーンメタリックは、実際に限定や特別仕様に採用されなかったにもかかわらず、そのことが「11、31専用色」という不思議な位置づけとして浮かび上がってきます。ターコイズ、つまりヒスイのイメージとは少し違って地味目なグリーンであったこのカタログカラーも、こういう視点で見ると際立っていたのです。

対極の白と黒 ~車体色その2~

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スズキの自動車においては定番中の定番色ともいえる、スペリアホワイトは、キャリイからエスクード(初代)まで、採用されなかった車種の方が探すのが難しいかもしれない基本色です。エスクードで言うと2代目からはパールホワイトへ移行し、この頃から塗装の品質にも向上がみられたという評価もありました。

その前段であるスペリアホワイトも決してくすんだりすることはなく、ベーシックな色であっても卸したて、洗いたてのシャツのようなまぶしい白でした。まさに「上質な」と冠するだけのことはあったわけで、逆に手入れを怠ると水垢に泣かされる色でもありました。

この対極を行く分野が、エスクードのカタログ色には、2代目まで存在しません。黒いカラーリングは、徹底して限定車や特別仕様に充てられていました。唯一、レジントップにはサターンブラックメタリックが用意されましたが、このモデル自体が短命です。いや、S仕様には在った・・・かもしれない。サターンブラックメタリックは、90年モデルのゴールドウインリミテッドから登場していたと思われます。それ以前のGリミテッドは、2度ともファンタジーブラック/ミディアムグレーメタリックの2トーンで、若干の差異があります。GリミテッドもⅢからはサターンブラックメタリックに統一されます(ひょっとするとこのゴールドウインまでがファンタジーブラックかもしれませんが)

それにしても、黒とサターンという記号は何処から導かれたのか。当時提携関係にあったGMに同名のブランドがありましたが、GMサターンのそれは、単純にアポロ計画に起用されていたサターンロケットから引用されただけのこと。そのアポロ計画のサターンロケット計画も、従前の計画名がジュピターロケットだったため、次世代ロケットは一つ遠い土星だよね、というノリで命名されています。サタン、とは明らかに綴りも異なり、悪魔との因縁もありません。

まさかの飛躍的な妄想ですが、命名者は土星のモノリスをイメージしていた? キューブリックさんの2001年宇宙の旅は、木星を舞台としていますが、クラーク卿の原作にあっては、宇宙船ディスカバリーは土星に向かって物語を展開していくのです。あっ、でもモノリスは漆黒であってもメタリックではないんだよな・・・

冬の終わりに ~車体色その1~

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被災地暮らしも先は長そうなので、何か新しいことに目を向けなくてはならないなと考え始めたら、何も思いつかない体たらくです。職場にあっては被災地の現実と対峙することばかりなので、少し逃避しておこうと、車体色に関するこじつけな雑記をやってみます。といっても、すべてのエスクードの車体色には言及できませんので、数回で打ち切りです。

1989年5月に登場した、ヘリーハンセンリミテッドには、ネプチューンダークブルーとインビエルノブルー・メタリックの2種類が用意されていました。ネプチューンとはローマ神話の海の神様(ギリシャ神話におけるポセイドン)

ヘリーハンセンリミテッドが、マリンスポーツブランドとのタイアップ特別限定車でしたから、このネーミングの車体色はストレートにわかりやすいです。まさか海王星にまで売り出そうとは考えていなかったと思いますが、アメリカのニュージャージー州には、やはり同じネプチューンという沿岸都市があるので、セールストークにはそのようなイメージ演出も引用されていたかもしれません(実際には当時、ディーラーの営業マンも「ヘリーハンセンって、何の会社?」「すいません、唐突な限定車なもので、よく知りません」というのが真実で、車体色のことなんかかけらも話題になりませんでした)

もう1種類のインビエルノブルー・メタリックは、その独特の淡いブルーが目を引き、「うちで乗っているJA71と同じ色じゃん」と思わされたのですが、ジムニーのときにはさほど興味を持たなかったこの車体色と不思議な響きの名前に、エスクードの購入時に調べていただいたことがあります。

「インビエルノというのは、古代スペイン語で冬を意味する言葉らしいですね。エスクードもスペイン語やポルトガル語から持ってきた名前ですから、そこにあやかってのカラーリングなのかな」

営業マンは納車の日にそのことを伝えてくれました。5月発表で、納車は6月の下旬でしたから、もうシャツを腕まくりして暮らしていたところへ、ずるっと季節ずれしたネーミングのエピソードでした。スペインもポルトガルも、北側は北緯42度くらいまである北半球だし、夏の特別仕様にこのネーミングは変だよねえと思ったのです。が、あとになって考えてみると、スペイン帝国の時代にさかのぼると、彼らは南米やメキシコをはじめ中央アメリカと北アメリカの一部などに進攻し、フィリピン、グアム、マリアナ諸島、北イタリアの一部、南イタリア、シシリー、北アフリカの一部、フランスとドイツの一部、ベルギー、ルクセンブルク、オランダまで領有しちゃうというとんでもない国家でした。

