1987年に制定されたという「猫の日」は、鳴き声がイメージというかモチーフというかで2月22日なのだそうですが、なんで2月2日には手を出さなかったのかが不思議ではあります。
鳴き声と言えば、聞きようによっては3月3日も候補になったかもしれませんけど、日本の猫の日実行委員会と全国の愛猫家さんたちには「み」ではなく「に」で聞こえることが心地よいのかもしれません。
霙の私立大学受験がすべて終わり、受験した学校ひとつ残らず合格判定の通知書が届きました。
やー、やれやれです。が、ここで油断はできませんので、これらは全部滑り止めですからね、と講評を告げたのですが、そのうちの一校が、家内が受験して受からなかった学部で、学科まで一緒でしたよ。しかももう一校はそこよりずっとレベルが高いし通学距離も短いうえ、よりによって僕の親父の出た学校ではありませんか。
これはいかん。祖父と孫で学閥をひけらかされるのはたまらん。
ここはなんとしてもセンター二次を突破してもらって、親父の母校も華麗に蹴とばしてもらわねば、あとあとうるさいことになる。
それにしてもです。今回、父親の母校は受験志願の時点で完全にスルーされているというこの哀しさ・・・
おお、昨年開催された岩手県内ゆるキャラグランプリでチャンピオンになったサーモンくんではありませんか(危うくサロモン、と読んでしまいそうになった)
これでキレっキレの動きをするので、地元の幼稚園児たちには大人気です。というか、宮古市のページにあるデザインよりも実物?の方がまとまりが良いです。写真を撮らせてもらってその場を移動しようとしたら「待て待て」のパフォーマンスが。
すると控室から、双子の妹と言われるみゃこちゃんが現れました。
いやー、この時点では宮古市のゆるキャラが双子だとは知らなかったのよ。しかも二代目だなんて想像もしてなかったよ。朝、焼鮭食ったなんてとても言えないよ(と思ったら、趣味が鮭料理だそうです)
と、霙が手帳に挟んでいたレシートを見せてくれました。要は昼ご飯に食べたいモノ(この日付だとまだ自由登校になる以前です。こいつらこんな時間に学校の外に買い出しに出ているのか)を適当に選んだら・・・えらんだら・・・なんかしょーもない昼飯だなあ。じゃがりこってこれ惣菜のつもりなのかよ・・・
しかし高校生の買い物ですから、さらっとレジに出した会計がたとえ三桁でもぞろ目というのは、箸が転がるのと同じくらい愉快なことらしく、友達には大いに受けたのだとか。
受けたならいいじゃん。
「だけど、何年か前のお父さんのレシートは四桁だもんなー」
これのことを言っているらしい。
「それはいずれ、四桁買い物をするようになったら巡ってくるものだよ」
「来ますかねー」
「まあ実際には、そんなに簡単にできるものじゃないわなー」
で、そのときの対話のことなどはすっかり忘れ、津軽ダムカレーの翌日の帰路にて基地までひとっ走りの前に昼飯代わりに買い物をしたところ・・・
偶然と言ってしまえばそれまでですが、グラコロバーガーと肉まんがそれぞれ値引きされているなんてことは知らずに買いましたので、フォースは確実に覚醒しているのです(お互いこんなことで運を使っちゃってどうすんだという見方もあります)
霙の受験も大詰めを迎え、その進学先に対して通学できるのか独り暮らしをするのかの議論が繰り広げられました。
「最低限、原付免許とって駅までの往復にはスクーターが要るよね」
「学校が許可証を出してくれれば、自動車の通学もできるのでは?」
「メーヴェだ!」←誰だこの馬鹿発言(実は父親)
「通いだったんですか!」
「だから都内も23区なら通えと。その分、好きな車を買ってやろうかと」
「えっ、あれ乗っていいんですか」
「みぞれちゃん、何に乗りたいと思ってるの?」
さあここからが佳境です。乗りたいクルマ、乗せたいクルマ。アルトラバンからメガクルーザーまでいろいろ出てくる出てくる。そのなかで、本人が現段階でいいなと思っている車は日産から出ていたフィガロ。
「誰ですかそんな入れ知恵しているのは」
「お、俺じゃないぞ」
