Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

わかっててやってるんだろうけど間違ってます

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二階堂裕さんが「路外機動帖」でグランドエスクードの車検準備記事を書いていますが、開発にタッチしていないとはいえ型式をご存じないというのはまあご愛敬でも、所有の車両が「前の所有者がアメリカ仕様にしていた云々」と言い切ってしまうのはどうなんだか。記事によればあちこち改造してあり大半の取引先で車検の請負を断られたともあるから、まさかの国内仕様前期型→わざわざ最終型へとフロントマスクまで変えていた個体だったのだろうか?

購入前に、国内仕様の最終モデルだよ、と説明しておいたんだけど・・・

グランドエスクードは後期型で二代目顔を廃止し、北米で出荷している仕様と同じものを国内でも投入していました。だから、ヘッドライトの形状が異なるのも当然のことです。これは見りゃわかるだろうと思うので、グリルが合わないなんてわかっててやってるんだろうと考えますが、車検後元に戻すのかなあ。

しかしですよ、この最終モデルの顔はいやだと、関連パーツをすべて交換して前期型にした知人はいましたが、その逆をやった人は、すみませんが聞いたことがない。人のことは言えないんだけれど、二階堂さんの原稿は私的な発信だと非常にわかりにくいです。

247.4度めの有明の月

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2005年9月5日の月齢は1.3でした。つまり新月の翌日、スズキエスクードТD61Wは僕の手元にやってきたのです。
2025年12月19日、月齢28.8。新月の前日、つまり有明の月が本日の夜空です。

新月から新月までのだいたいの日数は約29.5日で、これを朔望月と呼びますが、20年分を計算すると、247.4回の新月を過ごしてきました。

ちょっと驚き、いくらか嬉しく、なんとも哀しい巡り合わせであることを知るに至り、BLUEらすかると名付けたエスクードの最終到達点は100万キロと決め、そこで退役させるために、2025年12月19日までに達成させたかったのです。

それが2020年6月10日、地球と月の往復距離を走りきった日のことでした。

「人が想像できることは必ず実現できる」と、ジュール・ベルヌが残した言葉を真に受けての5年間でしたが、案外そうもいかないものです。ことしは僕自身に対する病床や怪我の当たり年で、BLUEらすかるの修理入庫も手伝い、予定がどんどん遅延していきました。当初は2000キロを割り込んだところでタイムアウトか?と試算していましたが、そんなものでは済まなかった。

そんなわけで、車検満了が12月19日。時間切れなんですけど、ここで主催者(?)特権の卑怯技を繰り出します。このことを見越して、BLUEらすかるは11月末に車検を通しました。残る道のりは2026年の冬の間に、のんびりと走り抜けようと思います。一昨年あたり、「車検満了までに達成できなくてもそこでゴール」って、実は言っちゃってるんですが、あれ、無しにします。

 

レジントップ

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ぱっと見、二代目に見えなかったりしますが気のせいです。

あらためて感じるのは、けっこうブリスターフェンダーが効いているなあという印象ですね。

 

 

日本ではリリースされなかったモデルでしたが、これを見るとX‐90のどこがいけないのよ? とも思うわけです。2シーターという最大のエポックが災いしたのですねえ。

 

「7型の不満に自ら手を加えました」との報

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TDA4Wの7型、ランドブリーズに乗っているくろさんからメールと写真が届きました。

常々不満に思っていらしたスペアタイヤの廃止された三代目後期型を、自ら部品探しと専門業者との交渉によって、見事に中期型以前の後姿を再現しております。

 

「サイドビューは寸詰まり感、リアビューはTDA4-4型以前比でフロントマスクに対しあっさりしすぎており、バランスの悪さも感じておりました。今回のスペアタイヤ取り付けによって、見た目も機能もエスクード本来のあるべき姿に戻すことができたと思っております」

部品が出てくれば技術的には可能な仕様変更ですが、何軒かのお店には「できない」と断られ、話を聞いてくれるところにたどり着くまでにも、くろさんは大変な手間をかけられたそうです。もちろんかかった費用もばかになりません。しかし、されどスペアタイヤなのです。これの在る無しは、仮にタイヤ自体がバーストした場合のサバイバビリティにつながるもので、自動車は搭乗者の安全を護るためにこのような部分でコストを削減すべきではありません。

