
「あけましておめでとうございます」と言えるのはとても久しぶりな気がしております。
ことしは雑煮が食えますし、年賀状も出せます(すいません、これから書きます)
ともあれ本年もよろしくお願い申し上げます。

「あけましておめでとうございます」と言えるのはとても久しぶりな気がしております。
ことしは雑煮が食えますし、年賀状も出せます(すいません、これから書きます)
ともあれ本年もよろしくお願い申し上げます。
今の事務所に居場所を構えてもうじき5年が終わろうとしているとき、ふとビルの裏側の通用口兼車寄せを歩いていて、妙なものを見つけました。
コンクリートの上に点々とする黒いシミ。その不規則ながらある種の規則性を持った間隔と大きさと、かたち。
どこからどう見ても、猫の足跡です。
なんだこれ? と、最初はペイントか何かかと思って屈みこんで触ってみると、コンクリート床の表面とは異なるざらっとした感触。
凹んでおります。
右に走っているのは、東日本大震災のときに生じたクラック。だからこの4年と9か月、このコンクリート床は打ち直していない。
ということは、この足跡は20年前にこのビルが建った時点で、すでに付けられていたということでしょう。
なぜ今まで誰も気がつかなかった? 入居者の誰に聞いても知っている人がいなかったのです。たぶん完成から何年かは、コンクリート表層に艶出しなどを兼ねたコーティング剤が塗られていて、足跡自体が埋められていたのかもしれません。
表層のコーティングが最近になって剥離して、20年間隠されていた猫の悪戯が浮かび上がってきたもののようです。
・・・よくこんなんで完成検査通ったもんだよ。といってねー、これでコンクリート打ち直しやれって言われたら、現場代理人、泣くしかなかっただろうしねえ。
こういう足跡、街には意外とあちこちにあるのかもしれません。
仙台の光のページェントをしみじみと見物する余裕もなく、仕事納めの前に週末が来る暦に恨めしさを感じながら、安売りの始まったクリスマスケーキをスルーして移動していたら、電話。
「雷蔵さん、打ち合わせしたいんだけれど28日の午後、空いてますか?」
・・どこのばかやろーだそんなに仕事熱心なのは(泣)
やむなく事務所に戻って週明けのための書類をまとめにかかるのですが、すると今度は別の相手から、電話。
「今からちょっと時間もらえますか?」
・・・お前らいいかげんにしろよーっ(怒)
徒歩で行ける場所なので、とぼとぼと勾当台公園の裏通りを歩いて行けば、先日から開設された国の新しい合同庁舎が室内照明とカラーカーテンを使って雪だるまを描いておりましたよ。
全然知らなかったけれど、今月に入ってから毎晩、雪だるまは出現していたとか。僕が見上げたのは偶然にも最終日の点灯だったようです。
ほらみろー。雪だるまだってもう冬休みなんだよ。
来年は「マシュマロマン」をやってくれ、と頼みに行ってこよう。でも仙台にゴーストバスターズがいなかったら、マシュマロマンは危険かもしれない・・・
しばしば裏山を「天狗の森」と呼びならわしていますが、まあおそらくつくばーどの参加者のどなたも、天狗なんかにお目にかかったことはないと思われます。それもそのはず、天狗たちは12月の第三日曜日にしか現れなかったからです。ただし最近の催事では、麓の町の天狗まつり&ファンタジーナイトとかいうなんだそりゃ?なイベントにも出張しているそうです。しかし、このなんだそりゃ?ではない方の催事、寄ると触ると
「馬鹿野郎」と罵り合うとんでもない趣向で、あまつさえ天狗さんたちが山麓の各所に備えた供物を備えたそばから奪い取るというすさまじい祀りごとなのです。
これを称して「悪態祭り」。マジですか? と問われれば、「大まじめです」と返ってくる、天狗の森に江戸期から伝わる奇祭なのであります。
これでお分かりと思われますが、昨日の記事にて霰が調べ物をしていた石碑も、巡拝礼場所の一つ。翌日の阿鼻叫喚(まあそんなにすごいわけでもない)は、供物争奪戦の様子でした。天狗さんたちはどれほど罵倒されようが終始無言で巡礼を続けなくてはいけない。素早くやろうがもたもたしようが「ばかやろーっ」と浴びせられる。
