Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

ほろほろ

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七時雨山(ななしぐれやま)という、いかにも目を引き耳を傾けてしまいそうな字面と響きにずっと惹かれていながら、ついつい行きそびれていたうえに、場所に至っては完全に勘違いしていたのが、その山麓にある田代平高原の七時雨山荘。

僕はそれが「安比高原にある」と思いこんでいて、白神爺。さんは、「安比高原にも七時雨山荘がある」ということを知らなかったという、あわやの待ち合わせ。いやいや、情報は持ち寄ってつきあわせてこそ性格になっていくものでして、七時雨山荘は安比にもあるし、田代平高原にもちゃんと存在するのです。

スズキエスクードとユーノス・ロードスターには、少なからず共通項がある・・・と、勝手に思いこんでいるのは僕の方ですが、それを見極めるためには、やっぱりコンバーチブルで出かけていかなければわからないだろうと、言っておきながらあまりの暑さと、いつ降ってくるかわからないにわか雨に恐れを成して、根性無しにもこちらは頭の上を開けただけでした。ロードスターが、ほぼワンタッチでがしゃがしゃと幌をたためる機構は、同時にがしゃがしゃと屋根を閉じることもほぼワンタッチ。これはうらやましいです。エスクードは、うりゃっと取っぱらうのは簡単だけれど、ワンタッチで幌掛けはできない。

両車、メインユースのステージは異なりますが、生まれてくる背景にあった「こんなやつに乗りたくないかい?」という開発者のテーゼは、けっこう似ていたのではないかと思わされます。ただ、人馬一体というコンセプトを掲げ、エンドユーザーとのキャッチボールを今なお続けているロードスター(それでもNB、NCというモデル進化には賛否があるとか)に対して、市場に迎合しすぎのエスクードは、エンドユーザーの本当の心を捉えていたかというと、どうなんでしょ?と思わされます。

そういう眉間に皺を寄せてしまうような対話をしていたのかというと、してません。天気の話とツーリングの話と、あとなんだっけ? 結局、高原に至る細くくねった登りと下りを、つるんで走って、NAのクリッピングより01Rの方が深くつっこんでいるとか(危ないだろうっ)、ストレートじゃ全然ついていけないとか(あっちはツインカムだもん)とか、そういう時間が楽しいのは、何処も同じです。

偵察行

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阿原山、天狗岩、種山と、大きく分けて二つの隣接する高原地帯を巡り、林道は4本しか走ってこられませんでしたが、一泊することであと何本かを走ることが出来るでしょう。

今まで案内してきた山岳地帯の険しいルートや、低山でも泥やぬかるみの待ち受けるようなものではなく、初心者向けのコンディションです。が、初心者向けという言葉には、当然、裏があります。1本目に入った8.5kmのルートの前半は、なかなかの藪だということです。初心者が初心者でなくなる、通過儀礼になるのかも。

もちろん、そこだけやめちゃっても問題ないですが、そこにしかない風景に心躍らせるというのは、あきらめるしかなくなります。

種山高原側は、3代目エスクードも楽に走れるコンディション。速度の出すぎに注意する必要があります。ネックは、林道の分布が高原の東と西に分かれていることで、ぐるっとまわってくるのに2時間かかりました。エリアを広げようとするなら、二日間に分けて東側に時間をかけるというのが良いかもしれません。初日は水沢で買い出ししてからとなるので、午後からこの基本ルートをこなし、夕方まで遊んで、東側は2日目に出かけるというプランが良さそうです。

写真は種山高原のダートのスタート地点。ここは午前中早い時間の方が、絵になるような気がします。2日目に晴れていたら、朝出かけるのがベスト。宿泊地点から10分かからないし。

で、偵察行というか、らいとにんぐなレポートはこちら。 念のためにイベントの案内はこちらです。案内では8月1日頃までとしていますが、10日くらいまで受けつけてます。

31万kmを踏む瞬間

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妙高でのつくばーどの帰路、正確には群馬県嬬恋村からの帰り道ですが、我が家は万座ハイウエーを使って国道144号へ降りて、145号で吾妻渓谷沿いに渋川を目指しました。

八ツ場ダム工事がらみで混雑するかと思ったけれどそうでもなく、祇園祭の出しを準備する風景に、これは失敗したかとびびったわりには時間帯が早く、スムーズに走れております。中之条にさしかかる前でその国道からも外れ、吾妻川の右岸にある地方道を進むと、さらにペースが安定。平日並みの時間で関越のインターにたどり着くことが出来、帰り渋滞を回避できました。

