Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

人よ命よ始まりを見る(それ違う)

4 Comments »

史上初のエスクードミーティングかもしれない(この日付の数日前に林道ツーリングがあるので)、狼駄さんがエスクード仲間を1か所に招いてミーティングを企画した第1回目から、20年が巡っています。これがあの「ネギまみれ」誕生のときでもあるそうです。97年には3回のミーティングが開かれていました。ここから2年程度で多くのユーザーさんが個人サイトを立ち上げ、メーリングリストのクラブが成立し、当時のモンスターにもエスクードのクラブが結成されていきます。

モンスター、スズキスポーツによるクラブとメーリングリストのクラブを別にすれば、この頃インターネットで情報発信していたエスクードの交流は、いわゆるSNSに頼らず(そういうのが無かったしね)個人の熱意と努力で運営されていたことが注目すべき展開です。しかもオンラインの活用は告知と経過報告。主たる活動は「ちょっと行って会って来よう」というオフラインでの企画が成果をあげました。

これがあったからこそ、あとが続いたのです。無論歳月の経過とともに乗り換えた人もサイト閉鎖した人もありますが、続いているところは続いている。エスクードという素材が代替わりを繰り返してユーザー層が変わり、巷にあふれる情報量とその入手手段も激変した今、交流の持続に意味があるのか? といった評もありますが、逆に言えば誰にも「不要」とは言えないのです。

それは重苦しい? そうでもありません。なんせ好きでやっている面々ですから、エスクードのユーザーさんがやってくればいつでも「ようこそ」と手を振ってくれます。

ところでこの頃のつくばーど基地といえば、TA11WとTD01Wの2台体制第二陣が敷かれていたのですが、なんとその写真が残っていないばかりか、かなり意外な風景が記録されておりました。

いいのか?こういう布陣を公開しちゃって(笑)

ブライトレッド5なんて持ってないし

4 Comments »

現在使っている眼鏡は近視によって必要となり度を合わせていたのですが、これをつけたままだと手元の細かい作業がやりにくく、眼鏡をはずした方がまだまし。

自分では老眼出てきたかなあと感じていたので遠近両用も作ってみたものの、使いにくい。

てことはまだ近視のままなの俺?

 

それはさておきブライトレッド5なんて塗料は持ってませんよ。できるだけ近い赤を塗ったけれど黒ずむ。失敗したわといろいろ考えて上塗りせざるを得ませんでしたが、ガンダムマーカーの赤を使ったことは機密事項です。黒に至っては、まんまブラック光沢です。

鳥の両翼車の両輪

2 Comments »

対でなければ意味を成さない。双方揃って初めて機能する。まあ自動車の場合は最低4つ無いとだめだし、5本目のタイヤが必要なのかもはや不要の時代なのかを議論してしまうのですが、鳥も車も哀しいほどにシンメトリックな姿かたちで進化してきました。車の両輪は、鳥の翼が空を求めるように、地面が無くてはならない。地面が車を求めていないと論ずる人々もおりましょうが、そこは容赦してほしい。

ところで、鳥は酉。犬猿の仲である申と戌の間にいて両者をつなぎ「とりもつ」干支であると、誰かが唱えていました。素敵な語呂合わせです。これまでやってきたことを次の年に手渡していく、そんな1年にできたらと考えています。

本年はスズキエスクード誕生から29年め。まさしく取り持つ1年として走り続けたいと思うのです。

Feliz Ano Novo!

8 Comments »

滅多にないでは立場がない

滅多にないでは立場がない はコメントを受け付けていません

エスクードがカラー8頁も扱われること自体、しかもそれが「あの」←かなり失礼と承知で「QURIOUS」が取り上げるのは、確かに滅多にないことです。下手をするとこの雑誌の読者層からは、何故だ? などと言われちゃうかもしれない。そこまでコンプレックスを抱え込む必要もありませんが、確か第9号でもオフロード性能をちょっとだけ紹介されていたはずで、それでもちょっとだけだったのです。しかし今月リリースされた第12号は、これまた違った意味でびっくりです。

経緯を明かせばこのエスクードは同誌編集部を兼ねるカマドさんが引き取ってきたもので、これをどうしたことか二階堂裕さんが買い取ったことによって、掲載の実現へと動き出したとのお話。二階堂さん曰く

