何そのイヤリング? と聞いたら、
「女子会の席で友達が片方くれて、お揃いね。てな話で」
はー、中学生のころから女の子に人気のある霙でしたが、大学に行っても相変わらずのようです。しかも、こいつの趣味を見抜いてやがるね、このアイテムは。
この発想は無かった・・・と言いたいところなんですが、これこの通り我が家にはすでに素手ではない事例が。
撮影が2010年2月、後にその姿を晒していまして、明らかに宇宙忍者の腕デザインです。
まあそれでも左右セットではないので、これではシオマネキングと言われてもしょうがないのですが。やっぱり今度のも2個一セットでは売らないのね。
携帯電話を・・・まあ未だにガラケーなんですが・・・所持して何年になるかすっかり忘れれてしまった今どき、遂に迷惑メールと思しき着信が入ってきました。
もう感動するやら笑い転げるやら、無作為にコード並べて自動発信しているんでしょうけど、送り主(もちろん騙りですが)も送り主なら送信先をいちいち考えもしないメール内容がばからしくて。
最初の着信が15日なので、これがまた別の意味でタイムリーすぎるじゃありませんか。世間では「えっ遂に解散!」と騒ぎになっている最中、このあほすかたんな能天気メッセージ。さらに巷では「ストーリー展開があって7通送ってきてあきらめる」という有名な釣りメールです。面白がってガン無視していると、噂になっている通りの展開で数時間おきに3日間にわたって、律儀に送られてきましたよ。
俺さぁ、今月誕生日でもないし一緒に番組収録したこともないし、マネージャーも雇ってない、ただのおっさんですから!
台風一過の朝が来たとたんに太平洋高気圧が勢いを増してチベット高気圧と接触を図りやがって、もう徹夜明けの仕事机など眺めるのもいやになりました。はい、17日まで世間様並みかそれより少しはましな夏季休業でした。僕は仕事を持ち帰り帰省で毎日毎夜ねじり鉢巻きでしたが、盂蘭盆の最中は涼しかったのが不幸中の幸いだったのです。先週末からずっと、つくばーど基地はエアコン不要のリゾート陽気で、なんでこんなときに自宅仕事? いやいやこの機に仕事、という日々でした。
それでもうやってらんねー、と、集中講義に出かける霙を駅までではなく大学まで送り届け、そのまま物資の調達にひたちなか市のホームセンターまで走って、
とばかりに開店準備の終わったばかりのカフェに飛び込んで「あ゛~」。すぐ近くに海水浴場はありますが既得権を振りかざすおっさんらに上から目線で駐車料金がどうだこうだと言われるのがばからしいので、絶対に海岸線には行きません。すぐ近くに「シン・ゴジラ」をかけているシネコンもありますが、観ないと言った手前、某和邇さんが友人の騙し討ちに遭って「観せられてしまいました」というメールを受け取っていようとも、断じて小屋には向かいません。
しかしカフェにも次第にお客がやってきてがやがやと賑やかになっていくので、ある程度の時間で退散し、物資調達の買い物をだらだらと行い、昼飯には少し早いけど11時過ぎには到着する計算で、隣町の行きつけの蕎麦屋に行ったら「都合によりしばらく休業」の張り紙。うへー・・・と、別の店の暖簾をくぐるのはこの店の主人に悪いなあと、今まで入ったことのない近場の蕎麦屋に行ったら「17、18日臨時休業」・・・ 止むを得ん、蕎麦はあきらめて町内のハンバーグ屋にと戻ってみれば「定休日」ってなんですかみんなーっ!