あとはもみくちゃ。一団が去った後には供物など影も形もありません。こうして供物を獲得できた人々のところには、向こう一年間の五穀豊穣が訪れ、悪態をつくだけついた人々のストレスも発散されるのです。
昭和二十年代から三十年代くらいまでは、深夜に行われていた奇祭というより秘祭でした。当時は天狗も荒ぶる者たちだったそうで、供物を奪いに来る住民を実力行使で蹴散らした(らしい←あくまでも、らしい)とか、神社に上がる急傾斜の石段の上から、松明を投げ落とした(らしい←以下同文)とか、天狗が水垢離に使う手桶の水浴びせかけたとか(らしい←だってそう言うんだもん)、そりゃ中止させられるわなあという逸話が残されています。
そんなわけで、高度経済成長期には祭り自体が途絶えていたのですが、少し昔から日中の行事として、いくらか観光資源的な側面も踏まえて復活しています。ですから土地の郷土史家の方々や地元の観光協会に訪ねても、荒ぶる時代の逸話というのは聞こえては来ないはずなのですが、今回、霰が取材を始めたことで、現在の山麓に伝わる公式な縁起や慣わしと、土地の老人たちが言い伝える内容とにけっこうギャップのあることもわかってきました。
それはねえ、まさか悪態にかこつけて荒ぶり放題でほんとに阿鼻叫喚させたから一時途絶えた、なんてことは公式には記載されないよなあ。そもそも途絶える以前の祭りは、町内ではなく山麓の1集落の氏子のみで行われてきた(だからこそ奇祭などではなく秘祭という荘厳さがあったはず)わけですから、そんな荒ぶり放題の逸話が現代に伝わる術もないのです。
ところが、
と、困ったことにうちの親父が言い張るのです。
そのようなダークサイドな史実までもを、霰が論文の中にまとめるかどうかは、それを武勇伝と採るかお家の恥と認識するかで決まるのだと思われます。

回転計の異状で「スロットルのどこかが固着?」「1気筒止まってる?」「どっちにしても(エンジン自体が)止まっちゃう前に主治医のところへ持ち込まねば」等々の逡巡を繰り返します。幸いにも横横、横羽、湾岸はスムーズに移動できたものの中央環状線と三郷線でそれぞれ事故渋滞とラジオ放送が言うので湾岸線から東関東道に進んで成田の先から圏央道を使い、どうにか常磐道も降りると、一般道での信号待ちでは完全にアイドリングが0表示。
でもアクセルを踏むとまともに走ることは走ります。
先日、BLUEらすかるをバッテリーの蓄電量だけで仙台から持ち帰るという冷や冷やをやったばかりだというのに、またもやドキドキで主治医のところにたどり着けば、ピットには見慣れた車が・・・
「エアコンのブロアーモーターが壊れちゃったということで。ああ、左リアタイヤもパンクしたからと」
ばばばば・・・ばかやろーっ! なんだってこんなときに仲良く故障しやがるんだうちのクルマたちはーっ
「まあまあ、61Wは直ったことだし、月曜にはFB15のモーター部品も届きますから」
主治医になぐさめられたものの、ぷらすBLUEの故障診断と修理はそのあとに回るので、年内に片付くのかどうか・・・
「それで・・・その61Wは?」
「あ・・・奥さんが乗って帰りました」
一か月の間に二度、満月が巡ってくる天体運動をBLUEMOONと呼ぶことは、近年誰もがご存知の風物です。
って、確かに今年はそれが7月にあったけれど、雷蔵のぼけってばなんで今頃そんなことを言いだすのよ? と笑われちゃうほど今は月の細い新月期です。
上のBLUEMOONは、和邇さんに連れて行ってもらった横須賀市と三浦市の境界近くにあるカフェレストラン。パンケーキとスペアリブが自慢のお店で、季節ごとにアイデアと趣向を凝らした独自のアレンジを繰り出す楽しいレストランです。ところがです。全く同じ名前のお店が、自分のいる街にもあることを知ってしまったら、これはもう居ても経ってもいられなくなるものなのです(まあやっぱり馬鹿呼ばわりされる)
えっ、それだけ? それだけだよ。
だって次のBLUEMOONは2018年まで待たなきゃならないんだから。
そんなら今、仙台のお菓子工房BLUEMOONで焼き菓子のお土産買って、その足で横須賀のカフェレストランBLUEMOONまでスペアリブ食いに行くのですよ。
あ・・・
あう・・・