「状態は悪くないし車検もたくさん残っていたから。それに安かったしね」

安かったっていくらしたんですかと尋ねてはあります。恐ろしくて書けません。

そりゃー買うわなぁ、という破格で二階堂さん所有となったエスクードが「うちのじゃないです(笑)」にて突如現れたTD51W。二階堂さんがエスクードを所有するのは3度目になりますが、まさかのこの車体色ですからまさしく滅多にない(一次ユーザー時代はともかく、今は51W、61Wともに、意外と中古車として出てこない色なのです。)ことだってんで「野鴨屋的珍事」に至ったのが最近。来月7日にリリースされる「スーパースージー98号」の連載のための取材でした。

記事を一読すると、そこは四駆道楽専門誌です。どれくらい辛辣に一刀両断されるかとびくびくしましたが、ダメなところはダメなりに、優れたところもきちんとフォローしてくれていて、この雑誌でこれだけ評価してくれるのはちょっと嬉しい。リアサスの構造であるとか、下回りに残したオフロード車としての考え方であるとか、多少の室内の窮屈感を訴えながらも小型車サイズとして合理的なコンパクトさであるとか。テンロクの車体に対して無意味な拡幅ではないとか。

仮に、ですが、これで61Wと乗り比べてもらう機会があれば、11WのV6が直4と入れ替わったトルクの細さについて、61WのV6が雪辱を果たしていることも理解していただけるのかもしれません。まあそれでも同誌が言うようにV6の2500は少数派であることは違いありません。ただひとつ、このエスクードの29万キロちょっとの走行距離が、~ランクルあたりでは珍しくないが個人所有のエスクードでは滅多にない~というのはエスクードを知らない人の意見です。

BLUEらすかるは棚上げするとしても、29万キロごときで何言ってんの、という現役初代乗りは他にもいます。三代目が20万キロ台に届く時代、初代乗りは、このサイズ、コンセプトをこよなく好いているのです。いやそれよりね、結果的にボツになったけれど2009年に一度、うちのエスクードで撮影やってるじゃないですか(笑) このときまだBLUEらすかるは25万キロくらいだったけどさ。62万キロを越えたいま「滅多にない」と言わては、うちも立場が無いのですよ。

 

20年の風景

20年の風景 はコメントを受け付けていません

96年式のBLUEらすかると、まあデビューは昨年ですが事実上今年になって市場に流通するようになった4代目。

もちろんこの間、二世代の進化があるわけですが、20年の開きというのは大きいなあ。知らない人には同じ名前のクルマだなんてわかんないね。

3台めの三代目

3台めの三代目 はコメントを受け付けていません

最初にこの宿の写真を拝見したとき、そこに停められていたのはTD01W、ノマドでした。深い雪でもランクルやパジェロならどんどん走れるけれど、埋もれてしまったら1人ではどうにもならないほど大きくて重い。エスクードはどうにか単独でも掘り出すことができて、ジャッキで持ち上げ、スタックから脱出できる。それがノマドのアイデンティティーだったそうです。同じ写真に注目してマミポコさんが宿を訪ねて行った時、ノマドはTD52Wに交換されていました。

二代目への交替は2006年に行われており、二代目エスクードは10年にわたって「民宿 風蓮」のご主人、松尾さんの日常を支えてきたことになります。コンパクトで軽量な車体に、ラダーフレームを持つ頑丈さがあればこそのスイッチだったとか。実は松尾さん、ノマドでも2代目でも土手下滑落経験をお持ちで、たいした破損もせずに帰宅できたというつわもの逸話があります。この二代目が壊れたら、また二代目を探そうかなと、松尾さんは以前マミポコさんに話していましたが・・・

昨日のこと、再びマミポコさんが根室を訪れ風蓮に宿泊したところ、なんとエスクードはTDA4Wに代替わりしておりました。この秋に乗り換えたのだそうです。おお! 松尾さん素晴らしい! この際モノコックとなった車体のことは棚に上げてしまいましょう。三代目にはまだ副変速機というエスクードならではの強さがありますから。マミポコさんからの第一報には「エスクードが良くてねえ」という松尾さんのコメントが寄せられておりました。それもまた嬉しい便りです。

