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  ~懲りない傾向~

ヒルマゲントのはるまげどんな一節

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端的に言ってわざわざ映画版として作る必然がないものの、25分の一縮尺の都市セット、とりわけその大きさの国会議事堂なんて、映画予算を組めなければ不可能でしょうから、大画面で見せるカードを堂々と切れた「ウルトラマンブレーザー大怪獣首都激突」。わざわざ映画に・・・と思ってしまったのは、逆の話でそれだけテレビ版のクオリティーが全体的に高かったからです。ニュージェネレーションのウルトラ映画はそれこそわざわざ大仕掛けをしてきましたから。

ブレーザーの場合、前評判が「ブレーザーのいよいよ正体判明?」「ヒルマゲント隊長の変身ばれ?」などが取りざたされていましたが、そんな大仕掛け予想はすべてうっちゃられて相変わらずの面々が普段通りの活躍をして、地球の危機には違いないけれども国会議事堂半壊させるカタルシスでもって、怪獣を撃退しました。格闘戦の尺はさすがにテレビじゃできないねえという長さでしたが、テレビの方で使われた切り札はさすがに「あー、もったいなかったかも」の二度目の披露。

怪獣現出の理由、それを促した地球外文明のものの見方は新しい視点ですが、通して観ていて「これをわざわざ(←しつこい)映画として・・・」という感覚はぬぐい去れなかった。それでも映画というフォーマットを扱い、着ぐるみが激突する質量感をスケールアップさせた特撮の王道を行く作り方には見入ってしまうのです。なんだかんだと言いながらも「面白くない映画では全くなかった」のですから、素直に評価すりゃいいんでしょうね。

田口清隆監督によれば「次を作れる要素で撮った」から完走していないとのこと。その中で次を期待しようと思えば、最後の最後で描かれる日常の一コマにとんでもなく大団円な締めが待っていました。しかしその大団円はハルマゲドン級の爆弾でした。もちろんそんな物騒なことではありませんが、その先を描いたらどうなるのやらでもあり、このままおめでたく締めくくられるが吉です。映画はテレビの後日譚とか。ゲント隊長、つかの間の休息にやることやってる。

箒をブラシに持ち替えて

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能登半島地震被災地支援の一環として、映画の収益の幾ばくかを被災地に届けるという心意気に呼応し、観てきました「レディ加賀」。およそ10年前だそうですが、石川県の加賀温泉界隈で、旅館の女将たちが観光プロモーション役として実際にレディ加賀なるチーム編成を行い活動を始めたという逸話をもとに、その姿が踊るような印象だったと監督と脚本を手がけた雑賀俊朗さんは言い、そこから若女将衆がタップダンスを習い披露する構成となっています。

主演の小芝風花さんがタップダンサーとしては挫折し半端な気持ちで若女将修行を始めたものの、温泉街の凋落は想像以上のピンチ。若女将たちがいろいろなしがらみを背負いながらも団結していくわけですが、和服のままステッキならぬデッキブラシでタップを舞うというアイデアがこの映画の話題のひとつ(だと思う)。いやなんというか、話自体は他愛もないのです。ただ、封切られたとき能登があんな目に遭っていた。元気を出してほしいという、物語に付加された役割が大きい。

小芝さんてば、映画デビュー10年目のはずですが、この主演で9本目。その間ドラマもバラエティもかなりの数をこなしCМも引っ張りだこで、クランクインの9カ月前からタップダンスの訓練を受けていたと。若いと言っても体壊すんじゃないのかと余計な心配をしてしまいます。10年前に「魔女の宅急便」で箒を扱っていた彼女、今回デッキブラシでタップを踊るという演出はきっと「わざと」だろうなあと思わされます。

1924銀河鉄道

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「銀河鉄道の夜」の初稿が書き上げられたのは、推定として1924年の年末ごろだと云われています。宮沢賢治はこのとき28歳でした。年末に、ということは、100年前の2月ごろは執筆の真っ最中だったのではないかと想像します。これほど世に知られていながら、年月日の正確な記録が不明というのはちょっと意外です。この年から賢治は様々な活動の合間を使って推敲を繰り返していき、遂に37歳で病没するまで完成を見なかった作品です。

世にいう「初期形第一次稿」「初期形第二次稿」「初期形第三次稿」、「最終稿」という改訂が行われていて、たいていの場合「最終稿」の書籍を手に取ることが多いはずですが、ここには改稿当時の出版社側の校正と構成が加味されていて、カムパネルラの死する話は(もちろん賢治の原稿から)追加されたものだし、逆に何らかの意図でジョバンニに銀河鉄道に乗る夢を見せる実験を企てたブルカニロ博士はすべて抹消されている。

このことは賢治の童話を読み解いている人々の中では有名であり、幻想物語なのか宗教観の唱えなのかなど謎となる研究素材となっています。一なのか三なのか僕にはわかりませんが、たぶん第三次稿に近いかな?と思われるものが、インターネット上で読むことができます。たしかに、写真に撮った文庫本(最終稿)とは異なります。でもカムパネルラのくだりがあるので、これも最終稿のバージョンの一つなのかもしれません。