大航海時代、南半球の領地に立てば、彼らはこの時期、冬の青い空を眺めることとなったのですね。

すげー・・・ジムニーを買ったときにはまったく知りませんでしたが、エスクードとインビエルノブルーというカラーリングには、このような逸話を埋め込むことができたのです。ただし、へリーハンセン社の誕生は大航海時代よりもずっとあとのことで、しかも誕生の地はノルウェーです。当然、ブランドイメージの宣伝が優先されたので、冬だとか南半球だとかを連想するようなやつは、ひとりとしていなかったと思われます。

その上この色、歴代エスクードの限定車としては使いまわしを受けなかった希少な事例ですが、裏を返せば当時出ていたジムニーやアルト、エブリイなどに使われていた軽自動車用塗装タンクからの流用です。ついついそっちのほうに気を取られていて、色の名前に秘められたエピソードの価値観を見出すことができませんでした。うーん・・・惜しいことをした。

Team WESTWIN Warriors #034

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TDA2011年第一戦の結果が入っています。福岡県モビリティおおむたのコースコンディションはマッド&どぼとぼの水びたし。参加車両は15台。主催者側は表彰制度を今回に限り凍結し、商品提供をとりやめ、参加者の同意によって震災被災地のためとしたチャリティイベントとしました。

前年度チャンピオンとして幕を閉じたエスクードTA51Wの後藤選手は、いきなり第1回戦でパジェロ3500JトップのH選手と対決し、敗退。H選手は全国区のダートランナーとして島監督からだけでなく広く実力を認められているドライバー。戦う相手としてこれ以上不足のないカードでしたが、とりあえず敗退。いつかタコ殴り確定の後藤選手はここから敗者復活戦を勝ち進み、ベスト4まで這い上がります。

川添選手は順当にベスト4に勝ち進んでいますが、実は彼、前日に社命によって地元のマラソン大会に出走しており、足の筋肉が張り詰めるほどのハンデを抱えてしまいました。出るからにはマラソンだろうと全力疾走してきたらしく、ペダルを思うように踏めません。その上での準決勝が、再び同門対決。パジェロミニ対エスクードの展開を見せることになりました。こうなるともう、意地で筋力を絞り出す執念の走りですが、エスクードに敗れて3位決定戦に臨んでいます。

3位決定戦で川添選手と当ったのは、パジェロロング・ディーゼルのN選手。彼もウエストウインが注目するドライバーの一人です。天候を検討してマッドタイヤをチョイスし、コースにやってきていたことが的を射て、中盤にH選手に敗れながらも敗者復活戦からベスト4の一角をもぎ取っていました。この2人の3位決定戦は、「重く長いパジェロ」「軽く小さなパジェロミニ」のバトルですが、今回のコースレイアウトの特徴としてストレートを長めに作ってあり、双方に有利な条件のなかでも、N選手に軍配が上がりました。川添選手は4位となりましたが、島監督も「よくあの足で最後まで走りぬいたと思います」とのこと。

一方決勝戦は、この流れでお分かりのように第1回戦のカードの再現。タコ殴りのリスクを抱えながらも後藤選手はよくぞここまで勝ち進んできました。ここは彼の根性に免じて鼻ピンくらいに軽減するとして、しかし対戦相手はウエストウインがまだ一度も負かすことのできていないH選手。パジェロJトップの戦闘力も高く、その力をフルに発揮するドライバー相手に、渾身のアタックを仕掛けます。

「彼は、どんな車でも乗りこなすだけでなく、1戦ごとの状況把握がうまい。TDAは1回戦を先攻めあと攻めで2本走るわけですが、その際のミスによるタイムロスをどこで挽回するかを即座に組み立て、実際にタイムを縮めてくる。天才的なセンスとテクニックの持ち主です。うちの後藤君は、これに対して相手が誰でも全力疾走のタイプ。だから駆け引きは不得手でしたね。たとえばトーナメント表を見た瞬間、誰と当るように序盤のペースを作っていくかという駆け引きなら、川添君のクレバーさが誰よりも優れています」

という島監督の評価の通り、優勝はパジェロJトップのH選手。2位にエスクードの後藤選手という結果となりました。後藤選手は1秒少々で優勝を逃したそうですが、エスクードに関しては、今回はタイヤサイズを落としたことによって剛性を確保し、ブレーキもより使えるようになっています。しかし彼はブレーキ勝負に頼らず、前車の旋回減速時にカウンターを当てて肉薄していき、エンジンの回転数を温存して脱出速度を維持するなどのテクニックを使いこなしていたそうです。鼻ピンはデコピンくらいにしてあげましょうか。

