Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

小暑の候

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昨日、7月7日から「小暑の候」に入っています。これが22日からは「大暑」となるわけで、夏の本格化ともいわれますが、もう小暑前から「ふざけてんのかこの暑さ!」と言いたくてしょうがない日々が続いています。

サンダーソニアはそんな季節の花なのですが、南アフリカあたりじゃ12月に咲くところもあるらしく、クリスマスベルなんて呼ばれ方もしています。

日本では提灯百合なんて名前もある、名が体を表している花です。ネモフィラ、コキアも華やかな色彩ですけど、これの群生をひたち海浜公園でやってくれないかなあと常々思います。

まーこれだけ暑い季節だと、やってくれても行きたくなくなりそう。

などと今から引きこもりなんかさせないぞと「М2‐レイド」を昨日の夜付でお知らせいたしました。ちょっと難易度上げてます。概要はリンクを参照ください。

だぶるの反転劇

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僕の入院中、面会に来た家族が帰る途中で最寄りのココスに立ち寄り晩飯を食った折、けなげにも「ラスカルセット」の注文組み合わせをしてくれました。

牡牛座が獲得されましたよ。残るは蟹座と乙女座。それはいいんだけど、山羊座の時に続いてまたもやダブル牡牛座であるばかりか、双子座に至っては三つめという困った展開が続きます。

そんでもって僕の復帰戦。ほうれん草とベーコンのソテーと小ライスのラスカルセットという、入院中の食事より絶対にヘルシーだけど、なんか食い足りねー顔をしている目の前で、チキンステーキなんか頼んじゃう雫さんです。

うりゃっ、と引き当てましたよ乙女座! しかしこれまた三個めじゃんかよ牡牛座!

 

外食は基本NGですねって言ったでしょーっ

と、和邇さんに言われていたんですがもう引っ込みがつかない。

ってことでこれが勝負だ!の覚悟で再びほうれん草とベーコンのバターソテーだけ頼んで、そこに小ライスのラスカルセットをつけましたよ。雫さんは100%ビーフハンバーグだよちくしょー・・・あっ、蟹座だっ獅子座ダブったけど)。割と早めに前半コンプリートです。冬までに体調戻さなくちゃ。

記念日15年と考案400年

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7月3日。例によって語呂合わせのしやすい日付として色々出てくる中、おそらく最も直球で来るのが「七味の日」。あの七味唐辛子の商品PR企画として、大阪にある向井珍味堂が2010年に記念日制定しています。そうとは知らずに使っているのが、牛丼などをテイクアウトして買ってきたときに付けてもらえる、七味一食分をパッケージしたあれです。同社の通販でも買えますが、一個口250袋もあるので自分で買い求めるのは遠慮しときます。でもあれは重宝しています。

その一方で、七味唐辛子というのは江戸の発祥で、寛永二年(1625年)薬研堀にて初代からしや徳右衛門(現 やげん堀七味唐辛子本舗)が漢方薬をもとに作り出したといわれ、ちょうど400年の歴史を刻んでいるのです。どちらの七味も唐辛子、焼唐辛子、けしの実、麻の実、粉山椒、黒胡麻、陳皮が原料。蜜柑の皮だけ俗称なのは別話題にしたくなる謎とも言えます。これらのアレンジ版に十二味唐辛子というのもあったりなかったりしますが、何が付加されるのかは聞かぬが仏です。

 

雷三日で梅雨明け十日

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今日が、ということではなく、今日が「雷記念日」なんだけれどそのことは何年も前に「雷/THUNDER」で書いてしまったので別の話を。

大気が不安定となって雷が三日ほど続くとすれば、それは梅雨明けの兆候。そのあと十日くらいは太平洋高気圧の張り出しでぐっと暑くなって晴天が夏をもたらすという古い迷信があります。

迷信とはいっても、天気の変化を読み取ってきた昔の人々の体験から云われだした、意外と根拠のある気象逸話だと思います。菅原道真の祟り噺などより、よほど科学的なのです。ただ、その時代と現代とでは地球そのものの温暖化が進行して、ものによってはもはや通じない迷信も出てくるのかもしれません。

昨年の梅雨入りが6月21日で、明けたのが7月18日ごろだったことからも、雷三日はもう少し先になるのでしょう。それでも今日から雷が三日続くようなことになれば、その後の十日で数えると7月8日あたりで関東の梅雨は明ける計算になりますね。

 

♪腕に頼みのUバンド(違)

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朝な夕なに血圧を記録せよと言われ、買い求めましたUバンド(だから違うって。そもそもUバンドが何かわかる人いるのか?←和邇パパあたりはわかるな)

朝の計測値は人並みなんですが、夕方が異常に高い。壊れてんのかこの機械・・・と思ってしまうほど高い。いやいや、気をつけなくては。

 

