Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

ほぼ役立たず

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連休最終日というのに新月さんと風花さんが手伝いに来てくれて(いやほとんど丸投げ)、つくばーど基地の草刈りと生け垣剪定が行われました。頼んだ側はヘルニア再発の途上で朝から戦力外。「刈った草木でも燃やしてなさい」と焚火エリアに追いやられ、運ばれてくる草やら枝やらを待ち受けるため枯れ木に点火しただの老人と化しておりました。背後にはこれまで刈った草や枯葉が堆積して土にかえりつつありますが、これもすべて燃やして、暮れの焚火忘年会用薪のみ残す役目です。

枝葉の大半は山茶花や柊。生木でも脂分を豊富に含んでいるからよく燃えます。生木ゆえに水蒸気も煙を増幅させるので、火事と間違われないようちびちびくべているところへ、一輪車に大量の落ち葉を積んできた雫さんは容赦なくかぶせます。俺は燻製か? と顔を煙から逸らすと、焚火の煙自体はうまいこと拡散しておりました。夕方にはあらかた燃やし尽くせたので水を多めに撒いて鎮火を確認。全身すすけて煙の臭いがまとわりついてますが、これはこれでいい香りなのです。

潜在意識おそろしや

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我が家に初代エスクードばかり3台が保有されているのは単に物好きなだけのことですが、3台並べて悦に入るというしょーもない趣味性ではなく(やってるだろー)、実用としての使い方はきちんと行われています。うち2台は「なんだかどこかの営業車」みたいにしか見えないのが泣けてきます。本当はそうではなく、同型車が複数用意され、尚且つ用途に応じた仕様の異なる配備状態をイメージしてもらいたかったりするわけです。

なんでそんなことをしたかったんだろうとしばらく考えていたのですが、おそらくそれは、1960年代の映像が脳裏に焼き付いたまま歳を取ったからではないかと思い至りました。その頃、光学合成とかはめ込み処理なんていう技術にまで知識が及びませんでしたから、地球防衛軍の車庫には同型車が3台もあるんだ!とブラウン管にかじりついていました。きっとこれをやりたくて仕方がない潜在意識があるんだと思います。特撮合成ではなく実車でやってるところが採算上大問題ですが。

さすがにポインターを現実に起こしてしまうほどの熱烈なファンにはならなかったのですが、防衛チームの特殊車両群にエスクードを混ぜたいという願望が無かったわけではありません。これもまた「ゴジラVSメカゴジラ」において、初代エスクードが面目躍如してくれましたが他のメカニックとの絡みはない。ということで、GUTSあたりならばブレイザー、カマロを使っているので、昔のスズキとシボレーの提携関係で「あったかもしれないよ」という組み合わせをやっております。

退役となりました

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我が家のお茶を支えてくれていたポットが8年目にして給湯パイプの劣化によりお湯を汲み上げられなくなり、やむなく現役を退くこととなりました。

「というわけで、これが三代目となります」

買い置きしてあったのか同型!

いや、それよりもこれが三代目ってことは、初代は15年くらい前には使われていた計算になるから、それくらい設計も古いんじゃないか? でもっていつ買っておいたか知らないけど、象印はモデルサイクルがとてつもなく長いってことなのか・・・

「BLUEらすかるだけじゃないのよー。使いやすいお気に入りって」

おそれいりました。

朝一瞬の絨毯

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写真はずいぶん昔のもので、これ以降何年も敷き詰められた落ち葉の景色を見ることができていない水戸八幡宮の境内です。神社の人たちが掃き掃除を始める前にそっと訪ねていかねばならないし、黄葉から落葉のタイミングを読まなくてはならないので、いつしかめんどくさがりに拍車がかかった僕は、この景色にはなかなか巡り合えません。樹齢800年を超えたオハツキイチョウで、国内には7本しかないといわれるうちのひとつ。800年前と言えば水戸城が築城された頃。源頼朝の時代ですね。

いくらでもないけど黒字

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NISAが古くなっていて、年をまたぐと非課税扱いでなくなるということで、対象になる分だけいったん解約して再購入の手続きに出かけてきました。こんなもんどうせ投資信託会社の思うつぼだろうなあとあてにもしていませんでしたが、いくらか利益が出ておりましたよ。いくらかって、まあいくらでもないんですが。今更遅い気もするけど積み立て版も始めました。