 

白い弾丸

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1974年2月16日、長らく苦痛をもって(暴言)見ていた「仮面ライダーV3」の後番組となる「仮面ライダーX」が始まりました。1号ライダー風味に戻しながらも銀の仮面という姿は、顔の真ん中がミイラ然としていて気持ち悪かったV3よりもすっきりしていたことと、ベルトのライドルのデザインが良かった。深海開発用改造人間=カイゾーグなる設定は仮面ライダーの新機軸とはいえ水上バイクにでも乗るのかと思ったんですが、水空陸汎用オートバイが出てきちゃいました。

サイクロンやハリケーンと比べたらもう不細工なんですが、実はこの「クルーザー」にはその「ぶさかっこよさ」を覚えてしまい、模型を買って組み立てては不注意で倒してしまってレシプロポッドのプロペラを折ってしまって意気消沈した記憶があります。

白い弾丸とあだ名され、海中を進むことも水面上を走ることも可能なんだから空だって飛べちゃう優れものなのに、なんでレシプロエンジン括りつけてるんだろう?と首をかしげもしたのですが、フロントカウルにこれがあるというのは、サイクロンやハリケーンの格納式ウイングに通じるものもあるなあと勝手に解釈しました。

何が楽しかったかって、50年前のスーパーバイクには、そういった謎の部分が多くて、自分で原理や性能を想像する余地もあったのです。

妖星ゴラスの世界

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1979年にその接近が確認され、82年に地球の軌道と交差することが試算された黒色矮星ゴラスは、大きさこそ地球の4分の3ながら、質量は6000倍を超えるという凄まじい危機を人類に突きつけました。世界は大混乱に陥りながらも一致団結を見て、南極に推進機関を設置し地球の軌道を変えるというこれまた凄まじい対策を試みるのですが、社会に対してゴラス接近・衝突の可能性が情報解禁されるのが1月23日。最接近が2月13日あたりとなってはもはや一般人どうにもならない状況。

ゴラス接近の影響や、推進機関へのエネルギー圧送の熱による南極温暖化で怪獣が覚醒するなど最後の最後でごたごたが伴い、軌道変更に遅れが生じて東京は水没してしまうのですが、地球をずらすという前代未聞の計画はなんとか成功し、ゴラスとの衝突は回避されました。

実際の1982年って、上半期は確か事故や災害が相次ぎろくなことが起きていませんでした。それでも妖星の出現はなく、東京水没も免れていたので、42年後の今日があります(妖星ゴラスは1962年の東宝映画)

 

dilemmaは終わらないどころかカカラナイ

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なんてことしやがるんだの「仮面ライダー555 20th パラダイス・リゲインド」が、関東地方で唯一、うちの地元では上映されないという理不尽。初代スマートレディーの出身地だぞ! あーわかったよ観になんか他県にだっていかねーよ! とまあ憤慨しているところです。もっとも相変わらず脚本書いてる人も嫌いなんで、観なくたってわかっちゃうずらずらと出てくる、かつて戦線離脱していった顔ぶれの復活の理屈や設定が、どんなにドラマを描いていようとも都合よすぎで云々です。

2003年に「555」の第1話を見たとき、あら少しはましな物語を作り始めたかなと思ったのは、ロードムービーのような手法で九州から物語を走らせたことでした。そのまま全国放浪の旅が続いたなら絶賛したんですが、そんな予算獲得や役者の拘束は無理なもの。ラストで再び旅が示唆されるも主人公は余命の無い運命だったはず。あれか、存続しているスマートブレインで延命措置を受けたか。あのへんてこなNEXTなギアもきっとオリジナルを出すための狂言回しに違いない。

走り始めて半世紀過ぎてますもんねえ

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童話作家のあまんきみこさんが、知らぬ間に「車のいろは空のいろ」の新巻を出版していたというので、「なんてことだ乗り遅れたぜ!」とばかりに注文しました。第4巻めは2022年11月に発表されていたのですが、このタイミングで2度目の新装版として、全巻BOXものが売り出されており、こちらを入手したのです。このお話は小学生の頃に教科書に載っていたものが初読みでした。そのあと図書室で同書の1冊めを見つけ小躍りしたものです。

しかしこの新装版を見るなり「ななななっなんですとーっ」と驚愕するのでした。なんと主人公の松井五郎さんが走らせている空色のタクシーが、セダン(下の写真が新装以前のもの。画家も変わっています)ではなくハイトワゴンに変わっているではありませんか! うむむ・・・1965年が初出で68年に出版された本ですから、松井さんのタクシーもモデルチェンジしなくてはならないほど走り続けてきた(松井さんいくつになったんだろう?)ってことですねえ。

