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  ~懲りない傾向~

力と技の風車が回る

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力と技一方は春休み、もう一方は卒業済みニート。

こちらが仕事の原稿を書いている横で、一晩中異世界のドラゴンと戦ってます。霰は力技で攻め、霙がいろいろと大技小技とアイテムを駆使していますが、緩みきってやがるなー・・・

 

こいつら用の勉強部屋はあるのですが、こいつら小さいときからそこに籠ることはなくて、始終茶の間で勉強やらゲームやら団欒を続けてきたのはちょっと感心です。

それをいいことに、過ごしていたかもしれない反抗期には全く気付かなかったかもしれない親の方も、案外のんきだったんだわな。いや、僕の感じる限り、こいつら反抗期はなかったというか、親と口をきかないとか寄り付かないということはなかったんだよね。

ほんとに知らなかったのさ

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仙台在住になっても鉄道に乗らないから知りませんでしたよ。

いや、ふつう、仙台駅がターミナル駅だと思うじゃないですか。というか、思ってたのだよ。

だから「あおば通駅」なんてほんとに知らなかったわ。ここまで掘ってるなら、広瀬川の向こうまで伸ばしとけばいいのに(しかしそれだと仙石線と呼べなくなる、ここがぎりぎりなのか?)

去ってしまった時間

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ノーズ1860年の3月10日。漂流していたスクーナー・スラウギ号が無人島に漂着し、保護者に無断で乗り込んでいた15人の少年たちは漂流生活を余儀なくされます。

彼らはなんだかんだで「2年間の夏休み」を過ごすことになるわけですが、こちらの方がむしろ原題(Deux Ans de Vacances)という無人島冒険譚が始まります。

1980年代に同期生の陰謀に陥れられ、中東の外人部隊に放り込まれてしまったパイロット訓練性は、少なくとも3年間の軍務をこなさなければ契約満了できないという窮地に立たされました。

まあどっちも当事者にとっては絶望的に長い、先の見えない日々なのですが、5年が過ぎて6年目に突入しちゃうと、2年だの3年だのなんてどうってことないよなーと、被災地を訪ねる度に思います。全国に避難している人の数が、2月時点でまだ174000人もいらっしゃる。もうちょっとで日立市の総人口に届く数です。

復興への新しいフェーズに入ろうということし、ここまで復興できたというべきか、全然先が見えないのか。見る人受ける人によってその差がありすぎです。

 

深読みするは我にあり 和邇さんの手記007

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来る3月11日、あの未曾有の大震災からちょうど5年を迎えるその日に、和邇娘姉が学生生活最後のステージに立ちます。あくまでも客演の一人ということで、けっして正規な演奏ではありませんが、想えば小学校高学年から大人のサックス教室に通い始め、以来中学高校大学と彼女の人生の実に三分の二を占めてきた音楽活動の集大成。長きに及んだパダワン時代の厳しい修行の末、そのフィナーレに自ら撰んだ楽曲は・・・

 

『モスラの歌』

 モスラ?モスラ?何故にモスラ?
 そういえば、『モスラの歌』の作曲者は福島県の出身とか。そしてモスラを映像化したのは同じく福島県出身の円谷英二氏。

そうか!これは東北の今後の安寧への祈りを込めた選曲に違いない。それに、娘が長年師事してきたサックスのマスターは、広島出身とのこと。『モスラの歌』の歌詞は、森羅万象の愛と平和を高らかに歌い上げたものでもある。この選曲は、娘からマスターへの感謝の意を顕すものでもあるのか!さすがは我が娘、意外なところで意外なことをしてくれるわい。と、感心しておりました。

そして昨日は演奏の合わせ練習。雨もしとしと降っておりましたし、大きくて重いバリトンサックスがあるので大変だろうと仕事を早めに切り上げて、いそいそと大学までお迎えに参じました。
 帰り道の車内で、最後の演奏曲に『モスラの歌』を撰んだ理由を娘に問いました。今年で24歳。すっかり大人になった彼女は、どのように考え、どのような答えを導きだしたのか。深慮の結果、如何にして『モスラの歌』を演奏曲に撰んだのか。さぁ娘よ答えておくれ。その理由を、この父に聞かせておくれ!

 

『社会人の先輩(女性)とのツインサックス。女二人っていったら“小美人”でしょ。小美人ていったら“モスラ”でしょ。これからは子供向けの楽曲もレパートリーに加えていかなきゃならないしね。アンパンマンとかさ(笑)』

 

東日本大震災からの復興に携わる皆さまに、一日も早く平穏が訪れますよう心よりお祈り申し上げます。

追伸:ライトサイドにおける覚醒、未だ成らず・・・

 

この手記のおかげで昨日の昼飯が決まっちゃうとは思いもしなかったさ。

 

咲いちゃったよ(これで毎年惑わされるけど)

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2016桜どうも今月初めに開花したらしいです。昨年が3月7日あたりでしたから、かなり早いです。

