それに比べて、こんなバッグ背負えるのは女の子の特権だろうねえ。
←でもこれ非売品ね。
だがしかし、現実というとこんなものである。
姉妹でエスクード(SIDEKICK)という環境は和邇さんちのお嬢たちに次ぐ実現です。とうとうこんな風景を見る日が来てしまいましたよ。
しかし助手席に乗せてもらうのはいいんだけど、それだとこいつらがつるんで走っている様子を撮影できません。あと1台、直四の2000に乗ってないからTA51W・・・とか言ったら絶対に家内にぶっ飛ばされるよなあ。
翌日、霰は市の行事に参加で別行動なので、幌車を霰に預けてBLUEらすかるで遠乗り。
それもまた的確な分析。だがこっちは譲ってやれん。
とかなんとかやりとりしながら、久しぶりに摩庭さんのところへ出かけてみれば、軽自動車スポーツカーのミーティングだとかで店内ごった返し。幹事がまとめて注文しに来い(笑)
「午前中なんかお客なくって、うちの車を駐車場にサクラで置いておこうかと思ったくらいだったんだけど、午後はサプライズ連発だね」
小一時間ほど摩庭さんと談話し帰路は残った燃料で帰り着くためにずっと定速度で走り続ける練習と、セルフスタンドの使い方レクチャー。今回はスマートインターを利用する関係からETCを入れたままだったけれど、一般利用としての高速の乗り降りも教えなくちゃいけないか。
「覚えることが路上教習よりいっぱいありますねー。でも面白いから苦にならない」
まだある。ネズミ捕りのいそうなばしょとか覆面パトカーの見分け方とか(いいのかそういうことばっかり教えてて)
2006年10月にぷらすBLUEが納車された日、というか車屋に引き取りに行ったのが正しいのですが、そのとき家内の運転するBLUEらすかるから降りてきて、ぷらすBLUEの助手席に一番乗りしたのが霙でした。
エスクードコンバーチブルには、それ以前も狼駄さんの白を預かったときに乗せていたし、はまたにさんの赤にも乗せてもらっているので、彼女にとってうちのは3色台めとなります。
そして10年。霰に続いて免許が取得できました。霰は実家を離れているので帰省したときにしか運転機会が無いけれど、霙は事実上ぷらすBLUEの運行管理代行として乗り組むことになります。自動的に、当分の間、史上最年少のエスクード乗りを霰から引き継ぎます。実は車の主治医の長男が霰と同学年、二男が霙と同学年。でもってお兄ちゃんは主治医父からTDA4を譲ってもらっていたので、最年少エスク乗りがもう1人いました。弟君はパレットに乗っているようです。
さて遠出でもしなければ故障の心配もないとは思うのですが、エンジンやら足回りやらシートにはいろいろ手入れを施してきたものの、ナビゲーションだとかオーディオなんかにはほとんど気を使ってこなかった。せめてカセットデッキのカーステレオくらいはどうにかしてやらないといけませんですね。
あれっ? あんなに欲しがってたフィガロはどーすんの?
霙が路上教習と初の高速教習に明け暮れていた週末、霰の方はインターンシップで一時帰省し県内では有名企業の体験研修を受けていました。が、単独運転に関してはへなちょこを自称する彼女は自宅からこの会社へはとても通勤できないと泣きを入れ、吹雪夫妻の家に居候して出かけておりました。吹雪は風花と生き別れの姉妹という設定がありますが、もちろん雷蔵の実の妹です(どこからどこまでが真実で嘘つきなんだかという突っ込みは不許可です)
日曜夕方、こちらは夫婦で「晩ご飯何にしようか」「野菜炒めと冷ややっこがあればそれでいいやー」と対話しながら2人して買い物してきた食材を冷蔵庫に入れている最中、霰から電話が入り「これから吹雪おばちゃんたちと打ち上げに行きまーす」という一言で、買い出した食材のすべてがお蔵入り。待ち合わせ先の焼肉屋までひとっ走りです。
霰にしてみれば来年が本格的な就職活動と卒論を同時進行させることになるので、まさしく明日を捜す一環のインターンシップでしたが、
と、最近田舎の行政が積極化させている「U活」にも目を向けているようです。まあそりゃそうだわな。などと吹雪夫妻と我が家で盛り上がったのですが、親子(僕は飲みませんが)で飲みに出たのはこれが初めてか。
目下、一家離散中の我が家で最も多忙なのが霙です。合宿免許取得教習に放り込み、毎日びっしりと講習を受け、検定をクリアし、路上教習の人となっております。
「姉ちゃんがストレートに卒検も本検も受かっちゃってるからなあ。あれけっこうプレッシャーなんですよー」
というわけで、そのうちぷらすBLUEの専任ドライバーが誕生する予定です。親が言うのもなんですが、ステアリングの遊びだとかペダルの踏み込み加減の癖だとか、霰のときには意見として表現できなかったクロカン四駆の特徴を、乗った瞬間言葉で指摘してきます。でもあれかなー、やっぱり何か専用にあてがった方が、ぷらすBLUEの延命にはいいですかねー(もうすっかり計画だおれ)
「複雑な動きをする台風」と、2007年から呼称されているのだそうですが、どうにも知識が古いので、そろそろ関東にやってくる台風10号のことをつい「迷走台風」と言ってしまいます。何もあんなところまで南下して、わざわざ戻ってくることもないだろうにと今日明日の仕事への影響で困ってしまうけれど、こいつが最初の事例ということでもなく、過去のまさしく迷走時代の複雑な動きはこんなにあります。
この台風につけられているライオンロックという名前は、2010年にも使われた呼称で、香港の九龍とニューテリトリーを隔てる山並みのピークの一つのことでした。北西太平洋や南シナ海で発生する台風につけられる名前は、このエリアの台風防災に関する各国政府が設置した台風委員会によって140の名称が管理され、ローテーションしています。
仙台直撃コースを描いていたわりには沖合をかすめていき、上陸は岩手県大船渡市だったようで、上陸した頃の仙台上空はどんどん雲が切れていきました。久しぶりに高速道路も冠水市街地も四輪駆動で走りましたが、相変わらずアクチュエータの調子が悪く、4WDのランプが時折消えているのが要解決課題・・・