 

年越しからの皮算用

年越しからの皮算用 はコメントを受け付けていません

月は欠け続け疲れも出てきたところに暦並みの連休を得られて、持ち主は(仕事は持ち帰りですが)いくらか休養できていますが、BLUEらすかるは23日早朝に62万キロに至りました。これで年内、あとどのくらい走るかですが、1000キロ行くか行かないかの皮算用というところでしょう。記録を見たら、2007年の同じ日、20万キロを刻んでいました。最初のエンジントラブルから復調したころです。

それから1年もたなかったのが、この61Wを買ったときに載っていたエンジンです。22万4000キロで一基目のエンジンは降ろされました。二基目は今年の夏まで、35万4500キロを走りましたが、プラグ破裂でシリンダーも破損。それを修理することは可能だったのですが、時間が無かったために載せ替えを決断したわけです。現在のエンジンはちょうど、車を買ったときのエンジンの走行距離に届いたくらいです。

ここからの走りが総決算になるでしょう。そうそう都合よくエンジンが転がり出てくるわけではないし。現状のコンディションでどこまで行けるか。あちこち壊れたところはその都度新品に入れ替えていますが、車体も大分くたびれてきてます。それでもいいのよ、直せるうちは走らせたいのです。

Team WESTWIN Warriors#105

4 Comments »

かつてE376と呼ばれたエスクードがレース活動に終止符を打ち、ドライバー・島雄司選手が現役を引退してから、10年。この翌年に後のエスクードドライバーとなる後藤・川添コンビネーションによる耐久レースが鮮烈なデビュー戦を飾り、島さんは監督へと移行します。現在、監督業と社長業の二足の草鞋を履く島さんがエスクードをトライアルの素材に見出していなければ、その少し前に退役した白狼が復活することもなかった。

なによりTDAを席巻する2台のエスクードが開発されることもなかったと思うと、10年前の節目も感慨ものです。

すっかり失念していましたが、この紅の武士(ちょっと危ない、一字読み違えないように)とうちのぷらすBLUEは入れ替わるように去就と登場を果していました。さすがにぷらすBLUEにはE376のような戦闘力は与えられていませんが、足回りの構造は強化されたE376も同じもの。ことリアサスに関してエスクードの特性を同じように見出してくれたウエストウインには感謝しなくてはならないと思っています。

来年こそは再びコンバーチブル系のミーティングをやりたいねえ。島さん、売り出しているレジントップでこっちに遊びに来てくれないものかと粉をかけてみますが、あれ商品だから無理だよね。

 

 

箱サイズの実現なのか?

2 Comments »

あらためまして17日にリリースされた四代目エスクードのトミカを眺めてみると、そのフォルムはSUVというジャンルが定着したからこその形を成しており、最も近しい三代目の姿と比べても乗用車とのクロスオーバーが進んだことを感じさせられます。

そこでなんとなく思ったのですが、なぜ今までトミカシリーズにはエスクードがラインナップされなかったのかは、この車高にワケがあったのではないかという憶測。

確たることは何もわかりませんから、あくまでも憶測です。

トミカシリーズすべてを確認していませんから断言しませんが、このパッケージに収まる縦横高さの寸法が、特にトールボーイスタイルであった初代では無理だったのかなという憶測です。当時のエスクードのブランドバリューと突き合わせても、エスクード用に箱のサイズを調整してまでラインナップするだけの商品企画には至らなかった・・・

重ねて言いますけど憶測です。今はこうして手元にあるのですから喜ばしい話なのです。そしてギミックとして盛り込まれたバックドアの開閉は、このモデルから採用された跳ね上げ式を再現したという点も、象徴的です。このヒンジの巨大さを見ると、横開きだったら興ざめするもの。

ともかく四代目のユーザーさんにとってはうれしいリリース。cyber‐Kさんから早速写真が送られてきました。実際にはこういう構図ではなかったのですが、実車の方をいじってみました。どういじったのかはわかるように加工のあとは残しております。

この写真が発売日の翌朝送られてきたことを思うと、ほんとにうれしかったんだろうなあ。