噴火しとる! ←そんなわけねーよっ

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先日の雨上がりから間もないわずかな時間、地表と大気の温度差でかなりの水蒸気が沸き立ったのでしょう。直に目にした印象は水蒸気爆発による噴煙のようでした。

この辺りで大規模な噴火が起きたらうちの方も影響から逃れられないけれど、火山帯エリアではないのでそれは無いですが。

立  冬

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山茶始開と書いて「つばきはじめてひらく」と読みますが、山茶というのはサザンカのこと。立冬の初候となる11月7日あたりにサザンカが咲き始めるかどうかは現代の暦と気候では必ずしも一致しないと思いますが、過去の秋の草刈りの記録を呼び出したら、2023年だと11月19日には基地の垣根に白いサザンカが咲いておりました。字面の通り、サザンカ(山茶花)の葉は昔ならお茶に使われていたそうです。うちでは垣根以外の用途には使われていません。

垣根の曲がり角のサザンカが咲いた道・・・で落ち葉焚きをするわけにはいかないので、庭で焚火をするのも冬の訪れを感じさせる風物です。北風がぴぃぷぅ吹くといえば、木枯らし1号の季節でもありますが、こんな山の中の庭では風の強い日に焚火など禁物です。それにしても「たきび」の歌って、昭和初期の都会(東京の中野区だそうです)の風情が込められているけれど、直火の焚火は田舎でもやりにくい環境になってきたのが令和初頭の風情です。最近は焼き芋も焼かなくなったしなあ・・・

月見を越えた月見

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満月を越えた満月を「スーパームーン」と定義付けられるかどうかは、あくまで主観です。軌道の距離関係によって普段の満月よりも見かけとして大きく見えるのがスーパームーンの謂れです。11月2日に十三夜の方月見をこなして、より完全版なら29日の十日夜も楽しんでしまおうと、まあミーハーな僕ですが、そろそろ月見そばのうまい季節になってきたよと行きつけの蕎麦屋では初めてこれを頼んでみたのです。たいていの場合、よほど寒くなければ冬でも笊そばを食っていますから。

単純に、かけそばに生卵を落として卵白の熱変化で月と雲を表現するものが月見そばだと思っていたらば、出てきたのはもちろんそうなんですけどさらに斜め上でした。雲の表現は卵白ではなくとろろで行っていて、卵白のいたずらな広がりを抑制していました。それ以外にも五目和そばとも言えるくらいいろんなものが載っている。なかなかお得感漂う月見そばです。

この手の盛りだくさん月見そばが他所にはないってことはありませんが、月見そばも進化しているのかと学習しました。実は昔、あーる田中一郎が言っていた「フジ三太郎と月見そば」については真に受けてましたし、「怪物くん」のオオカミ男の好物が蕎麦ではなく「月見うどん」であったことも忘れていたというか、知識の中にありませんでした。そんな与太話はともかく、今夜22時19分あたりが満月時刻です。北米で言うところのビーバームーンにして、スーパームーンの夜です。

後の月

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月齢11.6、十三夜です。中秋の名月を古代中国文化に倣って楽しんだので、縁起の良くない「方月見」にならないよう今夜の少し満月に足りない月も見上げようと思います。これは大陸文化を取り入れた日本古来のちょっと斜に構えた月見の一環と云われています。挿絵は9月のときの十三夜相当日の月の出ですが、コンデジ手持ちで撮ったようなやつは十三夜なんだか満月なんだか判別できませんね。後の月、というのは秋の十三夜としては最後という意味を持つ別の呼び方です。

松尾芭蕉の笈日記に「木曾の痩せもまだなほらぬに後の月」があり、正岡子規は自身の全集にて「後の月つくねんとして庵にあり」などと詠っています。でも正岡とこの季節だったら「柿食えば~」でしょうか。

「楓(これでもみじと読む)蔦黄」と書いてもみじつたきばむ。霜降の末候が巡って、柿の実もようやく色づいてきました。

2丁目の交差点から17軒目の店のあれは・・・

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近年、マスターの息子とやらが店番に就いている「安眠」の看板メニューは、かつてのパンプキン・パイからローズ・パイに移り変わっているのですが、バラの香りの漂うパイとあのガラスに三度恋しい人の名前を書けば願いが叶うと云われたシナモンティー(のシナモンの枝)は、香り同士のマッチングってどうなんだろうと余計なことを考えていてはたと気がつく今頃です。「パンプキン・パイ」に使われいてたであろう具材ははたして「パンプキン」と呼んでいいのか?

