朝から晩まで見たくもない顔を突き合わせてろくでもない議論をするだけの無駄な一日を過ごさざるを得ず、明後日、上京です。
と言っても、夕方から遊んでくれる人いないよね? 白いお父さん犬の会社のある近所で燻っています。
先週末のこと、基地の裏の畑の草刈りをしていたところ、山栗とは異なる実を拾いまして、それがいわゆるセイヨウトチノキの下に落ちていたから山栗じゃないよなと判断したわけです。山栗はセイヨウトチノキよりも下側の斜面に生息しているので、物好きにここまでころがってくることはなさそうなのです。
それでびっくり。
基地に育っている数本のセイヨウトチノキが実を結んだのは、それらが植えられて初めてのことです。ひょっとするとこれまでにも収穫はできていたはずだったのにイノシシあたりに先に食われていたのかもしれませんが、今まで見つけたことがなかった。
この実のもともとの種は、30年前にお袋がベルサイユ宮から「拾ってきちゃった」もので、本人も忘れていたものがコートのポケットから出てきたという、そんなこと書いていいのか? しかしもう本人この世にいないし時効だよな代物でした。
同じ木が基地の前庭にも育っていますが、こちらは花は咲くけれど実を結んだことがなかった。200m以上離れて家屋にも遮られているけれど、裏の木はこいつらと受粉したのか? それとも裏山のどこかにある在来のトチノキとのハイブリッドか? 素人にはわかりませぬ。
蔵王町のジェーエーシーリサイクルパークを訪ねたら、多少遅れましたがレストラン棟が完成しつつありました。職人さんと打ち合わせしていた真野社長がにこにこしながら
「雷蔵さん、この外壁見てよ。原材料は納豆のパッケージとポテトチップスの袋ですよ」
とまあ、知らない人が聞いたらびっくりするであろう説明をしてくれました。
どういうことかというと、この部材は同社が製造しているRPF(Refuse Paper & Plastic Fuel)を再度溶融して作り直したものなのです。RPFについては、コムロさんがブログの中で写真を撮ってくれています。いやもちろん、納豆のパッケージだからってねばったりにおったりなどはRPFになった時点でしなくなってます。
厨房は出来上がっていますが店内はまだ仕上げの最中、梁も柱も解体された廃棄部材のリサイクル。ぶら下がっている照明器具も同様だそうです。
「これから土間を作って出来上がります。8日にオープンするからね」
というわけで、来週の日曜日には・・・あっ、何が注文できるのかメニューを聞くのを忘れたよ。当日出かけて確かめてくるしかないよ。
「リサイクルパークはここから少しずつ施設を増やしていきます。温泉の利用も残っているしね。それから雷蔵さん、今度、遠野の方も世に出していきたいんで、見に来てくださいよ」
真野社長、またもにこにこしながら言うのです。
遠野、岩手県で次のプロジェクトが進行中です(社長、すいません。実は先日こっそり見に行ってきました)が、それはまた後日。
知人の息子さんの結婚媒酌人を引き受け(いやまったくね、いつそんなのこなしてたんだ?と言われそうですが、こなしてたんだよこれが)、ご祝儀出したり謝礼いただいたりするなか、引き出物の記念品がギフトカタログから任意に選べるという今風のシステムに感心していたのが夏の話。
それが、忘れた頃に手元に戻ってきました。
この引き出物のときは、いろいろ迷っている中、先方お任せの場所に木を植えてくれるというプレゼントツリーなる商品に目が留まり、ちょうど家内と二口分を申し込めるので、これにしたのです。最後の最後で、ゴディバのチョコレートを申し込んで鼻血が出るほど食うか?という対案もありましたがそれは引っ込めた。
先日、このプレゼントツリーを承ったという認定証が届き、よくよく見たら、植樹されたのは岩手県宮古市の区界だという。盛岡市との隣接エリアで、国道106号で宮古へ向かう山越えのあたり。奇しくも先週何度も行き来し、昨日の記事に書いてもいるじゃありませんか。
ただ、その区界のどの辺に記念樹があるのかは不明です。まあいいやね。その探索は若夫婦にでもやってもらいますか。
しかし20代なんていつの話であることか。もう誕生祝のケーキに歳の数だけ蝋燭なんかさせませんよ。
(なさけねー)
(なんかむなしー)
ところがですね。DXTB2を購入していく僕と同年代のおぢさんが何人も!