これで一気に帰宅しちゃうなら、北関東・50号線・東北から再び北関東道ですが、太田桐生インターを降りたところでオドメータを見ると、どうももう一度北関東道に上がったあと、茨城県に入ったあたりで31万kmを踏みそうな雰囲気。うちのナビにはそもそも北関東道なんか載っていないので、正確な距離計算が出来ません。

仕方なく、れいんさんがこのルートにより近い一般道の区間距離をナビによって割り出し、おおよその距離を測ると、

「たぶんね、桜川筑西インターまでは大丈夫・・・・の、はず」

まあ計算が合わなかったら真岡で降りればいいかと、佐野藤岡から東北道へ。しかし真岡インターまでに精度の高い計算をもう一度したいと、ツーリングマップルRの高速料金表やら地図表記やらで検算。

「やっぱり10kmくらいは残る・・・かなあ」

というわけで、ここで妻を信じずどうすると、覚悟を決めて走り続けます。トンネルを抜けて栃木県を離れ、目的のインターまでやってくると、309992km。おそるべし暗算の妙技(でもエクセルとか花子とかは使えません)。桜川市でファミレスに入ると、我々より1時間ほど前に帰宅したというTA01Wさんからメール着信。こちらも現在位置を伝えると

『なんで桜川市でわざわざ降りる?』

「いやー、ここまでであと5km走ると31万kmなんだよー」

さて問題は、このファミレスを出たら、5kmの地点で安全に駐車してメータ撮影を出来る場所があるかどうか。

「バイパス区間の先に、セルフスタンドがあるよね」

「うーん・・・あそこまでだと5kmは無いよ」

「じゃあ足りない分はスタンドの中を周回する」

おいおい、そんなことしてたら不審者と間違われるぜと、旧市街地と市街地とを使ってちょっと調整。これでどうだというところで、スタンドに入り、メーターを見たら30999から310000にまさに切り替わるところ。結局、給油中のクルマは撮影できましたが、ゼロカウント状態ではほんのわずかに足りず、国道の路肩にて撮影。トリップメータの方が200mほど動いてしまいました。

ありそうでありません、でも存在

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昔書いた記事の写真が出てきたので再掲。TA/D11、31系の車体色はおおざっぱに言って赤、青、緑の3色と、限定車に設定された白、銀、黒ですが、銀はたまたま車体全体が単色であったものの、ほとんどの仕様はバンパーや車体下半分のオーバーフェンダーやスプラッシュガードを別色としたツートンカラーでした。

意外なことに、スズキの定番カラーでもあったスペリアホワイト単色のカタログカラーが、テンロクにはあったのに、V6の2.0とディーゼルには無かったのです。

 

実際のところ、ヨーロッパには11/31系のグリルデザインのまま直4の2.0を搭載したモデルが、ハードトップはおろかコンバーチブルにもあったし、北米では1.8の直4を載せたロングボディもありましたから、国内においてもTA/D51WにV6用のグリルを取り付けるという趣向は、当然あってもおかしくない。しかしSマークを外したがる人はいても、グリルを交換して楽しむという人はほとんどいなくて、むしろその趣向はテンロクでノマドや後期型ショート系の人が、前期型グリルや北米仕様に取り替えるといった事例の方が多かったのです。凝ったパターンでは、フロントにガードを取り付けた人が、メッキのままのグリルでは浮いてしまうと、グリルを車体色に塗り替えるというケースはありました。

一見V6のハードトップ? と思わせるSIDEKICKさんの荒行TA51Wは、数少ないグリル交換例で、ショートボディのエスクードには51Wのグリルよりもこちらの方が似合うのではないかと感じさせる雰囲気があります。でも、こんなことやる人はいないだろうと思われていたのもまた、当時(5~6年前)でした。だから風花さんが撮影してきた、もう1台のTA51Wの写真を見たときは、ちょっとびっくり。いるところにはいる、という認識を新たにさせていただきました。

寿   命

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あおいろさんのTD51Wが先日、よりによったら廃車かも?というトラブルに見舞われたというので、いったいどうしたのかと伺ったら、エアコンのコンプレッサーに組み込まれているマグネットクラッチが、経年変化の寿命によって破損し、プーリーと干渉してあわやという事態を招いていました。即断で移動を中止し、旅先のディーラーで応急処置を施し帰宅。地元ディーラーにてリビルド品のコンプレッサーに交換修理と、的確な判断がなされ、故障の度合いを最小限にとどめているそうです。

 