第1コーナー後の明暗

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1984年2月3日に放送が開始された「超攻速ガルビオン」は、戦闘機に代わってスーパーカーが3段変形(後述の理由により中間形態は登場せず)するロボットアニメで、自動車が超絶的に進化する世界観の用意や、キャラクターデザインに当時人気漫画家のたがみよしひささんを起用するなど何か起きそうな予感をもたらしました。まあその期待は第1話のクオリティでかなり削がれるんですが、スポンサーの玩具メーカーが5月に倒産しあえなく打ち切られてしまいました。

ガルビオンことサーカス1その他の玩具に寄せていた期待も未発売という流れで打ち砕かれ、後年別メーカーからリリースされたもののもう模型作るの億劫だったし更に後から出てきたものは高額だしで、縁がありませんでした。

ガルビオン放送開始に1日遅れること2月4日には「重戦機エルガイム」が始まっています。こちらはガルビオンとは別メーカーの倒産によって、企画段階でスポンサーが変わった幸運なロボットアニメ。変形こそしませんがフレーム骨格の要所に合金を使って低重心制御と可動の自由度が飛躍的に向上した玩具が登場しました。このハイ・メタルものはバルキリーのように続々とバリエーション展開はせず、やはり変形や合体には一歩及ばなかった感があります。

しかしエルガイムはそれまでの巨大ロボのデザインとは一線を画し、洗練されたフォルムとシンプルなマスクに好感度がありました。バルキリーとてあの頭部のごつさは戦闘は形態では違和感丸出しだったのです。この番組でも幾多のヘビー・メタルが登場し、やっぱり変形だとマークⅡが繰り出されますが、エルガイム自身の流麗さに敵うものはありませんでした。

両作品とも40年前の出自ながら、現代でも通用する魅力を携えています。

意欲的でちぐはぐなヒーロー

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インベーダーの奇襲で冒頭から部隊全滅という幕開けは「秘密戦隊ゴレンジャー」を彷彿とさせましたが、番組のフォーマットは視聴層の高年齢化を意識してか、装備も銃火器も特殊車両もリアル志向に振っていたのが「ブルースワット」の洗練されたところ。バイクのカウルにも専用車にもアウターロールケージを括り付けるかっこよさがありましたが、全体的には地味ヒーローなのです。インベーダーの着ぐるみがぶよぶよに不細工だし、無理が祟った脚本の梃入れが最悪。

後半、この特殊車両ストライカーも主役のショウもパワーアップして明るい色彩にマイナーチェンジするものの、その力を与えにやってきた宇宙人がもうヘンテコ極まりないうえに毎回の登場がバンクフィルムで尺の無駄だ(制作側にとっては尺の稼ぎですが)と、失速を食い止めようがない。1984年1月30日の放送から本日で40年になりますけど、こういうのは今リメイクしながら、それこそ東映ヒーロータイムから切り離せば案外行けるんじゃないかと思います。

 

闘将の最期から45年

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俗にいう「長浜ロマンロボ三部作」という、故長浜忠夫さんが手掛けたロボットアニメがある中(意外かもしれませんが長浜巨大ロボアニメは5作品しかない)、合体のコンバトラー、ボルテスに対して単機変形の「闘将ダイモス」は、45年前の1月27日に最終回を迎え、「何がロマンだ愛だこのやろーっ、俺はそんな演出大嫌いだーっ」と生意気なことを言っていた少年(僕のことです)の留飲を下げたのです。まさか翌週から「踊る戦隊もの」が来るとは思わなかったけど。

そのような嫌いなアニメながら、バカでかいトレーラートラックがヒト型に変形する玩具の方は、余剰部品を多々残したものの変形前のボリューム感や武骨なスタイルが気に入っており、後に見つけたジャンク品が「木星軌道上の人工天体内で自沈した」イメージをよく表してくれて今でも手元に残してあります。これが2008年に超合金魂としてリメイクされると、やたらとすっきりしていて拍子抜けしたのですが、ロボ形態重視なので仕方がなかった。

ダイモスの手足を格納した「トランザー」は、全長が不明です。ダイモスの全高が45mという設定なので、脚部を伸縮収納した分で推測すれば、トランザーは約40mもの巨体になる。旧ポピニカDXと超合金魂とでは変形機構が全く異なります。旧作は45年前の技術として見てもなかなか優れた、要はトランザー形態重視の出来栄えでした。番組もダイモスではなくトランザーで最期を描いていたし、そこが生意気な少年の琴線に触れたのかもしれません。

旧作のトランザーをもう一度見直してみると、第一印象で「超合金魂よりも超合金トイになっている」という点がわかります。ただし設定上ダイモスになると体内のあちこちが空洞化するので、そんなんで格闘戦できるのか?という疑問も出ますが、ロボでなくトレーラー時の見映え優先は、所詮変形したところで流麗な姿のロボにはならんと、割り切りきった判断を通してしまう(多分そんなことじゃないかなあと想像)デザイナー・村上克司さんの秀作です。