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  ~懲りない傾向~

1993クランクインのシーン

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1993年12月に公開された「ゴジラvsメカゴジラ」は、同年5月24日にクランクインしたそうです。ホビージャパンによる同作のコンプリーション・ムックに、全シーンのロケ、撮影スケジュールが掲載されていました。それによると、クランクインで撮影されたシーンは、主人公?の青木一馬が国立生命科学研究所に向かう京都の場面で、映像を見ると南区四塚町で九条通り国道171号から府道13号へ右折していく、繋ぎカットです。カメラワークで東寺の五重塔、奥の方に京都タワーも映ります。

ここにある「青木の車」というのが、1型の初代エスクードであることはすでに飽きられるほど書いてしまいましたが、冒頭19分めに出てくるこのシーンが、同作のクランクイン撮影であったとはちょっと驚きです(いやー、ほんとは小躍りしてます)。エスクードはここから研究所に到着するまでのわずかな出番(冒頭6分めにも出てきますが)で、到着した研究所は実は京都ではなく埼玉県草加市の獨協大学なんですけど、vsメカゴジラでまだエスクードを語れるところが嬉しいのよ(僕だけ)

Team WESTWIN Warriors #207

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Team WESTWINの第二次エスクード導入時代、世の中では市販型エスクードは四代目が登場し、この年2015年に次世代の自動車制御に方向性をもたらすサイバーシステムというAI搭載型レースマシンの傑作機が誕生していました。スゴウグランプリが初参戦させたアスラーダGSXです。その対話型自己学習AI、サイバーシステム・アスラーダは、それまでのサイバーフォーミュラマシンに用いられていたシステムとは一線を画し、14歳の少年を年間優勝させるほどの活躍を見せました。

GSXはフォーミュラマシンというよりもGTカーに近い車体に水素エンジン5000ccのV10を積むトルクスプリット型4WD。サーキット仕様、ラリー仕様などパネルと許可範囲のパーツ組み換えで様々なレースステージに対応できるユニークなマシンでした。冷静沈着なサイバーシステムは並み居る他チームのマシンを追随しますが戦績は芳しくはなく、年間クォリファイ予選3位のあと、第一戦リタイア。第二戦5位、第三戦3位までが入賞で、第四戦はレース中のクラッシュで大破しました。

これらはドライバーの不慣れが大きな要因として考えられますが、ペルーで行われた第二戦はオフロードレースという環境でかなりの苦戦を強いられながらも完走していることから、ハードウエアの優秀さは評価の対象と言えるでしょう。

ここでもしも、後藤誠司くんのエスクードTA51WとGSXが戦ったらどうなっていたか。まあまあサーキット仕様での最高速度400キロ越えだけで勝負にはならないんですが、ラリー仕様と連続するタイトコーナーの走行ステージによってその差はいくらか縮められ、野生の反射速度でエスクードをドリフトさせる後藤くんの瞬発力は、ややもするとサイバーシステムを凌駕するかもしれません。なにより2m級のGSXの全幅は大きなハンデとなります。逆に後藤くんの不利はエスクードのスペックよりも、サイバー側のレース距離が長く、ドライバーの集中力を持続させにくいというところでしょうか。

こういうレース、ちょっと見てみたかったなあという気分で、この話は次回に持ち越されます。

いるところにはいる(いた)んだなあという話

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ちょっと前に、TDAの大トカゲさんという、ジムニー乗りのTDAエントラントが、中古車紹介YouTubeで扱っていた二代目エスクードをご自身のXに載せていたのですが、この二代目の後姿。リアワイパーが立てられています。おぉ懐かしい。これってホントに昔のこと、EОSなるエスクード専門メーリングリストのユーザー間で編み出された「尻尾を立てるぜ」プチ改良です。

 

バックドアの内張を外して、ワイパーのリンクを90度回転させるだけの手軽な手法で、本来は水平に寝ているワイパーが立てられる。何がメリットかって、寝ているワイパーよりも上から下にかき落とす動きとなり、積雪時はこの方がワイプ効果が大きいのです。