島監督は大会を無事に開催できたことについて、こうコメントしてくれました。

「今回の開催に関しては、各地の被災者の皆さんには申し訳ない気持ちをぬぐいきれないながらも、関係者一同、なにか元気を分けてあげたいという思いで運営させていただきました。
 皆さんもくれぐれも元気な気持ちをなくさず、日々を乗り切ってください」

皆が皆、すべてを肯定してくれるわけではないのですが、様々な状況や事情の中で切り盛りされた主催者の方々や、近傍も遠方も含めて福岡に集まられた選手陣、チームスタッフ、ギャラリーの皆さんには、監督のメッセージをいただきながら、ありがとうとお返しします。お疲れ様でした。次回の熱い戦いも期待します。

監督、後藤選手に軽くデコピンはやっといてください。

Team WESTWIN Warriors#033

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いよいよ今年最初のTDAが開幕です。あちこちで災害に苦しむ人がいる中、燃料の浪費でしかないイベントなどけしからん、という風評被害もたくさん出ていますが、元気を出せるところには元気を出してほしい。こちらのフラストレーションを吹き飛ばすような熱い戦いを期待したいです。

「現実に自粛なさってエントリーを取り下げられたチームもありますが、この大会をチャリティとして開催する趣旨を説明したところ、やりましょうと言ってくれた人もたくさんいらっしゃる。だから、集まってきてくれるだけでも意義のある大会だと、参加者が胸を張れる下支えをします」

島監督は、主催者の一人として多くのことを背負っていますが、背負ったうえで前に進もうとする意志は、こっちは手も足も出ないながらも後押ししたいと思うのです。

後藤選手、川添選手の車両については、以下の状況。

「後藤君のエスクードは、205-65R/16 GEOLANDAR AT-Sがなんとか間に合いました」

島監督によると、タイヤ在庫がなく、首都圏から取り寄せようとしたのですがこの震災で輸送が停滞し、ややもすると擦り切れた古いタイヤのまま出走しなければならなかったそうです。この時代のエスクードの純正サイズは、確かに品薄で、我々だって65扁平は使っていません(BLUEらすかるの夏タイヤで225の70だもの)。ましてジオランダーなどは3代目規格に移行して人気を得ていますから、やきもきしたことでしょう。
今回、後藤選手はマフラーをチームメンバーでもある今井自動車さんに製作依頼しており、これも完成したそうです。

一方、川添選手のパジェロミニも、エンジンピストン等交換、ヘッド面研、インテ-ク、エキゾーストマニホールドポート研磨、その他各部組みなおしを施し、非常に軽く回るようになったとか。ターボ過給コントロールも加えられたらしく、後藤君に再挑戦する準備が出来ました。

しかし、福岡は怒涛の雨。コースは泥濘のレベルどころではない「田植えしましょう」状態だそうです。

結果は・・・せっかくだから明日のブログにて。

Eの付くSUPERMOON

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38万4400キロという月軌道と地球の距離は、おおむねそんなもん、という文献からの平均値で、つくばーどでは採用しています。おおざっぱに言えば、27日と何時間の周期で公転しているお月さんも、遠ざかったり近づいたりしていて、遠いときには40万と6000キロを越えています。その逆が、スーパームーンと呼ばれているらしく、今宵の月は35万6567キロという最接近値に対して、だいたい35万6577キロと試算されているから、極めて近いところで満月が輝いていることになります。19年ぶりの大接近だそうで、そういう時には「エクストラ」の冠が付くみたいです。

遠ざかった時と近づいた時のみかけの大きさは1円玉と10円玉の大きさくらいだと言われており、今夜は14%大きく見え、明るさも30%の増量ということです。午前4時ごろが、満月の完成。こういう事象は、いいこと悪いこといろいろ言われており、NASAまでもが見解を求められているのがなんとなく滑稽。しかし我々は、ペガッサ星人にあきれられたように、生息している天体の軌道を変えることなどできない未開の種族ですから、何を言われようともほっとくしかない。

ただ、ちょっと失敗したのは、先代のらすかるを走らせていた頃、ブルームーンだとかスーパームーンだとかの風物詩を知らなかったことです。先代が35万キロに到達したのは2004年の1月22日。実際の月と地球の距離は知りませんが、この日はばりばりの新月でした。実際の月が前回最接近しているのは、スーパームーンの周期に倣えば1992年あたり? おおっ、まだ先代のらすかるどころか、エスクードにはV6すらないよ。

現在、仙台でくすぶっているBLUEらすかるは、33万1500キロ。うむむむ・・・かすりもしていない。この話題を提供してくれたマミポコさん曰く「最接近でも月って遠いですね」とは、まったく同感です。まだまだ先は長い。