あおいろさんから、写真と、故障に至るプロセスについてのレポートをいただくことが出来たので、ESCLEVで紹介しています。

あおいろさんによれば

「当初はエアコン周り総取替えが必要と、出先ディーラーでの診断だったのですが、地元ではコンプレッサーASMの交換で復旧可能と診てくれて、中古の51W丸ごと買えるのでは? という見積もりから、中古のレカロが買えるかも。というレベルに落ち着けました」

これは大きな違いです。無理をしなかったことが損傷を小さく抑えられたわけで、ややもするとプーリーも、あるいは破片が飛散してエンジン自体も、ということになるかもしれないです。プーリーとの干渉による大きな音で判断をつけられたとのことです。音に関しては最も初期の自己診断にかかわることがわかりますね。

Team WESTWIN Warriors#019

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世羅の激戦から早くも一ヶ月。すいません、もうそんなに経ってしまっているのですが、もう一回世羅の話題。

記事の差し替えが間に合わなかったらさらに遅れちゃうというリスクをはらみながらも、差し替え入稿した記事が予定通りに掲載されていれば、WESTWINを紹介したスーパースージーの59号が本日リリースとなります(と言ってもいつもの半ページです)。しかし今思うと、この予選前のシーン。このときP1クラスの1~3位が、その表彰台の順番で並んでいたのでした。まさかそういう結果になるとは・・・

さてteamWESTWINの今夏。残念にも6月末のXCダート耐久を見送った彼等ですが、8月22日のXCダート耐久を目指して、パジェロミニ・エンデューロ仕様の仕上げが進んでいるはずです。そしてこの耐久レースに向けて、いよいよベールを脱ぐTA31Wのために、新たに「チズちゃん with WESTWIN」なるチームが結成されるらしい。

監督! チズちゃんって、どなたですか???

「えーと、彼女は、かつてWitchersで走ったムツミさんのお母さん。今回は第1ドライバーです。第2ドライバーが小松良介くん、そして第3の男が、わたし」

・・・なんと、監督の復帰戦は川添・後藤組に名を連ねるのではなく、彼らと戦うための別枠としての参戦なのでした。

彼は乗っているかも

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7月1日は、ヘンリー・ウォルトン・ジョーンズ・ジュニア・・・というより、あのインディアナ・ジョーンズ博士の誕生日です。生年は1899年。彼はアル・カポネやデューク・エリントン、ハンフリー・ボガードと同じ年の生まれなんですね。日本では、あの日本電気(NEC)や、後に森永製菓となる森永西洋菓子製造所が創設された年回りで、川端康成だとか池田勇人だとか代田稔が生まれている。こういう人物が絡んでくる可能性があると、あのシリーズってまだ話の作りがいがありそうです。

 

奇しくも、インディー・ジョーンズが最後に活躍しているのは「クリスタル・スカルの王国」、ではなく、我らがスズキエスクードの3代目の3型登場時のタイアップCM。とはいえ、ジョーンズ博士とエスクードは直接絡んではおらず、ポスターやサンシェードのデザインにコラボレートしているだけで、あの遺跡を目指して突っ走るエスクードに乗っているのはどう見ても若者。しかし、あれだけ臆面もなくジョン・ウイリアムスの楽曲をバックに走っていくのだから、運転しているのはジョーンズ博士の孫や曾孫なのではないかと、勝手に妄想していました。

クリスタル・スカルの王国が1957年の物語で、このとき博士は58歳。さすがに2005年まで存命で3代目エスクードを現役で乗るとなると化け物ですが、実は彼の没年はまだ明らかにされていない。となると、少なくとも89歳のときに、初代のトラッカーやサイドキックくらいには乗ったかもしれない。うーん、そんな年齢のハリソン・フォードをあまり見たくはないけれど、案外しゃきっとしたじじいになっているのではないかと想像できます。彼が89歳で元気なら、クリスタル・スカルの王国に登場したマット・ウイリアムズことヘンリー・ジョーンズ三世は、五十代で初代エスクードと同じ時代を過ごすことになります。すると、3代目エスクードに触れてくるのは、ヘンリー・ジョーンズ四世や、その子供の世代になるわけです。

もっとも、ジョーンズ家がSUZUKIの愛好家一家であるかどうかは、誰にもわからない、設定以前の世界なのですが・・・

第2回Fレイド 結果

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6月27日に開かれた第2回Fレイドは、スタート地点の那須塩原から南会津、只見を抜けて会津若松から白河への260kmをステージとしました。

小雨と霧の中を走り抜けた結果、出走13台全てが、それぞれのカタログ値(10.15モード燃費)を上回りました。今夏は燃費基準値に対する達成率を競っていますが、歴代エスクードのほぼ全て(出走していないタイプもあるため)は、やろうと思えばリッター10kmを遙かに超えていけるのです。