くろさんは見栄えやデザイン性だけでなく、機能論としてこのカタチにたどり着こうと頑張っていらっしゃいました。情熱ってすごいなあと思います。エスクードが気に入って、歴代モデルそれぞれに愛着を持ち手を加えていくユーザーさんがいらっしゃることに、大いに感動しております。

挑戦する時代は終わっているのかも

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1970年、アメリカ上院議員エドマンド・マスキーによる「1975年以降に製造される自動車に対し、1970~1971年の基準の90%以上、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOx)を削減する大気清浄法改正法」の時代、蒸気機関から脱して久しい自動車には内燃機関に代わるエンジンがなく、そこかしこの自動車産業が躍起になって対策を講じ、ホンダによるCCVが一石を投じました。ガソリン車に続きディーゼルエンジンも散々苛め抜かれ、クリーンディーゼルが生まれていきました。

そういった技術と制度との格闘の末、炭酸ガスを排出しない発動機ならEVという新機軸へのトライアルは、なんとなく技術が土俵から逃げ出しているような気がしてなりません。

ここでほざいているのは電気自動車が逃げ打ちという話ではなく、温室効果ガスを削減する超長期目標の中で、電気というエネルギーがどこまで夢の可能性をもつのかという展望。今年の夏、不思議にも電力需要ひっ迫といったニュースをほとんど目にしませんでしたが、自動車の世界に電気が主力エネルギーとして定着すると、電力需要はどうなるのか。再生可能エネルギーにも流行り廃りの予兆があったりメガソーラー発電所自体が山林開発で環境破壊と言われたり、洋上風力にはコストがかかりすぎるという問題も浮上しています。

すると、政策的なかじ取りは原子力発電に向かわざるを得ない? 消費者は当然そのことについて考えていかねばなりませんがそれと同じくらい、自動車産業は、商品販売が電気に頼る世の中をどうするのか考えているのかと首をかしげるのです。それこそ原発は安全でクリーンと言われた時代は昔話で、にもかかわらずそんなに安全なら東京や大阪の臨海部にでっかい原発作りなさいよとは、誰も言わない。

自動車の電動化って、数をこなせば価格はこなれるのかもしれませんが、数が増えていくことによって生じる問題というのは内燃機関のときと変わらないのではないか。そして一番違うところは、モーターにせよ電池にせよ、自動車屋さんの領分外の技術で、エンジン燃焼効率良くするんだと汗を流していた自動車屋の真骨頂ではないよなあと思うのです。

29年目の「食」

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1996年に出荷され、最初のオーナーを経て29年。あと5500キロで大台というところへ来て「部分月食」(例えの言い方ね)が起きました。なんと、これの修理で年内の大台刻みが破綻です。

右下の警告灯も「おいおい」なんですが、こういうところを総じて言えば、まあまあ壊れなかった方だと思います。むしろエンジン補器類の方が壊れまくったね。

これは無理かな・・・

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2013年秋に椎間板ヘルニアで3週間入院しさらに1週間帰省して養生していたとき、その原因となったのは仕事の企画で東北ほぼ全県を走り回って、1か月に10000キロという無謀を通り越した末の、クルマよりも先に人間がだめになった経験でした。僕の退院後、クルマの方もフロント側の駆動系にダメージが来て大手術という、そんなところで人車一体感しちゃうのってどうなんだよな出来事がありました。あれから12年、人間もクルマも老朽化していないわけがありません。

唯一の自慢は、あの当時と比べて不摂生を返上し、僕自身は米俵一俵分、体重を落としました(従前の数字が自慢にもならねーヘビー級ですが)。それでもここまで走り続けて、やはり老体に無理も強いていたらしく、不定期に現れる坐骨神経痛と思っていた痛みが、どうやらヘルニア再発の前兆・・・というよりもう再発し始めている雰囲気。週末は寝込みがちで、12月の車検満了までに残る距離を走り切ることは無理だなという自覚が出ています。あと6500キロ。ここで焦っても仕方がないね。

Helly Hansen limited

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今思えばバブル景気だったのだと実感しますが、全国限定400台と台数を絞られていたとはいえ、1989年式のヘリーハンセン・リミテッドにはエクステリアにしても防錆処理にしても、程度問題かもしれないけれどコスト度外視の架装が施されていました。が、この限定車のコンバーチブルというのは、それを買い求めに行ったら「うちには回ってこない」(当時のディーラー)と言われ、現車を見たことがありません。このキャリアの下に幌を掛けるって、けっこうめんどくさかったことでしょう。