Uバンドがわかる人いるのか? などと書いておきながらですね。その僕自身が、Uバンドが赤い色だったことを知りませんでした。だってさー、「宇宙怪人ゴースト」が放送されていたころ、我が家にゃカラーテレビなんか無かったんだもん。「サンダーバード」も「ウルトラマン」も、児童誌のページや模型の箱絵で色を知った時代ですよ。

 

始まった

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と、この場に赤い士官服の若い将校がいたかどうかは明言しませんし、シャロンの薔薇がそこに在ったかどうかも言及しませんが、ある意味「キラキラの向こう側から現れた」と言ってもまあかまわないんではないか。

はてさて通常の三倍速いのか高いのか・・・

うつろい

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お袋が亡くなっていつのまにやら10年が経ち、本日11回めの命日。明日は親父の90回めの生誕日という巡りあわせです。親孝行はちゃんとやってきたので何ら後悔することはありませんが、二人とも、ついでと言っては失礼ながら右手にいる親父のすぐ下の弟夫婦もすでに亡く、真ん中の僕自身がもう爺ぃの域。1966年晩秋の野辺山高原だって、もうこのような風景は残されていないでしょう。41馬力のフロンテ800で、高速道路もなく、よくこんなところまで来ているなあと思います。

探しましたが野辺山にて僕の家族たちと撮った写真はありませんでした。鉄道の最高地点を示すポールの場所も変わっていますし、なにより小海線が国鉄じゃない。この右手にはいつのころからかわかりませんがドライブインができていて、家族はそこでお茶を飲んでいます。これが2006年のちょうど今頃。40年前がスズキ初の小型車で、このときがスズキ初の3ナンバー。あとで気がつくんですよねこういうのって。

66年の写真は三脚とセルフタイマーで撮影しているものと思われますが、親父のことだから背景に八ヶ岳を持ってきたかったのではないか(見事にガスってますが)。そのような場所に都合よく「日本国有鉄道云々」の標識があったのか? さすがに記憶が無いのです。2006年も曇ってしまってますが、もしそうだとすればこのあたりだったのかなあと、想像するしかありませんが、このときは「セブンの『北へ還れ』はここらへんで撮ったのか」という全く関係ないこと考えていました。

久々の理力発現

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入院する前のことですから、今はもう少し単価が下がっています。このときもトリップメータを撮り忘れましたがだいたい350キロ走っての給油で、燃料代もいくらか落ち着いたかなあとか思って給油機が止まるのを見ていたら、これです。

代金の上二桁か3だったらねえと、望むべくもないことを考えちゃいますよ。

うっかり忘れてました

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6月10日って、2020年にBLUEらすかるが地球と月の往復をこなした、うっかり忘れていてはならない日だったんじゃないかと思い立ったのですが、うっかり忘れていたばかりか特に何も思いつきませんでした。

あの梅雨入り直前の日から5年、あの日刻んだ768800キロの積算走行距離は現在967000キロ台まで進んでいます。

そんなところへ「ノスタルヂ屋」の松浦さんから連絡が来て、僕とエスクードについて綴った短編を4月に<走行距離百万キロを目ざして>と題してブログに載せたと。

このお話の元々のシーンはこんなことでした。そのほんの一場面ですが、有難くもありこっぱずかしくもあります。自分ではない誰かが書いてくれる機会はなかなか巡ってこないものですから。

松浦さん、これを書きながら地元の小説コンクールにもエントリーするため別の物語を書いておられました。いやー、そっちに専念すべきだったんじゃないか?と今更思ってしまうのですが、そっちは落選だったようです(やっぱり専念すべきだったんだよー)

ロックの日

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「ロックの日」はミュージックネットワークが制定した日本独自の記念日だそうですが、ロックミュージックは元々、50年代に生まれたアメリカの大衆音楽。ロックンロールとは呼ばないのねーと思ったら、そっちは60年代に廃れて「ロック」の呼称が定着したようです。同じ6月9日の「超人ロックの日」とはもちろん別解釈です。双方、頭文字も「R」「L」で異なりますし。東日本大震災の後、よく石巻市で見かけた故・内田裕也さんによれば、石巻も語呂でロックンロールの町と謂われました。

言葉としての起源はかなり古いようで、17世紀の海兵隊が洋上で体験する船舶の縦揺れと横揺れの混じった様子を表現していたものが始まりと伝えられています。これが1930~40年代にR&Bの派生音楽として用いられるまではエッチなスラング扱いの年月が続き、「ろくなもんじゃねえ」とか孫に話していたうちの祖母などはプレスリーにも感化されなかったらしいですが、その子供たちはビートルズにかぶれていました。