うちのエスクードも幌車を除いて代々これをやってきましたが、他所にも同じことをしていた人がいたんだなあと見入ってしまいました。

内野と外野の同型車 後編

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2000ccクラスのエスクードとなると、むしろ火曜サスペンス劇場での採用例の方が多いけれど、この欄は特撮ヒーロー、特撮番組に絞ってのことなので、このTA11Wが最後になります。「重甲ビーファイター」の後期オープニングに突如現れ、そういう走らせ方しちゃいかん!と水際バシャバシャやってるんですが、エスクードのイメージ落とすからやめてくれ、なビーファイターは「昆虫の能力を宿したメタルヒーローが自然を守る」番組です。本末転倒。

ビーファイターが94年の番組なので、やはりスズキとしては新型の提供に力を入れていたのでしょう。うちではスズキが初めてV6を載せるという話題に注目したものの、必ず初期の不具合出るよなあと様子見をして、95年の10月に同型車を買い付けています。後に「初代らすかる」と呼ばれる個体です。まだミニバンブームは来ていませんでしたが、これで2人の子育てをやってのけたというところに、今だったらよくやったよなあと思わされます。まあミニバンには行かないんですけどね。

しろくまさんからの相談 エスクード退役へ

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山形在住のしろくまさんから便りがあり、「長らく修理と整備が続いてきたエスクード5ドアを、早ければ来年年明けの展望で退役させることにしました。新しいクルマの納車時期が決まればあらためてお伝えしますが、いまのうちにお声がけしておいて、部品取り用なりポンコツ承知で乗っってくださる人がいらしたら、無償でお譲りしたい」ということです。そんな人がいらしたら、僕に連絡してくだされば、しろくまさんとのやりとり先をお知らせします。

彼は数少なくなった初代乗りの古参のエスクードユーザーです。結果的に僕のところの先代らすかるがこのエスクード5ドアの走行距離を追い越し、地球と月の往復をこなしましたが、次に最も地球帰還に近いところにいる(車検を通したというのでもう少し距離は伸びるでしょう)のがしろくまさん。しかし予定とされている乗り換えまでに残る距離を走りきれるかどうかというと、かなり大変(なんか彼ならやりぬきそうな気もしますが)

それほどの距離を出している個体ですから、無償で、どこへでも届けるという申し出については、車の状態に関して言うまでもなく、僕もいささか困惑していますが、長年愛着をもって故障やトラブルと格闘してきた人の気持ちは痛いほどわかります。だからここにお知らせします。車検を通したということは、無理をしなければ走らせられると思われますが、まず車体の方がうちの先代らすかるよりも消耗しているはずです。ここにあげている写真は2011年夏のものですから、それかから15年の経過劣化は、整備を繰り返しても限度があるでしょう。

とはいうものの、いまどきSNSを使わない僕のブログなんか誰にも読まれてもいないだろうから、まあむしろその方がちょうどよいのかもしれないけれど、しろくまさんほどに気骨のある乗り方をする人もまたいない時代になってますかねえ。

スズキ歴史館のちっさな奇蹟

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実にしばらくぶりに訪ねたスズキ歴史館には、Sモールなるグッズショップが増設されていて、バイクツーリングウエアからキーホルダーまで、スズキの二輪、四輪モチーフな品ぞろえが豊富に並んでいます。が、そりゃそうなんですな話で、ジムニー、ハスラー、クロスビー、スイフトなどのグッズはもういくらでもあるのに、失われたブランドとなったエスクードに関しては何もない・・・ なんかもうつらいというか寂しいというかの風景に思えたわけですよ。

ところが雫さんがこれを一蹴して高笑い。買い物かごの中にマフラータオル2本が入れられており

「どこに目を付けてるんですか!」

あ・・・

17年ぶり三度目の訪問(いやもう少し来てますけどね)

