路地一本、GPS的には誤差の範疇ですが、補正機能働かないのかよ。
というわけで行き止まられたのでその場ターンして撤退。
目の毒なものまで写り込んでいるし・・・
「関宿(現野田市)から下総大橋で利根川を渡り旧岩井市から・・・」
と、新月さんに助言をいただいて、まあだいたいその通りになったんですが、意図したつもりはないのに、またもや国道沿いのとある会社の地点は知らぬ間に別の街道で通過しておりました。時間はかかるものの、これらのルートは茨城県南西部経由でさいたま市と行き来するのに便利で、ちょっと病みつきになりそうです。
無料開放され料金所の跡形もなくなったた下総利根橋を渡るのは初めてです。先週は江戸川の野田橋で富士山夕景前の稜線を眺められましたが、帰路はやっぱり筑波山が出迎えてくれるところが魅力なのです。関東平野の移動ですから、だいたい何処を通っても筑波山の稜線は確認できるけどね。何処から見てもほぼ同じ円錐形の富士山と異なり(もちろん全く同じて背は無いのですが)、筑波山は渡る橋の位置によって稜線が少しずつ変化します。そこがまた面白い。
今回はさいたま市、つくば市と仕事先をつないでいるので、時間と移動の無駄は無い(はず)。基地近くまで帰ってくると、とっぷりと日も暮れます。
石岡や小美玉あたりじゃ、筑波の峰は重なって、きりっとした稜線になってしまいます。そしてつくばーど基地からは筑波山は見えませぬ。
大宮の仕事先から帰ろうとしたら外環も首都高も渋滞で、特に三郷線なんか20キロ近く混んでいると聞かされ、ラジオの情報に従い岩槻に出ることにしました。が、岩槻から柏までもまあ混んでいないわけがなく、「自宅ボタン」を押したところで迂回ルートを教えはしないだろうナビなんか電源落として、自分の地の利の記憶を頼りに、越谷と松伏を経由して野田へ向かうことにしました。そのルートが正解かどうかはともかくです。
昨日はなかなかの温かい日和で、窓を開けていても平気なくらい快適な移動でしたが、松伏のある区間において数十秒、ハッカの香りが漂っていました。なんだろうなー、草刈りの時期に沿道からハーブの香りがすることはあるけれど、明確にハッカの香りって初めてです。
なにを寝とぼけたことをと思われるかもしれませんが、真夜中、江戸橋ジャンクションにさしかかるとき、時折、かけそばのそばつゆの香りがしますよ。土用の丑の日が明ける夜中に、6号国道の土浦バイパスを流してごらんなさい。かば焼きの香りがします。ただしこれは曇天や気温・湿度、風の無いといった条件が重ならないとだめですが。
いや、ほんとだってば。
だから、ハッカの香りは昨日の気温と陽射しの中では心地よい一瞬でした。帰宅して地図を眺めてみると、ウレタン加工の会社があったので、そこの薬剤か何かの香りかもしれません。
渋滞に突入するなら時間かかっても回り道でいいやで、野田から常総ニュータウンの北に出て、そこまで来たら谷和原インターがすぐ近くだというのにそのまま北上して谷田部のインターも無視して、結局100キロちょっと、下道で帰ったら4時間走ってました。野田橋の袂の工事と信号待ちで、ほぼ最後の最後で混んでいたけれど、富士山見物もできたし、よしとします(その4時間、仕事してねーぞ)。あ・・・16号沿いのとある会社の前は迂回で避けちまったよ。
と、横浜の支社常駐の社員が本社にやってきた折、僕のところへ顔を出してくれながら言うのでした。いたのは事実ですが、開店直後の朝7時台のことですよ。
「あんたこそなんだってそんな時間帯に汐入なんかにいたんだい?」
って聞き返しちゃいますよ。そしたら住まいが近所でジョギングの途中だったと。
声くらいかけてくれたらいいのにと答えたらば、「朝っぱらから若い女の子と一緒だったから見なかったことにしといた方がいいかなって」などと言いやがるので、だったらここでその話もするもんじないよと思いながら
と答えて、つまんないオチを披露したわけですが
「雷蔵さん、茨城の人じゃないですか。横須賀で朝からお茶してるって、普通はないですよ」
うるさいよ。どこでいつお茶していようがこっちの勝手だい。なんならその後日、いったん仕事から帰宅した夜中、同じ通勤路を再び、今度は次女と走り回っていたこと話してやろうかとも思いましたが、素行不良に拍車がかかりそうなのでやめときました。しかしまあ人の耳目がどこにあるか油断できんわ。