「フィガロって、雷蔵さんの幌車と同じ年式ですよ。程度のいいのがあるものなの?」
「専属の中古車ネットワークがあるんだけれど、これならいいかなというのも独自に1台見つけてはいる。まだ現物を見ていないけど」
以前だったらこんな対話は蚊帳の外の霙でしたが、この日のクルマ談義には臨場感を覚えたそうです。その前に受験も済ませなくちゃいけないし、免許も取らなくちゃいけない。
「でも、乗りたいクルマを先に手に入れておいて、そのために免許を取りに行くという目標を立てるのもいいことだよ」
「今しか乗れない車なら、乗りたい選択肢を優先したらいいよ」
「色違いのを2台買って、お母さんにも乗ってもらうとか」
「いずれどちらかを部品供給にまわせるねえ」
「フィガロ専用TESUJINをやってあげるから安心して乗りなっ」
あと2週間が正念場の霙にとって、先輩方のオコトバは良い息抜きとなりました。
つくばーどサイトの枝コンテンツに、「らすかる探検隊」という別のプロバイダーと契約したページがありますが、もう10年更新もせず放置しています。
あの当時、子育ての一環のようなつもりで、増殖の途を歩んでいた羅須軽小僧たちや、娘らのぬいぐるみを使って、webづくりの練習をしていました。
先日プロバイダーから、ホームページサービス終了を告げるメールが入りました。
別の契約に移行すれば存続は可能だそうですが、放っておけば9月28日付で消滅となるそうです。
実はあれを開設する際、何十日だか更新が滞ったら自動的に閉鎖する旨の条項も同意させられていましたが、全くそのようなことはなく、今日までほったらかしていました。まあ不良店子ですから、ここへきてサービス終了と言われても文句も言えません。
そうか、子育てと言えば、娘らに対してはまだ親としての監督権限が残されてはいるものの、ぬいぐるみで想像力を膨らませるような域のコミュニケーションは、とうの昔に終了しているよなあと思わされます。まあ外向けに情報発信するサイトではなかったし、それゆえ存続嘆願が来るわけでもないので、自然消滅も致し方ない。
だけどいささかさびしい・・・
そういえば以前、このときは左足だったから運転の支障が無かったし、なにより正月だったから養生もできたんですが。
労災手続きの関係で、現地の医療機関にかかるのはあとがめんどくさいし、三陸海岸にとどまっているわけにもいかないので、痛みをこらえて運転して戻りましたさ。
そして再び訪ねることとなった、仙台の病院。
「ひさしぶりだねー雷蔵さん。元気してた?」
「まー昨日まではすこぶる元気だったんですけどね」
「これ速攻で治すんだったらギプスでがっちり固めるんだけど、それじゃ不自由だよね」
「そうですねー。軽いのにすると完治に時間かかります?」
「二か月かなあ。せめて二、三週間くらい安静にしててもらうといいんだよね」
てことで、とりあえずペダルを踏める養生なんですが、これ靴下も靴も履けないので、雪降ってるところへ行くのがつらいわ。
まーなにしろ模型作りから足を洗って何年にもなるうえ、その何年もの間に視力の方がローガンズに入門してしまったため、面相筆レベルの作業は僕にとっては重労働の域になっていました。
そしたら
「わたしの方が上手に塗れるかもよ」
出逢ってン十年のつき合いで、そんなことを言いだすのはもちろん初めてなので、こっちはもうびっくりぽんです。試しにやらせてみると、細いストライプのモールドからは確かにはみ出しません。が、習熟度はゼロですから滑らかには塗れない。
というか、そこ(可動部分だから不安定になる)を持つなってば。
というわけで実は改造着手後、数時間で完成してしまったBTCS2000改。小説版のBTCS3000にしようと思っていましたが、バンペーラのデザインを残しすぎ(つまり改造になどなっていない)なので、別設定を考えることにします。
ところでこのバイク、臆面もなくイオンエンジンという公式設定があるんですが、大気中でハイパワーを発揮できるイオンエンジンって、どう解釈したらいいのか。誰か教えて・・・