と失意のうちに帰宅したら、午前中いっぱい寝こけていた霰が「おひるごはん食べに行こうよ」というので事情を話すと隣の市のショッピングモールでおひつご飯がいいよ(つまり水戸へ戻れというのか)とリクエストされ走らせましたよもう一回。盂蘭盆も明けたというのに怒涛の満車ですよ。結局炎天下の屋外駐車場の一角が空くまで待たされ店内に入ってみれば、飲食店のどれもこれも満席ですよ。
で、しばし並んで早いはずだったのにかなり遅い昼飯の末、霰の買い物に付き合っていたらいつの間にか霙の授業が終わるころではありませんか。
またまた大学まで霙を回収に向かい、ピックアップしたら「昼にはお弁当食べたけど、さすがにおなかすいたー」と言うので、車で乗り付けられて分煙席があって軽食も豊富なカフェまでさらに移動しましたよ。なんかもうこの数日で一番走った。
それでもって、これより仙台に向けて出かけますよ。
津波から二週間後、ようやく足を踏み入れることのできた石巻の町は、その年の2月に訪ねたときの記憶と照合するほど言葉を無くしました。風のない埃とヘドロ臭の立ち込めた町なかに立つヒーローの立像よりも、その近くで勝気に笑いながら炊き出しのように肉を焼いて振る舞っていた青年たちの方が、掛け値なしに勇者の背中を思わせた5年前。この仮面ライダーを撮影することそのものに後ろめたさを感じながらも、当時の心境はこんなで、書き留めずにはいられませんでした。
先日発売された月刊誌に、村枝賢一さんがこの立像をキーワードとしながらも、あのときその地で活躍した人々のことを読み切り漫画として描いています。秋田県横手の美術館と、石巻の萬画館をスタンプラリーするともらえる小冊子の内容を再録したものです。
僕はあの時、物言わぬ、動きもしない立像に、偶像なんぞを拠りどころにしてはならないと感じたし、その考えは今でも変わっていません。しかし村枝さんは、津波に流されることなく残ったこの立像に人々は勇気づけられたと、実にやさしい気持ちでネームをまとめています。
その考えもありだなと、このエピソードを素直に読みました。
JAC’SVillageについてのもう一つの話題。春にオープンしたショップ棟の2階にあるカフェにお邪魔しました。こっちにはこっちで、店内の立ち上げを担当した朗らかな店長がいます。乱暴な表現をしますと、レストラン・コンテッラのスーシェフがWWWAのトラコンの赤毛の方だとすれば、こちらの店長はもう一人の黒髪の方・・・という、わかる人にしかわからないような紹介をしておきます(あっ、だけど努々、そのままの容姿をあてはめないように。間違っても当人たちに言ってはなりませんっ←言ったってわかんねーよ)
本来ショップ棟はアンティークものやアウトドアグッズ、アップサイクル品を販売するスポットなのですが、それだとリピートはしにくい。立ち上げが後になりながらもカフェができたことは、コンテッラで飯食ったあとに珈琲飲みに通えるのでありがたい。ありがたいけれども、コーヒーなどを注文する際レジで前払いはいいんだけれど、2階の小物売り場の会計を兼ねたレジがカフェと全く反対の場所にあるという不自然さはどうにかならんのかと苦笑します。胡桃とレモンのパウンドケーキは自家製だそうです。
ショップ棟ではいろんなことをやっています。インスタグラムなどで、その様子が見られます。
ところでショップ棟も調度品や建築資材にリサイクル思想をふんだんに取り入れていますが、カフェの窓に組み込まれたJACの抜き文字が面白い。よくよく見るとこんなもの使ってます。通電するのかどうか気になりますが、カフェは16時閉店なので、確かめられません。
津波を経験してからというもの、夏の浜辺に遊びに出掛けることがなくなりました。少し昔の人は同じような体験を繰り返しながらも、南洋幻想という太平洋のかなたに対する一種の憧れを抱き続けたようですが、東日本大震災のダメージは、南海からやってきては日本を壊滅的危機に陥れる怪獣の比ではありませんでした。
ま、それ以前にここ数十年の茨城の海なんて、既得権をいいことに数十メートルおきに監視員が立ちふさがり、遊びに寄りたきゃ駐車料金払えと高飛車に言いやがるので、近寄りたくもないのですが。
しかし自らの生活習慣から海岸線をオミットしても、夏になると冒険譚のような企みやら行動には触りたがる性分だったのです。現在、それが遊びではなく仕事に追われての「遠出三昧」となってしまい、まったくとは言わないけど楽しくない。
少なくとも奇譚にはならないもん。でもせめて、空想は置いておくとしても自然科学的な見聞の時間くらいなんとかならんかなーと思うわけです。
「いやいや雷蔵さん。そういう時間が得られないからこそ空想科学の冒険譚でも読みながらイマジネーションで遊ぶもんでしょ」
知人にそのようにたしなめられ、先週読んでいたのが「海底軍艦」とか「十五少年漂流記」とかではなく「パンゲアの娘 KUNIE」。すいません、ただでさえ活字に埋もれた仕事のため、夏場は活字が頭に入らないのです。
だけど、何度か書き留めたことがありますがこの漫画は「夏休みの冒険譚」という点ではとても面白い。読み切りで笑い飛ばす「光画部の夏休み奇譚」とは異なり、連続ドラマで子供たちの夏休みと大人たちの地球が大変が二極で進んでいくジュブナイルなのです。ここにたぶん意図してのことと思われますが、南洋幻想も組み入れ、南の海のかなたの神秘と怖いものも内包している。たたみかけて五冊で終了してしまったことが実にもったいないけど、そのもどかしさもまた味わいなのです。
夜中ン百キロを走って目的地近くの道の駅にたどり着いて、まず一冊目を読んで、眠気を呼び込む。続きは寝落ちした後起きるまで・・・というあ~る田中一郎さんのような器用さはありませんが、五回に一回くらいはトロピカルな風景が睡眠中の脳髄のどこかで再現されます。
ところで夏休みの臨海学校的な展開がこの漫画にもあるのですが、臨海学校という催事に関するウィキペディアの公式・非公式行事解説が思わず笑っちゃう記述です。もちろん非公式のほうね。こんなセンスは大好きです。