わかる、わかりますがな(何がよ)
しかしDXトレーシー島を買い求める人はさすがにいらっしゃらない。これを買っても、対応するTBメカニックがすべて別売で、単体ではプレイバリューがないからなのですが(だから対応する1から3号買ったけどさ)、ここでひとつ想像できることが。
きっと彼らは50年近く前、国内で発売されていた、あの高額豪華なサンダーバード秘密基地セットを買ってもらえたんだろうなあ・・・ということ。
えーそうです。わたしゃ買ってもらえなかったのですよ。積年の恨みっすよ。
とか言ってるうちに本日もあと1時間てとこなんですが、今さっき気がついたよ。
でも世界中のどこのモニターにもこんな表示出てない(同じ誕生日の人以外は)ことにも気づくわけですが・・・
世間では「アトランティックターコイズパールメタリック(と、なんとかブラック)」とかいう車体色が話題ですが、大西洋のトルコ石ではなく、糸魚川の翡翠を見学に、フォッサマグナミュージアムを訪ねました。フォッサマグナ・糸魚川―静岡構造線は、ある意味地球の裂け目であり、日本列島の地質を東西二分する。さらに北側に柏崎―千葉構造線というのも存在していて、二つの構造線の間すべてがフォッサマグナであることや、その線上の火山、造山活動の歴史を学べます。
うちの娘ら、どういうわけか磨かれた宝石類ではなく、ごちごちの原石の方に対する興味が強く、まあその方が安上がりでいいんですが翡翠のアクセサリーには目もくれないところははたしてそれでいいのか、多少は不安になります。
そして当人たちは・・・
そんな会話にとーちゃんは恐れおののきながら、あらためて古代人が加工した翡翠の勾玉を眺めます(展示品はレプリカ)。この場所には縄文期から始まる長者ヶ原遺跡というのが所在し、遺跡の分布は東京ドーム敷地の3倍にも達する規模で、翡翠製勾玉から火焔土器などの出土が、わずか3%の発掘で続出したとか。
ところで我が国ではここが唯一の翡翠の原産地である糸魚川市ですけど、ふと気がつけば、「糸魚川という名の川は流れていない」。翡翠の鉱脈(鉱脈、というのか?)は姫川の上流に位置するように、流れているのは「姫川」です。諸説あるなか姫川の洪水時の荒れっぷりは「厭い川」という言葉が転じたという説が、言いえて妙と思われます。
↑ 町を歩くと、思わぬところに翡翠と勾玉の新たな発想が。
話はすっとびますが、翡翠と言えば、その昔「ダーククラシックジェイドパール」という深緑の車体色が初代エスクードの1600にありました。このジェイド(jade)が翡翠のことです。一方、トルコ石のターコイズも、初代V6とディーゼルに「ダークターコイズメタリック」がありました。同じターコイズ系でも今度はかなり明るい色彩です。でもって糸魚川に糸魚川という名の川がないのと同様、トルコ石はトルコでは産出されていないというのが、ちょっとした面白さ・・・
杉野沢林道の1区間くらいどうってことない話ではありますが、事実上のつくばーどツーリングデビュー戦ですから、
「学校と部活が終わったら、翌日の始発で妙高まで来い!」
と、父親に言われて、ちゃんとやって来るところが親ばかにも自慢です。
「まだハンドルのセンターずれが直ってない! これ気持ち悪いんだよー」
と言いながらも、まずは妙高高原駅から、みんなの待つ杉野沢までひとっ走りです。
「初めて会った頃なんてまだこーんなにちいさかったのにねえ。そのあられちゃんがエスクード運転してる姿を見る日がこようとはねえ。ひでこさんがこれを見たら号泣しちゃうねえ」(コムロさん)
初めて我が家がコムロ家と邂逅したのは1999年春のことです。そのときのウェブがないので、その年の秋のものがこれです(そりゃ当然ですが、コムロさんも若いのよ)
参加者の車両撮影の合間、BLUEらすかるの移動などを手伝ってもらいましたが、これだけでも僕が楽になります。いずれ霙も免許を取りますから、我が家のエスクード2台体制で「近場へ出かける日」は、わりと近くまで迫っているようです。
しつこいようですが、僕は雨男ではありません。午前中学園都市をぷらすBLUEであちこち回っている間、雨粒の「ぽつり」すらありません。
さらに山越えして隣町の雑貨屋だとかパン屋に立ち寄っても、まだまだ雨雲は発展途上で夕立の気配すらありません。家内からの電話で「水戸は降りだしたよー」との連絡がありましたが、問題なく帰宅します。
その1時間後、一転にわかに掻き曇って夕立なんてもんじゃないゲリラ豪雨が基地にもやってきました。しかしぷらすBLUEは車庫の屋根下なのでへっちゃらです。
ただしお袋の葬儀以来ずっと車庫が片付いておらず、2台並べて格納できないため、休日待機状態のBLUEらすかるは滝に打たれるように天然洗車で知らぬ間に汚れが落ちるという手荒い仕打ちに・・・
ところで、先週末なんていい天気だったじゃん。というのが事実です。この記事は旧盆の頃に書いたものが延び延びになって今頃掲載という代物でした。