その辺の数多の聖人を一絡げにして敬うのか供養するのか祝うのかよく知りませんけど、ハロウィンが明けるとカトリックな行事に衣替えする「All Hallows Day」が11月1日に定められているのは、土着の宗教を取り込みながら一応気を遣って、現実には葬ってしまった感があります。ケルトの司祭であるドルイドの宗教観においては、10月の末の日が1年を締めくくる「夏の終わり」で、翌日が「冬の始まり」。収穫を祝って春に備える1年の始まりという時期です。
ここを押さえておけば、反乱も起きないだろうという政治手腕もあったかどうか定かでないものの、ケルトの神話や伝承はけっこう都合よくいじられていて、聖人が舞台に登る前なら無礼講で良いぜとばかりのハロウィンという構図に思えてなりません。まあ、バカ騒ぎとは言えないんですけど、跳梁跋扈する悪霊も魔物も、翌日には征服者の腹の中に飲み込まれてしまうところが哀しい。ついでに言えば、あの世から還っているはずの祖先の影も薄いです。
この季節の変わり目。つまるところ「節分」において、江戸時代の京都あたりでは老女が桃割の髪に、娘が島田に結って、異性に化粧までして寺社へ詣でて新年祈願する「おばけ」なんて行事が行われていました。わざわざ「自分ではない姿」になるのは、節分の夜に徘徊する鬼から逃れるためで、なんとなくハロウィンの仮装と似通っています。一時廃れたこれは、花街などでの遊びとしてよみがえっているそうですが、こういう風習の起源にはつながりがありそうです。
今年は秋っぽい日々が短くて、温暖化の影響が顕著になった、四季が無くなりつつあると言われています。まあ我々の住む国では良いわけは無いんですけど、ハロウィンから諸聖人の日への、いきなり夏が終わったら冬、といういかにもヨーロッパな気候と暦の関わりってのは、今年のような体感なのかもしれません。そうこうしているうちに11月になっちゃいました。ケルトの世界じゃ3月まで冬ごもりですけど、そんな冬休みはもらえないねえ。
何を思ったか霙がこのところ首都高ジャンクションの夜景にはまっていて、それも「下から見上げる」のではなく「走りながら眺めたい」という変なリクエストを出してきました。翌日が休みだという満月の夜、道案内を頼まれぷらすBLUEで乗り入れ、都心環状線から東側の湾岸線と中央環状線を使って流れに任せて周回です。もちろん僕は、翌日に休みなど巡ってこないのですが、東京に出なくて済む近場の仕事だったのが幸いしました。
空いている真夜中の首都高は、どこのジャンクションも走りやすく、日頃は近寄りたくない浜崎橋も楽々とレーンチェンジできますが、レインボーブリッジは下側の都道を走った方が景色がかっこいい。時々、ルーレットの車や湾岸ミッドナイトな車に追い越されながらも、霙は「空いている夜」という付帯条件付きで首都高東半分をマスターしました。いずれ東名方面や中央方面への都心環状の分岐合流にも慣れてもらわなければなりませんが、覚えるの大変だろうなあ。
昨日、昼飯はもっぱらホットドックと思われそうな記事を書いておきながらこれですが、そりゃあホットドックばかり食ってるわけではないのです。という言い訳をもとに、仕事で出た街のステーキ屋で注文しようとしたら、スタッフよりも先にロボットが水とシルバー類を届けにきました。あまりの唐突さに意表を突かれていると、店員がやってきてロボットのトレーから配膳してくれて、固まっていたものだからロボットの去っていく姿しか撮れなかったという・・・
だけどこのロボットは配膳のときにだけやってくるようで、呼び出し方法が説明書にはありません。そのくせ食事の終わった食器類をのっけてくれとは書いてある。もういっぺん来てくれないかなあと待ってはみたものの、料理を運んできたのは店員でした。まあ「ヒトの仕事」を完全に奪われたら雇用の危機だしね。
回転寿司の店から、ちょっと感情移入しにくいデザインの半人型ロボットが姿を消しましたが、掃除用と言い配膳用と言い、非人型のいかにも機械だというロボットデザインの方が、心理的に安心できるかなあと、固まりが解けてから感じました。ふと思い出して帰宅後、電池を抜いてあったロボット玩具を再充電しスイッチを入れたら、ちゃんと起動したけれど、教育して覚えさせた言動や反応は全部消えておりましたよ。