ディーラーでは「割り当てられたのは2台だけです」と言われて、大慌てで契約したのはインビエルノ・ブルーメタリックという水色のハードトップ(写真の左端)でしたが、後に霞ヶ浦にて色違いのハードトップと遭遇し、小一時間待ったけれど所有者はどこに行ったのかついぞ現れず、コンタクトに失敗したことがあります。オートエキスポ社製のルーフキャリアとスポイラーは、最初のヘリーハンセン・リミテッドの一番の特徴でした。

90年代に入って、これらのパーツはスーパーデザインコレクションとして一時的に市販され、僕もフロントグリルガードと補助灯、アンダーガードを追加装備していましたが、この頃きわめて近くにもう一台、カタログモデルをベースにヘリーハンセン・リミテッドスタイルに仕上げたエスクードに乗っていたユーザーさんが存在しました。あとから知ることになるこのエスクード、何を隠そうあのコムロさんの所有で、彼のエスクードフリークの出発点となった1台です。

(3点目の写真はコムロさんの撮影。つくばーど®ギャラリーから持ち出し)

雨降り前の試運転

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高圧ホースの修理明けから自分ではまったく動かしていなかったため、土曜日の午前中に裏山へ試運転に出かけました。バッテリーも新調したのでエンジン始動は小気味よいし、軽さが売りの幌車ですから山登りも快適です。5速ミッションだったらもっと楽しいんでしょうけど僕ら夫婦以外は二人ともAТ限定免許、雫さんも「5速なんてもう乗れない」とのお達しのため、我が家のクルマはすべてAТ車になって久しい。それだけに今回のAТF流出トラブルが痛手にならず一安心です。

G16Aの1600エスクードは3台乗り継ぎましたが、1型のヘリーハンセン、3型のGリミテッドノマドとも10万キロ程度での退役をさせているため、エンジン音の変化はありませんでした。ぷらすBLUEはさすがに33万キロを越えているせいか、どこがどう不調かという具合の悪さは無いものの、「このエンジンってこんなにトラック然とした音していたかなあ」とは思います。

もともとオイル下がり気味だったエンジンを長期間かけて調整してきた末、オーバーホールも行っているから、不具合というより経年変化でガサツな音になってきたのかもしれませんが、まあ良く言えばそこらへんの新車のジムニーシエラよりも四駆らしい音してるじゃんというところです。マルチシリンダー化されたV6の音よりも力強さを感じるのは所有者としてのひいきな耳なんでしょう。

そのV6を常用している自分が言うのもなんですが、エスクードを最もエスクードらしく体現させているのは2000cc以上のモデルではなく、1600クラスで発揮されるレスポンスの良さなんだろうなと考えたりします。それでも体感として1型8バルブより一般受けさせた2型以降のG16Aも、ノマド系だと乗車人数によって非力感を覚えていましたから、1トンそこそこのコンパクトな仕様が一番マッチングしていると思います。

しかしG16Aも初代なら7型まで進化しています。最終モデルの頃の乗り味ってどのくらい変わっていたのか、今更ながら興味があります。

こんなことを真似してはいけません

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「幌車のバッテリーがもうダメみたい。エンジンのかかりがすごく悪いよ」

と、ぷらすBLUEを職場に乗っていった雫さんからメールが来たので、帰宅前に新しいやつと交換して来いと指示したのです。で、雫さんは職場近くの行きつけスタンドにて交換してもらってきたのですが

「24年からよくここまでもちましたねって言われたよ」

え? 俺去年は幌車のバッテリー交換なんかしていないし、2024年ものでそんなことを言われるのはおかしいじゃねーかと、記録を遡ったわけです。

そしたらこういうことでした。

つまり2022年12月にフィガロがバッテリー上がりして、霙が幌車を使うこととなり、その際状態の点検をやっていたのです。そのとき、主治医が「2012年もの!」と言っていました。スタンドで聞かされたという24年というのは、西暦ではなく平成元号24年だったのでした。

あー・・・状態が健全だったんでそのまま使っていたんだ。今回、高圧ホースの修理でしばらくドック入りしていたから放電してしまったということか。

「やめてよ心臓に悪いっ」

ごもっともです。ENEOSのバッテリーは信頼度高いです。が、こんなことは真似したらいけません。