やれやれの月曜朝でしたよ。
でもアパートの管理会社が、人の歩くところだけは早くから雪かきしてくれていたので。
いやしかし、そこにこの雪を落とさざるを得ないのです。ごめんなすって。
昨年最後の明るいニュースの一つに、元素記号113の発見者として理化学研究所が認められ、日本ばかりかアジア初の快挙として、その命名権も獲得できたことが報じられました。
やにわに上がっていたのが、「光子力エネルギーの夜明けだ」「超合金Z実現か」といった、インターネット上の笑い話。これは113(現在の仮の名称はウンウントリウム・・・なんて変な響きだ)の命名候補に「ジャポニウム(あるいはジャパニウム)」があるかららしいです。
あるいは、の方を採用すると、これは「マジンガ―Z」において新エネルギーとして設定された光子力の源とされる触媒?を果たすジャパニウム鉱石が、人々の記憶から呼び覚まされるのでしょう。ジャパニウム鉱石を使った核分裂によるエネルギーが、なぜ「光子力」なのかはよくわかりませんが、これは富士山麓でしか採掘できず、光子力研究所がほぼ一元管理している物質。そこから精錬される副産物?に、あの超合金Zがあります。
うむむ、永井豪さん、こりゃすごいわ。まさかの商標登録までなされていたら、元素記号表に初めてつくかもしれないジャパンを示す「J」(ジャポニウムもしくはジャパニウムの予定記号がJp)に、ひと悶着出てしまうのかもしれない。それを避けるならば「ニッポニウム」(現在使える予定記号はNm)とする方法もあります。
この名称については、理化学研究所が共同研究した関係者と1年をかけて協議決定していくそうですから、今後も様々な候補があがると思われます。まあだからと言ってスペシウムとかエメリウムとかガンダリウム(これ、ひどい名称だよねえ)は乗っからないでしょうからいいとして、理化学研究所が由来のリケニウムなんていうのも面白みがないです。
名より実を取って、一般公募にしたら、理研の株が上がるかもしれない。
そんなわけですから、マジンガーZはハローキティなんかとコラボレーションしている場合じゃないのです。RX78だって2019年には18m寸で動き出すというのに、鉄人だって特撮で動いたというのに、なんでこいつは高熱板をリボンなんかにしてやがるんだ(涙)
干支の猿を「申」と表記したのはまったくの当て字だそうですが、もともとは稲妻を象形化したもので、「電」(稲妻なので、光の方を示しているから、音を表す雷じゃないのね)の源字です。
本来の読みは「しん」。
稲妻から端を発し、後には「伸ばす」の原字にもなっていきます。草木が伸びて果実が実り、熟した後堅くなっていく様を「申堅」と、古代中国の人々は言っていたとか。
それが作物の伸びきった時期を示すのであれば、日本人が言う稲妻も、同じく稲の成熟をもたらすものであり、悪くないたとえなのかなと感じています。
BLUEらすかるは本年、いよいよスズキエスクードの最長不倒距離を塗り替えるフェイズに入ります。皮算用をすれば、それは秋頃の予定。まさしく「申堅」の頃です。
届くかもしれないし、届かないかもしれない。とはいえ1年の計を立てるときに後ろ向きなことは考えませんから、まあ秋頃には587000kmというバッケンレコードを通過できるよ、たぶん、きっと。と申しておきましょう。
万が一、秋より前に到達しちゃったらどうすんのよ。と、旧知の仲間達ははっぱをかけてくるかもしれません。
さてその際はどうすっかなと逡巡したところ、干支において9番目の「申年」というのは西暦年を12で割って割りきれる年回りでした。
12で割って割りきれるなら、600000kmというのもそうだよね?