毎年これで花見をいつやるか読み違えているわけですが、この後必ず寒の戻りがありますから、やはり彼岸過ぎまでは油断できません。

まあ我慢比べな花見だったら来週でもいいと思います。

 

あ、私事ですが、19日と20日の週末は仕事で、とりあえず帰ってくるのが20日の夜ですので、我慢比べもそこは外しといていただけるとありがたいです。

フォースの連鎖

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wani777「和邇パパが送れって言うので送信します」

和邇お嬢妹君からの着信。しかし携帯のモニターではまったく読み取れないのでパソコンに転送してみると、和邇さんのところでもフォースの覚醒が始まったようです。

暗黒面の、でなければいいのですが(こらこら)

 

月と星の中を♪

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spacerunaway spacerunaway・・・しているうちに25年ですよ。だいたいね、平成3年の3月3日が日曜日で友引(あれ? 大安だったっけかな)で雛祭りなんて、ガンドロワ級のトラップじゃありませんか。

「うちは小さくて設備も古く、挙式は日に最大5組しか対応できませんが、その分、ゆったりと進められます」

とか言ってた支配人が親切だった霞ケ浦湖畔のホテルはもう存在しませんが、蓋を開けたらあの日は12組もの披露宴がねじ込まれてましたよ。

挙式自体はまともでしたが、楽屋裏では新婦のお色直しの最中に「スタッフによる新郎取り違え撮影未遂」やら「花嫁の父礼服でも貫く白ソックスからの履き替え拒絶」やら「新婦コンタクトレンズ紛失」やら「結局高砂に戻れず廊下に置き去りにされる新郎」やらの大混乱(全部我が家)。これで3時間は講演できるぞというすさまじい1日でした。

午前7時に式場に入って、最後の来賓を送り出して式場を後にするのが午後4時。この間、乾杯のシャンパン・・・のふりをしたジンジャエール1杯しか口にできず(ケーキ入刀のあと、披露宴の場にいたのはキャンドルサービスと両家親への花束贈呈くらいしか記憶にない)、二次会の会場へ赴く前にマクドナルドに立ち寄った日から、なんと四半世紀ですよ。

これが自分の運命を決めたのか、その後某だいすけさんとか某ふっじいさんとかの挙式に御呼ばれしたものの、披露宴会場では気忙しく動き回るものなのだよという「自分の席にいない」人生が続いております。だから人に頼まれて媒酌人なんか引き受けちゃったときには、もう高砂に座りっぱなしが「こんなんでいいのか」と不謹慎思考が湧いてくる始末。

ことしって、あの年みたいに暖冬です。急きょ、行き当たりばったりで新婚旅行に出かけた安比まで、まるで雪が無かったあの年、うちのエスクードはまだ1型のハードトップ。茨城から盛岡までの遠いこと・・・と思っていたのが、今や茨城・仙台なんてたった3時間だろ。だものなあ。

朝夕馴れにし学びの窓

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ねーちゃんのあとにくっついて幼稚園に通い始め、年中組から始まったねーちゃんに対して年少組から制服に袖を通した霙も、とうとう高校を卒業です。

そうか、ここまで霰よりも1年長い「通学」をこなして、これ全部皆勤で過ごしてきたというのは、けっこうすごいことをやってのけてますよね。すでに歴史に関してはとーちゃんを退け、英語に関しては英文科卒のかーちゃんを凌駕(しかし英会話ができている様子はない)

最近は料理のレパートリーを独学で増やしているようです。もちろん、てるてる結界も健在です。

我が友ねらう黒い影

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ふがし「大人買いは楽しいですね!!」

と、唐突な和邇お嬢妹君からの着信には、山盛りの黒い影が。

なんだなんだ、これでショッカーの改造人間のヒトガタでも作ってライダーキックぶちかまして粉砕ののち溶かしちゃうのか? と思ったら

こういうことだったらしく・・・

 

「そうです。世のため人のため自分のための

大人買いでした!!!!」

そうか! これも和邇パパ和邇ママの教育の賜なのか(笑)

 

ふがし2さてこの週末どれだけの麩菓子がはけたのかは定かではありませんが、高カロリーだし腹持ち悪いんだけど鉄分補給したいなーという方々は、まだ在庫があるやもしれません。

大人買いはまあともかく、たまには駄菓子も良いかもしれません。

・・・だけど、和邇家ってどんだけ鋼鉄の胃袋なんだろう?

と聞いてみたけど、それ書くとなんか大量に送り付けてきそうなのでやめとこう。

移動指揮所

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基地よりも作戦室よりも、当然の如く狭い空間なんですけど、仕事するならこの環境の方がしやすいという哀しい現実。なにしろ仙台の事務所は禁煙ですから。

まあね、車中泊待機に比べたら、哀しいなんて言ってちゃ罰が当たりますけどね。

それにしても、誰を指揮するんだよ。誰か代わってくれよ。毎週毎週仙台の仕事を抱えて岩手やら青森やらって、やってらんねーよ。