お人好しのマスター当時36歳はコーヒーベーカリーを経営していたので、バリスタであると同時にパン屋の肩書も持ち合わせ、確かにうまいと評価されていたコーヒーと一緒に、お客の娘たちには「かぼちゃパイ」も美味しいと親しまれていたのです。

ここがややこしくも巧みなかわし方なのですが、この恋物語の表題は「パンプキン・パイとシナモンティー」。広義においてはパンプキンだってかぼちゃには変わりないんだけれど、今やパンプキンという種は観賞用に作られているということは周知の事実。ようやくハロウィンとすり合わせられるんですが、あの「ジャック・オー・ランタン」の筐体となる、オレンジ色のやつです。

一方、普段から温野菜とか天ぷらなどで我々がよく食っているウリ科かぼちゃ属は、狭義にはパンプキンではなく「スクワッシュ」と種別されているのです。大雑把に示すと、かぼちゃは「日本かぼちゃ」「西洋かぼちゃ」「ペポかぼちゃ」に大別されていて、日本かぼちゃは味が薄めという特徴があり、料理の材料に使われているのは糖質の高い西洋かぼちゃだそうです。「安眠」のパイが「とっても甘い」のか「甘さが控えめ」で食べやすいのかは不明ながら、このどちらかが材料となっている可能性は非常に高い。

それじゃあパンプキンってのはなんなんだということになるわけですが、かぼちゃがウリ科かぼちゃ属の総称で、パンプキンはその科属の中の「ペポかぼちゃ」品種の一部に絞られていくのです。観賞用と認識されるペポカボチャは食えるのか? もちろんこの品種にはズッキーニやソウメンカボチャなんて野菜も含まれているのでまったく食えないことはありませんが、お人好しのマスター当時36歳が、わざわざズッキーニをパンプキンだと主張してパイにしたとも思えない。

聞くところによると、ペポカボチャそのものの利用は、実ではなく種を調理するのが一般的だということで、パンプキンは観賞用でしかないといった見方も厳密には偏っていたと考えるのが良さそうです。それでもパンプキンの代表格ともいうべきアトランティック・ジャイアントなどは主に家畜の餌ですから、食えるのかなあと疑ってかかりたくなるものです。

ここで、あのお人好しのマスター当時36歳の非凡な才能を垣間見ることになります。仮に、甘味のあるスクワッシュではなく本当にパンプキンを材料としていたなら、パンプキンとズッキーニの間柄から想像するに、それは粘り気も甘味もなく比較的水っぽいものと思われ、これを素材に仕上げていく過程である程度の加糖や風味付けが必要でしょう。マスターはパン職人でもあるはずなので、常連客の誰に明かすこともなく卓越した味付けを完成させ、果たして甘くて頬っぺたが落ちるのか控えめな甘さと低カロリーで娘たちの人気を集めたのかわかりませんが、名目通りのパンプキン・パイを完成させるに至ったのではないかと想像するのが楽しいのです。

もっとも、世間ではパンプキンとスクワッシュの厳密な区別よりも、外来語を複合化して一般化していったパンプキンもかぼちゃも一緒だい、という大味な認識で、かぼちゃパイが作られていたのかもしれません。かぼちゃパイ、という言葉もでてくるからややこしくも巧みなかわし方が成されているというのはそういうことです。

けれども、ジャック・オー・ランタンを作る過程であっさりと廃棄されてしまうパンプキンの実を不憫に思って、なんとかこれを料理に用いられないかなあと試行錯誤した(かもしれない)お人好しのマスター当時36歳の人柄をイメージしたいのが人情というものです。

近年、後に嫁さんをもらったマスターには、近所からはバカ息子と呼ばれる二代目が育っていて、おそらくあの頃授業を抜け出して追試を食らいながらもマスターの恋路に一肌脱いでいた高校生の少年もまた父親となって、そのうちの一人の娘に片思いをし続けていたとか。その娘から交際を三度も断られてなおあきらめられないバカ息子は、彼女からパンプキン・パイを越えた逸品を作れたなら・・・と告げられローズ・パイの誕生に至ったそうですが、なぜローズ・パイだったのかはハロウィンのお話から逸脱するので(いやすでに思いっきり逸脱してるって)また別の機会に考証ということに。