てことで、年頭のご挨拶もだいたい格好がついたようです。
だけどさ、伸びきって堅い。そんな喩えは、ほんとはどうよ?とも思っているのです。伸びきって堅くなった足回りなんか、いやですよねえ。

「あけましておめでとうございます」と言えるのはとても久しぶりな気がしております。
ことしは雑煮が食えますし、年賀状も出せます(すいません、これから書きます)
ともあれ本年もよろしくお願い申し上げます。
今の事務所に居場所を構えてもうじき5年が終わろうとしているとき、ふとビルの裏側の通用口兼車寄せを歩いていて、妙なものを見つけました。
コンクリートの上に点々とする黒いシミ。その不規則ながらある種の規則性を持った間隔と大きさと、かたち。
どこからどう見ても、猫の足跡です。
なんだこれ? と、最初はペイントか何かかと思って屈みこんで触ってみると、コンクリート床の表面とは異なるざらっとした感触。
凹んでおります。
右に走っているのは、東日本大震災のときに生じたクラック。だからこの4年と9か月、このコンクリート床は打ち直していない。
ということは、この足跡は20年前にこのビルが建った時点で、すでに付けられていたということでしょう。
なぜ今まで誰も気がつかなかった? 入居者の誰に聞いても知っている人がいなかったのです。たぶん完成から何年かは、コンクリート表層に艶出しなどを兼ねたコーティング剤が塗られていて、足跡自体が埋められていたのかもしれません。
表層のコーティングが最近になって剥離して、20年間隠されていた猫の悪戯が浮かび上がってきたもののようです。
・・・よくこんなんで完成検査通ったもんだよ。といってねー、これでコンクリート打ち直しやれって言われたら、現場代理人、泣くしかなかっただろうしねえ。
こういう足跡、街には意外とあちこちにあるのかもしれません。
仙台の光のページェントをしみじみと見物する余裕もなく、仕事納めの前に週末が来る暦に恨めしさを感じながら、安売りの始まったクリスマスケーキをスルーして移動していたら、電話。
「雷蔵さん、打ち合わせしたいんだけれど28日の午後、空いてますか?」
・・どこのばかやろーだそんなに仕事熱心なのは(泣)
やむなく事務所に戻って週明けのための書類をまとめにかかるのですが、すると今度は別の相手から、電話。
「今からちょっと時間もらえますか?」
・・・お前らいいかげんにしろよーっ(怒)
徒歩で行ける場所なので、とぼとぼと勾当台公園の裏通りを歩いて行けば、先日から開設された国の新しい合同庁舎が室内照明とカラーカーテンを使って雪だるまを描いておりましたよ。
全然知らなかったけれど、今月に入ってから毎晩、雪だるまは出現していたとか。僕が見上げたのは偶然にも最終日の点灯だったようです。
ほらみろー。雪だるまだってもう冬休みなんだよ。
来年は「マシュマロマン」をやってくれ、と頼みに行ってこよう。でも仙台にゴーストバスターズがいなかったら、マシュマロマンは危険かもしれない・・・
しばしば裏山を「天狗の森」と呼びならわしていますが、まあおそらくつくばーどの参加者のどなたも、天狗なんかにお目にかかったことはないと思われます。それもそのはず、天狗たちは12月の第三日曜日にしか現れなかったからです。ただし最近の催事では、麓の町の天狗まつり&ファンタジーナイトとかいうなんだそりゃ?なイベントにも出張しているそうです。しかし、このなんだそりゃ?ではない方の催事、寄ると触ると
「馬鹿野郎」と罵り合うとんでもない趣向で、あまつさえ天狗さんたちが山麓の各所に備えた供物を備えたそばから奪い取るというすさまじい祀りごとなのです。
これを称して「悪態祭り」。マジですか? と問われれば、「大まじめです」と返ってくる、天狗の森に江戸期から伝わる奇祭なのであります。
これでお分かりと思われますが、昨日の記事にて霰が調べ物をしていた石碑も、巡拝礼場所の一つ。翌日の阿鼻叫喚(まあそんなにすごいわけでもない)は、供物争奪戦の様子でした。天狗さんたちはどれほど罵倒されようが終始無言で巡礼を続けなくてはいけない。素早くやろうがもたもたしようが「ばかやろーっ」と浴びせられる。
あとはもみくちゃ。一団が去った後には供物など影も形もありません。こうして供物を獲得できた人々のところには、向こう一年間の五穀豊穣が訪れ、悪態をつくだけついた人々のストレスも発散されるのです。
昭和二十年代から三十年代くらいまでは、深夜に行われていた奇祭というより秘祭でした。当時は天狗も荒ぶる者たちだったそうで、供物を奪いに来る住民を実力行使で蹴散らした(らしい←あくまでも、らしい)とか、神社に上がる急傾斜の石段の上から、松明を投げ落とした(らしい←以下同文)とか、天狗が水垢離に使う手桶の水浴びせかけたとか(らしい←だってそう言うんだもん)、そりゃ中止させられるわなあという逸話が残されています。
そんなわけで、高度経済成長期には祭り自体が途絶えていたのですが、少し昔から日中の行事として、いくらか観光資源的な側面も踏まえて復活しています。ですから土地の郷土史家の方々や地元の観光協会に訪ねても、荒ぶる時代の逸話というのは聞こえては来ないはずなのですが、今回、霰が取材を始めたことで、現在の山麓に伝わる公式な縁起や慣わしと、土地の老人たちが言い伝える内容とにけっこうギャップのあることもわかってきました。
それはねえ、まさか悪態にかこつけて荒ぶり放題でほんとに阿鼻叫喚させたから一時途絶えた、なんてことは公式には記載されないよなあ。そもそも途絶える以前の祭りは、町内ではなく山麓の1集落の氏子のみで行われてきた(だからこそ奇祭などではなく秘祭という荘厳さがあったはず)わけですから、そんな荒ぶり放題の逸話が現代に伝わる術もないのです。
ところが、
と、困ったことにうちの親父が言い張るのです。
そのようなダークサイドな史実までもを、霰が論文の中にまとめるかどうかは、それを武勇伝と採るかお家の恥と認識するかで決まるのだと思われます。