 

クラス1(1600cc)優勝 NONNONさん  基準・リッター11.6kmに対して達成率1.314 総合第2位

クラス2(2000~2500cc)優勝 s.Doさん 基準・リッター10.2kmに対し達成率1.350 総合優勝

クラス3(2700~3200cc)優勝 コムロさん 基準・リッター8.8kmに対して達成率1.222 総合第6位

クラス6(エスクード以外のディーゼル車)優勝 ふっじいさん 基準・リッター11.3kmに対して達成率1.253 総合第5位

詳細レポートは後で作成しますが、総合優勝のs.Doさんは「普段の運転そのままです。エンジン回転をいたずらに上げないんです。後ろにいた人は、立ち上がりが遅いなと感じたと思います」とのコメント。

クラス1のNONNONさんは「普段と違って我慢の運転でした。ATの変速タイミングをつかむように工夫が必要でした」

クラス3のコムロさんは「グランドエスクードや3.2XSのカタログ値が低すぎでしょう。今回のような条件でなら、丁寧に走らせればリッター10kmを下回ることはないです」

クラス6のふっじいさんは「4.2リッターディーゼルとしては、実燃費でリッター14km走ってくれたのは申し分ないです。これは過去最高」

なお、総合第4位の青影さんのデータも見逃せません。基準・13.2kmに対する達成率は1.254と悪くない上、今回最も燃料消費が少なく、260km走行後の給油量は最小の16.31リットル。実燃費をみるとリッター15.94kmを出しているのです(下のコメントによると走行距離はさらに10km多いので、数値のすごさにあらためて驚き)。直4、2000ccショートのカタログ値は、グランドとは逆にシビアなのでしょう。

Team WESTWIN Warriors#018

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ENCOUNTERから借用

2006年晩秋、我々の間で「E-376」と呼ばれていたエスクードが、その制作者による最後の耐久レースを走りました。

サスペンショントラブルによる幕切れではあったけれど、E-376は応援に駆けつけた仲間の記憶に焼き付いていきます。

制作者はWESTWINの島雄司さん。このレースを現役最後の走りと宣言し、周囲を驚かせました。

その後一度だけ、地元九州でのレースに、2台目のエスクードでエントリーしたものの、アクシデントによって島さんまで出走順番が回ってくることはなく、このエスクードもリタイアに終わっています。

このシーンが再び

翌年の2007年、やはり晩秋。島さんは監督として、自ら「秘蔵っ子たち」と鍛え上げていた2人の若手ドライバーを、E-376が走った京都コスモスパークに送り込んできました。

しかし諸事情により監督不在のWESTWINという状況と、トランスポーターから降ろされていくクルマがパジェロミニである風景に、誰もが首をかしげるのです。しかし2人のドライバー、川添哲郎君と後藤誠司君は、周囲の下馬評をものともせずに大排気量から軽自動車まで混戦の耐久レースを走り抜き、デビュー戦を二位で飾っていくのです。

まさにWESTWINニューゼネレーションの誕生のときでした。

 

その後のWESTWINの活躍は、川添君、後藤君それぞれのダートトライアルが展開され、時々、エスクードも思わぬ作戦によって復帰するなど、沢山のエピソードを紡いでいますが、JXCD第二戦が終了した今、早くも次のステージに向けて準備が開始されています。

それが、あの京都におけるXC耐久レース(6月27日)。E-376の退役、パジェロミニのデビューという記憶に刻みつけられたレースに、WESTWINが戻ってくるようです。

「ドライバーは3人体制で考えています。つまり、私も戦うということです」

JXCD第二戦前夜、広島のレストランバーで、島監督は遂にその一言を告げました。参戦車両は耐久仕様のもう1台のパジェロミニを投入すると思われますが、島さんが若手と一緒に戦うという、大きなエポックが明らかとなりました。最近、「やつらには言いませんけど、あの成長ぶりには追い越されたかなあと思うことがあります」とつぶやくことのある監督でしたが「私自身の闘志は負けちゃいませんよ」とも。

無念にも同じ日曜日、こちらはつくばーど主催の第2回Fレイドで、精神的な耐久走行の最中となり、このレースの観戦に行くことは出来ません。京都に赴くことの可能な方々、WESTWINの熱い戦いをぜひ応援してあげて下さい。

あらまぁ。

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気付けばメーターパネルを交換してからの方が長くなってました、走行距離。228,000km越えました。

交換時点で109,000km。

それよりも、327km走って燃料計の針がこの位置って・・・7km/L台ではなかろうかいね(汗)