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浜松まつり会館やスズキ歴史館をいっとう最初に見学に来たのが2009年の5月8日のことでした。その数日後、ここでスズキの何だったか忘れた、記憶の残照では「アルト誕生30周年」式典にスーパースージーの取材で同道して、修さんにお目にかかり握手させていただいておりました。浜松でつくばーど®を開いたのは2003年に遡り、以来、わりと天竜川には来ていた方でしたが、こっちの面々が茨城に来てくれている回数に比べたら、お話にならないほど足を運んでいないのが本当のところです。

まつり会館と歴史館で17年ぶりですが、地元勢が開いた天竜川のミーティングに初めて参加したのは2006年で、20年も前になります。家族旅行をくっつけることが多かったので、子育て時代の方が静岡訪問頻度が高かったのです。東北単身赴任だった2012年にも来てはいるけれど、あのときは磐田だったから・・・ああでも浜松インターまで仙台から無給油で走ったときか。いずれにせよ「大した回数来てないじゃん」と言われるのがオチです。

今回、「さわやかのハンバーグを食べてみたい」「いや浜名湖界隈なんだから鰻・・・」「あなた土用以外にもけっこう食べてるでしょうっ」「それなら譲って餃子ともやし」などという他愛もない会話から、めんどくせー全部食えばいいんだと、出かけることとなりました。さすがのBLUEらすかるΩも、スズキの膝元なら目立つことは無いでしょう。各所でうろちょろしていますので、声をかけてくれる人がいらしたら嬉しい限りです。9日は沼津経由でだらだらと帰路につきます。

でもって当日のあれこれはこちら

team-westwin-warriors-206

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GOTOeditionがある(という設定)なら、KAWAZOEeditionがあっても不思議ではないでしょう(という想像)

内野と外野の同型車 中編

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ギャバンにジムニー、ジバンにエスクード。この些細な変化は当時「へー」と思わせてくれたトピックでしたが、宇宙刑事も機動刑事もコンバットスタイルになるとマシンも変わってしまうのは共通項でした。「機動刑事ジバン」が放送された1989年は、エスクードもデビュー1年という真新しさで、しかも警察車両という意表の突き方。まさかこんなのがパトカーであるはずがないと、おとり捜査で採用しているとしか思えない選択肢です。

「ジバン」において主人公が乗るコンバーチブルは、ドアに貼られたESCUDOのバッヂによって1型であることがわかります。90年のノマド追加時にショートもマイナーチェンジされ2型になって、このバッヂは廃止されました。この時代は吊るしならスチールホイールは当たり前。2006年に幌エスクを購入した時点では、その差異を見なければそのまんま劇中車と同じでした。さすがにパトライトを載せて走らせるわけにはいきませんが・・・

節穴だと自覚していたけど俺の目ってかなり・・・

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BLUEらすかるΩの花粉やら埃やら跳ね上げの汚れ落としをやって、今履いているタイヤの銘柄もろくに覚えられないので記録写真を撮っておこうと、路肩に停車させていてもまず間違いなくヒトもクルマも往来しないよという珍しい場所でかがみこんだ時に、なんか変じゃねーか?という違和感を覚えたのですが、それが何なのかを理解するまで十数秒。いよいよ頭の回転が鈍くなってきていますがなんとか十数秒後に判明しました。

ボ・・・ボルト(のキャップか)が黒くなっとる!

えーっ? 俺、先々代というか、37年前からずーっと、メッキ仕様のボルト使ってた(同じものの使いまわしじゃないよ)んだけどなんでーっ⁉ と思っちゃいましたよ。落ち着け落ち着けで帰宅して、2024年4月の、このエスクードの受取日の写真を見てみたら、黒でしたわ。大丈夫か俺・・・目の節穴さよりも頭の老化を疑わんとまずいんじゃないのか? という笑うに笑えない現実と直面しております。まあ赤とかピンクじゃなくてよかったけどね。