この前とは違う方の胡瓜が程よく育ったので収穫♥
違う種類を一本ずつ植えたんだけど、見た目が全く違いました。新月サンが見るなり「水足りなくてしわしわになってるみたい・・・」と言ってましたが、味噌つけて齧ったらかりっとしてて、ほんのり甘みがあって美味しかったよん。
(当然、水が足りない訳ではなくこういう品種)
ピーマンとナスは初収穫。
黄色の郵便差出箱一号丸型。フランスやらドイツやらの文化に習ったのかと思ったら、黄色いハンカチの映画に倣ったのだとか。このポストから手紙を出すと、幸福がやってきたり贈れたりすると。
なるほど素晴らしい。ペーパーメールと電子メールの比率は、きっと電子情報側に傾いてしまったと思われますが、手紙の書き方というのは、一つの文化としてみても他者とのコミュニケーションの手段としても、忘れてはいけないものだと感じます。しかし僕なんかひどい悪筆なので、葉書やら便箋やらにはモノを書けない人種の1人です。それ以前に駄文しか書けないし。
ところで、黄色いポストというのは、国内にはほかにもあるのかどうか探してみたところ、福岡市城南区の花みずき通りふれあい広場と、「JR日本最南端駅」とされる指宿市の西大山駅にあるそうです。なんと、九州に二か所もあるというのがすごい。
東洋のアルカディアにて
イギリス人の教師が、食いたくて食いたくてもう辛抱たまらんから食わせてくれと懇願するまで、置賜地方で農耕家畜である牛が食材にされたことはなかった。というエピソードを冷静に考えると、「黒毛の和牛が食卓に上がった」ことと「米沢牛ブランドの誕生」には、直接の因果関係はないんじゃないかなあと思わされまして、要するに「和牛、たまらなくデリシャスです」と「この価格」という部分を直接結びつけるためには、別のファクターが絶対に必要なのではないかと言いたいのです。
しかし、美味いだろ? というその部分は否定できない迫力があります。
哀しいことはただ一つ。牛丼を特盛で食うのが贅沢だった年齢の頃に、とてもじゃないですが、こういうのを好きなだけ食えなかったってことですかね。もっとも今だったら牛丼だって特盛じゃ頼めない年頃になっちゃってますが・・・
置賜地方を東洋のアルカディアと言い慣わしたのは、牛を一頭買って帰ったチャールズ・ヘンリー・ダグラスさんが米沢を去った後、「日本の奥地を見聞するのよ」とやってきたイギリス人牧師の娘こと、イザベラ・バードさん。ただこのご婦人の旅行記は、その風景風物に対しての評価は高いけれど、当時の日本人の体型、風格、メンタリティなどについてはかなり辛辣です。
食文化からして違ってたんだから、そりゃしょーがねーじゃん。とも思わされます。
キャメロンさん、意味わかりません
「空前の出来事 もはやこれは伝説だ」と、ジェームズ・キャメロンさんは友情出演でコメントしたのか、この一言に伝説的なギャランティが発生しているのか。いずれにしても、何をおっしゃりたいのか良くわかりません。
でもなー、ジェームズ・キャメロン氏といったら、殺人魚フライングキラー→ターミネーター、アビス→ターミネーター2の「どん底から急浮上」だったり、絶対当たらないといわれたタイタニックで大穴(失礼)当てて、こんなんで記録更新なんですかのアバタ―だったりと、映画の世界じゃわらしべ長者ですからね。
誤解の無いよう付け加えますが、キャメロン氏がこの映画を撮るわけでもなんでもありません。神輿を担いでいるだけです。その担ぐ相手の映像のスタイルがこれなのかと思うと、氏のコメントが理解できないのです。フルCGで作ろうが声だけ役者を使おうがどうでもいいけれど、今回フルCG方式で作っている絵の雰囲気が、予告編に関してはゲームのデモ映像レベルにしか見えない。特撮と生身の役者のキャスティングが困難だから採った手法でしょうから、何かひと工夫するのかなと思っていたのですが、このままなのかなあ。
宇宙海賊キャプテンハーロックの元々の世界観は、活劇に近い印象を持っています(僕は、ね)。初期のテレビシリーズよりも、客演として登場した銀河鉄道999での雰囲気が、最もイメージ通り。となると、テレビシリーズから連綿と引き継がれる反逆者としての地球との構造を描く上での、どよーんとした暗い雰囲気は、たとえば副長に正論で口答えされたときに、素直に「すまん」と言いきるようなハーロックは無いだろうと。
福井晴敏さん、脚本上にそんな腹芸まで持ち込んでくれるかどうか。観るか観ないかはそのへんにかかってます。
あっ・・・ひょっとして、キャメロン氏の次の作品が大当たりになるという、そういう予言めいたコメントなのか?






