朝っぱらからゆきに嫌がらせをされて 出るのが遅くなっちゃいました・・・ 出掛けるっていうのに、布団洗うとか 何の罰ゲームよ(泣) 裏手の草払いでタイムアウト。 来月の後半戦に続く・・・
なんのこっちゃと思われそうなタイトルですが、フロリダのマイアミからカリフォルニアのロングビーチまでの道のりが、ざっと800マイル。マミポコさんのTA01W「お嬢」は97年式の初代最終型で、車体色がマイアミブルーメタリックとシルバーのツートンでした。腰から下の銀はそのままに、青の部分を塗り替えた色が、ロングビーチブルーというターコイズ系の青緑です。ゆえに面白がって「八百哩ペイント」と呼びます。
ちょっと意外だったのは、このロングビーチブルーって、スズキの塗装色ではなくBМWのものだそうで、異国でバイエルン州のメーカーがカリフォルニアをイメージしてカラーリングのネーミングをするんだなあと・・・まあそれを言ったらスズキだってフロリダをイメージしているわけですが。
この2つのカラーイメージの街について調べてみたら、ロングビーチにはもっと意外な縁があることを知りました。東部からの入植が行われたロングビーチは、その都市名を正式に定めたのが1888年。エスクード誕生100年前のことでした。もうひとつ、あと少しで月軌道に達する「お嬢」ですが、ロングビーチ(カラー)になったということは、ヒューストンに「より近く」なったのです。もっともフロリダにはケープカナベラルがありますが。
4月から自車使用の出張が増えた霰は、地元を縦横無尽に走るばかりか都内から埼玉県や千葉県まで守備範囲という、そんなところまで父親に似なくてもいいじゃんと思わされる行動半径となり、積算走行距離も90000キロ。2018年、2800キロでの中古車購入時に履いていたタイヤも細かなヒビが目立ってきました。ん? 1月の車検時には80000キロ手前だったのだから、この4か月少々でそれだけ走っていたということか。
「これから梅雨時だし、ずっと前に『ハスラーがバカ売れするわけですよ。四駆の形してりゃいいんでしょうね』なんて癪に障ること言われたからさ、馬鹿にすんじゃないわよと思ってた鬱憤を晴らす」←やっぱり根に持つよな
そんな経緯はともかく有言実行な霰です。2セットめのタイヤはトーヨーのオープンカントリーになりました。本音はウエット性能の獲得です。
見ようによってはエスクードに使っているデューラーAT001より大胆かもしれない。まあ一応、四駆の形をしているだけではない、スタンバイ式とはいえ4WDではありますから「オールテレーン入れて何が悪い?」の気持ちはわかります。
「でもこれ、気のせいかごつくなった?」「見たままだ。気のせいではない!」 次は蓮田さんに倣ってガード装備か、らすかるに沿ってルーフラックか?
今頃知ったことですが「ウルトラセブン55周年」だって?(発表が去年だったの?) それはまあ、全49話の大半が1968年に放送されているのは確かなことです。だけどセブンは67年10月の放送開始でその年に1クールやっているわけで、許せん、逮捕だ! とまでは思いませんけど、やるなら去年のうちに全部済ませちゃってくださいよ。
何が当時凄かったかって、同じ年まわりにウルトラマン、セブンと2つもの番組が世に送り出されていた点です。そこを忘れたらいけないのです。そんなわけで55年前の今日、テレビでは「蒸発都市」が流れていたようです。
しかし今、何がびっくりかって、55年後の薩摩次郎さんと、55年前のモロボシダンが邂逅するという本人対AIの特撮技術。
僕はセブン30周年くらいの頃から、ウルトラセブンが地球人に成りすます際、新しい地球人のマトリクスを取り込むという手法設定で、モロボシダンそのものの演者を更新に委ね、名乗りだけ「モロボシダンとでもしておきますよ」と少しだけ踏襲していかなければ、半世紀後のセブンに橋渡しできないと持論ぶってました。一度はカザモリという青年にそれをやらせたものの、一シリーズだけの設定に終わっています。異論反論はあるでしょうが勿体ないことをした。
現代の美青年俳優にはメイクも含めてベクトルが変わってしまっていて、果たして「似たような男の子を連れて来て床屋に行かせてモロボシダンを再現できるか?」。出来なくは無いと思いますが、たぶん「コレジャナイ感」も拭い去れないでしょう。AIダンにしてもあまり動き回られると違和感を見つけ出してしまいそうですが。
それにしても秋に公開という新作にて、次郎さんは御年いくつで、どこでヘルメット被ってんでしょう? よもや地球人類、ウルトニウム採掘なんか始めちゃったりしてないでしょうね?
1912年5月11日、信越線横川~軽井沢間が日本の幹線における初の電化区間として運航開始されています。
なんだよ20年前じゃないじゃん。と言われること請け合いですが、無理くり掲載の日付をすり合わせているのでそうなります。僕の場合は2003年の話です。
碓井の旧道を登って訪ねた軽井沢での20年前は、BМW乗りをはじめユーノスロードスター乗りやエスクードノマド乗りとの出会いが沢山ありました。世間を知らないくせに「ネットを捨てて外へ出よう」と思っていた、若さととんがっていた僕に、みなさん親切に応じてくれました。軽井沢行は、その後北海道や青森へと暴走を始めますが、雷蔵北行逃亡はまあ機会があればまたいずれ。
雨がひどくならないうちに都内を出て、渋滞に巻き込まれないように首都高を抜けようとする月曜日の午後四時。
羽田線が大師橋の架け替えにより通行止めで、湾岸線なんか混んでるんだろうなと思いながら銀座から江戸橋、両国へと走るわけです。この時間帯だと江戸橋ジャンクションはもう渋滞です。
それでも向島線に入れば流れは良く、堀切合流も意外とスムーズにこなして三郷線に移って時速70キロくらいで走っていたらば
いやーな衝撃音で、左Aピラーから中央方向に向かって亀裂が生じました。跳ね石ですがどこから跳んできたかわからない。10年ぶりにフロントグラスの交換を余儀なくされました。
まさかもう在庫無いよとは言われないだろうなあ? とクルマを主治医に預けて発注かけたところ・・・
純正ガラスは受注生産で、いま注文して納品が7月末だそうです。社外品で納期1週間。保険を使いますけど昔のような等級プロテクトは廃止さてました。いろんなことが「ひどい話だぜ」ですよ。